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EP 11
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霧の中の消失、または天才的迷走
「傭兵団イージス」の結成から数週間。
その名は、アルカディア周辺で密かに、しかし確実に知られ始めていた。
――ドブ川を一夜で浄化した掃除屋。
――人身売買組織を無血で壊滅させた規律の鬼。
――そして、金曜日にだけ漂う、謎の美味なる香りの発生源。
実績と共に、坂上の懐事情(善行ポイント)も潤っていた。
現在の保有ポイントは『58,000P』。
カテゴリー選択権は5つに増え、より高度で高品質な地球の物資を召喚できるようになっていた。
***
霧の立ち込める山岳地帯、『白竜山脈』の中腹。
視界は悪く、数メートル先も見通せない乳白色の世界を、三つの影が進んでいた。
「……快適だな、この靴は」
龍魔呂が足元の感触を確かめるように呟く。
彼が履いているのは、坂上が新調した『高機能トレッキングシューズ(防水・透湿素材)』だ。
地下足袋も動きやすかったが、悪路におけるグリップ力と疲労軽減効果は、地球の科学力が生んだソールに軍配が上がる。
「装備(ギア)への投資は惜しまん。行軍速度は生存率に直結するからな」
先頭を歩く坂上もまた、軽量化された『軍用バックパック』を背負い、手には『登山用GPS(ただし衛星がないので高度計とコンパスとして使用)』を持っていた。
慢心はない。
だが、今の彼らには「どんなトラブルも対処できる」という、確かな自信と余裕があった。
――そう、この時までは。
「ふぇぇ……真っ白ですぅ。雲の中を歩いてるみたいですねぇ」
最後尾を歩くルナが、能天気な声を上げる。
彼女の腰には、坂上のベルトから伸びる『命綱(登山用ロープ)』がしっかりと結ばれていた。
前回の「森を消滅させかけた件」以来、移動時の彼女の管理は最重要課題となっていたのだ。
「ルナ君、ロープを緩めるなよ。ここには空間が歪む『迷いの霧』が出るという噂だ」
「はーい! 任せてください! 私、今日は一度も転んでませんよ!」
「……フラグを立てるな」
坂上は苦笑し、GPSの画面に目を落とした。
方位磁石の針が、不規則に回転している。磁場が狂っているようだ。
嫌な予感がする。
坂上は足を止め、振り返った。
「少し休憩を入れる。龍魔呂、周囲を警か――」
言葉が途切れた。
坂上の視線の先。
命綱のロープが、ぷらり、と虚しく垂れ下がっていたからだ。
「……あ?」
龍魔呂も振り返り、目を見開いた。
いない。
ほんの数秒前まで、「はーい!」と返事をしていた少女の姿が、忽然と消えていた。
ロープが切れたわけではない。結び目が解けたわけでもない。
まるで、空間ごと「切り取られた」かのように、彼女の存在だけが消失していたのだ。
「ルナ!? どこだ!」
龍魔呂が叫ぶ。返事はない。
ただ、風の音がヒュルリと鳴るだけだ。
「……落ち着け。足跡を確認する」
坂上は冷静さを保とうと努めながら、地面をライトで照らした。
ぬかるんだ地面には、三人の足跡が残っている。
坂上のブーツ、龍魔呂のシューズ、そしてルナの小さな靴跡。
だが。
ルナの足跡は、ある一点で「プッツリ」と途切れていた。
そして、その途切れた地点のすぐ横に――別の痕跡があった。
「……なんだ、これは」
それは、巨大な「蹄(ひづめ)」のような、あるいは丸太のような足跡だった。
サイズは優に40センチを超えている。
一つや二つではない。無数にある。
霧に紛れて、何者かの集団が、音もなく彼女を取り囲み、そして連れ去ったのだ。
「……オークか?」
「いや、デカすぎる。それに、気配がなかった」
龍魔呂が地面の泥を指ですくい、鼻に近づけた。
その顔色が、見る見るうちに険しくなる。
殺気が漏れ出し、周囲の霧が揺らぐ。
「……オークだ。だが、ただの雑魚じゃねぇ。もっと濃い、腐った血の臭いがしやがる」
龍魔呂が立ち上がり、霧の奥――断崖の方角を睨みつけた。
「『オーク・ジェネラル(将軍種)』だ。……それも、軍隊規模だ」
統率されたオークの集団。
彼らは音もなく忍び寄り、魔法使いであるルナを「最優先ターゲット」として、一瞬で拉致したのだ。
ルナの方向音痴(空間転移体質)と、敵の連携が、最悪の形で噛み合ってしまった。
「……オッサン」
龍魔呂の声が低い。
それは、彼が「DEATH4」になる直前の、危うい静けさだった。
「あいつ、ドジだけどよ……魔法がなけりゃ、ただの脆いガキだ。……オークの巣に連れて行かれたら、どうなるか」
言わなくてもわかる。
食料か、あるいはそれ以上の凌辱か。
坂上は、垂れ下がった命綱を強く握りしめた。
「……追うぞ」
坂上はウィンドウを展開した。
惜しんでいる場合ではない。全てのポイントを使ってでも、索敵機材を揃える必要がある。
「龍魔呂、先行しろ。だが暴走はするな。……私が必ず追いつく」
「……おう」
龍魔呂が地面を蹴った。
その背中から放たれる赤黒いオーラは、霧を裂き、殺意の道を作っていた。
平穏な日常は、唐突に終わりを告げた。
残されたのは、泥についた巨大な足跡と、最悪の予感だけだった。
「傭兵団イージス」の結成から数週間。
その名は、アルカディア周辺で密かに、しかし確実に知られ始めていた。
――ドブ川を一夜で浄化した掃除屋。
――人身売買組織を無血で壊滅させた規律の鬼。
――そして、金曜日にだけ漂う、謎の美味なる香りの発生源。
実績と共に、坂上の懐事情(善行ポイント)も潤っていた。
現在の保有ポイントは『58,000P』。
カテゴリー選択権は5つに増え、より高度で高品質な地球の物資を召喚できるようになっていた。
***
霧の立ち込める山岳地帯、『白竜山脈』の中腹。
視界は悪く、数メートル先も見通せない乳白色の世界を、三つの影が進んでいた。
「……快適だな、この靴は」
龍魔呂が足元の感触を確かめるように呟く。
彼が履いているのは、坂上が新調した『高機能トレッキングシューズ(防水・透湿素材)』だ。
地下足袋も動きやすかったが、悪路におけるグリップ力と疲労軽減効果は、地球の科学力が生んだソールに軍配が上がる。
「装備(ギア)への投資は惜しまん。行軍速度は生存率に直結するからな」
先頭を歩く坂上もまた、軽量化された『軍用バックパック』を背負い、手には『登山用GPS(ただし衛星がないので高度計とコンパスとして使用)』を持っていた。
慢心はない。
だが、今の彼らには「どんなトラブルも対処できる」という、確かな自信と余裕があった。
――そう、この時までは。
「ふぇぇ……真っ白ですぅ。雲の中を歩いてるみたいですねぇ」
最後尾を歩くルナが、能天気な声を上げる。
彼女の腰には、坂上のベルトから伸びる『命綱(登山用ロープ)』がしっかりと結ばれていた。
前回の「森を消滅させかけた件」以来、移動時の彼女の管理は最重要課題となっていたのだ。
「ルナ君、ロープを緩めるなよ。ここには空間が歪む『迷いの霧』が出るという噂だ」
「はーい! 任せてください! 私、今日は一度も転んでませんよ!」
「……フラグを立てるな」
坂上は苦笑し、GPSの画面に目を落とした。
方位磁石の針が、不規則に回転している。磁場が狂っているようだ。
嫌な予感がする。
坂上は足を止め、振り返った。
「少し休憩を入れる。龍魔呂、周囲を警か――」
言葉が途切れた。
坂上の視線の先。
命綱のロープが、ぷらり、と虚しく垂れ下がっていたからだ。
「……あ?」
龍魔呂も振り返り、目を見開いた。
いない。
ほんの数秒前まで、「はーい!」と返事をしていた少女の姿が、忽然と消えていた。
ロープが切れたわけではない。結び目が解けたわけでもない。
まるで、空間ごと「切り取られた」かのように、彼女の存在だけが消失していたのだ。
「ルナ!? どこだ!」
龍魔呂が叫ぶ。返事はない。
ただ、風の音がヒュルリと鳴るだけだ。
「……落ち着け。足跡を確認する」
坂上は冷静さを保とうと努めながら、地面をライトで照らした。
ぬかるんだ地面には、三人の足跡が残っている。
坂上のブーツ、龍魔呂のシューズ、そしてルナの小さな靴跡。
だが。
ルナの足跡は、ある一点で「プッツリ」と途切れていた。
そして、その途切れた地点のすぐ横に――別の痕跡があった。
「……なんだ、これは」
それは、巨大な「蹄(ひづめ)」のような、あるいは丸太のような足跡だった。
サイズは優に40センチを超えている。
一つや二つではない。無数にある。
霧に紛れて、何者かの集団が、音もなく彼女を取り囲み、そして連れ去ったのだ。
「……オークか?」
「いや、デカすぎる。それに、気配がなかった」
龍魔呂が地面の泥を指ですくい、鼻に近づけた。
その顔色が、見る見るうちに険しくなる。
殺気が漏れ出し、周囲の霧が揺らぐ。
「……オークだ。だが、ただの雑魚じゃねぇ。もっと濃い、腐った血の臭いがしやがる」
龍魔呂が立ち上がり、霧の奥――断崖の方角を睨みつけた。
「『オーク・ジェネラル(将軍種)』だ。……それも、軍隊規模だ」
統率されたオークの集団。
彼らは音もなく忍び寄り、魔法使いであるルナを「最優先ターゲット」として、一瞬で拉致したのだ。
ルナの方向音痴(空間転移体質)と、敵の連携が、最悪の形で噛み合ってしまった。
「……オッサン」
龍魔呂の声が低い。
それは、彼が「DEATH4」になる直前の、危うい静けさだった。
「あいつ、ドジだけどよ……魔法がなけりゃ、ただの脆いガキだ。……オークの巣に連れて行かれたら、どうなるか」
言わなくてもわかる。
食料か、あるいはそれ以上の凌辱か。
坂上は、垂れ下がった命綱を強く握りしめた。
「……追うぞ」
坂上はウィンドウを展開した。
惜しんでいる場合ではない。全てのポイントを使ってでも、索敵機材を揃える必要がある。
「龍魔呂、先行しろ。だが暴走はするな。……私が必ず追いつく」
「……おう」
龍魔呂が地面を蹴った。
その背中から放たれる赤黒いオーラは、霧を裂き、殺意の道を作っていた。
平穏な日常は、唐突に終わりを告げた。
残されたのは、泥についた巨大な足跡と、最悪の予感だけだった。
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