鬼神と月兎

月神世一

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鬼神と月兎

EP 15

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光の都の不協和音
謁見の間での一件は、聖都ソラリスの中枢に、静かだが深刻な衝撃を与えた。龍魔呂という存在は、もはや帝国の手に負える「駒」ではなく、いつ暴発するか分からない、極めて危険な「爆弾」として認識された。
皇帝と宰相は、表向きは「余興であった」と平静を装ったが、その日から、龍魔呂とユイが滞在する賓客室の周囲の警備は、さらに厳重なものとなった。それはもはや監視ではなく、万が一の事態に備えた、完全な封じ込めの態勢だった。
龍魔呂は、その変化を意に介さなかった。ただ、以前よりも頻繁に、窓の外を眺めては、静かに目を閉じる時間が増えた。その瞳には、かつて裏社会で生きていた頃の、全てを拒絶するような冷たい光が戻りつつあった。
一方、ダイヤ・ソルティアは、生まれて初めての完全な敗北に、打ちのめされていた。
自室に戻った彼女は、へし折られた火炎両手剣の残骸を前に、呆然と立ち尽くしていた。彼の指が首筋に触れた瞬間の、あの絶対的な死の感触。それは、彼女がこれまで積み上げてきた自信と誇りを、根こそぎ打ち砕くには十分すぎた。
(あれが…『鬼神』…)
恐怖ではない。悔しさでもない。それは、あまりにも次元の違う力に対する、純粋な畏怖だった。
彼女は、ぎゅっと拳を握りしめる。
(…だが、だからこそ!)
このままでは終われない。あの男を理解し、そして、いつか必ず超えてみせる。何より、あのような危険な存在から、勇者様を守り抜かなければならない。彼女の瞳に、新たな、そしてより強い覚悟の炎が灯った。
そんな大人たちの思惑の渦中で、最も心を痛めていたのは、ダイチだった。
あの日以来、ダイヤの態度はさらに硬化し、ダイチを龍魔呂から遠ざけようとする意思は、より明確なものとなった。勇者の教育という名目で、彼のスケジュールは分刻みで管理され、自由な時間はほとんどない。
「勇者様、本日の剣術訓練はここまでです。明日は、さらに厳しいものになりますので、覚悟なさってください」
訓練場で、木剣を握ったままへたり込むダイチに、ダイヤは冷徹に告げる。
「…ダイヤさん」
ダイチは、息を切らしながら、か細い声で尋ねた。
「龍魔呂さんは、怒っていますか…?」
「…さあな」
ダイヤは、そっけなく答えた。
「だが、あれほどの無礼を働きながら、処罰もされずに賓客として遇されているのだ。帝国に感謝すべきだろう」
「でも、あんなことをさせたのは、皇帝陛下たちじゃないですか!」
ダイチは、思わず声を荒らげた。
「龍魔呂さんは、悪くない! なのに、どうして…!」
「それが、この世界の『力』と『秩序』だ、勇者様」
ダイヤは、諭すように、しかし厳しい口調で言った。
「あの男の力は、秩序を破壊する。故に、管理されねばならない。それが、この光の都の、帝国の正義だ」
ダイチは、何も言い返せなかった。
彼は、豪華な自室に戻ると、一人、窓の外を眺めた。龍魔呂たちがいるであろう、城の一角を見つめながら。
(龍魔呂さん…ユイさん…)
会いたい。話がしたい。そして、あの温かいシチューを、もう一度食べてもらいたい。
ダイ-チは、右手の甲に浮かぶ、勇者の聖痕をじっと見つめた。
(僕が、もっと強かったら…)
(僕が、本当の『勇者』だったら、こんなことには…)
無力な自分への悔しさが、彼の胸を締め付ける。その時、手の甲の聖痕が、彼の強い感情に呼応するように、微かな、しかし温かい黄金色の光を、一瞬だけ放った。
その夜。
龍魔呂が滞在する賓客室の扉が、静かにノックされた。ユイが警戒しながら扉を開けると、そこに立っていたのは、意外な人物だった。
ダイヤ・ソルティア。
彼女は、騎士の鎧ではなく、簡素な私服姿だった。その手には、一つの包みを抱えている。
「…何の用だ」
龍魔呂が、低い声で問いかける。
ダイヤは、その視線から逃げることなく、まっすぐに見据え返した。
「昼間の無礼を、詫びに来た。騎士としてではなく、一人の武人として、貴様との実力差は認めよう」
そう言って、彼女は抱えていた包みを差し出した。中から現れたのは、彼女の折れた火炎両手剣だった。
「そして、これは頼みだ。この剣を、直してはもらえないだろうか」
「…俺が、鍛冶屋だとでも?」
龍魔呂の言葉に、皮肉が滲む。
「違う」
ダイヤは、きっぱりと否定した。
「この剣を折ったのは、貴様の闘気だ。ならば、この剣を元に戻せるのも、貴様の闘気だけのはず。このままでは、ただの鉄屑だ。それでは、私の気が収まらん」
それは、騎士団長の命令でも、帝国の依頼でもない。ただ、一人の剣士としての、プライドを賭けた、あまりにも不器用で、まっすぐな願いだった。
龍魔呂は、その折れた剣と、ダイヤの真剣な瞳を、しばらくの間、黙って見つめていた。
そして、ふっと、これまで誰にも見せたことのないような、微かな、本当に微かな笑みを、口元に浮かべた。
「…面白い女だ」
光の都で生まれた不協和音は、敵意だけではない。新たな関係性の始まりという、奇妙な響きを奏で始めていた。
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