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鬼神と月兎
EP 13
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聖都と、それぞれの檻
聖都ソラリスは、まさに光の都だった。白亜の石で造られた建物が太陽の光を反射して輝き、空には魔導船が優雅に行き交う。活気に満ちた人々の声、整備された街並み。それは、龍魔呂がこれまで見てきた、血と暴力にまみれた裏社会とは何もかもが違う、秩序と繁栄の象徴であった。
しかし、龍魔呂にとって、その光は、自らの影をより一層濃くするだけの、鬱陶しいものでしかなかった。
彼とユイが案内されたのは、王城の一角にある、賓客のための豪華な一室だった。天蓋付きのベッド、美しい調度品、窓から見える見事な庭園。だが、部屋の外には常に百薔薇の騎士団の兵士が立ち、その監視の目は緩むことがない。それは、敬意の皮を被った、紛れもない「軟禁」だった。
「ダイチ様、大丈夫でしょうか…」
ユイは、落ち着きなく部屋の中を歩き回りながら、不安げに呟いた。
「あのダイヤという騎士団長、とても厳格な方のようでしたし、ダイチ様、きっと心細い思いを…」
対照的に、龍魔呂は窓辺の椅子に深く腰掛け、腕を組み、ただ静かに外の景色を眺めていた。
「奴らも、ようやく手に入れた『勇者』という駒を死なせるわけにはいかん。下手に魔族に殺されるよりは、あの中にいる方が安全だろう」
その言葉は正論だったが、あまりにも冷たく、ユイは少しだけ唇を尖らせた。
「…龍魔呂様は、心配ではないのですか?」
「心配したところで、何かが変わるわけでもない」
龍魔呂は、視線を外に向けたまま答えた。
(…変わらない、か)
彼は内心で自嘲する。そうだ、何も変わらない。かつて、どれだけ心配し、どれだけ手を尽くそうとしても、結局ユウを守れなかったように。感情は、時に無力だ。ならば、最初から抱かなければいい。それが、彼が長い年月をかけて身につけた、心の守り方だった。
一方、ダイチは、自分が「勇者」であるという事実の重みを、改めて痛感させられていた。
彼が通されたのは、「勇者の間」と呼ばれる、王城の中でも最も豪華な部屋だった。一人で住むには広すぎる空間、着心地の良すぎる衣服、そして、彼の背丈ほどもある、鞘に宝石がちりばめられた「勇者の剣」。その全てが、彼には分不相応なものに感じられ、落ち着かなかった。
「勇者様。本日より、あなた様の教育係を務めさせていただきます」
ダイヤは、ダイチの前に立ち、厳格な、しかしどこか不器用な優しさをにじませた声で言った。
「午前は座学として、この世界の歴史と魔王についての講義を。午後は、剣の基礎訓練を行います」
「け、剣…ですか…?」
ダイチは、壁に立てかけられた豪華な剣を見て、顔を青くした。
「はい。あなた様には、一日も早く勇者として覚醒していただく必要があります。それが、帝国臣民、いえ、世界中の人々の願いなのです」
その言葉は、ダイチの肩に、ずしりと重くのしかかった。
彼は、おずおずと、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「あの、龍魔呂さんたちは、どこにいるんですか? ユイさんにも会いたいです」
「彼らは、同じく城内の賓客室にて、丁重にもてなしています。ご安心を」
ダイヤはそう答えると、少しだけ声を潜めた。
「…ですが勇者様。あのような素性の知れぬ男には、今後はあまり関わらぬ方がよろしいかと。あなたの御身の安全が、最優先ですので」
「でも、彼は命の恩人です! 彼がいなければ、僕は…!」
ダイチが思わず反論する。ダイヤは、そのまっすぐな瞳に、一瞬だけ言葉に詰まった。
「…その功績は、帝国としても認めるところです。ですが、秩序を乱す力は、時に魔王軍以上の脅威となりうる。ご理解ください」
ダイヤは、そう言って静かに頭を下げた。彼女の言葉は、帝国の総意。有無を言わせぬ響きを持っていた。
その夜。百薔薇の騎士団長室で、ダイヤは帝国の宰相の前に立っていた。
「…報告は以上です。勇者ダイチ様は、心優しいが、気弱な少年。戦いの経験は皆無。覚醒には、まだ相当な時間と働きかけが必要かと」
「うむ、ご苦労」
影の中に座る宰相は、満足げに頷いた。
「して、問題の『鬼神』はどうだ?」
「…報告書通り、規格外の戦闘能力を持つ、極めて危険な男です。闘気の質は、魔族のそれに近い、禍々しいものでした。しかし、勇者様が彼を強く信頼しているのも事実。下手に刺激するのは得策ではありません」
「ふむ…」宰相は、指で机を軽く叩きながら、思案する。
「ならば、こうしよう。まずは、あの『鬼神』に帝国の力を示し、懐柔を試みる。我らの駒となるならば、これ以上ない戦力となろう。だが…もし、その牙が我らに向くようならば…」
宰相の目が、暗く、冷たい光を宿した。
「――勇者様が覚醒される前に、始末せねばなるまい」
それは、あまりにも冷徹な、国家の判断だった。ダイヤは、その言葉に反論することなく、ただ「御意に」と、静かに頭を下げる。
しかし、彼女の脳裏には、龍魔呂を庇った時の、ダイチの必死な顔が浮かんでいた。
