鬼神と月兎

月神世一

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鬼神と月兎

EP 12

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百薔薇の騎士団長
聖都ソラリスへと続く白亜の街道は、帝国の権威と繁栄を象徴するかのように、どこまでも広く、そして美しく整備されていた。街道を行く三人を、帝国騎士団の分厚い隊列が、まるで檻のように四方から取り囲んでいる。それは「護衛」というよりも、龍魔呂という危険人物を移送する「護送」に近いものだった。
ダイチは、騎士たちの物々しい雰囲気に萎縮し、ユイの隣で小さくなっている。ユイは、そんなダイチを気遣いつつも、時折、龍魔呂へと鋭い視線を向ける騎士たちに警戒を怠らない。そして、当の龍魔呂は、その全ての視線や警戒を意に介さず、ただ黙々と、しかし少しだけ不機嫌そうに歩を進めていた。
数時間後、一行の前方に、天を突くかのような巨大な城壁が見えてきた。聖都ソラリスの城門だ。その壮麗さと威圧感に、ダイチとユイは息を呑む。
城門の前で、一行の到着を待ち受けるかのように、一人の騎士が立っていた。
その人物が登場した瞬間、周囲の空気は、それまでの緊張とはまた違う、凛としたものに変わった。
磨き上げられた白銀の鎧、腰に下げられた優美なレイピア、そしてポニーテールに揺れる、ダイヤモンドのように輝く白銀の髪。その佇まいは、まるで戦場に咲いた一輪の薔薇のように、美しく、そして触れる者を傷つける気高さに満ちていた。
彼女こそが、帝国最強の騎士の一人と謳われる、百薔薇の騎士団長、ダイヤ・ソルティアであった。
護衛の隊長が、彼女の前に進み出て、恭しく敬礼する。
「ダイヤ団長! 勇者ダイチ様を、ご命令通りお連れいたしました!」
ダイヤは、その報告に短く頷くと、隊長を通り越し、ダイチたちの元へと歩みを進めた。その蒼い瞳が、まずダイチの姿を捉え、その無事を確かめるようにわずかに細められる。次に、その隣に立つユイを一瞥し、そして最後に、龍魔呂の姿を、まるで値踏みするかのように、頭のてっぺんからつま先まで、じろりと見据えた。
龍魔呂もまた、目の前の女騎士を静かに観察していた。美しいだけの飾り物ではない。その立ち姿、呼吸、視線の動き、その全てが、幾多の死線を越えてきた本物の戦士のものであると、彼は瞬時に見抜いていた。
「私が、勇者ダイチ様の専属護衛を拝命した、ダイヤ・ソルティアだ」
ダイヤは、まずダイチに向かって、穏やかながらも芯の通った声で名乗った。そして、膝をつき、その視線をダイチの高さに合わせる。
「ご無事で何よりです、勇者様。もうご安心ください。このダイヤ・ソルティアが、我が命に代えても、あなた様をお守りいたします」
その真摯な言葉に、ダイチは少しだけ安堵の表情を浮かべた。しかし、ダイヤが立ち上がり、再び龍魔呂に向き直った時、その声色と瞳の色は、絶対零度のそれに変わっていた。
「そして、貴様が、勇者様を連れ帰ったという、素性不明の男か」
「……」
「貴様の功績には、帝国騎士として礼を言おう。だが、その禍々しい気配…貴様のような得体の知れぬ者を、勇者様のお側に置いておくわけにはいかない」
ダイヤの右手が、腰のレイピアの柄に、そっと添えられる。一触即発の空気が、再び場を支配した。
「今すぐ、勇者様から離れろ。さすれば、これまでの功に免じ、命までは取らぬ」
「…断ると言ったら?」
龍魔呂が、挑発するように、静かに問い返す。
「ならば――」
ダイヤの瞳が、鋼の光を宿した。
「――ここで斬り捨てるまでだ。帝国への反逆者としてな」
二人の視線が、火花を散らすように交錯する。圧倒的な力を持つ「鬼神」と、あらゆる武器を使いこなす「ウェポンズ・マスター」。二つの強大な存在が、勇者を挟んで、初めてその牙を剥き出しにした瞬間だった。
「ま、待ってください!」
その間に割って入ったのは、またしてもダイチだった。
「ダイヤさん! この人は、龍魔呂さんは、僕の恩人なんです! 乱暴なことはやめてください!」
「勇者様、お気持ちは分かります。しかし、これは帝国の秩序の問題。どうか、お下がりください」
ダイヤは、ダイチへの態度は崩さないまま、龍魔呂への敵意は一切緩めない。
その時、龍魔呂は、ふっと息を吐くと、自ら一歩後ろへ下がった。
「…いいだろう。こいつはお前らにくれてやる」
「龍魔呂様!?」
ユイが驚きの声を上げる。
龍魔呂は、そんなユイを一瞥もせず、続けた。
「ただし、こいつの身に何かあれば、その時は、この街ごと灰にすると思え」
それは、静かだったが、そこにいる全ての騎士の背筋を凍らせるには十分すぎるほどの、絶対的な脅迫だった。
ダイヤは、その言葉に眉をひそめたが、龍魔...呂が自ら身を引いたことで、剣を抜く理由を失った。
こうして、ダイチの身柄は、ダイヤ率いる百薔薇の騎士団へと正式に引き渡された。
龍魔呂とユイは、客人として、しかし厳重な監視付きで、城下の一室へと案内されることになった。
引き離される間際、ダイチは不安そうに、何度も龍魔呂の方を振り返っていた。
龍魔呂は、その視線に気づかないふりをしていたが、彼の心の奥底では、あの温かいシチューの味と共に、小さな棘が、また一つ増えたような感覚が残っていた。
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