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EP 23
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誘拐未遂とパパの激怒 ~その指一本でも触れたら、フライパンで調理します~
中央公園は、異様な静寂に包まれていた。
鳥の声ひとつしない。風さえも止まっている。
そこに立っているのは、スーパーの袋を提げ、右手には使い込まれた鉄のフライパンを握りしめたエプロン姿の大男。
見た目は完全に「お使い中の主夫」だ。
だが、彼――龍魔呂さんから放たれる赤黒い闘気は、竜人族の長老たちを完全に飲み込み、圧倒していた。
「……ひっ、な、なんだこの人間は……!」
「我が族の『古代竜魔法』を、調理器具ひとつで弾いただと……!?」
長老たちが戦慄する。
彼らは数百年の時を生きた魔法のスペシャリストだ。だが、目の前の男は「魔法の理」の外側にいる。
「……おい。次はどうする」
龍魔呂さんが一歩、足を踏み出した。
それだけで、長老の一人が腰を抜かす。
「焼くか? 煮るか? ……それとも、その薄汚い骨をミンチになるまで叩いて『下処理』してやろうか?」
彼は無表情のまま、フライパンをブンッ! と振るった。
風圧だけで、公園の噴水が真っ二つに割れる。
「ふ、ふざけるな! 下等種族が図に乗るなよ!」
リーダー格の長老が杖を掲げる。
「我らには始祖竜の加護がある! くらえ、極大焼却魔法『プロミネンス・フレア』!」
太陽の欠片のような巨大な火球が、龍魔呂さん目掛けて放たれた。
私とヴォルごと焼き尽くすつもりだ。
「龍魔呂さん!」
「……火加減が強すぎる」
龍魔呂さんは眉ひとつ動かさず、真正面から火球に向かってフライパンを突き出した。
ジュウウウウッ!!
信じられないことに、魔法の火球はフライパンに接触した瞬間、まるで「水に濡れた熱した鉄板」のように急速に冷却され、白い煙となって消滅した。
彼の闘気が、魔法の構成式そのものを「調理(破壊)」したのだ。
「な……ッ!?」
「料理人にとって、火を扱うのは基本だ。……素人が俺の前で火遊びをするな」
次の瞬間、龍魔呂さんの姿が消えた。
いいえ、速すぎて目に見えないだけだ。
ゴッ!!
鈍い音が響き、リーダー格の長老が「ぐへっ!?」とカエルのような声を上げて吹き飛んだ。
龍魔呂さんが、フライパンの底で長老の腹部を強打したのだ。峰打ち(フライパン打ち)とはいえ、内臓がシェイクされる衝撃。
「次は誰だ」
龍魔呂さんは倒れた長老を見下ろし、残りのメンバーに冷たい視線を送る。
その目は、完全に「害虫」を見る目だった。
「ひぃぃっ! ば、化け物だ!」
「退却! 退却だぁぁ!」
長老たちはプライドもかなぐり捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げようとする。
だが、龍魔呂さんは逃がす気はない。指弾の構えを取り――
「待ってください、龍魔呂さん!」
私が叫んで、彼の腕にしがみついた。
「これ以上やったら、本当にミンチになってしまいますわ! それに、ヴォルが見ています!」
ハッとして、龍魔呂さんがベビーカーを見る。
ヴォルは目を丸くして、パパの背中を見ていた。
そして――
「パパ! つよい! かっこいー!」
キャッキャと手を叩いて喜んでいた。
……さすが始祖竜。肝が据わっている。
龍魔呂さんは闘気を霧散させ、深いため息をついた。
そして、すぐに私とヴォルの元へ駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んだ。
「……怪我はないか? 怖くなかったか?」
「ええ、大丈夫です。貴方が来てくれましたから」
「……間に合ってよかった」
彼は震える手で、ヴォルの頬を優しく撫でた。
さっきまでの修羅が嘘のような、慈愛に満ちた父親の顔。
しかし、逃げ延びた長老たちは、公園の出口付近で立ち止まり、捨て台詞を吐いた。
「お、覚えておけ人間ども! 力で勝てぬとて、我らは諦めぬぞ!」
リーダーの長老が、懐から古びた巻物を取り出し、高らかに宣言した。
「野蛮な暴力ではなく……我ら竜人族の『法』で決着をつけてやる! 貴様らに神を育てる資格があるか、『竜の法廷』にて審判を下すのだ!」
竜の法廷。
それは古代より続く、竜人族の絶対的な裁判制度。
「望むところですわ!」
私は扇子を開き、長老たちを睨み返した。
「法廷こそ私の戦場(ホーム)。親権裁判でも何でも受けて立ちます! ……その代わり、負けたら潔く引き下がっていただきますよ!」
「フン、後悔するぞ! 貴様ら如きに、高貴な竜の養育など不可能なことを証明してやる!」
長老たちは負け惜しみを残して転移魔法で消え去った。
嵐が去った公園。
龍魔呂さんは、フライパンを買い物袋にしまい、困ったように眉を下げた。
「……裁判か。俺は殴り合いなら負けんが、口喧嘩は専門外だぞ」
「ふふ、大丈夫ですよ。弁護は私に任せてください」
私はニヤリと笑い、龍魔呂さんのエプロンのポケットを指差した。
「それに、私たちには『最強の証拠品』がありますもの」
「……ん? これか?」
彼がポケットから取り出したのは、使い込まれた一冊の大学ノート。
表紙には『ヴォル 育成記録』と几帳面な字で書かれている。
そう。龍魔呂さんが、ヴォルを拾った日から一日も欠かさず付けている「育児日記」だ。
ミルクの温度、排泄の回数と色、睡眠時間、初めて笑った日、好き嫌いの傾向……。
秒単位で記録されたそのノートは、狂気じみた愛情の結晶。
「これを法廷で叩きつけてやりましょう。彼らに、これほどの愛情と管理能力があるかどうか……ぐうの音も出ないほど分からせてやりますわ!」
私たちは顔を見合わせて笑った。
最強のパパのフライパンと、最強のママの法律(と日記)。
この家族に勝てる者など、世界中のどこにもいないのだ。
中央公園は、異様な静寂に包まれていた。
鳥の声ひとつしない。風さえも止まっている。
そこに立っているのは、スーパーの袋を提げ、右手には使い込まれた鉄のフライパンを握りしめたエプロン姿の大男。
見た目は完全に「お使い中の主夫」だ。
だが、彼――龍魔呂さんから放たれる赤黒い闘気は、竜人族の長老たちを完全に飲み込み、圧倒していた。
「……ひっ、な、なんだこの人間は……!」
「我が族の『古代竜魔法』を、調理器具ひとつで弾いただと……!?」
長老たちが戦慄する。
彼らは数百年の時を生きた魔法のスペシャリストだ。だが、目の前の男は「魔法の理」の外側にいる。
「……おい。次はどうする」
龍魔呂さんが一歩、足を踏み出した。
それだけで、長老の一人が腰を抜かす。
「焼くか? 煮るか? ……それとも、その薄汚い骨をミンチになるまで叩いて『下処理』してやろうか?」
彼は無表情のまま、フライパンをブンッ! と振るった。
風圧だけで、公園の噴水が真っ二つに割れる。
「ふ、ふざけるな! 下等種族が図に乗るなよ!」
リーダー格の長老が杖を掲げる。
「我らには始祖竜の加護がある! くらえ、極大焼却魔法『プロミネンス・フレア』!」
太陽の欠片のような巨大な火球が、龍魔呂さん目掛けて放たれた。
私とヴォルごと焼き尽くすつもりだ。
「龍魔呂さん!」
「……火加減が強すぎる」
龍魔呂さんは眉ひとつ動かさず、真正面から火球に向かってフライパンを突き出した。
ジュウウウウッ!!
信じられないことに、魔法の火球はフライパンに接触した瞬間、まるで「水に濡れた熱した鉄板」のように急速に冷却され、白い煙となって消滅した。
彼の闘気が、魔法の構成式そのものを「調理(破壊)」したのだ。
「な……ッ!?」
「料理人にとって、火を扱うのは基本だ。……素人が俺の前で火遊びをするな」
次の瞬間、龍魔呂さんの姿が消えた。
いいえ、速すぎて目に見えないだけだ。
ゴッ!!
鈍い音が響き、リーダー格の長老が「ぐへっ!?」とカエルのような声を上げて吹き飛んだ。
龍魔呂さんが、フライパンの底で長老の腹部を強打したのだ。峰打ち(フライパン打ち)とはいえ、内臓がシェイクされる衝撃。
「次は誰だ」
龍魔呂さんは倒れた長老を見下ろし、残りのメンバーに冷たい視線を送る。
その目は、完全に「害虫」を見る目だった。
「ひぃぃっ! ば、化け物だ!」
「退却! 退却だぁぁ!」
長老たちはプライドもかなぐり捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げようとする。
だが、龍魔呂さんは逃がす気はない。指弾の構えを取り――
「待ってください、龍魔呂さん!」
私が叫んで、彼の腕にしがみついた。
「これ以上やったら、本当にミンチになってしまいますわ! それに、ヴォルが見ています!」
ハッとして、龍魔呂さんがベビーカーを見る。
ヴォルは目を丸くして、パパの背中を見ていた。
そして――
「パパ! つよい! かっこいー!」
キャッキャと手を叩いて喜んでいた。
……さすが始祖竜。肝が据わっている。
龍魔呂さんは闘気を霧散させ、深いため息をついた。
そして、すぐに私とヴォルの元へ駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んだ。
「……怪我はないか? 怖くなかったか?」
「ええ、大丈夫です。貴方が来てくれましたから」
「……間に合ってよかった」
彼は震える手で、ヴォルの頬を優しく撫でた。
さっきまでの修羅が嘘のような、慈愛に満ちた父親の顔。
しかし、逃げ延びた長老たちは、公園の出口付近で立ち止まり、捨て台詞を吐いた。
「お、覚えておけ人間ども! 力で勝てぬとて、我らは諦めぬぞ!」
リーダーの長老が、懐から古びた巻物を取り出し、高らかに宣言した。
「野蛮な暴力ではなく……我ら竜人族の『法』で決着をつけてやる! 貴様らに神を育てる資格があるか、『竜の法廷』にて審判を下すのだ!」
竜の法廷。
それは古代より続く、竜人族の絶対的な裁判制度。
「望むところですわ!」
私は扇子を開き、長老たちを睨み返した。
「法廷こそ私の戦場(ホーム)。親権裁判でも何でも受けて立ちます! ……その代わり、負けたら潔く引き下がっていただきますよ!」
「フン、後悔するぞ! 貴様ら如きに、高貴な竜の養育など不可能なことを証明してやる!」
長老たちは負け惜しみを残して転移魔法で消え去った。
嵐が去った公園。
龍魔呂さんは、フライパンを買い物袋にしまい、困ったように眉を下げた。
「……裁判か。俺は殴り合いなら負けんが、口喧嘩は専門外だぞ」
「ふふ、大丈夫ですよ。弁護は私に任せてください」
私はニヤリと笑い、龍魔呂さんのエプロンのポケットを指差した。
「それに、私たちには『最強の証拠品』がありますもの」
「……ん? これか?」
彼がポケットから取り出したのは、使い込まれた一冊の大学ノート。
表紙には『ヴォル 育成記録』と几帳面な字で書かれている。
そう。龍魔呂さんが、ヴォルを拾った日から一日も欠かさず付けている「育児日記」だ。
ミルクの温度、排泄の回数と色、睡眠時間、初めて笑った日、好き嫌いの傾向……。
秒単位で記録されたそのノートは、狂気じみた愛情の結晶。
「これを法廷で叩きつけてやりましょう。彼らに、これほどの愛情と管理能力があるかどうか……ぐうの音も出ないほど分からせてやりますわ!」
私たちは顔を見合わせて笑った。
最強のパパのフライパンと、最強のママの法律(と日記)。
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