鬼神、勇者、月兎、そして騎士団長。
聖都ソラリスという光の檻の中で、それぞれの思惑と運命が、静かに、そして複雑に絡み合い始めていた。
聖都ソラリスは、まさに光の都だった。白亜の石で造られた建物が太陽の光を反射して輝き、空には魔導船が優雅に行き交う。活気に満ちた人々の声、整備された街並み。それは、龍魔呂がこれまで見てきた、血と暴力にまみれた裏社会とは何もかもが違う、秩序と繁栄の象徴であった。
しかし、龍魔呂にとって、その光は、自らの影をより一層濃くするだけの、鬱陶しいものでしかなかった。
彼とユイが案内されたのは、王城の一角にある、賓客のための豪華な一室だった。天蓋付きのベッド、美しい調度品、窓から見える見事な庭園。だが、部屋の外には常に百薔薇の騎士団の兵士が立ち、その監視の目は緩むことがない。それは、敬意の皮を被った、紛れもない「軟禁」だった。
「ダイチ様、大丈夫でしょうか…」
ユイは、落ち着きなく部屋の中を歩き回りながら、不安げに呟いた。
「あのダイヤという騎士団長、とても厳格な方のようでしたし、ダイチ様、きっと心細い思いを…」
対照的に、龍魔呂は窓辺の椅子に深く腰掛け、腕を組み、ただ静かに外の景色を眺めていた。
「奴らも、ようやく手に入れた『勇者』という駒を死なせるわけにはいかん。下手に魔族に殺されるよりは、あの中にいる方が安全だろう」
その言葉は正論だったが、あまりにも冷たく、ユイは少しだけ唇を尖らせた。
「…龍魔呂様は、心配ではないのですか?」
「心配したところで、何かが変わるわけでもない」
龍魔呂は、視線を外に向けたまま答えた。
(…変わらない、か)
彼は内心で自嘲する。そうだ、何も変わらない。かつて、どれだけ心配し、どれだけ手を尽くそうとしても、結局ユウを守れなかったように。感情は、時に無力だ。ならば、最初から抱かなければいい。それが、彼が長い年月をかけて身につけた、心の守り方だった。
一方、ダイチは、自分が「勇者」であるという事実の重みを、改めて痛感させられていた。
彼が通されたのは、「勇者の間」と呼ばれる、王城の中でも最も豪華な部屋だった。一人で住むには広すぎる空間、着心地の良すぎる衣服、そして、彼の背丈ほどもある、鞘に宝石がちりばめられた「勇者の剣」。その全てが、彼には分不相応なものに感じられ、落ち着かなかった。
「勇者様。本日より、あなた様の教育係を務めさせていただきます」
ダイヤは、ダイチの前に立ち、厳格な、しかしどこか不器用な優しさをにじませた声で言った。
「午前は座学として、この世界の歴史と魔王についての講義を。午後は、剣の基礎訓練を行います」
「け、剣…ですか…?」
ダイチは、壁に立てかけられた豪華な剣を見て、顔を青くした。
「はい。あなた様には、一日も早く勇者として覚醒していただく必要があります。それが、帝国臣民、いえ、世界中の人々の願いなのです」
その言葉は、ダイチの肩に、ずしりと重くのしかかった。
彼は、おずおずと、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「あの、龍魔呂さんたちは、どこにいるんですか? ユイさんにも会いたいです」
「彼らは、同じく城内の賓客室にて、丁重にもてなしています。ご安心を」
ダイヤはそう答えると、少しだけ声を潜めた。
「…ですが勇者様。あのような素性の知れぬ男には、今後はあまり関わらぬ方がよろしいかと。あなたの御身の安全が、最優先ですので」
「でも、彼は命の恩人です! 彼がいなければ、僕は…!」
ダイチが思わず反論する。ダイヤは、そのまっすぐな瞳に、一瞬だけ言葉に詰まった。
「…その功績は、帝国としても認めるところです。ですが、秩序を乱す力は、時に魔王軍以上の脅威となりうる。ご理解ください」
ダイヤは、そう言って静かに頭を下げた。彼女の言葉は、帝国の総意。有無を言わせぬ響きを持っていた。
その夜。百薔薇の騎士団長室で、ダイヤは帝国の宰相の前に立っていた。
「…報告は以上です。勇者ダイチ様は、心優しいが、気弱な少年。戦いの経験は皆無。覚醒には、まだ相当な時間と働きかけが必要かと」
「うむ、ご苦労」
影の中に座る宰相は、満足げに頷いた。
「して、問題の『鬼神』はどうだ?」
「…報告書通り、規格外の戦闘能力を持つ、極めて危険な男です。闘気の質は、魔族のそれに近い、禍々しいものでした。しかし、勇者様が彼を強く信頼しているのも事実。下手に刺激するのは得策ではありません」
「ふむ…」宰相は、指で机を軽く叩きながら、思案する。
「ならば、こうしよう。まずは、あの『鬼神』に帝国の力を示し、懐柔を試みる。我らの駒となるならば、これ以上ない戦力となろう。だが…もし、その牙が我らに向くようならば…」
宰相の目が、暗く、冷たい光を宿した。
「――勇者様が覚醒される前に、始末せねばなるまい」
それは、あまりにも冷徹な、国家の判断だった。ダイヤは、その言葉に反論することなく、ただ「御意に」と、静かに頭を下げる。
しかし、彼女の脳裏には、龍魔呂を庇った時の、ダイチの必死な顔が浮かんでいた。
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