25 / 30
第三章 模擬対抗戦
EP 5
しおりを挟む
音速の捕縛、計算外の蹴り
三日目の朝。
A班(赤チーム)の陣地は、この世の終わりのような空気に包まれていた。
「……おはよう、みんな」
「……あよ……ざいま……」
クラウスが土気色の顔で挨拶するが、返ってくるのは呻き声だけ。
全員の目の下に、濃い隈(クマ)ができている。
食料はなく、昨晩は一時間おきの爆音で一睡もできていない。
彼らはもはや騎士でも貴族でもなく、ただの『空腹で不機嫌なゾンビ』だった。
「……許さない」
その中で、一人だけ殺気を漲らせている少女がいた。
キャルルだ。
彼女は手鏡を覗き込み、自身の顔――肌のツヤがなくなり、自慢の長い耳がへたりと垂れ下がっているのを見て、プルプルと震えていた。
「私の……私の美容ゴールデンタイムを……! よくも邪魔してくれたね、リアンくん……!」
ウサギ族にとって、睡眠と野菜は命。それを奪われた彼女の怒りは、頂点に達していた。
◇
そして、三日目の夜。
俺(リアン)は再び、いつもの狙撃ポイントである大木の上にいた。
「くぁ……。さて、今夜もパーティーの時間だ」
俺はあくびを噛み殺しながら、火薬付きの矢を準備する。
昨晩の手応えからして、今の彼らに反撃する余力はないはずだ。意識が朦朧とし、歩くのもままならないだろう。
「今日は趣向を変えて、クラウスの枕元に『悪臭弾(スカンクのガス入り)』でも撃ち込んでやるか」
俺はニヤリと笑い、弦を引き絞った。
狙いはA班のリーダー用テント。
「――おやすみ、優等生」
指を離そうとした、その瞬間だった。
ゾクリ。
背筋に、氷柱を突き刺されたような悪寒が走った。
殺気? いや、もっと鋭利な――音だ。
風が泣くような、高周波の音。
「――みーつけたっ☆」
耳元で、甘く危険な声がした。
「ッ!?」
反応する暇などなかった。
俺が振り返るよりも早く、衝撃が横腹を襲った。
ドォォォォォォンッ!!!
「がはっ!?」
俺の体は砲弾のように吹き飛ばされ、太い枝をへし折りながら地面へと叩きつけられた。
「ぐぅ……ッ!」
激痛に顔を歪めながら見上げると、月を背にして、一本の木の上に立つシルエットがあった。
垂れ下がっていた耳をピンと立て、赤い瞳をギラつかせたウサギ族の少女。キャルルだ。
「……速ぇな。マッハ1か?」
「『お肌の恨み』だよっ! 昨日からずっと、あんたの匂いを追って張り込んでたんだ!」
キャルルが木から飛び降り、俺の胸ぐらを掴み上げる。
その表情は、いつもの天真爛漫なものではなく、獲物を狩る捕食者のそれだった。
「睡眠不足のレディを怒らせると怖いんだよ……? 分かったら、大人しくお縄につきな!」
「……へっ。参ったな」
俺は抵抗するふりをして、ポケットの中の『信号弾』を握りつぶした。
これは仲間への合図だ。
意味は――『俺は捕まる。手出し無用』。
◇
「ご苦労だった、キャルル!」
A班の陣地に連行された俺を、クラウスが狂喜乱舞で迎えた。
彼は目の下の隈をピクピクさせながら、俺を見下ろした。
「見たかリアン! これが正義の勝利だ! 貴様の卑劣な工作もここまでだ!」
「……やるじゃないか。まさか、あの状態で動ける奴がいるとはな」
俺は素直に称賛した。キャルルの執念(美容への)を甘く見ていた俺のミスだ。
「捕縛しろ! 牢屋へぶち込め!」
俺は手錠をかけられ、頑丈な木枠で作られた牢屋(捕虜用テントとは別の、本当の牢屋)へと放り込まれた。
「ふん。リーザのように優遇はしないぞ。……そこで飢えと孤独に震えるんだな」
クラウスは勝ち誇ったように言い捨てると、部下たちに休息を命じた。
これで爆撃は止む。ようやく眠れるという安堵感で、陣地には瞬く間に寝息が満ちていった。
◇
森の暗闇の中。
その様子を遠目から見ていたイグニスとルナがいた。
「あーあ。兄貴、捕まっちまったぞ」
イグニスが斧を担ぎ直す。
今すぐ殴り込めば助け出せるが、彼らは動かなかった。
「……でも、リアンさんからの合図は『待て』でしたよぉ」
「ケッ。あいつのことだ、捕まるのも計算のうち……いや、あの蹴りは計算外っぽかったけどな」
イグニスは楽しそうに牙を見せた。
「ま、いいさ。指揮官がいなくなったと油断させておいて……ここからが『プラン2』の本番だろ?」
「はいぃ。私の出番ですねぇ」
ルナはおっとりと微笑み、川の上流の方角を見つめた。
「それじゃあイグニスさん。兄貴が中から鍵を開けるまで、私たちは『水遊び』の準備をしておきましょうか」
牢屋の中の悪魔と、森に潜む災害たち。
クラウスたちはまだ知らない。
リアンを「中」に入れたことこそが、本当の悪夢の始まりだということを。
三日目の朝。
A班(赤チーム)の陣地は、この世の終わりのような空気に包まれていた。
「……おはよう、みんな」
「……あよ……ざいま……」
クラウスが土気色の顔で挨拶するが、返ってくるのは呻き声だけ。
全員の目の下に、濃い隈(クマ)ができている。
食料はなく、昨晩は一時間おきの爆音で一睡もできていない。
彼らはもはや騎士でも貴族でもなく、ただの『空腹で不機嫌なゾンビ』だった。
「……許さない」
その中で、一人だけ殺気を漲らせている少女がいた。
キャルルだ。
彼女は手鏡を覗き込み、自身の顔――肌のツヤがなくなり、自慢の長い耳がへたりと垂れ下がっているのを見て、プルプルと震えていた。
「私の……私の美容ゴールデンタイムを……! よくも邪魔してくれたね、リアンくん……!」
ウサギ族にとって、睡眠と野菜は命。それを奪われた彼女の怒りは、頂点に達していた。
◇
そして、三日目の夜。
俺(リアン)は再び、いつもの狙撃ポイントである大木の上にいた。
「くぁ……。さて、今夜もパーティーの時間だ」
俺はあくびを噛み殺しながら、火薬付きの矢を準備する。
昨晩の手応えからして、今の彼らに反撃する余力はないはずだ。意識が朦朧とし、歩くのもままならないだろう。
「今日は趣向を変えて、クラウスの枕元に『悪臭弾(スカンクのガス入り)』でも撃ち込んでやるか」
俺はニヤリと笑い、弦を引き絞った。
狙いはA班のリーダー用テント。
「――おやすみ、優等生」
指を離そうとした、その瞬間だった。
ゾクリ。
背筋に、氷柱を突き刺されたような悪寒が走った。
殺気? いや、もっと鋭利な――音だ。
風が泣くような、高周波の音。
「――みーつけたっ☆」
耳元で、甘く危険な声がした。
「ッ!?」
反応する暇などなかった。
俺が振り返るよりも早く、衝撃が横腹を襲った。
ドォォォォォォンッ!!!
「がはっ!?」
俺の体は砲弾のように吹き飛ばされ、太い枝をへし折りながら地面へと叩きつけられた。
「ぐぅ……ッ!」
激痛に顔を歪めながら見上げると、月を背にして、一本の木の上に立つシルエットがあった。
垂れ下がっていた耳をピンと立て、赤い瞳をギラつかせたウサギ族の少女。キャルルだ。
「……速ぇな。マッハ1か?」
「『お肌の恨み』だよっ! 昨日からずっと、あんたの匂いを追って張り込んでたんだ!」
キャルルが木から飛び降り、俺の胸ぐらを掴み上げる。
その表情は、いつもの天真爛漫なものではなく、獲物を狩る捕食者のそれだった。
「睡眠不足のレディを怒らせると怖いんだよ……? 分かったら、大人しくお縄につきな!」
「……へっ。参ったな」
俺は抵抗するふりをして、ポケットの中の『信号弾』を握りつぶした。
これは仲間への合図だ。
意味は――『俺は捕まる。手出し無用』。
◇
「ご苦労だった、キャルル!」
A班の陣地に連行された俺を、クラウスが狂喜乱舞で迎えた。
彼は目の下の隈をピクピクさせながら、俺を見下ろした。
「見たかリアン! これが正義の勝利だ! 貴様の卑劣な工作もここまでだ!」
「……やるじゃないか。まさか、あの状態で動ける奴がいるとはな」
俺は素直に称賛した。キャルルの執念(美容への)を甘く見ていた俺のミスだ。
「捕縛しろ! 牢屋へぶち込め!」
俺は手錠をかけられ、頑丈な木枠で作られた牢屋(捕虜用テントとは別の、本当の牢屋)へと放り込まれた。
「ふん。リーザのように優遇はしないぞ。……そこで飢えと孤独に震えるんだな」
クラウスは勝ち誇ったように言い捨てると、部下たちに休息を命じた。
これで爆撃は止む。ようやく眠れるという安堵感で、陣地には瞬く間に寝息が満ちていった。
◇
森の暗闇の中。
その様子を遠目から見ていたイグニスとルナがいた。
「あーあ。兄貴、捕まっちまったぞ」
イグニスが斧を担ぎ直す。
今すぐ殴り込めば助け出せるが、彼らは動かなかった。
「……でも、リアンさんからの合図は『待て』でしたよぉ」
「ケッ。あいつのことだ、捕まるのも計算のうち……いや、あの蹴りは計算外っぽかったけどな」
イグニスは楽しそうに牙を見せた。
「ま、いいさ。指揮官がいなくなったと油断させておいて……ここからが『プラン2』の本番だろ?」
「はいぃ。私の出番ですねぇ」
ルナはおっとりと微笑み、川の上流の方角を見つめた。
「それじゃあイグニスさん。兄貴が中から鍵を開けるまで、私たちは『水遊び』の準備をしておきましょうか」
牢屋の中の悪魔と、森に潜む災害たち。
クラウスたちはまだ知らない。
リアンを「中」に入れたことこそが、本当の悪夢の始まりだということを。
0
あなたにおすすめの小説
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです
竹桜
ファンタジー
無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。
だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。
その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。
『異世界でSWAT隊長になったが、部下が無職のドラゴンと婚活ウサギしか居ない件について〜 裁けぬ悪は、357マグナムとカツ丼で解決します〜』
月神世一
ファンタジー
「魔法? 知らん。閃光弾(フラバン)食らって手錠にかかれ!」元SWAT隊長が挑む、異世界警察24時!
【あらすじ】
元ロス市警SWAT隊員の鮫島勇護は、子供を庇って死んだ……はずが、気がつけば異世界の新興国「太郎国」で、特別機動隊『T-SWAT』の隊長になっていた!
支給されたのは、最強のリボルバー『Korth』と現代タクティカルギア。
魔法障壁? ゴム弾で割る。
詠唱? 閃光弾で黙らせる。
騎士道? 知るか、裏から制圧だ。
圧倒的な実力で凶悪犯を狩る鮫島だったが、彼には致命的な悩みがあった。
――部下がいない。そして、装備の維持費が高すぎて給料がマイナスだ。
安くて強い人材を求めた彼が採用したのは……
「火力が強すぎてクビになった無職のドラゴン」
「婚活資金のために戦う、安全靴を履いたウサギ」
さらには、取調室にカツ丼目当てで現れる貧乏アイドルまで!?
法で裁けぬ悪を、357マグナムとカツ丼で解決する!
ハードボイルド(になりきれない)痛快アクションコメディ、開幕!
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる