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EP 9
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黒田少佐は、もはや自力で立ち上がる気力すらなく、無言のまま柴田たち私兵の手によって文字通り門の外へと放り出された。特高警察の車も、逃げるように帝都の喧騒の中へと消えていく。
それから数ヶ月。
大日本帝国の景色は、桜田リベラが描いたシナリオ通りに、劇的かつ暴力的なまでの変化を遂げていた。
『――我が帝国は今、剣ではなく、経済という名の新たな盾を持つべき時であります!』
ラジオから流れる近衛文麿の流麗な演説が、帝都のみならず日本中の茶の間を熱狂させていた。
リベラの目論見通り、内閣総理大臣の座に就いた近衛は、桜田財閥が買収したメディア網による完璧な世論誘導(プロパガンダ)の波に乗り、国民から圧倒的な支持を獲得。その「民意」という最強の盾と、三田会が裏で操る強引な議会工作により、陸軍の予算を大幅に削減し、国内のインフラと経済協調に回すという前代未聞の法案が次々と可決されていった。
桜田邸の執務室。
リベラは書類の山に目を通しながら、心地よさそうにベビーベッドで眠る優太の寝顔を横目で確認し、ふっと息を吐いた。
「順調すぎるくらいね。海軍の山本少将も、約束通り軍縮条約の枠組みの中で陸軍を牽制してくれている。これで、表立った戦争へのレールは完全にへし折ったわ」
「ですが、総帥」
部屋の隅で控えていた柴田が、低い声で鋭く切り込んだ。
「兵糧攻めにされた陸軍の急進派ども、いよいよ追い詰められて『狂犬』の目をしてますぜ。三田会のジイさん達が抑えている正規の予算ルートはともかく、裏口から武器や弾薬をかき集めているという情報が入ってます」
「……クーデター、あるいは暗殺ね」
リベラは万年筆を置き、冷たい瞳で窓の外を見た。
「政治でも経済でも勝てないなら、最後は暴力で盤面ごとひっくり返す。いつの時代も、頭の悪い男たちの考えることは一緒よ。……標的(ターゲット)は誰かしら?」
「神輿である近衛首相を狙うか、それとも……絵図を描いている総帥か。どちらにせよ、連中は『天誅』と称して、決死隊を組んで突っ込んでくる腹積もりでしょう。決行は近いかと」
「上等じゃない」
リベラは立ち上がり、黒革の手袋をゆっくりとはめた。
淑女の仮面の下から、かつて暴力の世界を実力で制圧したレディース総長の血が、そして、あらゆるグレーな手段を用いて敵を社会的に抹殺してきた弁護士の業火が、静かに、しかし激しく燃え上がる。
「法律で縛り、カネで首を絞めても、まだ私の息子の未来を脅かそうっていうのなら。……ここから先は『完全な防衛戦(正当防衛)』よ」
リベラは執務机の引き出しを開け、ハワイで扱いを叩き込まれた艶やかな黒い拳銃――コルト・ガバメントを取り出し、慣れた手つきでスライドを引いて薬室の確認を行った。
チャキッ、という冷たい金属音が部屋に響く。
「柴田。私兵(うちのわんちゃん達)の武装と配置は?」
「抜かりありません。最新の短機関銃(サブマシンガン)を揃え、邸宅の周囲には死角ゼロのキルゾーンを構築済みです。ネズミ一匹、若頭の寝室には近づけさせません」
「結構。……さあ、狂犬どもを迎え撃つわよ。彼らが大好きな『戦争』の、本当の恐ろしさを教えてあげる」
その夜。
桜田邸を囲む深い闇の中で、軍刀と小銃で武装した数十名の影が、音もなく門を乗り越えようとしていた。
時代遅れの「大義」に酔いしれた彼らはまだ知らない。この先に待っているのが、名誉ある死などではなく、未来の戦術と圧倒的な暴力によって構築された、冷酷無比な「処刑場」であるということを。
それから数ヶ月。
大日本帝国の景色は、桜田リベラが描いたシナリオ通りに、劇的かつ暴力的なまでの変化を遂げていた。
『――我が帝国は今、剣ではなく、経済という名の新たな盾を持つべき時であります!』
ラジオから流れる近衛文麿の流麗な演説が、帝都のみならず日本中の茶の間を熱狂させていた。
リベラの目論見通り、内閣総理大臣の座に就いた近衛は、桜田財閥が買収したメディア網による完璧な世論誘導(プロパガンダ)の波に乗り、国民から圧倒的な支持を獲得。その「民意」という最強の盾と、三田会が裏で操る強引な議会工作により、陸軍の予算を大幅に削減し、国内のインフラと経済協調に回すという前代未聞の法案が次々と可決されていった。
桜田邸の執務室。
リベラは書類の山に目を通しながら、心地よさそうにベビーベッドで眠る優太の寝顔を横目で確認し、ふっと息を吐いた。
「順調すぎるくらいね。海軍の山本少将も、約束通り軍縮条約の枠組みの中で陸軍を牽制してくれている。これで、表立った戦争へのレールは完全にへし折ったわ」
「ですが、総帥」
部屋の隅で控えていた柴田が、低い声で鋭く切り込んだ。
「兵糧攻めにされた陸軍の急進派ども、いよいよ追い詰められて『狂犬』の目をしてますぜ。三田会のジイさん達が抑えている正規の予算ルートはともかく、裏口から武器や弾薬をかき集めているという情報が入ってます」
「……クーデター、あるいは暗殺ね」
リベラは万年筆を置き、冷たい瞳で窓の外を見た。
「政治でも経済でも勝てないなら、最後は暴力で盤面ごとひっくり返す。いつの時代も、頭の悪い男たちの考えることは一緒よ。……標的(ターゲット)は誰かしら?」
「神輿である近衛首相を狙うか、それとも……絵図を描いている総帥か。どちらにせよ、連中は『天誅』と称して、決死隊を組んで突っ込んでくる腹積もりでしょう。決行は近いかと」
「上等じゃない」
リベラは立ち上がり、黒革の手袋をゆっくりとはめた。
淑女の仮面の下から、かつて暴力の世界を実力で制圧したレディース総長の血が、そして、あらゆるグレーな手段を用いて敵を社会的に抹殺してきた弁護士の業火が、静かに、しかし激しく燃え上がる。
「法律で縛り、カネで首を絞めても、まだ私の息子の未来を脅かそうっていうのなら。……ここから先は『完全な防衛戦(正当防衛)』よ」
リベラは執務机の引き出しを開け、ハワイで扱いを叩き込まれた艶やかな黒い拳銃――コルト・ガバメントを取り出し、慣れた手つきでスライドを引いて薬室の確認を行った。
チャキッ、という冷たい金属音が部屋に響く。
「柴田。私兵(うちのわんちゃん達)の武装と配置は?」
「抜かりありません。最新の短機関銃(サブマシンガン)を揃え、邸宅の周囲には死角ゼロのキルゾーンを構築済みです。ネズミ一匹、若頭の寝室には近づけさせません」
「結構。……さあ、狂犬どもを迎え撃つわよ。彼らが大好きな『戦争』の、本当の恐ろしさを教えてあげる」
その夜。
桜田邸を囲む深い闇の中で、軍刀と小銃で武装した数十名の影が、音もなく門を乗り越えようとしていた。
時代遅れの「大義」に酔いしれた彼らはまだ知らない。この先に待っているのが、名誉ある死などではなく、未来の戦術と圧倒的な暴力によって構築された、冷酷無比な「処刑場」であるということを。
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