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第一章 0歳児の勇者
EP 14
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強烈な重力魔法で泥棒を床のシミのように貼り付けた直後、マーサの表情から「戦士」の色が消え、母の顔へと戻った。
「ッ!? リアン!? リアン!? リアンは無事なの!?」
彼女は買い物袋を放置したまま、階段を駆け上がった。元A級冒険者の身体能力による加速は、風のような速さだ。
(あ、やべぇ! 俺も本体に戻らないと!)
台所の隅に取り残されたセンチネル(リアン)は焦った。
母さんが部屋に入った時、リアンが「魂の抜け殻」状態だったら大騒ぎになる。
(急げ! ショートカットだ!)
センチネルは壁を蹴り、階段の手すりの裏側を忍者走りですり抜けた。マーサが足音を立てて階段を登るその背後の死角を、小さな木製の人形が猛スピードで追い抜いていく。
子供部屋のドアが勢いよく開けられる、ほんの数秒前。
センチネルはベビーベッドの隙間に滑り込み、本体の腕の中にダイブした。
(戻れッ!!)
ドクンッ!
意識が肉体という重い檻に戻る。
ほぼ同時、マーサが部屋に飛び込んできた。
「リアン!!」
「……あ、……あああん! あああーん!!(怖かったよぉぉぉ!)」
リアンは間髪入れずに泣き声を上げた。
これは演技半分、本気半分だ。センチネル経由のスリルと、母さんの猛スピード帰宅に対する安堵が入り混じっていた。
「あぁ、リアン! 良かった……無事で……!」
マーサはベッドに駆け寄り、リアンを抱きしめた。
その体は少し震えている。魔法で泥棒を制圧した時とは違う、母親としての震えだった。
リアンは母の胸に顔を埋めながら、大きく息を吐いた。
(ふぅ……。何とか誤魔化せた。センチネルも……うん、ちゃんとただの人形に戻ってるな)
ベッドの隅に転がる胡桃割り人形の口元には、微かに泥棒の血が付着していたが、リアンは泣きじゃくるフリをして、こっそりと涎掛けでそれを拭き取った。証拠隠滅完了だ。
それからしばらくして。
ルナハンの街の憲兵団が到着し、家の中は慌ただしくなった。
一階のリビングでは、後ろ手に縛り上げられた泥棒が、憲兵たちに引きずられていくところだった。
指の骨を砕かれた痛みと、重力魔法の恐怖で、男は半狂乱になっていた。
「ほ、本当だよ! 信じてくれよ! 人形だ! あの胡桃割り人形が、いきなり動き出して俺の指を噛みちぎったんだ!」
男は腫れ上がった指を突き出し、必死に訴える。
「俺は何も盗んでねぇ! 逆に襲われたんだ! あの家は呪われてる!」
「黙れ! 往生際が悪いぞ!」
憲兵の隊長が怒鳴りつけ、男の頭を引っぱたいた。
「世迷い言を抜かすな! ここは元S級冒険者にして、ルナハン騎士団の小隊長、シンフォニア様の家だぞ!? 高度な防衛魔法(ゴーレムトラップ)があったとしても不思議ではない!」
「ち、違うんだ! 魔法じゃねぇ! 人形が生きてて……!」
「うるさい! 貴族に準ずる騎士の家への不法侵入と窃盗未遂。縛り首は覚悟するんだな!」
「ひ、ひぃぃぃ……!」
男は青ざめ、ズルズルと連行されていった。
