悪役令嬢を救ったグレーな弁護士ですが、裏社会最強の鬼神店主に「俺の客だ」と胃袋ごと囲われました。天然ジゴロの溺愛角煮は法廷より甘すぎる

月神世一

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EP 16

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開廷、小料理屋『鬼灯』 ~神の威光 vs 至高の出汁茶漬け~
 小料理屋『鬼灯』。
 普段は女性客で賑わうこの店だが、今夜ばかりは世界の空気が歪むほどの重圧(プレッシャー)に包まれていた。
 カウンター席、右から順に。
 魔王ラスティア、獣王レオ、竜王デューク、狼王フェンリル、不死鳥フレア。
 そして中央に、不貞腐れた顔で座らされたジャージ姿の女神ルチアナ。
 世界のトップ6が勢揃い。
 もしここで誰かがクシャミでもすれば、ルミナス帝国ごと地図から消滅しかねない。
「……おい。なんだこの暑苦しいメンツは」
 厨房に立つ龍魔呂さんは、眉間に深いシワを刻みながら包丁を磨いていた。
 普通なら失神レベルの威圧感の中で、彼は「定員オーバーだ」と不機嫌そうにしているだけだ。さすが最強。
「ただいま戻りました、龍魔呂さん! 約束通り、超VIPな被告人をお連れしましたわ!」
 私が手を振ると、龍魔呂さんの目が私を捉え、ふっと和らいだ。
「……おかえり。痩せてないな?」
「ええ! 持たせてくれた角煮のおかげで、お肌もプルプルです!」
「ならいい」
 彼は満足げに頷くと、再び鋭い眼光で神々を睨みつけた。
「で? これからここで、神様を裁くってのか?」
 その言葉に反応したのは、ルチアナ様だった。
 彼女はバン! とカウンターを叩いて立ち上がった。
「そうよ! そもそもおかしいでしょ! 私は創造神よ? 私が作った世界で、私がどうルールを決めようと私の勝手じゃない! 独占禁止法? 知らないわよそんなの!」
 ルチアナ様の全身から、虹色の神気が溢れ出す。
 店内の照明が点滅し、空間が軋む。
「私の機嫌を損ねたら、この店ごと『無』に還してもいいのよ……?」
 脅しではない。本気の神の力だ。
 ラスティア様とレオが即座に殺気を放ち、一触即発の事態になる。
「やれるものならやってみろ、ルチアナ」
「へっ、俺たちの飯処を壊させるかよ!」
 弁護士の私ですら、口を挟めないほどのエネルギーの奔流。
 このままでは裁判どころか、最終戦争(ハルマゲドン)が始まってしまう――。
 その時だった。
 コトッ。
 軽やかな音が、戦場のようなカウンターに響いた。
 龍魔呂さんが、ルチアナ様の目の前に「丼」を置いたのだ。
「……御託はいい。まずは食え」
 置かれたのは、透き通るような黄金色の出汁が注がれた、『真鯛の出汁茶漬け』だった。
 炊きたての白米の上に、特製ゴマだれに漬け込まれた新鮮な真鯛の切り身。刻み海苔と三つ葉、そしてワサビが添えられている。
 熱々の出汁が掛かることで、鯛の身が白く半生になり、香ばしい胡麻と磯の香りが湯気となって立ち上る。
「……な、なによこれ」
「安酒を飲んでたんだろ。荒れた胃には、これが一番だ」
 龍魔呂さんは淡々と言い放つ。
「この店に入った以上、神だろうが何だろうが、ただの『腹を空かせた客』だ。文句があるなら食ってから言え」
 ルチアナ様は、立ち上る湯気に鼻をひくつかせた。
 先ほどまでの殺気立った空気が、出汁の優しい香りに中和されていく。
 彼女はゴクリと喉を鳴らし、レンゲを手に取った。
「……た、食べるわよ。食べればいいんでしょ」
 彼女はレンゲで、出汁とご飯、そして半生の鯛を掬い、口へと運んだ。
 ――静寂。
 カラン、とレンゲが器に当たる音だけが響く。
 ルチアナ様の瞳から、虹色の神気が消え、代わりに……とろけるような恍惚の色が浮かんだ。
「……はふっ……ぅぅぅ……」
 彼女は眼鏡を外し、目元を押さえた。
「何これ……優しい……優しすぎるわよ……!」
 彼女は震える声で叫んだ。
「鯛の旨味が……出汁の香りが……五臓六腑に染み渡るぅぅぅ! 私が作った世界に、こんなに美味しいものがあったなんてぇぇぇ!!」
 ルチアナ様は猛烈な勢いで茶漬けを掻き込み始めた。
 ワサビのアクセントに鼻をツーンとさせながら、「んんっ!」「くぅぅ!」と悶絶している。
 それを見た龍魔呂さんが、口の端を僅かに上げてニヤリと笑った。
 勝負ありだ。
「……さて。お腹も落ち着いたようですし」
 私は扇子を開き、満足げに茶漬けを啜る神様の隣に立った。
 場の空気は完全に弛緩している。これなら話ができる。
「これより、『世界変革訴訟』を開廷します!」
 私は高らかに宣言した。
 ルチアナ様は、茶漬けの汁まで飲み干し、ふぅーっと満足げな息を吐いてから、私を見た。
「……ふん。いいわよ、聞いてあげる。このお茶漬けに免じてね」
 彼女は頬杖をつき、少しだけ真面目な「女神の顔」になった。
「でも、言っておくけど。今の『三竦みシステム』を廃止したら、世界はどうなるの? 人口は爆発し、資源は枯渇し、最終的には星が死ぬわよ? 貴女にその『代案』はあるの?」
 神の問いかけ。それは至極全うな懸念だった。
 だが、私には準備がある。
「もちろんですわ。私が提示するのは、争いではなく『経済と文化による競争』……そして、龍魔呂さんの料理を核とした『食の平和条約』です!」
 私は分厚い資料(事業計画書)をテーブルに叩きつけた。
 ここからは、感情論ではない。弁護士・桜田リベラの真骨頂、論理と利益による説得(プレゼン)の時間だ!
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