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EP 15
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獣王の悩み ~トリマー・タクミの神業~
地下1階に『天魔の湯』がオープンし、サウナに神と魔王が常駐するようになってから数日。
俺の領地『聖域』は、相変わらず世界の頂点たちの溜まり場となっていた。
「オーナー様! 大変でっせ! また『大物』が来よった!」
リビングでくつろいでいた俺の元に、ニャングルが尻尾を逆立てて飛び込んできた。
またか。もう驚かないぞ。どうせ神か魔王の友達だろう。
「次は誰だ? 邪神か? それとも冥王か?」
「ちゃいます! 地上最強の筋肉……ガルーダ獣人国の王、『獣王レオ』様でっせ!」
獣王レオ。
その名は俺でも知っている。単身でドラゴンの群れを殴り殺し、その咆哮で山を砕くという、歩く生物兵器だ。
俺の『スペランカー体質』とは対極に位置する、生命力の塊みたいな存在である。
「ひぃっ……筋肉は苦手だ! 近くにいるだけで暑苦しくてHPが減る!」
俺がソファの裏に隠れようとした時、既にその男はリビングに入ってきていた。
「……ここが、あらゆる苦しみを癒やす『聖域』というのは本当か?」
身長2メートルを超える巨躯。
鋼のような筋肉。ライオンのたてがみのような金髪。そして、射殺すような鋭い眼光。
獣王レオは、そこに立っているだけで空気の密度を変えていた。
「ぐふっ……(HP【0.9】へ減少)」
俺はソファの裏から這い出し、震えながら答えた。
「は、はい……そうですけど……。今日はどのようなご用件で……? 道場破りならお断りですよ……」
「戦いに来たのではない」
レオは苦悶の表情を浮かべ、ボリボリと自身の背中を掻いた。
「……痒(かゆ)いのだ」
「はい?」
「背中が……死ぬほど痒い。換毛期でな。冬毛が抜けずに固まってしまい、皮膚が呼吸できん。おかげで変身もままならんのだ」
獣人族特有の悩み、『換毛期のムズムズ』だった。
だが、相手は獣王である。
「部下にブラッシングさせればいいのでは?」
「試した。だが、俺の毛は『オリハルコン』より硬い。普通のブラシでは歯が立たず折れてしまう。それに、部下たちは俺の覇気にビビって、力一杯掻いてくれんのだ……!」
レオは悲痛な叫びを上げ、壁(プチプチ入り)に背中を擦り付けた。
ズズズズ……と壁が悲鳴を上げている。このままでは俺の家が巨大な『猫の爪とぎ』にされてしまう。
「わ、分かりました! なんとかします!」
俺は建築士としての本能(という名の家屋保全本能)で立ち上がった。
硬い毛なら、道具を強化すればいい。
「ニャングル! タロー国から仕入れた『アレ』を持ってこい!」
「へい! 在庫がありまっせ!」
ニャングルが持ってきたのは、ピンク色のプラスチック製ブラシ。
タロー国直輸入、100円ショップの『ペット用スリッカーブラシ(長毛種用)』である。
「……貴様、俺を愚弄しているのか? そんな玩具で俺の剛毛が……」
「黙って座ってください! 俺のスキルを見くびるな!」
俺はブラシを握りしめ、【絶対建築】を発動した。
対象は『建築物』ではないが、この空間(聖域)にある『モノ』なら構造強化が可能だ。
「構成材質、変更! プラスチックを『超硬度カーボンナノチューブ』並みの結合へ! ピンの先端をミクロン単位で研磨し、皮膚への当たりを『極上の指圧』へ変換!」
カッ!
100均のブラシが神々しい光を放ち、国宝級の輝きを帯びた。
「いくぞ獣王! ……失礼します」
俺はレオの背後に回り、恐る恐るブラシを入れた。
ガリッ……という硬質な感触。
だが、強化されたブラシは負けない。固まった冬毛の結び目を解きほぐし、地肌に溜まった古い角質を掻き出す。
ジョリ、ジョリ、ジョリ……。
心地よい音が響き始めた。
抜け落ちた大量の毛が、舞い散ることなくブラシに絡め取られていく。
「……っ!?」
レオの体がビクリと震えた。
「お……おお……? そこだ……そこが痒かったのだ……!」
獣王の険しい表情が、見る見るうちに溶けていく。
俺は調子に乗って、ブラシの角度を変えた。
「ここですか? 首筋の裏、結構溜まってますね」
「ああっ! そこ! そこは急所(スイートスポット)だ! 貴様、上手いな……!」
ジョリジョリジョリジョリ。
タクミの手首のスナップが加速する。
かつて建築現場で鍛えた(?)繊細な手捌きが、トリマーとしての才能を開花させていた。
「う、うぅ……たまらん……。野生が……本能が……!」
ポンッ!
レオの変身が解けた。
いや、解けたのではない。気持ちよすぎて『完全獣化』してしまったのだ。
そこに現れたのは、体長5メートルはある巨大なライオンだった。
しかし、その顔は完全に『快楽に溺れた猫』そのもの。
「ゴロゴロゴロゴロゴロ……」
ズズズズズズズズ……ッ!!
巨大な喉から、重低音の振動(プルルン)が響き渡る。
それは震度3相当の地震となってリビングを揺らした。
「うわあああっ!? 揺れる! 揺れるぅぅ!」
俺のHPバーが点滅を始めた。
【0.8】……【0.7】……。
獣王の『喜びの表現』が、俺にとっては致死ダメージとなる。
「レ、レオさん! ゴロゴロするの止めて! 俺が酔う!」
「ゴロゴロゴロゴロ(もっとやってくれぇぇ)!!」
言葉が通じない。
レオは巨大な頭を俺の腹に擦り付けてきた。甘えているのだ。
だが、その頭突きは軽トラックが突っ込んでくるのに等しい。
「ぐふぅッ!(HP【0.1】)」
死ぬ。猫に懐かれて死ぬ。
これが本当の『萌え死に』か。
「あーあ、タクミさんが死にそうよ。代わってあげるわ」
見かねた魔王ラスティアが、風呂上がりのジャージ姿で助け舟を出してくれた。
「ほら、いい子ね~(ゴシゴシ)」
「グルルンッ♪」
魔王の怪力によるブラッシングに、レオは完全に腹を見せて降伏した。
その姿は、百獣の王の威厳など欠片もなく、ただの『巨大な甘えん坊』だった。
◇
1時間後。
一回り小さくなった(無駄毛がなくなった)レオは、ツヤツヤの毛並みで人間の姿に戻った。
「……礼を言う。体が羽のように軽い。これなら本来のスピードが出せる」
レオは爽やかな顔で言ったが、タクミは床で伸びていた。
「ハハ……よかったです……(HP【0.5】まで回復中)」
「気に入った。我もここの『会員』になろう。会員権はあるか?」
「ええ、ありますとも!」
ニャングルがすかさず契約書を持ってきた。
「入会金は『聖域の警備』で結構です! あと、抜け落ちたその『獣王の毛』、全部置いてってくれませんか? 最高級の織物になりますねん」
「構わん。好きに使え」
こうして、獣王レオもまた『聖域』の虜となった。
彼はその後、地下1階の『天魔の湯』に向かい、サウナでサラマンダーと熱波対決(我慢比べ)をすることになる。
俺の家には、神と魔王だけでなく、巨大な猫(猛獣)まで住み着いてしまった。
……まあ、番犬代わりにはなるか。
俺は前向きに考えることにした。ただし、二度とブラッシングはしないと誓って。
地下1階に『天魔の湯』がオープンし、サウナに神と魔王が常駐するようになってから数日。
俺の領地『聖域』は、相変わらず世界の頂点たちの溜まり場となっていた。
「オーナー様! 大変でっせ! また『大物』が来よった!」
リビングでくつろいでいた俺の元に、ニャングルが尻尾を逆立てて飛び込んできた。
またか。もう驚かないぞ。どうせ神か魔王の友達だろう。
「次は誰だ? 邪神か? それとも冥王か?」
「ちゃいます! 地上最強の筋肉……ガルーダ獣人国の王、『獣王レオ』様でっせ!」
獣王レオ。
その名は俺でも知っている。単身でドラゴンの群れを殴り殺し、その咆哮で山を砕くという、歩く生物兵器だ。
俺の『スペランカー体質』とは対極に位置する、生命力の塊みたいな存在である。
「ひぃっ……筋肉は苦手だ! 近くにいるだけで暑苦しくてHPが減る!」
俺がソファの裏に隠れようとした時、既にその男はリビングに入ってきていた。
「……ここが、あらゆる苦しみを癒やす『聖域』というのは本当か?」
身長2メートルを超える巨躯。
鋼のような筋肉。ライオンのたてがみのような金髪。そして、射殺すような鋭い眼光。
獣王レオは、そこに立っているだけで空気の密度を変えていた。
「ぐふっ……(HP【0.9】へ減少)」
俺はソファの裏から這い出し、震えながら答えた。
「は、はい……そうですけど……。今日はどのようなご用件で……? 道場破りならお断りですよ……」
「戦いに来たのではない」
レオは苦悶の表情を浮かべ、ボリボリと自身の背中を掻いた。
「……痒(かゆ)いのだ」
「はい?」
「背中が……死ぬほど痒い。換毛期でな。冬毛が抜けずに固まってしまい、皮膚が呼吸できん。おかげで変身もままならんのだ」
獣人族特有の悩み、『換毛期のムズムズ』だった。
だが、相手は獣王である。
「部下にブラッシングさせればいいのでは?」
「試した。だが、俺の毛は『オリハルコン』より硬い。普通のブラシでは歯が立たず折れてしまう。それに、部下たちは俺の覇気にビビって、力一杯掻いてくれんのだ……!」
レオは悲痛な叫びを上げ、壁(プチプチ入り)に背中を擦り付けた。
ズズズズ……と壁が悲鳴を上げている。このままでは俺の家が巨大な『猫の爪とぎ』にされてしまう。
「わ、分かりました! なんとかします!」
俺は建築士としての本能(という名の家屋保全本能)で立ち上がった。
硬い毛なら、道具を強化すればいい。
「ニャングル! タロー国から仕入れた『アレ』を持ってこい!」
「へい! 在庫がありまっせ!」
ニャングルが持ってきたのは、ピンク色のプラスチック製ブラシ。
タロー国直輸入、100円ショップの『ペット用スリッカーブラシ(長毛種用)』である。
「……貴様、俺を愚弄しているのか? そんな玩具で俺の剛毛が……」
「黙って座ってください! 俺のスキルを見くびるな!」
俺はブラシを握りしめ、【絶対建築】を発動した。
対象は『建築物』ではないが、この空間(聖域)にある『モノ』なら構造強化が可能だ。
「構成材質、変更! プラスチックを『超硬度カーボンナノチューブ』並みの結合へ! ピンの先端をミクロン単位で研磨し、皮膚への当たりを『極上の指圧』へ変換!」
カッ!
100均のブラシが神々しい光を放ち、国宝級の輝きを帯びた。
「いくぞ獣王! ……失礼します」
俺はレオの背後に回り、恐る恐るブラシを入れた。
ガリッ……という硬質な感触。
だが、強化されたブラシは負けない。固まった冬毛の結び目を解きほぐし、地肌に溜まった古い角質を掻き出す。
ジョリ、ジョリ、ジョリ……。
心地よい音が響き始めた。
抜け落ちた大量の毛が、舞い散ることなくブラシに絡め取られていく。
「……っ!?」
レオの体がビクリと震えた。
「お……おお……? そこだ……そこが痒かったのだ……!」
獣王の険しい表情が、見る見るうちに溶けていく。
俺は調子に乗って、ブラシの角度を変えた。
「ここですか? 首筋の裏、結構溜まってますね」
「ああっ! そこ! そこは急所(スイートスポット)だ! 貴様、上手いな……!」
ジョリジョリジョリジョリ。
タクミの手首のスナップが加速する。
かつて建築現場で鍛えた(?)繊細な手捌きが、トリマーとしての才能を開花させていた。
「う、うぅ……たまらん……。野生が……本能が……!」
ポンッ!
レオの変身が解けた。
いや、解けたのではない。気持ちよすぎて『完全獣化』してしまったのだ。
そこに現れたのは、体長5メートルはある巨大なライオンだった。
しかし、その顔は完全に『快楽に溺れた猫』そのもの。
「ゴロゴロゴロゴロゴロ……」
ズズズズズズズズ……ッ!!
巨大な喉から、重低音の振動(プルルン)が響き渡る。
それは震度3相当の地震となってリビングを揺らした。
「うわあああっ!? 揺れる! 揺れるぅぅ!」
俺のHPバーが点滅を始めた。
【0.8】……【0.7】……。
獣王の『喜びの表現』が、俺にとっては致死ダメージとなる。
「レ、レオさん! ゴロゴロするの止めて! 俺が酔う!」
「ゴロゴロゴロゴロ(もっとやってくれぇぇ)!!」
言葉が通じない。
レオは巨大な頭を俺の腹に擦り付けてきた。甘えているのだ。
だが、その頭突きは軽トラックが突っ込んでくるのに等しい。
「ぐふぅッ!(HP【0.1】)」
死ぬ。猫に懐かれて死ぬ。
これが本当の『萌え死に』か。
「あーあ、タクミさんが死にそうよ。代わってあげるわ」
見かねた魔王ラスティアが、風呂上がりのジャージ姿で助け舟を出してくれた。
「ほら、いい子ね~(ゴシゴシ)」
「グルルンッ♪」
魔王の怪力によるブラッシングに、レオは完全に腹を見せて降伏した。
その姿は、百獣の王の威厳など欠片もなく、ただの『巨大な甘えん坊』だった。
◇
1時間後。
一回り小さくなった(無駄毛がなくなった)レオは、ツヤツヤの毛並みで人間の姿に戻った。
「……礼を言う。体が羽のように軽い。これなら本来のスピードが出せる」
レオは爽やかな顔で言ったが、タクミは床で伸びていた。
「ハハ……よかったです……(HP【0.5】まで回復中)」
「気に入った。我もここの『会員』になろう。会員権はあるか?」
「ええ、ありますとも!」
ニャングルがすかさず契約書を持ってきた。
「入会金は『聖域の警備』で結構です! あと、抜け落ちたその『獣王の毛』、全部置いてってくれませんか? 最高級の織物になりますねん」
「構わん。好きに使え」
こうして、獣王レオもまた『聖域』の虜となった。
彼はその後、地下1階の『天魔の湯』に向かい、サウナでサラマンダーと熱波対決(我慢比べ)をすることになる。
俺の家には、神と魔王だけでなく、巨大な猫(猛獣)まで住み着いてしまった。
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