この世界、特に辺境における法の裁きは重い。彼の運命は決まったも同然だった。
「お手数をおかけしました。よろしくお願いします」
マーサは玄関先で気丈に頭を下げた。
憲兵たちが去ると同時に、家の前の街道から土煙が上がった。
「マーサァァァァァァッ!! リアンンンンッ!!」
馬をも凌ぐスピードで走ってきたのは、アークスだった。
騎士団での勤務中、急報を聞いて飛び出してきたのだろう。顔面蒼白で、鎧がガチャガチャと音を立てている。
「ハァッ、ハァッ! マ、マーサ! リアン! 無事か!? 怪我は!?」
アークスはマーサの肩を掴み、食い入るように確認した。
「えぇ、貴方。私もリアンも平気よ。……少し、怖かったけれど」
「くそっ……! 俺がついていながら……!」
アークスは悔しげに拳を壁に叩きつけた。
壁にヒビが入ったが、今は誰も気にしない。
「全く、田舎だから安全だと思ったが……物騒になったものだ。まさか真昼間に押し入ってくるとはな」
「えぇ。今回は私が早く帰ったから良かったけれど……もし、リアン一人の時だったらと思うと……」
マーサの声が震える。
リアンはアークスの腕の中で、「(いや、俺一人でも撃退できたけどな)」と思いつつも、神妙な顔で「あーうー」と相槌を打った。
アークスは鋭い眼光で家を見回した。
「対策を考えないといけないわね。泥棒避けの結界石を増やすか……」
「いや、それだけじゃ生温い」
アークスは真剣な表情で、とんでもないことを口走った。
「庭に『地雷魔法陣』を埋めよう。あと、玄関には『自動迎撃型ガトリング・クロスボウ』を設置する。ドワーフの闇市でいいのが売ってたはずだ」
「あら、素敵。それなら窓ガラスも『強化防弾ガラス』に変えましょうか。ついでに番犬として『ヘルハウンド』を飼うのはどう?」
(……おいおい。ここを要塞にする気か?)
リアンは冷や汗をかいた。
元A級冒険者の夫婦が本気で「防犯対策」を考えると、ルナハン騎士団の詰め所よりも堅牢な要塞が出来上がってしまう。
「よし、善は急げだ! ゴルド商会に発注をかけるぞ!」
「えぇ、リアンの安全のためですものね!」
燃え上がる両親の背中を見ながら、リアンはそっとセンチネル(ただの人形に戻った相棒)を見つめた。
(ま、俺とセンチネルの出番が減るなら、それに越したことはないか……)
こうしてシンフォニア家は、近隣住民から「魔王城より入るのが難しい家」と呼ばれる第一歩を踏み出したのだった。
「ッ!? リアン!? リアン!? リアンは無事なの!?」
彼女は買い物袋を放置したまま、階段を駆け上がった。元A級冒険者の身体能力による加速は、風のような速さだ。
(あ、やべぇ! 俺も本体に戻らないと!)
台所の隅に取り残されたセンチネル(リアン)は焦った。
母さんが部屋に入った時、リアンが「魂の抜け殻」状態だったら大騒ぎになる。
(急げ! ショートカットだ!)
センチネルは壁を蹴り、階段の手すりの裏側を忍者走りですり抜けた。マーサが足音を立てて階段を登るその背後の死角を、小さな木製の人形が猛スピードで追い抜いていく。
子供部屋のドアが勢いよく開けられる、ほんの数秒前。
センチネルはベビーベッドの隙間に滑り込み、本体の腕の中にダイブした。
(戻れッ!!)
ドクンッ!
意識が肉体という重い檻に戻る。
ほぼ同時、マーサが部屋に飛び込んできた。
「リアン!!」
「……あ、……あああん! あああーん!!(怖かったよぉぉぉ!)」
リアンは間髪入れずに泣き声を上げた。
これは演技半分、本気半分だ。センチネル経由のスリルと、母さんの猛スピード帰宅に対する安堵が入り混じっていた。
「あぁ、リアン! 良かった……無事で……!」
マーサはベッドに駆け寄り、リアンを抱きしめた。
その体は少し震えている。魔法で泥棒を制圧した時とは違う、母親としての震えだった。
リアンは母の胸に顔を埋めながら、大きく息を吐いた。
(ふぅ……。何とか誤魔化せた。センチネルも……うん、ちゃんとただの人形に戻ってるな)
ベッドの隅に転がる胡桃割り人形の口元には、微かに泥棒の血が付着していたが、リアンは泣きじゃくるフリをして、こっそりと涎掛けでそれを拭き取った。証拠隠滅完了だ。
それからしばらくして。
ルナハンの街の憲兵団が到着し、家の中は慌ただしくなった。
一階のリビングでは、後ろ手に縛り上げられた泥棒が、憲兵たちに引きずられていくところだった。
指の骨を砕かれた痛みと、重力魔法の恐怖で、男は半狂乱になっていた。
「ほ、本当だよ! 信じてくれよ! 人形だ! あの胡桃割り人形が、いきなり動き出して俺の指を噛みちぎったんだ!」
男は腫れ上がった指を突き出し、必死に訴える。
「俺は何も盗んでねぇ! 逆に襲われたんだ! あの家は呪われてる!」
「黙れ! 往生際が悪いぞ!」
憲兵の隊長が怒鳴りつけ、男の頭を引っぱたいた。
「世迷い言を抜かすな! ここは元S級冒険者にして、ルナハン騎士団の小隊長、シンフォニア様の家だぞ!? 高度な防衛魔法(ゴーレムトラップ)があったとしても不思議ではない!」
「ち、違うんだ! 魔法じゃねぇ! 人形が生きてて……!」
「うるさい! 貴族に準ずる騎士の家への不法侵入と窃盗未遂。縛り首は覚悟するんだな!」
「ひ、ひぃぃぃ……!」
男は青ざめ、ズルズルと連行されていった。
この世界、特に辺境における法の裁きは重い。彼の運命は決まったも同然だった。
「お手数をおかけしました。よろしくお願いします」
マーサは玄関先で気丈に頭を下げた。
憲兵たちが去ると同時に、家の前の街道から土煙が上がった。
「マーサァァァァァァッ!! リアンンンンッ!!」
馬をも凌ぐスピードで走ってきたのは、アークスだった。
騎士団での勤務中、急報を聞いて飛び出してきたのだろう。顔面蒼白で、鎧がガチャガチャと音を立てている。
「ハァッ、ハァッ! マ、マーサ! リアン! 無事か!? 怪我は!?」
アークスはマーサの肩を掴み、食い入るように確認した。
「えぇ、貴方。私もリアンも平気よ。……少し、怖かったけれど」
「くそっ……! 俺がついていながら……!」
アークスは悔しげに拳を壁に叩きつけた。
壁にヒビが入ったが、今は誰も気にしない。
「全く、田舎だから安全だと思ったが……物騒になったものだ。まさか真昼間に押し入ってくるとはな」
「えぇ。今回は私が早く帰ったから良かったけれど……もし、リアン一人の時だったらと思うと……」
マーサの声が震える。
リアンはアークスの腕の中で、「(いや、俺一人でも撃退できたけどな)」と思いつつも、神妙な顔で「あーうー」と相槌を打った。
アークスは鋭い眼光で家を見回した。
「対策を考えないといけないわね。泥棒避けの結界石を増やすか……」
「いや、それだけじゃ生温い」
アークスは真剣な表情で、とんでもないことを口走った。
「庭に『地雷魔法陣』を埋めよう。あと、玄関には『自動迎撃型ガトリング・クロスボウ』を設置する。ドワーフの闇市でいいのが売ってたはずだ」
「あら、素敵。それなら窓ガラスも『強化防弾ガラス』に変えましょうか。ついでに番犬として『ヘルハウンド』を飼うのはどう?」
(……おいおい。ここを要塞にする気か?)
リアンは冷や汗をかいた。
元A級冒険者の夫婦が本気で「防犯対策」を考えると、ルナハン騎士団の詰め所よりも堅牢な要塞が出来上がってしまう。
「よし、善は急げだ! ゴルド商会に発注をかけるぞ!」
「えぇ、リアンの安全のためですものね!」
燃え上がる両親の背中を見ながら、リアンはそっとセンチネル(ただの人形に戻った相棒)を見つめた。
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