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EP 17
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残り滓のコーヒー、おやっさん
チロチロと揺れるライターの火で、坂上は金属製のマグカップを炙っていた。
中に入っているのは、いつ入れたかもわからない、ポットに残っていた最後のコーヒーの残り滓(かす)だ。
本来なら捨ててしまうような代物だが、今の彼らには、これが最後の一滴だった。
湯気が立つと、少しだけ部屋の空気が緩んだ。
坂上はカップを口に運び、顔をしかめる。
「……ぬるいな。それに、苦味が飛んでいる」
独り言のように呟き、坂上はカップをテーブルに置いた。
そして、正面に座る龍魔呂を真っ直ぐに見据えた。
「……クビにしてくれ」
龍魔呂が、絞り出すような声で言った。
視線は床に落とされたままだ。
「俺は、あんたのルールを破った。女子供を守るための力を、俺の感情で全部消し飛ばした。……ここに居る資格はねぇ」
握りしめた拳が震えている。
その手は、まだ乾いた血で汚れていた。洗うことすら罪深く感じているようだった。
「俺は、疫病神だ。弟も、あんたも……俺に関わるとみんな不幸になる。だから……」
「龍魔呂」
坂上が言葉を遮った。
静かで、しかし有無を言わせない響きがあった。
「システムは、お前を『失格』と判定した。国際法も、お前の行為を『虐殺』と断じるだろう。……それは事実だ」
龍魔呂の肩がビクリと跳ねる。
断罪される。当然だ。罵ってくれ。殴ってくれ。
「だがな」
坂上は、テーブルの上の、何もない空間――かつてウィンドウがあった場所――を指先でトン、と叩いた。
「私は、お前を間違っているとは思わん」
「……は?」
龍魔呂が顔を上げた。
坂上の瞳は、穏やかだった。
「あの時、お前が動かなければルナは死んでいた。村人たちも喰われていただろう。……お前は、法やルールよりも、仲間の命を優先した。お前の中にある『正義』を貫いた」
「で、でも! そのせいでポイントが!」
龍魔呂が叫ぶ。
「5万だぞ!? あんたが泥水をすする思いで貯めた、俺たちの命綱だろうが! それを俺が……!」
「金など、また稼げばいい」
坂上は笑った。
強がりではない。心の底からの、呆れるほど楽天的な笑みだった。
「ポイントは数字に過ぎん。ゼロになったら、また1から積めばいい。……だがな、龍魔呂。失われた命だけは、どんなスキルを使っても戻らんのだ」
坂上の脳裏に、かつての記憶がよぎる。
海の底へ沈んでいった部下たち。守りたくても守れなかった、二度と帰らない笑顔。
「私が守りたかったのは、ポイントじゃない。お前とルナ、ここにいる『生きた人間』だ。……お前たちが生きて帰ってきた。それだけで、私の作戦(ミッション)は成功だ」
坂上は、マグカップを龍魔呂の方へ押しやった。
「飲め。最後のコーヒーだ。……不味いぞ」
龍魔呂は、震える手でカップを掴んだ。
一口含む。
ぬるくて、泥のように渋くて、鉄錆の臭いが混じった味がした。
けれど、喉を通るその熱さは、凍りついていた心臓を溶かすほどに温かかった。
「……う……ぅぅ……」
龍魔呂の目から、大粒の涙が溢れ出した。
弟が死んで以来、枯れ果てていたはずの涙。
悔し涙でも、怒りの涙でもない。
赦(ゆる)されたことへの、そして居場所を与えられたことへの、魂の慟哭だった。
「すまねぇ……。すまねぇ……!」
龍魔呂は子供のように顔を覆って泣きじゃくった。
部屋の隅で見ていたルナも、「うわぁぁぁん」と泣き出し、龍魔呂の背中に抱きついた。
「すまねぇ……おやっさん」
その言葉を聞いた瞬間、坂上は目を見開いた。
そして、照れくさそうに鼻をこすった。
「……おやっさんはよせ。私はまだ、ピチピチの20歳だぞ」
冗談めかして言うが、その声も少し湿り気を帯びていた。
「さて、泣き止んだら寝ろ。明日は早いぞ」
坂上は立ち上がり、窓の外の月を見上げた。
「明日の朝一番で、ゴミ拾いに行くぞ。……一から出直しだ」
暗い部屋。
けれど、そこには確かな「熱」があった。
ゼロになった傭兵団イージス。
しかし、その結束は、どんなポイントよりも硬く、揺るぎないものになっていた。
チロチロと揺れるライターの火で、坂上は金属製のマグカップを炙っていた。
中に入っているのは、いつ入れたかもわからない、ポットに残っていた最後のコーヒーの残り滓(かす)だ。
本来なら捨ててしまうような代物だが、今の彼らには、これが最後の一滴だった。
湯気が立つと、少しだけ部屋の空気が緩んだ。
坂上はカップを口に運び、顔をしかめる。
「……ぬるいな。それに、苦味が飛んでいる」
独り言のように呟き、坂上はカップをテーブルに置いた。
そして、正面に座る龍魔呂を真っ直ぐに見据えた。
「……クビにしてくれ」
龍魔呂が、絞り出すような声で言った。
視線は床に落とされたままだ。
「俺は、あんたのルールを破った。女子供を守るための力を、俺の感情で全部消し飛ばした。……ここに居る資格はねぇ」
握りしめた拳が震えている。
その手は、まだ乾いた血で汚れていた。洗うことすら罪深く感じているようだった。
「俺は、疫病神だ。弟も、あんたも……俺に関わるとみんな不幸になる。だから……」
「龍魔呂」
坂上が言葉を遮った。
静かで、しかし有無を言わせない響きがあった。
「システムは、お前を『失格』と判定した。国際法も、お前の行為を『虐殺』と断じるだろう。……それは事実だ」
龍魔呂の肩がビクリと跳ねる。
断罪される。当然だ。罵ってくれ。殴ってくれ。
「だがな」
坂上は、テーブルの上の、何もない空間――かつてウィンドウがあった場所――を指先でトン、と叩いた。
「私は、お前を間違っているとは思わん」
「……は?」
龍魔呂が顔を上げた。
坂上の瞳は、穏やかだった。
「あの時、お前が動かなければルナは死んでいた。村人たちも喰われていただろう。……お前は、法やルールよりも、仲間の命を優先した。お前の中にある『正義』を貫いた」
「で、でも! そのせいでポイントが!」
龍魔呂が叫ぶ。
「5万だぞ!? あんたが泥水をすする思いで貯めた、俺たちの命綱だろうが! それを俺が……!」
「金など、また稼げばいい」
坂上は笑った。
強がりではない。心の底からの、呆れるほど楽天的な笑みだった。
「ポイントは数字に過ぎん。ゼロになったら、また1から積めばいい。……だがな、龍魔呂。失われた命だけは、どんなスキルを使っても戻らんのだ」
坂上の脳裏に、かつての記憶がよぎる。
海の底へ沈んでいった部下たち。守りたくても守れなかった、二度と帰らない笑顔。
「私が守りたかったのは、ポイントじゃない。お前とルナ、ここにいる『生きた人間』だ。……お前たちが生きて帰ってきた。それだけで、私の作戦(ミッション)は成功だ」
坂上は、マグカップを龍魔呂の方へ押しやった。
「飲め。最後のコーヒーだ。……不味いぞ」
龍魔呂は、震える手でカップを掴んだ。
一口含む。
ぬるくて、泥のように渋くて、鉄錆の臭いが混じった味がした。
けれど、喉を通るその熱さは、凍りついていた心臓を溶かすほどに温かかった。
「……う……ぅぅ……」
龍魔呂の目から、大粒の涙が溢れ出した。
弟が死んで以来、枯れ果てていたはずの涙。
悔し涙でも、怒りの涙でもない。
赦(ゆる)されたことへの、そして居場所を与えられたことへの、魂の慟哭だった。
「すまねぇ……。すまねぇ……!」
龍魔呂は子供のように顔を覆って泣きじゃくった。
部屋の隅で見ていたルナも、「うわぁぁぁん」と泣き出し、龍魔呂の背中に抱きついた。
「すまねぇ……おやっさん」
その言葉を聞いた瞬間、坂上は目を見開いた。
そして、照れくさそうに鼻をこすった。
「……おやっさんはよせ。私はまだ、ピチピチの20歳だぞ」
冗談めかして言うが、その声も少し湿り気を帯びていた。
「さて、泣き止んだら寝ろ。明日は早いぞ」
坂上は立ち上がり、窓の外の月を見上げた。
「明日の朝一番で、ゴミ拾いに行くぞ。……一から出直しだ」
暗い部屋。
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しかし、その結束は、どんなポイントよりも硬く、揺るぎないものになっていた。
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