悪役令嬢を救ったグレーな弁護士ですが、裏社会最強の鬼神店主に「俺の客だ」と胃袋ごと囲われました。天然ジゴロの溺愛角煮は法廷より甘すぎる

月神世一

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EP 17

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戦争より金儲け! ~大陸横断リゾート計画と、神を堕とすローストビーフ~
 小料理屋『鬼灯』が、世界の運命を決める法廷と化してから数十分。
 私は、女神ルチアナ様に向けて、一枚の巨大な大陸地図を広げた。
「ルチアナ様。貴女が懸念されているのは『人口爆発による資源の枯渇』と『強すぎる種族による一方的な支配』ですよね?」
「ええそうよ。だから三すくみで互いの数を減らし合ってるの。合理的でしょ?」
 ルチアナ様は、出汁茶漬けの空き丼を名残惜しそうに眺めながら答えた。
 私は扇子で地図を指し示す。
「そのシステムはもう古いですわ。私が提案するのは、殺し合いではなく『経済的な相互依存』による管理です」
 私は次々と資料を提示した。
「まず、魔族。彼らの持つ高度な魔法技術は、インフラ整備やエネルギー供給に不可欠です。これを『兵器』ではなく『商品』として輸出させます」
「次に、獣人族。その並外れた身体能力は、戦争ではなく『スポーツ興行』や『土木建築』、そして『観光ガイド』として活用します」
「そして、人間とドワーフ。彼らの商才と製造技術で、それらを流通させます」
 私はニッコリと笑った。
「名付けて、『マンルシア大陸・超巨大リゾート化計画』です!」
 ざわっ、と店内の空気が動いた。
「リゾート……?」
「ええ。戦争に使っていた予算と労力を、全て『娯楽』と『観光』に回すのです。妖精キュルリンの『天魔窟』が良い例ですわ。あそこは危険なダンジョンですが、今や世界一の外貨を稼ぐ観光地です」
 私は魔王ラスティア様と獣王レオに視線を向けた。
「ラスティア様。戦争がなくなれば、貴女は堂々と他国へお見合いに行けますし、魔界の特産品(コスメや宝石)を人間に売りつけてボロ儲けできますわ」
「……フッ。悪くない。人間の金貨(外貨)があれば、地球の化粧品も輸入し放題だな」
「レオ。獣人国で『天下一武道会』や『グルメフェス』を開催すれば、世界中から観光客が押し寄せます。肉も酒も食い放題ですわよ?」
「ガハハ! そいつは楽しそうだ! 陰気な殺し合いより、祭りの方が性に合ってるぜ!」
 二人のトップが賛同した。
 私はルチアナ様に詰め寄る。
「争うよりも、手を組んで商売をした方が『豊か』になれる。一度その味を知れば、誰も馬鹿な戦争なんて起こしません。資源管理も、エルフの賢者たちと協力して『持続可能な数値』を算出済みです!」
 完璧なロジック。
 しかし、ルチアナ様は眉をひそめた。
「……理屈は分かるわよ。でもねぇ、人間ってのは愚かなのよ。喉元過ぎれば熱さを忘れる。平和ボケして、結局はまた欲をかいて破滅するんじゃない?」
 創造主ならではの、冷ややかな視点。
 数千年の歴史を見てきた彼女には、私の言葉が「理想論」に聞こえるのだ。
「……口で言うのは簡単よ。でも、本能(野性)を理性で抑え込むなんて、土台無理なはな――」
 ドンッ。
 重厚な音が、ルチアナ様の言葉を遮った。
 龍魔呂さんが、大皿をカウンターに置いたのだ。
 そこに鎮座していたのは、艶やかな赤色をした『厚切りローストビーフ』の山だった。
 表面は香ばしく焼き上げられ、中は美しいロゼ色。特製の赤ワインと玉ねぎのグレイビーソースがたっぷりとかかり、ホースラディッシュ(西洋わさび)が添えられている。
「……食え」
 龍魔呂さんは短く言った。
「これは、元はただの『肉塊』だ。血生臭く、硬い、野性の塊だ」
 彼は包丁を布で拭きながら、静かに続ける。
「だが、火を入れ、時間をかけ、手間を掛ければ……野性は『極上の料理』に変わる」
 ルチアナ様は、その肉の断面に見入った。
 抗えない引力が、そこにはあった。彼女はフォークで肉を刺し、口へと運ぶ。
 ――ハムッ。
 噛み締めた瞬間、ルチアナ様の目が大きく見開かれた。
「……っ!!」
 とろける。
 分厚い肉なのに、顎に力を入れる必要がない。
 噛むほどに溢れ出す肉汁の旨味と、甘辛いソースのコク、そしてツンとくるホースラディッシュの爽やかさ。
 野性的な肉の力が、洗練された調理によって、芸術的なまでの快楽へと昇華されている。
「……んんぅ……美味しい……!!」
 ルチアナ様は頬を紅潮させ、夢中で肉を頬張った。
「本能を、理性で抑え込むんじゃない」
 龍魔呂さんが、ボリッと角砂糖を噛み砕きながら言った。
「『調理』するんだ。……今のこの世界(こいつら)なら、それができる」
 その言葉は、どんな弁護も敵わない説得力を持っていた。
 最強の暴力(野性)を持ちながら、それを料理(理性)へと昇華させて生きる彼だからこそ言える、重みのある言葉。
 ルチアナ様はローストビーフを飲み込み、そして……ポロリと涙をこぼした。
「……美味いじゃない。……悔しいけど、私の作った世界より、貴方たちの作った料理の方が……ずっと豊かだわ」
 彼女の肩から、神としての重圧が抜けていく。
 そして、彼女は小さな声で、本音を漏らした。
「……本当はね。私も、疲れてたのよ」
 店内が静まり返る。
 それは、全知全能の神が初めて見せた、「一人の女性」としての弱音だった。
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