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EP 16
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沈黙の帰路、消えた灯り
山を下りる足取りは、鉛のように重かった。
先頭を歩く坂上、それに続くルナと救助された村人たち。
そして、最後尾を、まるで罪人のように俯いて歩く龍魔呂。
会話はない。
時折、村人が龍魔呂の方を振り返り、ヒッと息を呑んで距離を取る音だけが響く。
彼らにとって、龍魔呂は命の恩人ではない。オークよりも恐ろしい、人の皮を被った殺戮者(モンスター)に映っているのだ。
(……当然だ)
龍魔呂は、乾いた血でバリバリになった自分の手を見つめた。
洗う時間も惜しんで撤収したため、鉄錆の臭いが染み付いている。
脳裏に焼き付いているのは、オークの頭蓋が砕ける感触と、坂上の目の前で崩れ落ちた『ポイント』の数字。
5万ポイント。
坂上がコツコツと、本当に地道に積み上げてきた信頼の証。
それを、俺が一瞬の感情でドブに捨てた。
(俺は、また奪ったのか)
弟の未来を奪い、今度は恩人の力を奪った。
俺に関わる人間は、みんな不幸になる。俺はただの死神だ。ここに居ていい人間じゃない。
前を行く坂上の背中は、いつも通り真っ直ぐだった。
怒号も、罵倒も飛んでこない。
その沈黙が、龍魔呂には何よりも痛かった。
***
麓の村で村人たちを引き渡し、逃げるように感謝の言葉(というより、もう関わらないでくれという懇願)を受け取った後、三人は街の拠点へと戻った。
とっぷりと日が暮れていた。
ボロ家のドアを開ける。
いつもなら、ここで坂上が『LEDランタン』を点灯し、白い明かりが部屋を満たすはずだった。
だが、今の坂上の手には何もない。
カチッ。
坂上が無意識に、壁のスイッチ(配線工事をして取り付けた魔道具の照明)を押す。
反応はない。
魔石のエネルギー供給も、ポイント枯渇による契約解除で止まっていたのだ。
「……そうか。電気も止められたか」
坂上の独り言が、暗い部屋に虚しく響いた。
窓から差し込む月明かりだけが、荒れ放題の床を照らしている。
これまで『ロボット掃除機』や『空気清浄機』で保たれていた快適な空間は、ただの埃っぽい廃屋に戻っていた。
「……」
坂上は手探りで椅子を引き、ドカッと腰を下ろした。
龍魔呂は玄関先に立ち尽くしたまま、中に入れないでいる。
ルナはオロオロと二人を見比べ、泣きそうな顔で部屋の隅に縮こまった。
寒い。
暖房器具もない。温かい飲み物を出す『電気ケトル』も、『スティックコーヒー』もない。
あるのは、圧倒的な「無」だけだ。
龍魔呂は、入り口の柱に背を預け、ズルズルと座り込んだ。
膝を抱える。
喉が渇いた。腹が減った。
だが、それを訴える資格など自分にはない。
(出て行こう)
龍魔呂は思った。
このまま夜陰に乗じて消えよう。これ以上、オッサンに迷惑はかけられない。
俺は一人で、野垂れ死ぬのがお似合いだ。
その時。
暗闇の中から、カチャリ、と音がした。
坂上が、ポケットから何かを取り出した音だ。
それは、最後の一つだけ残っていた『100円ライター』だった。
シュボッ。
小さな、頼りない火が灯る。
その揺らめく光が、坂上の疲れた横顔を照らし出した。
彼は怒っていなかった。
ただ、静かに、空っぽになった虚空(ウィンドウがあった場所)を見つめていた。
「……龍魔呂」
坂上の声がした。
龍魔呂の体がビクリと跳ねる。
ついに、宣告されるのだろうか。「出て行け」と。
「……座れ。話がある」
その声は、拒絶ではなく、どこまでも静かな「呼びかけ」だった。
龍魔呂は、重い体を引きずり、ライターの火の前にゆっくりと歩み寄った。
長く、暗い夜が始まろうとしていた。
山を下りる足取りは、鉛のように重かった。
先頭を歩く坂上、それに続くルナと救助された村人たち。
そして、最後尾を、まるで罪人のように俯いて歩く龍魔呂。
会話はない。
時折、村人が龍魔呂の方を振り返り、ヒッと息を呑んで距離を取る音だけが響く。
彼らにとって、龍魔呂は命の恩人ではない。オークよりも恐ろしい、人の皮を被った殺戮者(モンスター)に映っているのだ。
(……当然だ)
龍魔呂は、乾いた血でバリバリになった自分の手を見つめた。
洗う時間も惜しんで撤収したため、鉄錆の臭いが染み付いている。
脳裏に焼き付いているのは、オークの頭蓋が砕ける感触と、坂上の目の前で崩れ落ちた『ポイント』の数字。
5万ポイント。
坂上がコツコツと、本当に地道に積み上げてきた信頼の証。
それを、俺が一瞬の感情でドブに捨てた。
(俺は、また奪ったのか)
弟の未来を奪い、今度は恩人の力を奪った。
俺に関わる人間は、みんな不幸になる。俺はただの死神だ。ここに居ていい人間じゃない。
前を行く坂上の背中は、いつも通り真っ直ぐだった。
怒号も、罵倒も飛んでこない。
その沈黙が、龍魔呂には何よりも痛かった。
***
麓の村で村人たちを引き渡し、逃げるように感謝の言葉(というより、もう関わらないでくれという懇願)を受け取った後、三人は街の拠点へと戻った。
とっぷりと日が暮れていた。
ボロ家のドアを開ける。
いつもなら、ここで坂上が『LEDランタン』を点灯し、白い明かりが部屋を満たすはずだった。
だが、今の坂上の手には何もない。
カチッ。
坂上が無意識に、壁のスイッチ(配線工事をして取り付けた魔道具の照明)を押す。
反応はない。
魔石のエネルギー供給も、ポイント枯渇による契約解除で止まっていたのだ。
「……そうか。電気も止められたか」
坂上の独り言が、暗い部屋に虚しく響いた。
窓から差し込む月明かりだけが、荒れ放題の床を照らしている。
これまで『ロボット掃除機』や『空気清浄機』で保たれていた快適な空間は、ただの埃っぽい廃屋に戻っていた。
「……」
坂上は手探りで椅子を引き、ドカッと腰を下ろした。
龍魔呂は玄関先に立ち尽くしたまま、中に入れないでいる。
ルナはオロオロと二人を見比べ、泣きそうな顔で部屋の隅に縮こまった。
寒い。
暖房器具もない。温かい飲み物を出す『電気ケトル』も、『スティックコーヒー』もない。
あるのは、圧倒的な「無」だけだ。
龍魔呂は、入り口の柱に背を預け、ズルズルと座り込んだ。
膝を抱える。
喉が渇いた。腹が減った。
だが、それを訴える資格など自分にはない。
(出て行こう)
龍魔呂は思った。
このまま夜陰に乗じて消えよう。これ以上、オッサンに迷惑はかけられない。
俺は一人で、野垂れ死ぬのがお似合いだ。
その時。
暗闇の中から、カチャリ、と音がした。
坂上が、ポケットから何かを取り出した音だ。
それは、最後の一つだけ残っていた『100円ライター』だった。
シュボッ。
小さな、頼りない火が灯る。
その揺らめく光が、坂上の疲れた横顔を照らし出した。
彼は怒っていなかった。
ただ、静かに、空っぽになった虚空(ウィンドウがあった場所)を見つめていた。
「……龍魔呂」
坂上の声がした。
龍魔呂の体がビクリと跳ねる。
ついに、宣告されるのだろうか。「出て行け」と。
「……座れ。話がある」
その声は、拒絶ではなく、どこまでも静かな「呼びかけ」だった。
龍魔呂は、重い体を引きずり、ライターの火の前にゆっくりと歩み寄った。
長く、暗い夜が始まろうとしていた。
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