15 / 25
EP 15
しおりを挟む
神様、召喚(強制連行) ~焼き鳥屋の中心で、訴状を叫ぶ~
王都ルミナス、下町。
日が落ちると、そこは労働者たちの憩いの場となる。安酒の匂い、炭火の煙、そして酔っ払いたちの笑い声。
その一角にある、赤提灯が揺れる古びた屋台『焼き鳥 げんさん』。
油で汚れた暖簾を、私は静かに潜った。
「ういーっす、大将! ハイボールおかわり! あと『ぼんじり』タレで5本追加ね! 焦がし気味で!」
カウンターの隅で、ジョッキを片手に管を巻いている女性がいた。
黒髪を無造作に束ね、ヨレヨレのジャージ(どこで手に入れた?)を着た、眼鏡の女性。
背中を丸め、枝豆を摘むその姿は、どこからどう見ても「仕事に疲れたアラサーOL」か「近所のオバサン」だ。
だが、私の【真実の天秤】は誤魔化せない。
彼女から滲み出る、隠しきれない神聖なオーラ(とアルコール臭)。
間違いない。彼女こそが、この世界の創造主。
女神ルチアナだ。
「……お隣、よろしいですか?」
私は彼女の隣の丸椅子に座った。
背後には、魔王ラスティア、獣王レオ、そして三柱の調停者たちが、一般人に擬態(変装)して待機している。狭い屋台の人口密度と戦闘力が飽和状態だ。
「んあ? いいけどさぁ、お嬢ちゃん。ここはお上品な貴族が来るところじゃ……って、んん?」
ルチアナ様が眼鏡の位置を直し、私を見た。
そして、私の背後に立つメンツを見て――顔色を青ざめさせた。
「……げっ」
彼女は一瞬で状況を理解したらしい。
飲みかけのハイボールを置き、ソロリと席を立とうとする。
「あー、急用思い出したわ。天界の風呂の栓を抜き忘れた気がする。お勘定――」
「逃がしませんわよ、創造神様」
ガシッ。
私は笑顔で、彼女のジャージの裾を掴んだ。
「ひっ!? ちょ、離しなさいよ! 私はただの善良な市民『ルーシー』よ!?」
「往生際が悪いですわ。……皆さん、お願いします」
私が合図を送ると、狭い屋台の空気が一変した。
ズンッ。
屋台の出口を、巨漢の獣王レオが塞ぐ。
「逃げ場はねぇぞ、ルーシーちゃん」
反対側を、狼王フェンリルが氷の微笑みで塞ぐ。
「久しぶりだね、ババ……女神様。鬼ごっこなら俺が相手になるぜ?」
天井(空)を、魔王ラスティアが重力魔法でロックする。
「転移は無駄だ。空間ごと固定した」
そして正面には、腕組みをした竜王デュークと、恨めしそうな目の不死鳥フレア。
「我らに仕事を押し付けて飲み歩くとは、いい度胸だ」
「ルチアナ様……私の有給返してください……っ!」
世界最強の包囲網、完成。
屋台の大将(一般人)が「ひぇぇ……」と腰を抜かしてカウンターの奥に隠れた。
「な、なんなのよアンタたち! 寄ってたかって私をいじめる気!? これだから被造物は可愛げがないのよ!」
ルチアナ様は逆ギレして地団駄を踏んだ。
私は冷静に、懐から分厚い羊皮紙の束を取り出し、焼き鳥のタレで汚れたテーブルに叩きつけた。
バンッ!!
「女神ルチアナ様。貴女に『訴状』をお渡しします」
「……は? 訴状?」
ルチアナ様がポカンと口を開ける。
「原告は、魔王ラスティア様、獣王レオ様、その他多数。罪状は『世界管理法違反(職務怠慢)』、『独占禁止法違反(三竦みシステムの強要)』、および『幸福追求権の侵害』です」
私は扇子を開き、ビシッと彼女を指差した。
「貴女が作った『程よく争って人口調整するシステム』のせいで、現場は疲弊しきっています! 魔王様は婚期を逃し、フレア様は肌荒れし、フェンリル様は退屈でグレました! これら全ての責任を、法廷で問わせていただきます!」
私の剣幕に、ルチアナ様はたじろいだ。
「は、はぁ!? 何言ってんのよ! そのシステムのおかげで世界は崩壊せずに回ってるんでしょうが! 文句あるなら代案出しなさいよ代案!」
「ありますとも。……ですが、ここでは場所が悪すぎます」
私はニッコリと微笑んだ。
「場所を変えましょう。これより、『特設法廷』へとご案内します」
「い、嫌よ! 私はここで焼き鳥食べてたいの! 動きたくない!」
ルチアナ様がテーブルにしがみつく。まるで駄々っ子だ。
私は最後の一手、切り札(ジョーカー)を切った。
「そうですか。……残念ですわ。移動先のお店では、『世界一美味しい豚の角煮』と『絶品プリン』、そして『神をも唸らせる究極のフルコース』が用意されているというのに」
ピクッ。
ルチアナ様の耳が動いた。
「……角煮? プリン?」
「ええ。貴女もご存知でしょう? 私の行きつけのお店、小料理屋『鬼灯』です」
ルチアナ様は地球のグルメに詳しい。当然、龍魔呂さんの店の噂も(食べたことはなくても)知っているはずだ。
「あ、あの店……いっつも満席で入れない、幻の店……?」
「今夜は貸し切りにしてあります。……裁判に参加していただけるなら、食べ放題ですが?」
ゴクリ。
神の喉が鳴った。
プライドか、食欲か。
数秒の葛藤の末、ルチアナ様は眼鏡をクイッと押し上げ、立ち上がった。
「……し、仕方ないわね! 被造物の声を聞くのも創造主の務めだし? 別に角煮に釣られたわけじゃないけど? 特別に行ってあげるわよ!」
チョロい。この世界のトップたちは、どいつもこいつも胃袋が弱点なのか。
「交渉成立ですわね。……連行します!」
こうして、私たちは女神を確保した。
向かうは最終決戦の地(法廷)、小料理屋『鬼灯』。
待っていてください、龍魔呂さん。
史上最大に面倒くさい客(神)を連れて帰ります!
王都ルミナス、下町。
日が落ちると、そこは労働者たちの憩いの場となる。安酒の匂い、炭火の煙、そして酔っ払いたちの笑い声。
その一角にある、赤提灯が揺れる古びた屋台『焼き鳥 げんさん』。
油で汚れた暖簾を、私は静かに潜った。
「ういーっす、大将! ハイボールおかわり! あと『ぼんじり』タレで5本追加ね! 焦がし気味で!」
カウンターの隅で、ジョッキを片手に管を巻いている女性がいた。
黒髪を無造作に束ね、ヨレヨレのジャージ(どこで手に入れた?)を着た、眼鏡の女性。
背中を丸め、枝豆を摘むその姿は、どこからどう見ても「仕事に疲れたアラサーOL」か「近所のオバサン」だ。
だが、私の【真実の天秤】は誤魔化せない。
彼女から滲み出る、隠しきれない神聖なオーラ(とアルコール臭)。
間違いない。彼女こそが、この世界の創造主。
女神ルチアナだ。
「……お隣、よろしいですか?」
私は彼女の隣の丸椅子に座った。
背後には、魔王ラスティア、獣王レオ、そして三柱の調停者たちが、一般人に擬態(変装)して待機している。狭い屋台の人口密度と戦闘力が飽和状態だ。
「んあ? いいけどさぁ、お嬢ちゃん。ここはお上品な貴族が来るところじゃ……って、んん?」
ルチアナ様が眼鏡の位置を直し、私を見た。
そして、私の背後に立つメンツを見て――顔色を青ざめさせた。
「……げっ」
彼女は一瞬で状況を理解したらしい。
飲みかけのハイボールを置き、ソロリと席を立とうとする。
「あー、急用思い出したわ。天界の風呂の栓を抜き忘れた気がする。お勘定――」
「逃がしませんわよ、創造神様」
ガシッ。
私は笑顔で、彼女のジャージの裾を掴んだ。
「ひっ!? ちょ、離しなさいよ! 私はただの善良な市民『ルーシー』よ!?」
「往生際が悪いですわ。……皆さん、お願いします」
私が合図を送ると、狭い屋台の空気が一変した。
ズンッ。
屋台の出口を、巨漢の獣王レオが塞ぐ。
「逃げ場はねぇぞ、ルーシーちゃん」
反対側を、狼王フェンリルが氷の微笑みで塞ぐ。
「久しぶりだね、ババ……女神様。鬼ごっこなら俺が相手になるぜ?」
天井(空)を、魔王ラスティアが重力魔法でロックする。
「転移は無駄だ。空間ごと固定した」
そして正面には、腕組みをした竜王デュークと、恨めしそうな目の不死鳥フレア。
「我らに仕事を押し付けて飲み歩くとは、いい度胸だ」
「ルチアナ様……私の有給返してください……っ!」
世界最強の包囲網、完成。
屋台の大将(一般人)が「ひぇぇ……」と腰を抜かしてカウンターの奥に隠れた。
「な、なんなのよアンタたち! 寄ってたかって私をいじめる気!? これだから被造物は可愛げがないのよ!」
ルチアナ様は逆ギレして地団駄を踏んだ。
私は冷静に、懐から分厚い羊皮紙の束を取り出し、焼き鳥のタレで汚れたテーブルに叩きつけた。
バンッ!!
「女神ルチアナ様。貴女に『訴状』をお渡しします」
「……は? 訴状?」
ルチアナ様がポカンと口を開ける。
「原告は、魔王ラスティア様、獣王レオ様、その他多数。罪状は『世界管理法違反(職務怠慢)』、『独占禁止法違反(三竦みシステムの強要)』、および『幸福追求権の侵害』です」
私は扇子を開き、ビシッと彼女を指差した。
「貴女が作った『程よく争って人口調整するシステム』のせいで、現場は疲弊しきっています! 魔王様は婚期を逃し、フレア様は肌荒れし、フェンリル様は退屈でグレました! これら全ての責任を、法廷で問わせていただきます!」
私の剣幕に、ルチアナ様はたじろいだ。
「は、はぁ!? 何言ってんのよ! そのシステムのおかげで世界は崩壊せずに回ってるんでしょうが! 文句あるなら代案出しなさいよ代案!」
「ありますとも。……ですが、ここでは場所が悪すぎます」
私はニッコリと微笑んだ。
「場所を変えましょう。これより、『特設法廷』へとご案内します」
「い、嫌よ! 私はここで焼き鳥食べてたいの! 動きたくない!」
ルチアナ様がテーブルにしがみつく。まるで駄々っ子だ。
私は最後の一手、切り札(ジョーカー)を切った。
「そうですか。……残念ですわ。移動先のお店では、『世界一美味しい豚の角煮』と『絶品プリン』、そして『神をも唸らせる究極のフルコース』が用意されているというのに」
ピクッ。
ルチアナ様の耳が動いた。
「……角煮? プリン?」
「ええ。貴女もご存知でしょう? 私の行きつけのお店、小料理屋『鬼灯』です」
ルチアナ様は地球のグルメに詳しい。当然、龍魔呂さんの店の噂も(食べたことはなくても)知っているはずだ。
「あ、あの店……いっつも満席で入れない、幻の店……?」
「今夜は貸し切りにしてあります。……裁判に参加していただけるなら、食べ放題ですが?」
ゴクリ。
神の喉が鳴った。
プライドか、食欲か。
数秒の葛藤の末、ルチアナ様は眼鏡をクイッと押し上げ、立ち上がった。
「……し、仕方ないわね! 被造物の声を聞くのも創造主の務めだし? 別に角煮に釣られたわけじゃないけど? 特別に行ってあげるわよ!」
チョロい。この世界のトップたちは、どいつもこいつも胃袋が弱点なのか。
「交渉成立ですわね。……連行します!」
こうして、私たちは女神を確保した。
向かうは最終決戦の地(法廷)、小料理屋『鬼灯』。
待っていてください、龍魔呂さん。
史上最大に面倒くさい客(神)を連れて帰ります!
0
あなたにおすすめの小説
夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました
鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。
素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。
とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。
「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さくら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
【完結】貴族の愛人に出ていけと寒空にだされたけど、懐は温かいよ。
BBやっこ
恋愛
貴族の家で下働きをしていたアタシは、貧乏な平民。別にさ、おまんま食べれる給金を得られてるんだ。
寒い日は身体に堪えるけど、まああまあ良い職場関係だったんだよ。
あの女が愛人におさまる前まで、ね。
以前は奥さまがこの家に居られてたけど、療養でご実家にお戻りになって。
旦那さまが愛人を家に入れたら、職場の人間達があげつってドロドロよお。
そんなの勘弁だったけど。とうとうアタシが邪魔になったようで。
「きみを愛することはない」祭りが開催されました~祭りのあと1
吉田ルネ
恋愛
「きみを愛することはない」祭りが開催されました
のその後。
イアンのバカはどうなったのか。
愛人はどうなったのか。
ちょっとだけざまあがあります。
「小賢しい」と離婚された私。国王に娶られ国を救う。
百谷シカ
恋愛
「貴様のような小賢しい女は出て行け!!」
バッケル伯爵リシャルト・ファン・デル・ヘーストは私を叩き出した。
妻である私を。
「あっそう! でも空気税なんて取るべきじゃないわ!!」
そんな事をしたら、領民が死んでしまう。
夫の悪政をなんとかしようと口を出すのが小賢しいなら、小賢しくて結構。
実家のフェルフーフェン伯爵家で英気を養った私は、すぐ宮廷に向かった。
国王陛下に謁見を申し込み、元夫の悪政を訴えるために。
すると……
「ああ、エーディット! 一目見た時からずっとあなたを愛していた!」
「は、はい?」
「ついに独身に戻ったのだね。ぜひ、僕の妻になってください!!」
そう。
童顔のコルネリウス1世陛下に、求婚されたのだ。
国王陛下は私に夢中。
私は元夫への復讐と、バッケル伯領に暮らす人たちの救済を始めた。
そしてちょっとした一言が、いずれ国を救う事になる……
========================================
(他「エブリスタ」様に投稿)
だってお顔がとてもよろしいので
喜楽直人
恋愛
領地に銀山が発見されたことで叙爵されたラートン男爵家に、ハーバー伯爵家から強引な婿入りの話がきたのは爵位を得てすぐ、半年ほど前のことだった。
しかし、その婚約は次男であったユリウスには不本意なものであったようで、婚約者であるセリーンをまったく顧みることはなかった。
ついには、他の令嬢との間に子供ができたとセリーンは告げられてしまう。
それでもついセリーンは思ってしまうのだ。
「あぁ、私の婚約者は、どんな下種顔をしていてもお顔がいい」と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる