悪役令嬢を救ったグレーな弁護士ですが、裏社会最強の鬼神店主に「俺の客だ」と胃袋ごと囲われました。天然ジゴロの溺愛角煮は法廷より甘すぎる

EP 22

竜人族の長老、襲来 ～親権をよこせ！ エプロン姿の鬼神パパ、激走～
　壁に風穴を開けた事件（ヴォルの指弾ごっこ）から数時間後。
　私とヴォルは、気晴らしのために王都の中央公園に来ていた。
「あら～、可愛い赤ちゃん！ お肌が真っ白で、お目々がキラキラ！」
「きゃう！」
　ヴォルは公園のアイドルだった。
　ベビーカーに乗っているだけで、ご婦人方や非番の女騎士たちが寄ってきて、「可愛いわねぇ」「天使かしら」と黄色い声を上げる。
　私は鼻高々だ。
「ええ、そうですの。うちの子、世界一可愛いですから（ドヤ顔）」
　ヴォルも愛想よく手を振っている。
　平和だ。ぽかぽか陽気で、龍魔呂さんが持たせてくれた「自家製フルーツ麦茶」も美味しい。
　この幸せな時間が永遠に続けばいいのに。
　――ザッ。
　突如、公園の木々から鳥たちが一斉に飛び立った。
　周囲の空気が、ねっとりと重くなる。
　ご婦人方が「な、何かしら？ 急に寒気が……」と身震いして離れていく。
　私はベビーカーの前に立ち、警戒モードに入った。
　このプレッシャー、ただ事ではない。
「……見つけたぞ」
　公園の入り口から、音もなく数人の集団が現れた。
　深緑色のローブを目深に被り、その隙間から爬虫類のような鋭い金色の瞳が覗いている。
　彼らが一歩踏み出すたびに、芝生が枯れ、地面が微かに揺れる。
　竜人族だ。それも、ただの若者ではない。数百年を生きた、強大な魔力を持つ「長老」クラス。
「……何の御用でしょうか？」
　私が扇子を構えて問うと、先頭に立つ白髭の老人が、枯れ木のような指をヴォルに向けた。
「その赤子を返してもらおうか、人間」
　老人の声は、錆びついた鉄のように耳障りだった。
「それは我ら竜人族の『神』となるべき存在。薄汚い人間が触れて良いものではない」
　彼らの目的は、ヴォル（始祖竜）の奪還。
　そして、その瞳には「慈愛」など欠片もない。ヴォルを「生物」ではなく、「兵器」や「神輿」として見ている冷徹な光だ。
「……お断りしますわ」
　私はベビーカーの幌を下げ、ヴォルを隠した。
「この子は『神』でも『モノ』でもありません。名前はヴォル。私と龍魔呂さんの、大切な家族です」
「家族だと？ 笑わせるな。貴様らのような短命種が、高貴なる始祖竜の親になれるとでも？」
　老人は鼻で笑い、杖を地面に突いた。
「我らこそが正当なる管理者だ。さあ、大人しく渡せば命だけは助けてやる」
「異議あり！！」
　私は声を張り上げた。
「親権とは、種族の優劣で決まるものではありません！ 愛情と、適切な養育環境を提供できる者が持つべき権利です！ 貴方たちのような、子供を『道具』扱いする連中に、ヴォルの指一本触れさせません！」
「……愚かな。口で言っても分からぬか」
　老人の瞳が怪しく光る。
　周囲の空間に、無数の「魔法陣」が展開された。風の刃、炎の槍、そして拘束魔法。
　公園にいた一般市民が悲鳴を上げて逃げ惑う。
「ならば、力ずくで奪うまで。……死ね」
　容赦ない魔法の雨が、私とヴォル目掛けて降り注ぐ。
　私は扇子（鉄扇）を開き、合気道の呼吸で魔力を受け流そうとするが――数が多すぎる！
　それに、背後のヴォルを守りながらでは、回避行動が取れない。
（くっ、防ぎきれない……！）
　私が覚悟を決めて、身を呈してヴォルを庇おうとした、その時。
　ドゴォォォォォン！！
　公園の石畳が爆ぜた。
　遥か彼方から、赤い流星のような何かが、音速を超えて突っ込んできたのだ。
「……なっ！？」
　長老たちが驚愕する間もなく、その「流星」は私の前に着地し――
　手に持っていた**「鋼鉄のフライパン」**を一閃させた。
　ガギィィィン！！
　フライパンの一振りで、長老たちが放った全ての攻撃魔法が、物理的に弾き飛ばされ、霧散した。
「……はぁ……はぁ……」
　土煙の中から現れたのは、深紅のエプロンをなびかせた大男。
　片手にはフライパン、もう片手には買い物袋（ネギが飛び出ている）。
　汗だくで、鬼のような形相をした――
「りょ、龍魔呂さん！？」
　パパだった。
　彼は私とベビーカーが無事であることを確認すると、ゆっくりと長老たちに向き直った。
　その全身から、赤黒い闘気が噴き上がり、天を衝くほどの阿修羅の如きオーラとなって公園を覆い尽くす。
「……おい、爬虫類ども」
　地獄の底から響くような声。
　長老たちが、本能的な恐怖で後ずさる。
「俺の家族に……その薄汚い手で触れるな」
　ピシッ。
　ただの殺気だけで、長老たちの杖にヒビが入る。
　最強の鬼神は、今、最強の「激怒パパ」として覚醒した。
「ヴォルの昼飯の準備中だったんだ。……テメェら、俺のフライパンで『調理』されたいか？」
　フライパンを構える姿はシュールなはずなのに、そこには絶望しかなかった。
　龍魔呂vs竜人族長老。
　親権を賭けた戦いは、物理的な衝突（一方的な蹂躙）へと発展しようとしていた。