22 / 60
鬼神と月兎
EP 7
しおりを挟む
鬼神、門を穿つ
「何者だ!」という魔族の問いかけは、返事を期待したものではなかった。それは、自らの縄張りに踏み入った侵入者に対する、威嚇と断罪の宣告。門番の魔族兵は槍を構え直し、その両脇を固める二頭の地獄犬(ヘルハウンド)は、喉の奥で灼熱の炎をくすぶらせながら、涎を垂らして唸り声を上げた。
龍魔呂は、答えない。彼にとって、これから死ぬ者に名乗る意味などなかった。
代わりに、彼の全身から噴き出した赤黒い闘気が、その答えとなった。それは、まるで彼の肉体を覆う、もう一つの鎧。あるいは、彼の魂そのものが形を成したかのような、禍々しくも力強いオーラだった。
「グルルルル…!」
「行けッ! 食い殺せ!」
魔族の号令と共に、二頭のヘルハウンドが左右から同時に襲いかかった。炎を纏った牙が、龍魔呂の喉笛と脇腹を正確に狙う、連携の取れた動き。
しかし、龍魔呂は、その場で静かに両腕を広げた。
迫り来る二つの死。その顎がまさに龍魔呂の肉体を捉えようとした、その刹那。
ガッ! ガッ!
龍魔呂の左右の手が、まるで雷光のように動き、二頭のヘルハウンドの頭蓋骨を、真正面から鷲掴みにしていた。
「グッ…!?」
「キャンッ!?」
猛獣の突進が、赤子の手を捻るように、いとも容易く止められる。ヘルハウンドたちは空中で動きを止められ、もがき苦しむが、龍魔呂の万力のような握力からは逃れられない。
「無駄だ」
呟きと共に、龍魔呂は掴んだ二つの頭を、中央で、力任せに激突させた。
ゴシャァッ!!!
熟れた果実が潰れるような、嫌な音が響き渡る。二頭の屈強な魔獣は、頭蓋を砕かれて絶命し、ぐったりとした肉塊となって地面に落ちた。
「ば、馬鹿な…!?」
門番の魔族たちが、信じられない光景に一瞬だけ思考を停止する。その一瞬が、彼らの命運を分けた。
龍魔呂の姿が、その場から消えた。
いや、消えたのではない。常人の動体視力では捉えきれない速度で、踏み込んだのだ。
「ぐ…」
一人の魔族兵は、自分が何で死ぬのかさえ理解できなかっただろう。気づいた時には、龍魔呂の闘気を纏った拳が、自らの鎧兜ごと胸を貫いていた。
もう一人の兵士は、恐怖に叫び声を上げる間もなく、龍魔呂に首を掴まれ、玩具のように軽々と持ち上げられると、背後の巨大な黒鉄の門へと叩きつけられた。
ドゴォン!
鉄と肉と骨がぶつかる鈍い音。魔族兵は絶命し、巨大な鉄の門が大きく歪む。
砦の内側では、外の騒ぎを聞きつけた兵士たちが、慌ただしく集結を始めていた。
「敵襲だ! 門を固めろ!」
「相手は一人だ! 囲んで殺せ!」
だが、その判断はあまりにも遅すぎた。
龍魔呂は、歪んだ鉄の門の前に仁王立ちになると、ゆっくりと右の拳を腰の後ろまで引いた。赤黒い闘気が、渦を巻いてその拳へと収束していく。それは、まるで小さな闇の太陽のようだった。
「鬼神流――」
そして、その拳を、真っ直ぐに、鉄の門へと叩き込んだ。
「――『天魔轟衝拳(てんまごうしょうけん)』!!」
ズウウウウウウウウウウウンッッッ!!!
それは、もはや打撃音ではなかった。天が落ちてきたかのような、耳を聾する轟音。
分厚い鉄と魔術で固められた巨大な門が、龍魔呂の拳が触れた一点から、蜘蛛の巣状に砕け散る。そして、轟音と共に、鉄の破片を撒き散らしながら、内側へと爆ぜ飛んだ。
門の裏で布陣していた十数名の魔族兵たちは、音速で飛来した鉄塊の餌食となり、悲鳴さえ上げられずに肉片へと変わった。
爆風と砂塵が収まった後、そこに立っていたのは、ぽっかりと大穴の空いた砦の無残な姿と、その中心に静かに佇む、一人の「鬼」だった。
「な……なんだ、今の、は……」
「門が……門が一撃で……!?」
砦の中から現れた兵士たちは、目の前の光景を理解できず、立ち尽くす。
その絶望的な沈黙を破るように、龍魔呂はゆっくりと、砦の中へと足を踏み入れた。
崖の上で、ユイはその一部始終を見守っていた。
彼女の「音聴」は、もはや個々の兵士の恐怖の音など捉えてはいない。ただ、龍魔呂という存在から放たれる、たった一つの、巨大な「音」だけを聞いていた。
それは、全てを蹂躙し、全てを破壊する、荒れ狂う嵐の音。
しかし、その嵐の中心は、不思議なほど静かだった。
ただ、目的を遂行する、冷徹な意志の静けさ。
ユイは、ぎゅっと拳を握りしめた。
(龍魔呂様……)
彼女の選んだ鬼神は今、自らの意志で、敵陣の只中へとその身を投じた。
この先に待つ運命がどのようなものであろうと、もう、引き返すことはできない。
ただ、彼の勝利を祈るのみだった。
「何者だ!」という魔族の問いかけは、返事を期待したものではなかった。それは、自らの縄張りに踏み入った侵入者に対する、威嚇と断罪の宣告。門番の魔族兵は槍を構え直し、その両脇を固める二頭の地獄犬(ヘルハウンド)は、喉の奥で灼熱の炎をくすぶらせながら、涎を垂らして唸り声を上げた。
龍魔呂は、答えない。彼にとって、これから死ぬ者に名乗る意味などなかった。
代わりに、彼の全身から噴き出した赤黒い闘気が、その答えとなった。それは、まるで彼の肉体を覆う、もう一つの鎧。あるいは、彼の魂そのものが形を成したかのような、禍々しくも力強いオーラだった。
「グルルルル…!」
「行けッ! 食い殺せ!」
魔族の号令と共に、二頭のヘルハウンドが左右から同時に襲いかかった。炎を纏った牙が、龍魔呂の喉笛と脇腹を正確に狙う、連携の取れた動き。
しかし、龍魔呂は、その場で静かに両腕を広げた。
迫り来る二つの死。その顎がまさに龍魔呂の肉体を捉えようとした、その刹那。
ガッ! ガッ!
龍魔呂の左右の手が、まるで雷光のように動き、二頭のヘルハウンドの頭蓋骨を、真正面から鷲掴みにしていた。
「グッ…!?」
「キャンッ!?」
猛獣の突進が、赤子の手を捻るように、いとも容易く止められる。ヘルハウンドたちは空中で動きを止められ、もがき苦しむが、龍魔呂の万力のような握力からは逃れられない。
「無駄だ」
呟きと共に、龍魔呂は掴んだ二つの頭を、中央で、力任せに激突させた。
ゴシャァッ!!!
熟れた果実が潰れるような、嫌な音が響き渡る。二頭の屈強な魔獣は、頭蓋を砕かれて絶命し、ぐったりとした肉塊となって地面に落ちた。
「ば、馬鹿な…!?」
門番の魔族たちが、信じられない光景に一瞬だけ思考を停止する。その一瞬が、彼らの命運を分けた。
龍魔呂の姿が、その場から消えた。
いや、消えたのではない。常人の動体視力では捉えきれない速度で、踏み込んだのだ。
「ぐ…」
一人の魔族兵は、自分が何で死ぬのかさえ理解できなかっただろう。気づいた時には、龍魔呂の闘気を纏った拳が、自らの鎧兜ごと胸を貫いていた。
もう一人の兵士は、恐怖に叫び声を上げる間もなく、龍魔呂に首を掴まれ、玩具のように軽々と持ち上げられると、背後の巨大な黒鉄の門へと叩きつけられた。
ドゴォン!
鉄と肉と骨がぶつかる鈍い音。魔族兵は絶命し、巨大な鉄の門が大きく歪む。
砦の内側では、外の騒ぎを聞きつけた兵士たちが、慌ただしく集結を始めていた。
「敵襲だ! 門を固めろ!」
「相手は一人だ! 囲んで殺せ!」
だが、その判断はあまりにも遅すぎた。
龍魔呂は、歪んだ鉄の門の前に仁王立ちになると、ゆっくりと右の拳を腰の後ろまで引いた。赤黒い闘気が、渦を巻いてその拳へと収束していく。それは、まるで小さな闇の太陽のようだった。
「鬼神流――」
そして、その拳を、真っ直ぐに、鉄の門へと叩き込んだ。
「――『天魔轟衝拳(てんまごうしょうけん)』!!」
ズウウウウウウウウウウウンッッッ!!!
それは、もはや打撃音ではなかった。天が落ちてきたかのような、耳を聾する轟音。
分厚い鉄と魔術で固められた巨大な門が、龍魔呂の拳が触れた一点から、蜘蛛の巣状に砕け散る。そして、轟音と共に、鉄の破片を撒き散らしながら、内側へと爆ぜ飛んだ。
門の裏で布陣していた十数名の魔族兵たちは、音速で飛来した鉄塊の餌食となり、悲鳴さえ上げられずに肉片へと変わった。
爆風と砂塵が収まった後、そこに立っていたのは、ぽっかりと大穴の空いた砦の無残な姿と、その中心に静かに佇む、一人の「鬼」だった。
「な……なんだ、今の、は……」
「門が……門が一撃で……!?」
砦の中から現れた兵士たちは、目の前の光景を理解できず、立ち尽くす。
その絶望的な沈黙を破るように、龍魔呂はゆっくりと、砦の中へと足を踏み入れた。
崖の上で、ユイはその一部始終を見守っていた。
彼女の「音聴」は、もはや個々の兵士の恐怖の音など捉えてはいない。ただ、龍魔呂という存在から放たれる、たった一つの、巨大な「音」だけを聞いていた。
それは、全てを蹂躙し、全てを破壊する、荒れ狂う嵐の音。
しかし、その嵐の中心は、不思議なほど静かだった。
ただ、目的を遂行する、冷徹な意志の静けさ。
ユイは、ぎゅっと拳を握りしめた。
(龍魔呂様……)
彼女の選んだ鬼神は今、自らの意志で、敵陣の只中へとその身を投じた。
この先に待つ運命がどのようなものであろうと、もう、引き返すことはできない。
ただ、彼の勝利を祈るのみだった。
10
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる