26 / 30
第三章 模擬対抗戦
EP 6
しおりを挟む
檻の中の悪魔、囁き戦術
「……ふあぁ。暇だな」
頑丈な丸太で組まれた牢屋の中で、俺(リアン)は仰向けに寝転がりながら、大あくびをした。
A班の陣地は静かだ。
連日の夜襲(爆音矢)と食料不足で疲弊しきった生徒たちは、泥のように眠っている。
見張りに立っているのは、一人の男子生徒だけ。
彼もまた、立ったまま船を漕ぎそうになるほど消耗していた。
「おい、そこの君」
「ひっ!? な、何だ囚人!」
俺が声をかけると、見張りの生徒は過剰にビクリと肩を震わせた。
名札を見る。……バロン男爵家の三男か。
「そんなに怯えるなよ。……なぁ、この手錠、少しきつくないか? 手首が痛くてかなわないんだが」
「だ、駄目だ! お前は危険人物だ! 拘束を緩めるわけにはいかない!」
彼は槍を構えて威嚇してくるが、その穂先は震えている。
俺は鉄格子の隙間から、彼をじっと見つめた。
「……ふーん。いいのか? 俺をそんなに邪険に扱って」
「は?」
「知ってるだろ? 俺の家は『クライン侯爵家』だ。……父上は、息子が不当な扱いを受けたとなると、黙っていない人なんだがなぁ」
貴族社会において、家格の差は絶対だ。
侯爵家の跡取りである俺に対し、下級貴族である彼が剣を向けること自体、本来なら心臓が縮む行為なのだ。
「うっ……そ、それは……」
「演習が終わった後、君の実家がどうなるか……想像したことはあるかい?」
俺が冷たい笑みを向けると、彼の顔から血の気が引いていった。
よし、揺らいだ。あと一押しで――
「――そこまでだ、リアン!」
凛とした声が、その空気を切り裂いた。
テントから出てきたクラウスだ。
「ちっ。お目覚めか、優等生」
「見張りを脅すのはやめろ! ここは戦場だ。家柄も身分も関係ない!」
クラウスは俺の前に立ちふさがり、正義感に燃える瞳で見張りの生徒を励ました。
「恐れることはない! 君は『A班の兵士』として、正当な任務を遂行しているだけだ! 侯爵家の圧力など、僕が跳ね除けてやる!」
「ク、クラウス様……! はいっ!」
見張りの生徒の目に、再び光が戻る。
クラウスは満足げに頷くと、俺を睨みつけた。
「無駄な抵抗はやめろ。君の仲間(イグニスたち)も、指揮官を失って撤退したようだ。……この勝負、僕たちの勝ちだ」
「……そう見えるか?」
「負け惜しみを。……行くぞ、少し見回ってくる」
クラウスは部下を連れて、陣地の外周警備へと向かっていった。
さすがは正統派主人公。部下の士気を上げるのが上手い。
だが――正しすぎる光は、時に足元の影を見落とすものだ。
◇
クラウスがいなくなり、再び牢屋の前には見張りの生徒と俺だけになった。
「……ふん。クラウス様に言われた通りだ。お前の脅しには屈しないぞ!」
生徒は強気に胸を張る。
俺は鉄格子にもたれかかり、先ほどとは違う、低く湿った声で囁いた。
「……なぁ。脅しじゃないんだ。これは『取引』だよ」
「と、取引?」
俺はポケットから(没収され損ねた)一枚のキャラメルを取り出し、指先で弾いた。
甘い匂いが、空腹の彼の鼻腔をくすぐる。
「君の実家……バロン男爵領。最近、特産の『麦』が不作で、資金繰りが苦しいそうじゃないか?」
「ッ!? な、なぜそれを……」
図星か。
リベラ理事長との雑談で仕入れた情報だ。この国の貴族の懐事情は、全てあの女の頭に入っている。
「借金の返済期限は来月。……このままじゃ、領地の一部を切り売りしなきゃならない。君も学費が払えなくて、退学の危機にある……違うか?」
生徒がゴクリと唾を飲む。
彼の額に、嫌な汗が浮かんでいた。
「クラウスの『正義』は立派だが、君の実家の借金は返してくれないぞ?」
「う……うぅ……」
「だが、俺ならどうにかできる」
俺は悪魔の笑みで、彼の手元を見つめた。
「父上(侯爵)に頼んで、君の領地に『農業支援』を出させてもいい。……さらに言えば、リベラ理事長のゴルド商会に口添えして、不作の麦を高値で買い取らせることも可能だ」
「な……ほん、とうに……?」
「ああ。俺はこの学園の『影の支配者』だぞ? そのくらい造作もない」
嘘ではない。リベラに頼めばその程度、電話一本で片付く案件だ。
俺は鉄格子の隙間から手を伸ばし、キャラメルを彼の手のひらに乗せた。
「条件は一つ。……俺の手錠の鍵を、うっかり落としてくれればいい」
「……ッ!」
彼は震える手でキャラメルを握りしめた。
脳内で天秤が揺れている。
『一時の演習での勝利』と、『実家の未来と安定』。
空腹と疲労で判断力が低下した彼にとって、どちらが重いかは明白だった。
「……本当に、助けてくれるんだな?」
「約束する。俺は敵には容赦しないが、味方には甘いんだ」
俺がウィンクすると、彼の瞳から『正義の光』が消え、濁った『欲の色』が宿った。
「……わ、分かった……」
彼は周囲をキョロキョロと確認すると、腰から鍵束を外し、指先で弄び始めた。
「あー、疲れたなぁ。手が滑りそうだなぁ……」
堕ちた。
俺は口元を歪めた。
クラウス、悪いな。お前の騎士道精神では、このドロドロとした大人の事情には勝てないんだよ。
さあ、あとは外の連中(ルナたち)が派手に花火を上げるのを待つだけだ。
「……ふあぁ。暇だな」
頑丈な丸太で組まれた牢屋の中で、俺(リアン)は仰向けに寝転がりながら、大あくびをした。
A班の陣地は静かだ。
連日の夜襲(爆音矢)と食料不足で疲弊しきった生徒たちは、泥のように眠っている。
見張りに立っているのは、一人の男子生徒だけ。
彼もまた、立ったまま船を漕ぎそうになるほど消耗していた。
「おい、そこの君」
「ひっ!? な、何だ囚人!」
俺が声をかけると、見張りの生徒は過剰にビクリと肩を震わせた。
名札を見る。……バロン男爵家の三男か。
「そんなに怯えるなよ。……なぁ、この手錠、少しきつくないか? 手首が痛くてかなわないんだが」
「だ、駄目だ! お前は危険人物だ! 拘束を緩めるわけにはいかない!」
彼は槍を構えて威嚇してくるが、その穂先は震えている。
俺は鉄格子の隙間から、彼をじっと見つめた。
「……ふーん。いいのか? 俺をそんなに邪険に扱って」
「は?」
「知ってるだろ? 俺の家は『クライン侯爵家』だ。……父上は、息子が不当な扱いを受けたとなると、黙っていない人なんだがなぁ」
貴族社会において、家格の差は絶対だ。
侯爵家の跡取りである俺に対し、下級貴族である彼が剣を向けること自体、本来なら心臓が縮む行為なのだ。
「うっ……そ、それは……」
「演習が終わった後、君の実家がどうなるか……想像したことはあるかい?」
俺が冷たい笑みを向けると、彼の顔から血の気が引いていった。
よし、揺らいだ。あと一押しで――
「――そこまでだ、リアン!」
凛とした声が、その空気を切り裂いた。
テントから出てきたクラウスだ。
「ちっ。お目覚めか、優等生」
「見張りを脅すのはやめろ! ここは戦場だ。家柄も身分も関係ない!」
クラウスは俺の前に立ちふさがり、正義感に燃える瞳で見張りの生徒を励ました。
「恐れることはない! 君は『A班の兵士』として、正当な任務を遂行しているだけだ! 侯爵家の圧力など、僕が跳ね除けてやる!」
「ク、クラウス様……! はいっ!」
見張りの生徒の目に、再び光が戻る。
クラウスは満足げに頷くと、俺を睨みつけた。
「無駄な抵抗はやめろ。君の仲間(イグニスたち)も、指揮官を失って撤退したようだ。……この勝負、僕たちの勝ちだ」
「……そう見えるか?」
「負け惜しみを。……行くぞ、少し見回ってくる」
クラウスは部下を連れて、陣地の外周警備へと向かっていった。
さすがは正統派主人公。部下の士気を上げるのが上手い。
だが――正しすぎる光は、時に足元の影を見落とすものだ。
◇
クラウスがいなくなり、再び牢屋の前には見張りの生徒と俺だけになった。
「……ふん。クラウス様に言われた通りだ。お前の脅しには屈しないぞ!」
生徒は強気に胸を張る。
俺は鉄格子にもたれかかり、先ほどとは違う、低く湿った声で囁いた。
「……なぁ。脅しじゃないんだ。これは『取引』だよ」
「と、取引?」
俺はポケットから(没収され損ねた)一枚のキャラメルを取り出し、指先で弾いた。
甘い匂いが、空腹の彼の鼻腔をくすぐる。
「君の実家……バロン男爵領。最近、特産の『麦』が不作で、資金繰りが苦しいそうじゃないか?」
「ッ!? な、なぜそれを……」
図星か。
リベラ理事長との雑談で仕入れた情報だ。この国の貴族の懐事情は、全てあの女の頭に入っている。
「借金の返済期限は来月。……このままじゃ、領地の一部を切り売りしなきゃならない。君も学費が払えなくて、退学の危機にある……違うか?」
生徒がゴクリと唾を飲む。
彼の額に、嫌な汗が浮かんでいた。
「クラウスの『正義』は立派だが、君の実家の借金は返してくれないぞ?」
「う……うぅ……」
「だが、俺ならどうにかできる」
俺は悪魔の笑みで、彼の手元を見つめた。
「父上(侯爵)に頼んで、君の領地に『農業支援』を出させてもいい。……さらに言えば、リベラ理事長のゴルド商会に口添えして、不作の麦を高値で買い取らせることも可能だ」
「な……ほん、とうに……?」
「ああ。俺はこの学園の『影の支配者』だぞ? そのくらい造作もない」
嘘ではない。リベラに頼めばその程度、電話一本で片付く案件だ。
俺は鉄格子の隙間から手を伸ばし、キャラメルを彼の手のひらに乗せた。
「条件は一つ。……俺の手錠の鍵を、うっかり落としてくれればいい」
「……ッ!」
彼は震える手でキャラメルを握りしめた。
脳内で天秤が揺れている。
『一時の演習での勝利』と、『実家の未来と安定』。
空腹と疲労で判断力が低下した彼にとって、どちらが重いかは明白だった。
「……本当に、助けてくれるんだな?」
「約束する。俺は敵には容赦しないが、味方には甘いんだ」
俺がウィンクすると、彼の瞳から『正義の光』が消え、濁った『欲の色』が宿った。
「……わ、分かった……」
彼は周囲をキョロキョロと確認すると、腰から鍵束を外し、指先で弄び始めた。
「あー、疲れたなぁ。手が滑りそうだなぁ……」
堕ちた。
俺は口元を歪めた。
クラウス、悪いな。お前の騎士道精神では、このドロドロとした大人の事情には勝てないんだよ。
さあ、あとは外の連中(ルナたち)が派手に花火を上げるのを待つだけだ。
0
あなたにおすすめの小説
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです
竹桜
ファンタジー
無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。
だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。
その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。
『異世界でSWAT隊長になったが、部下が無職のドラゴンと婚活ウサギしか居ない件について〜 裁けぬ悪は、357マグナムとカツ丼で解決します〜』
月神世一
ファンタジー
「魔法? 知らん。閃光弾(フラバン)食らって手錠にかかれ!」元SWAT隊長が挑む、異世界警察24時!
【あらすじ】
元ロス市警SWAT隊員の鮫島勇護は、子供を庇って死んだ……はずが、気がつけば異世界の新興国「太郎国」で、特別機動隊『T-SWAT』の隊長になっていた!
支給されたのは、最強のリボルバー『Korth』と現代タクティカルギア。
魔法障壁? ゴム弾で割る。
詠唱? 閃光弾で黙らせる。
騎士道? 知るか、裏から制圧だ。
圧倒的な実力で凶悪犯を狩る鮫島だったが、彼には致命的な悩みがあった。
――部下がいない。そして、装備の維持費が高すぎて給料がマイナスだ。
安くて強い人材を求めた彼が採用したのは……
「火力が強すぎてクビになった無職のドラゴン」
「婚活資金のために戦う、安全靴を履いたウサギ」
さらには、取調室にカツ丼目当てで現れる貧乏アイドルまで!?
法で裁けぬ悪を、357マグナムとカツ丼で解決する!
ハードボイルド(になりきれない)痛快アクションコメディ、開幕!
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる