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EP 15
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ゼロになる瞬間
坂上真一が洞窟に到着した時、そこにはもう「戦い」など存在していなかった。
あるのは、圧倒的な静寂と、鼻が曲がるほど濃厚な血の臭いだけだった。
「……遅かったか」
坂上は暗視ゴーグルを外し、洞窟の奥へと歩を進めた。
ブーツの裏が、ぬちゃり、と嫌な音を立てる。
地面は赤く染まり、至る所にオークたちの肉片が散乱している。壁には、原型を留めないほど叩きつけられた跡。
それは、野生動物による捕食現場よりも惨たらしく、災害現場よりも無慈悲だった。
「ひっ……うぅ……」
「助けて……食わないで……」
洞窟の隅では、解放されたはずの村人たちが、互いに身を寄せ合い震えていた。
彼らの視線は、感謝ではなく、純粋な恐怖に彩られている。
その視線の先に、一人の男が立っていた。
鬼神 龍魔呂。
頭から爪先まで、赤黒い返り血で染まっている。
足元には、手を合わせて命乞いをした姿勢のまま絶命しているオークの死体があった。頭部は粉砕され、胸には深い穴が空いている。
「……龍魔呂」
坂上が静かに名を呼んだ。
龍魔呂が、ゆっくりと振り返る。
その瞳からは、先ほどまでの狂気は消え失せ、代わりに虚ろな色が浮かんでいた。
自分の足元を見る。自分の血塗れの手を見る。そして、自分を化け物を見る目で見つめる村人たちと、怯えて言葉を失っているルナを見る。
「あ……」
龍魔呂の口から、乾いた音が漏れた。
やってしまった。
殺した。全員殺した。武器を捨てた者も、降伏した者も。
激情のままに、ただの殺戮マシーンとなって。
「俺は……」
その時。
坂上の目の前に展開されていたウィンドウが、これまでにない激しさで明滅を始めた。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
脳内に直接響くような、不快な警告音(アラート)。
ウィンドウの色が、青から危険な赤へと変色していく。
【警告:重大な規約違反を確認】
【指揮下にある人員による、国際人道法(ジュネーヴ諸条約)第3条および追加議定書に対する著しい逸脱行為を検知】
無機質な文字が羅列される。
・非戦闘員(投降兵)への殺害
・必要性を逸脱した過剰な破壊・残虐行為
・死体への損壊
【判定:失格(ディスカリファイ)】
「……そうか」
坂上は短く呟いた。
次の瞬間、画面右上に表示されていた『善行ポイント』の数字が、音を立てて崩れ落ちた。
58,000P
40,000P
10,000P……
まるで砂時計の底が抜けたように、積み上げてきた数字がゼロに向かってカウントダウンしていく。
ゴミを拾い、ドブをさらい、人々を助けてコツコツと貯めてきた、この異世界で生き抜くための命綱。
それが、わずか数秒で消滅した。
0 P
【ペナルティ執行完了。全ポイント没収。および、スキルの使用を無期限凍結します】
プツン。
ウィンドウが強制的に閉じられ、虚空に溶けて消えた。
坂上の手元に残っていたドローンのコントローラーが、砂のようにさらさらと崩れ去る。召喚していた装備品の維持権限も失われたのだ。
「……オッサン」
龍魔呂が、震える声で呼びかけた。
彼は見ていた。坂上の目の前から「光」が消え、装備が崩れ落ちる様を。
自分の暴走が、何を引き起こしたのかを、本能的に理解してしまった。
「俺……俺のせいで……」
龍魔呂の顔が絶望に歪む。
弟を殺されたあの日と同じだ。俺はまた、大切なものを壊した。
守りたかったはずのものを、自分の怒りで焼き尽くしてしまった。
「……気にするな」
坂上は表情一つ変えず、静かに言った。
その声には、怒りも失望も混じっていない。
ただ、事実を受け入れた指揮官の、凪のような声だった。
「撤収するぞ。村人たちを連れて下山する。ルナ君、歩けるか?」
「は、はい……」
ルナが慌てて立ち上がり、破かれたローブを抑えながら駆け寄る。
坂上は自身のジャケットを脱ぎ、無言でルナの肩にかけてやった。
「龍魔呂。殿(しんがり)を頼む」
「……あぁ」
龍魔呂は、坂上の顔を見ることができなかった。
その背中は、何も言わずにただ前を歩き出した。
失ったものの大きさは計り知れない。
だが、坂上は一度も振り返らなかった。
洞窟の外には、冷たい夜明けの光が差し始めていた。
全てを失った傭兵団イージスの、最も長く、重苦しい一日が始まろうとしていた。
坂上真一が洞窟に到着した時、そこにはもう「戦い」など存在していなかった。
あるのは、圧倒的な静寂と、鼻が曲がるほど濃厚な血の臭いだけだった。
「……遅かったか」
坂上は暗視ゴーグルを外し、洞窟の奥へと歩を進めた。
ブーツの裏が、ぬちゃり、と嫌な音を立てる。
地面は赤く染まり、至る所にオークたちの肉片が散乱している。壁には、原型を留めないほど叩きつけられた跡。
それは、野生動物による捕食現場よりも惨たらしく、災害現場よりも無慈悲だった。
「ひっ……うぅ……」
「助けて……食わないで……」
洞窟の隅では、解放されたはずの村人たちが、互いに身を寄せ合い震えていた。
彼らの視線は、感謝ではなく、純粋な恐怖に彩られている。
その視線の先に、一人の男が立っていた。
鬼神 龍魔呂。
頭から爪先まで、赤黒い返り血で染まっている。
足元には、手を合わせて命乞いをした姿勢のまま絶命しているオークの死体があった。頭部は粉砕され、胸には深い穴が空いている。
「……龍魔呂」
坂上が静かに名を呼んだ。
龍魔呂が、ゆっくりと振り返る。
その瞳からは、先ほどまでの狂気は消え失せ、代わりに虚ろな色が浮かんでいた。
自分の足元を見る。自分の血塗れの手を見る。そして、自分を化け物を見る目で見つめる村人たちと、怯えて言葉を失っているルナを見る。
「あ……」
龍魔呂の口から、乾いた音が漏れた。
やってしまった。
殺した。全員殺した。武器を捨てた者も、降伏した者も。
激情のままに、ただの殺戮マシーンとなって。
「俺は……」
その時。
坂上の目の前に展開されていたウィンドウが、これまでにない激しさで明滅を始めた。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
脳内に直接響くような、不快な警告音(アラート)。
ウィンドウの色が、青から危険な赤へと変色していく。
【警告:重大な規約違反を確認】
【指揮下にある人員による、国際人道法(ジュネーヴ諸条約)第3条および追加議定書に対する著しい逸脱行為を検知】
無機質な文字が羅列される。
・非戦闘員(投降兵)への殺害
・必要性を逸脱した過剰な破壊・残虐行為
・死体への損壊
【判定:失格(ディスカリファイ)】
「……そうか」
坂上は短く呟いた。
次の瞬間、画面右上に表示されていた『善行ポイント』の数字が、音を立てて崩れ落ちた。
58,000P
40,000P
10,000P……
まるで砂時計の底が抜けたように、積み上げてきた数字がゼロに向かってカウントダウンしていく。
ゴミを拾い、ドブをさらい、人々を助けてコツコツと貯めてきた、この異世界で生き抜くための命綱。
それが、わずか数秒で消滅した。
0 P
【ペナルティ執行完了。全ポイント没収。および、スキルの使用を無期限凍結します】
プツン。
ウィンドウが強制的に閉じられ、虚空に溶けて消えた。
坂上の手元に残っていたドローンのコントローラーが、砂のようにさらさらと崩れ去る。召喚していた装備品の維持権限も失われたのだ。
「……オッサン」
龍魔呂が、震える声で呼びかけた。
彼は見ていた。坂上の目の前から「光」が消え、装備が崩れ落ちる様を。
自分の暴走が、何を引き起こしたのかを、本能的に理解してしまった。
「俺……俺のせいで……」
龍魔呂の顔が絶望に歪む。
弟を殺されたあの日と同じだ。俺はまた、大切なものを壊した。
守りたかったはずのものを、自分の怒りで焼き尽くしてしまった。
「……気にするな」
坂上は表情一つ変えず、静かに言った。
その声には、怒りも失望も混じっていない。
ただ、事実を受け入れた指揮官の、凪のような声だった。
「撤収するぞ。村人たちを連れて下山する。ルナ君、歩けるか?」
「は、はい……」
ルナが慌てて立ち上がり、破かれたローブを抑えながら駆け寄る。
坂上は自身のジャケットを脱ぎ、無言でルナの肩にかけてやった。
「龍魔呂。殿(しんがり)を頼む」
「……あぁ」
龍魔呂は、坂上の顔を見ることができなかった。
その背中は、何も言わずにただ前を歩き出した。
失ったものの大きさは計り知れない。
だが、坂上は一度も振り返らなかった。
洞窟の外には、冷たい夜明けの光が差し始めていた。
全てを失った傭兵団イージスの、最も長く、重苦しい一日が始まろうとしていた。
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