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EP 6
しおりを挟む竜王、露天風呂に浸かる ~デュークのお忍び湯治~
ゴルド商会のニャングルと提携を結んでから数日。
タクミの『絶対安全圏』は、急速にリゾート地としての側面を整えつつあった。
「主ぬしよ! 掘り当てたぞ! これを見るのじゃ!」
シェルターの裏庭――ルナのジャングルのさらに奥で、Dr.ギアが狂喜乱舞していた。
彼が作った『地殻穿孔ドリル・改』が、地下数百メートルの岩盤を突き破り、そこからもうもうと白い湯気が噴き出していたのだ。
「これって……温泉か?」
「成分分析完了! 硫黄、ナトリウム、そして微量のマナを含んだ『魔泉』じゃ! 浸かるだけで魔力回復、疲労回復、腰痛改善に効果があるぞ!」
タクミの目が輝いた。
HP1の彼にとって、『回復』という言葉は『命綱』と同義である。
「でかした爺さん! すぐに風呂を作るぞ!」
タクミは即座に【絶対建築】を発動した。
タロー国から輸入した『檜ヒノキ風の建材』と、現地の岩石を組み合わせる。
イメージするのは、前世で憧れた高級旅館の露天風呂だ。
「施工開始ビルドッ!」
一瞬にして、荒涼とした大地に『総檜造り・岩囲みの露天風呂』が出現した。
脱衣所完備。洗い場には、タロー印のシャンプーとリンスも備え付けてある。
湯船には、適温(41℃)に調整された源泉が掛け流され、ヒノキの香りと硫黄の匂いが混ざり合う極上の空間が完成した。
「……最高だ」
一番風呂に浸かったタクミは、思わず声を漏らした。
お湯が肌に触れた瞬間、HPバーの横に【リジェネ(自動回復)】のアイコンが点灯する。
これなら、風呂の中で溺れてHPが減っても相殺できるかもしれない。
だが、その至福の時間は長くは続かなかった。
ズズズズズ……ッ。
突如、空が陰った。
雲一つない晴天だったはずが、巨大な『何か』が上空を覆い尽くしたのだ。
同時に、大気がビリビリと震えるほどのプレッシャーが降り注ぐ。
「ぐっ……!? なんだ、息が苦しい……!」
タクミのHPが【1】から【0.7】へ急降下する。
湯船の中で溺れかけながら空を見上げると、そこには――。
黄金の鱗を持つ、山のように巨大なドラゴンが旋回していた。
『ほう……。この荒野から、懐かしい匂いがするな』
脳内に直接響くような、重厚な声テレパシー。
ドラゴンは光に包まれると、瞬時に収縮し、一人の人間の姿となって露天風呂の縁へりへと降り立った。
ねじり鉢巻。前掛け。渋い髭のナイスミドル。
どう見てもラーメン屋の親父だが、その体から溢れ出るオーラは、間違いなく『生物の頂点』のそれだった。
竜王デューク・ドラグニル。
世界の調停者にして、至高のラーメンを追い求める最強の龍である。
「な、ななな……」
「騒ぐな若造。……ふむ、やはりか。豚骨スープの煮込みにも似た、この硫黄の香り……温泉だな?」
デュークは腕組みをして、品定めするように湯面を見つめた。
タクミは湯船の隅で縮こまりながら、ガタガタと震えた。
殺される。絶対殺される。このおっさんの鼻息だけで俺は死ぬ。
「あ、あの……ここは私有地でして……」
「知っている。結界が張ってあったからな。だが、我を通さない結界など存在しない」
どうやら自慢の『ブルーシート絶対結界』も、竜王クラスには「暖簾のれん」程度の意味しかなかったらしい。
デュークはニヤリと笑い、勝手に脱衣所で服を脱ぎ始めた。
「ちょうどいい。昨日はフェンリルの馬鹿と喧嘩して肩が凝っていたのだ。……邪魔するぞ」
「い、いえ! どうぞ! ごゆっくり!」
断れるわけがない。断ったら消し炭にされる未来しか見えない。
デュークは筋骨隆々の体を晒し、タオル一枚を持って湯船へと足を踏み入れた。
ザブンッ。
巨体が湯に沈む。
大量のお湯が溢れ出し、タクミの方へ波が押し寄せる(※波でHPが0.1減った)。
数秒の沈黙。
そして――。
「……うぉぉぉぉぉぉぉぉ……極楽ぅぅぅ……」
先ほどの威圧感はどこへやら。
デュークは完全に骨抜きになり、湯面に顔半分まで沈めて脱力していた。
「ぬぅ……。タローの国の銭湯も悪くないが、ここの湯は格別だ。マナの濃度が違う。芯まで染みるわ……」
「き、気に入っていただけましたか?」
「うむ。合格だ。……おい若造、背中を流せ」
「は、はいぃ!」
タクミは必死でタオルを手に取り、竜王の背中を擦った。
硬い。岩より硬い。
ちょっと力を入れすぎたら、摩擦で俺の手の骨が砕けそうだ。
「そこだ、そこそこ。……ふぅ。お前、いい腕をしているな(※恐怖で震えていただけ)」
「恐縮です……」
風呂上がり。
タクミは、冷蔵庫で冷やしておいた『タロー牧場のコーヒー牛乳』を差し出した。
「なんだこの黒い液体は? ……ゴクッ。……!!」
腰に手を当て、一気に飲み干したデュークは、瓶を天に掲げた。
「甘露ッ!! 湯上がりの火照った体に、この甘さと苦味が染み渡る! 完璧な計算だ! これはラーメンのスープ割りに匹敵する芸術だ!」
デュークは上機嫌だった。
彼は満足げに服を着ると、タクミの肩を(今度は優しく)叩いた。
「気に入ったぞ若造。我はここを『別荘』と認定する。また来るからな」
「は、はぁ……」
「代金はこれだ。釣りはいらん」
デュークがテーブルに置いたのは、虹色に輝く巨大な『竜の鱗』が一枚。
そして、彼は再び光に包まれてドラゴンの姿に戻り、轟音と共に空へと飛び去っていった。
残されたタクミは、へたり込んだ。
「し、死ぬかと思った……」
そこへ、騒ぎを聞きつけたニャングルが飛び込んできた。
テーブルの上の『竜の鱗』を見て、彼の目が金貨マークに変わった。
「オーナー様ァァァ! こ、これ! 竜王様の『逆鱗げきりん』でんがな! 国宝級の素材でっせ! 売れば城が建ちますわ!」
「いや売らないよ! 売ったらあのおっさん、絶対怒って国を消しに来るから!」
こうして、タクミの領地に『竜王』という最強にして最恐の常連客がついてしまった。
しかし、これはまだ始まりに過ぎない。
「竜王が骨抜きになった温泉がある」という噂は、風に乗ってさらにヤバイ連中――神や魔王の耳にも届こうとしていたのである。
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