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鬼神と月兎
EP 18
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勇者の決意、騎士の覚悟
聖都ソラリスの練兵場。乾いた土の上で、木剣のぶつかり合う音が響いていた。
「もっと腰を入れろ、ダイチ様! 剣は腕だけで振るものではない!」
ダイヤの厳しい声が飛ぶ。ダイチは、自分よりも少しだけ背の低い彼女に、赤子のようにあしらわれていた。数週間にわたる訓練で、素人同然だった剣筋は少しだけ様になってきたが、実戦で通用するレベルには程遠い。
訓練の休憩中、ダイチは汗を拭いながら、真剣な眼差しでダイヤを見上げた。
「ねぇ、ダイヤさん。お願いがあるんだ」
「何でしょうか? 訓練のことでしたら、一切の妥協はしませんが」
ダイヤは、水筒の水を飲みながら、素っ気なく答える。
「違うんだ」
ダイチは、ゆっくりと、しかし、これまでにないほど力強い意志を込めて言った。
「僕は、『勇者』なんだよね? だったら、こうやって安全な城に閉じこもっていても、誰も助けられない。皆の役には立てないよ」
その言葉に、ダイヤの手がぴたりと止まった。彼女は、ダイチの顔を真っ直ぐに見返す。その瞳は、もはやただの気弱な少年のものではなかった。
「それは…帝国の、ひいては世界の平和のため、あなた様のお力を蓄えていただくための、必要な措置です」
「分かってるよ、それは」
ダイチは、悔しそうに唇を噛んだ。
「でも、僕は何もできないまま、ただ守られてるだけだ。砦にいた時と、何も変わらない。僕は、僕自身の目で世界を見て、困っている人を助けたいんだ。たとえ、僕にできることが、シチューを作ってあげることくらいだったとしても。だから…僕は、旅をしなきゃいけない」
その言葉は、彼の魂からの叫びだった。守られるだけの存在ではなく、自らの足で立ち、自らの意志で誰かを助ける「勇者」になりたいという、切実な願い。
ダイヤは、その瞳に宿る光に、息を呑んだ。それは、かつて自分が騎士を志した時の、純粋な理想の輝きにも似ていた。帝国の秩序、任務の重要性、そして何より、彼の身の安全。頭では、反対すべきだと分かっている。しかし、心が、彼の言葉を否定することを拒んでいた。
「…ダイチ、様…」
「力を貸して、ダイヤさん」
ダイチは、ダイヤの前に進み出ると、その手を両手でぎゅっと握った。
「僕は、あなたと、龍魔呂さんたちと一緒に行きたい。あなたたちが僕を守ってくれるように、僕も、僕にできることで、みんなを守りたいんだ」
そのまっすぐな瞳と、小さな手から伝わる温もり。ダイヤの心の中で、騎士としての「任務」と、一人の人間としての「共感」が激しくせめぎ合った。
やがて、彼女は長く、深く息を吐くと、決意を固めたように、その蒼い瞳でダイチを見据えた。
「…分かりました」
その声は、静かだったが、揺るぎない覚悟が込められていた。
「私は、ダイチ様の護衛騎士。あなた様が進むと決めた道が、私の進むべき道です」
その日の夕刻。ダイヤは、帝国の宰相の前に立っていた。
「…以上が、勇者ダイチ様のご意思です。つきましては、勇者様の修行と、魔王軍の情報収集を兼ねた、諸国への巡行の許可をいただきたく、ここに上申いたします」
宰相は、その報告を、表情を変えずに聞いていた。
「…ふむ。騎士団長ともあろう者が、子供の我儘に付き合うと申すか」
その声には、冷ややかな皮肉が滲んでいる。
「我儘ではございません」
ダイヤは、きっぱりと否定した。
「勇者様は、自らの使命を自覚され、その第一歩を踏み出そうとしておられるのです。それを支えるのが、私の任務。そして、このまま城に閉じ込めておくよりも、諸国を巡り、民からの信望を集めることは、結果として勇者様の覚醒を促し、帝国の利益にも繋がると愚考いたします」
宰相は、しばらくの間、指で顎を撫でながら沈黙していた。
やがて、彼は、まるで面白い玩具を見つけたかのように、口の端を歪めた。
「…よかろう。許可する」
「! ありがとうございます!」
「ただし、条件がある」
宰相は、ダイヤの言葉を遮った。
「その旅には、あの『鬼神』、龍魔呂も同行させよ」
「なっ…!?」
ダイヤの顔に、驚愕の色が浮かんだ。
「宰相閣下! それはあまりにも危険です! あの男は…!」
「奴は、ダイチ様の恩人であり、ダイチ様も彼を強く信頼している。そうであろう?」
宰相は、全てを見透かすような目で、ダイヤを見据えた。
「ならば、その『絆』が本物かどうか、試してみるのも一興。それに…」
宰相は、立ち上がり、窓の外に広がる聖都の夜景を見下ろしながら、冷酷な声で続けた。
「光の届かぬ場所では、毒をもって毒を制すのが、最も効率が良い。あの男が、我らの手に負えぬ『鬼』ならば、魔王軍という、より大きな『鬼』にぶつけてやれば良いだけの話よ」
それは、龍魔呂を、勇者の旅の護衛という名の「捨て駒」として利用しようという、あまりにも非情な策略だった。
ダイヤは、その真意を悟り、唇を噛みしめることしかできなかった。
こうして、ダイチの純粋な願いは、帝国の冷徹な思惑の渦に巻き込まれながらも、一つの形となった。
勇者と、月兎と、騎士団長、そして、鬼神。
四人の奇妙なパーティによる、本当の旅が、今、始まろうとしていた。
聖都ソラリスの練兵場。乾いた土の上で、木剣のぶつかり合う音が響いていた。
「もっと腰を入れろ、ダイチ様! 剣は腕だけで振るものではない!」
ダイヤの厳しい声が飛ぶ。ダイチは、自分よりも少しだけ背の低い彼女に、赤子のようにあしらわれていた。数週間にわたる訓練で、素人同然だった剣筋は少しだけ様になってきたが、実戦で通用するレベルには程遠い。
訓練の休憩中、ダイチは汗を拭いながら、真剣な眼差しでダイヤを見上げた。
「ねぇ、ダイヤさん。お願いがあるんだ」
「何でしょうか? 訓練のことでしたら、一切の妥協はしませんが」
ダイヤは、水筒の水を飲みながら、素っ気なく答える。
「違うんだ」
ダイチは、ゆっくりと、しかし、これまでにないほど力強い意志を込めて言った。
「僕は、『勇者』なんだよね? だったら、こうやって安全な城に閉じこもっていても、誰も助けられない。皆の役には立てないよ」
その言葉に、ダイヤの手がぴたりと止まった。彼女は、ダイチの顔を真っ直ぐに見返す。その瞳は、もはやただの気弱な少年のものではなかった。
「それは…帝国の、ひいては世界の平和のため、あなた様のお力を蓄えていただくための、必要な措置です」
「分かってるよ、それは」
ダイチは、悔しそうに唇を噛んだ。
「でも、僕は何もできないまま、ただ守られてるだけだ。砦にいた時と、何も変わらない。僕は、僕自身の目で世界を見て、困っている人を助けたいんだ。たとえ、僕にできることが、シチューを作ってあげることくらいだったとしても。だから…僕は、旅をしなきゃいけない」
その言葉は、彼の魂からの叫びだった。守られるだけの存在ではなく、自らの足で立ち、自らの意志で誰かを助ける「勇者」になりたいという、切実な願い。
ダイヤは、その瞳に宿る光に、息を呑んだ。それは、かつて自分が騎士を志した時の、純粋な理想の輝きにも似ていた。帝国の秩序、任務の重要性、そして何より、彼の身の安全。頭では、反対すべきだと分かっている。しかし、心が、彼の言葉を否定することを拒んでいた。
「…ダイチ、様…」
「力を貸して、ダイヤさん」
ダイチは、ダイヤの前に進み出ると、その手を両手でぎゅっと握った。
「僕は、あなたと、龍魔呂さんたちと一緒に行きたい。あなたたちが僕を守ってくれるように、僕も、僕にできることで、みんなを守りたいんだ」
そのまっすぐな瞳と、小さな手から伝わる温もり。ダイヤの心の中で、騎士としての「任務」と、一人の人間としての「共感」が激しくせめぎ合った。
やがて、彼女は長く、深く息を吐くと、決意を固めたように、その蒼い瞳でダイチを見据えた。
「…分かりました」
その声は、静かだったが、揺るぎない覚悟が込められていた。
「私は、ダイチ様の護衛騎士。あなた様が進むと決めた道が、私の進むべき道です」
その日の夕刻。ダイヤは、帝国の宰相の前に立っていた。
「…以上が、勇者ダイチ様のご意思です。つきましては、勇者様の修行と、魔王軍の情報収集を兼ねた、諸国への巡行の許可をいただきたく、ここに上申いたします」
宰相は、その報告を、表情を変えずに聞いていた。
「…ふむ。騎士団長ともあろう者が、子供の我儘に付き合うと申すか」
その声には、冷ややかな皮肉が滲んでいる。
「我儘ではございません」
ダイヤは、きっぱりと否定した。
「勇者様は、自らの使命を自覚され、その第一歩を踏み出そうとしておられるのです。それを支えるのが、私の任務。そして、このまま城に閉じ込めておくよりも、諸国を巡り、民からの信望を集めることは、結果として勇者様の覚醒を促し、帝国の利益にも繋がると愚考いたします」
宰相は、しばらくの間、指で顎を撫でながら沈黙していた。
やがて、彼は、まるで面白い玩具を見つけたかのように、口の端を歪めた。
「…よかろう。許可する」
「! ありがとうございます!」
「ただし、条件がある」
宰相は、ダイヤの言葉を遮った。
「その旅には、あの『鬼神』、龍魔呂も同行させよ」
「なっ…!?」
ダイヤの顔に、驚愕の色が浮かんだ。
「宰相閣下! それはあまりにも危険です! あの男は…!」
「奴は、ダイチ様の恩人であり、ダイチ様も彼を強く信頼している。そうであろう?」
宰相は、全てを見透かすような目で、ダイヤを見据えた。
「ならば、その『絆』が本物かどうか、試してみるのも一興。それに…」
宰相は、立ち上がり、窓の外に広がる聖都の夜景を見下ろしながら、冷酷な声で続けた。
「光の届かぬ場所では、毒をもって毒を制すのが、最も効率が良い。あの男が、我らの手に負えぬ『鬼』ならば、魔王軍という、より大きな『鬼』にぶつけてやれば良いだけの話よ」
それは、龍魔呂を、勇者の旅の護衛という名の「捨て駒」として利用しようという、あまりにも非情な策略だった。
ダイヤは、その真意を悟り、唇を噛みしめることしかできなかった。
こうして、ダイチの純粋な願いは、帝国の冷徹な思惑の渦に巻き込まれながらも、一つの形となった。
勇者と、月兎と、騎士団長、そして、鬼神。
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