鬼神と月兎

月神世一

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鬼神と月兎

EP 14

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光の御前、鬼神と騎士
聖都ソラリスでの軟禁生活が数日過ぎた頃、龍魔呂とユイの元へ、皇帝からの正式な「招待状」が届けられた。それは、拒否することなど許されない、絶対の召喚命令であった。
ユイは緊張に顔をこわばらせ、龍魔呂は、やはり来たか、とでも言うように、静かにその命令書を受け取った。
案内されたのは、王城の中心にある、巨大な謁見の間だった。磨き上げられた大理石の床、天を衝くかのような円柱、そして、はるか奥に設置された、眩いばかりの光を放つ玉座。そこには、ルミナス帝国の頂点に君臨する皇帝が、威厳に満ちた姿で腰掛けていた。
その傍らには、影のように寄り添う宰相と、そして、勇者の正装を窮屈そうに着せられたダイチと、その護衛であるダイヤ・ソルティアの姿もあった。ダイチは、龍魔呂の姿を認めると、心配そうに眉を寄せている。ダイヤは、鋼の仮面を被ったかのように無表情だった。
「面を上げよ」
皇帝の、神託のように荘厳な声が響く。
「勇者を魔族の手から救い出したこと、帝国を代表し、感謝の意を表するぞ、『鬼神』龍魔呂」
皇帝は、労いの言葉とは裏腹に、値踏みするような視線を龍魔呂へと注いでいた。
「我が帝国の魔導師たちが貴様の力を分析したが、その力、常人の域を遥かに超えているとのこと。まさに『鬼神』の名にふさわしい」
皇帝は、そこで一度言葉を切ると、本題に入った。
「その力を、帝国のために使う気はないか。勇者ダイチ様が真に覚醒されるまでの間、我が帝国の『剣』として、その牙を魔族に向けてみるがいい。さすれば、望むままの富と名誉を、そなたに与えよう」
それは、破格の提案だった。一介の素性不明の男を、帝国の戦力として正式に迎え入れるというのだ。だが、龍魔呂の答えは、決まっていた。
「断る」
即答だった。何の躊躇も、何の逡巡もない、絶対の拒絶。
「俺は、誰の剣にもならん」
謁見の間の空気が、凍りついた。皇帝の眉が、ぴくりと動く。
隣に立つ宰相が、待っていましたとばかりに一歩前に出た。
「陛下のご厚意を無にするとは、無礼千万! ですが、まあ良いでしょう。ならば、その力が本物か、そして、帝国にとって脅威となりうるものかどうか、我らの目で見定めさせていただく必要がありますな」
宰相が、パチン、と指を鳴らす。
それを合図に、謁見の間の周囲に、魔法による半透明の防御結界が展開された。これは、最初から仕組まれていた「試練」。
皇帝が、玉座から静かに告げた。
「ダイヤ・ソルティアよ。その者の力を、測ってやれ」
「…御意に」
ダイヤは、静かに一礼すると、ダイチの側を離れ、龍魔呂の前へと進み出た。彼女はレイピアを抜き、小盾を構える。その瞳には、騎士としての覚悟と、最強の相手と戦うことへの微かな高揚が宿っていた。
「や、やめてください! 陛下!」
ダイチが、思わず悲鳴のような声を上げた。
「龍魔呂さんは、味方なんです! どうしてこんなことを…!」
「黙りなさい、勇者様。これは、帝国の秩序を守るための、必要な儀式です」
ダイヤは、ダイチを一瞥もせずに言い放つ。
二人の戦士が、広大な謁見の間の中央で対峙する。
先に動いたのは、ダイヤだった。床を滑るような高速の踏み込みから、レイピアによる電光石火の連続突きを繰り出す。その切っ先は、龍魔呂の急所を正確に狙っていた。
しかし、龍魔呂は、その神速の剣閃を、まるで子供の遊びでもあしらうかのように、最小限の動きで、全て紙一重でかわしていく。
「なっ…!?」
ダイヤの顔に、驚愕の色が浮かぶ。彼女の剣が、まるで当たらない。
「お前の剣は、綺麗すぎる」
龍魔呂は、初めて口を開いた。
「型に忠実で、無駄がない。だが、それだけだ。死線を越えた者の殺気がない」
「黙れ!」
ダイヤは、魔法ポーチから瞬時に火炎両手剣を取り出し、横薙ぎに龍魔呂を薙ぎ払う。炎の渦が、龍魔呂へと襲いかかった。
龍魔呂は、その炎の斬撃を避けることなく、赤黒い闘気を纏った右の拳を、正面から叩きつけた。
ゴッ!
炎が、爆散した。巨大な両手剣は、その一撃によって、中央からへし折られる。ダイヤは衝撃で後方へと吹き飛ばされた。
「ぐっ…!」
体勢を立て直したダイヤの瞳に、初めて焦りの色が浮かぶ。力の差は、歴然。だが、彼女は諦めない。今度は雷の槍を手に、再び突貫する。
「そこまでだ」
龍魔呂の姿が、消えた。
ダイヤが気づいた時には、背後に回り込まれ、その首筋に、冷たい指が添えられていた。赤黒い闘気を纏った、死の指先。
「……!」
ダイヤは、全身の血が凍りつくのを感じた。完全に、敗北した。この男がその気になれば、自分の首は一瞬で折られていただろう。
謁見の間は、静まり返っていた。帝国の誇る最強の騎士団長が、赤子のようにあしらわれ、完膚なきまでに敗れた。その事実に、皇帝も、宰相も、言葉を失っていた。
龍魔呂は、ダイヤからゆっくりと手を離すと、玉座に座る皇帝を、真っ直見据えた。
「これで、分かっただろう」
その声は、静かだったが、この場にいる誰の心にも、深く、重く突き刺さった。
「俺に、二度と指図するな」
皇帝の顔が、屈辱に、そして、それを上回る底知れぬ恐怖に、ゆっくりと歪んでいく。
帝国の懐柔策は、最悪の形で、完全に失敗した。
そして、彼らは知ることになる。制御できない「鬼神」を、光の都の檻の中に閉じ込めておくことが、どれほど危険なことであるのかを。
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