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EP 1
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丼の呼吸とバナナの死、そしてジャージの女神
現代日本。深夜2時。
静まり返った住宅街を、一人の男が歩いていた。
流賀 隆史(さすが たかし)、22歳。
経済学部に通う大学生でありながら、コンビニ『ロー◯ン』と牛丼屋『す◯家』のバイトを掛け持ちする、生粋のアルバイターである。
「ふぅ……今日のシフトも激戦だったでござるな」
隆史は夜空を見上げ、独り言をつぶやいた。
彼の瞳は、連勤による疲労で死んだ魚のように濁っているが、その奥には怪しい光が宿っている。
そう、彼は重度の中二病患者(ただし小心者)であった。
「だが、拙者のレジ捌きと牛丼の盛り付け……あれは完全に『神速』の領域だった。店長も涙を流して感謝していたしな(※実際はあくびをしていただけ)」
誰もいない夜道。
ここなら誰にも聞かれない。
隆史はコンビニの袋を刀のように持ち直し、侍になりきって歩き出した。
「拙者は流浪のバイト侍。世の不条理を、バーコードリーダーで斬り伏せる男……」
その時だった。
「ニャーーッ!!」
鋭い猫の悲鳴が響いた。
ハッとして視線を向けると、道路の真ん中で一匹の子猫が怯えてうずくまっている。
そして、その向こうからは――居眠り運転と思しきトラックが、猛スピードで突っ込んできていた。
プァーーーーッ!!
クラクションの音。ヘッドライトの閃光。
普通なら足がすくむ場面だ。
だが、深夜テンションと中二病を併発していた隆史の脳内物質が、ありえない化学反応を起こした。
(――ふ、拙者の出番でござるな)
隆史はニヤリと笑うと、トラックの前に飛び出した。
死ぬ? 否。
拙者にはアレがある。牛丼屋の深夜ワンオペで磨き上げた、あの技が!
隆史は腰を落とし、コンビニ袋を構える。
全神経を集中させ、彼は叫んだ。
「丼の呼吸……二の型……チー牛特盛(とくもり)!!」
謎の呼吸法と共に、彼は地面を蹴っ――
ズルッ。
足の裏に、ヌルリとした感触が走った。
視界の端に映ったのは、誰かが捨てた黄色い果実の皮。
そう、バナナの皮である。
「なんだとおおおぉぉぉぉ!?」
隆史の体は物理法則に従い、美しく宙を舞った。
トラックを止めるどころか、自分から後頭部をアスファルトに叩きつけにいくスタイル。
ゴチンッ!!
鈍い音が響き、隆史の視界は暗転した。
薄れゆく意識の中で、猫がのんびりと歩道へ逃げていくのが見えた。
よかった……猫は助かった……。
でも拙者、バナナで死ぬのは嫌でござるぅぅぅ……。
***
「……きなさい。おい、起きなさいってば」
気だるげな女性の声で、隆史は目を覚ました。
天国だろうか。お花畑が広がっているのだろうか。
「んん……ここは……?」
目を開けると、そこは六畳一間の和室だった。
ちゃぶ台の上にはスルメと空のビール缶。そして部屋の隅には、脱ぎ散らかされたジャージが山になっている。
そして、隆史の目の前には、一人の女性が胡座(あぐら)をかいて座っていた。
ボサボサの髪に、眼鏡。着古した緑色のジャージ。
その手には、細いタバコ『ピアニッシモ・メンソール』が挟まっている。
「あ、起きた? おはよう、死者一名様ごあんなーい」
女性はタバコの煙をふぅーっと吐き出しながら言った。
「貴女は……?」
「私? 女神ルチアナ。一応、この世界の管理者やってる者よ。ま、今はオフの時間だけどね」
女神、と彼女は言った。
隆史は状況を整理しようとして、即座にフリーズした。
「め、女神様!? ということは拙者は死んだのでござるか!?」
「そ。死因、バナナの皮による転倒死。いやー、久しぶりに爆笑させてもらったわ。『チー牛特盛!』だっけ? アレ最高。君、才能あるよ」
ルチアナはケラケラと笑いながら、灰皿に吸殻を押し付けた。
隆史は顔から火が出るほど赤くなった。死にたい。いや、もう死んでるけど。
「でね、君があまりに面白かったから、特別に転生させてあげることにしたの。私の管理してる『アナステシア』って世界に」
「い、異世界転生……!? あの、トラックに轢かれてチート能力貰って無双するアレでござるか!?」
隆史の中二病心が疼いた。
これはチャンスだ。伝説の剣豪や、大魔導師になれるかもしれない。
「んー、チートと言えばチートかな。君、牛丼屋とコンビニのバイトリーダーだったんでしょ? その経験を活かせるユニークスキルを用意したわ」
ルチアナは指をパチンと鳴らした。
隆史の目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。
【ユニークスキル:丼マスター(Donburi-Master)】
「……ど、丼マスター?」
「そう。善行……つまり良いことをするとポイントが溜まって、そのポイントで地球の『丼もの』を召喚できるスキルよ。ゴミ拾いで1ポイント、人助けで1000ポイントってとこね」
剣でも魔法でもなかった。
飯テロ能力だった。
「あの、拙者は戦闘向きのスキルが欲しいのでござるが……」
「贅沢言わないの。そのスキル、使いようによっては世界を救えるわよ? ま、頑張ってね~」
ルチアナは面倒くさそうに手を振った。
足元の畳が光り輝き、隆史の体を包み込む。
「ちょ、待っ……! 詳しい説明をぉぉぉ!!」
「あ、ちなみにその世界、今ちょっと人口調整中だから気をつけてね。じゃ、お疲れー」
女神の無責任な言葉を最後に、隆史の意識は再び途切れた。
***
次に気がついた時、隆史は石畳の上に立っていた。
周囲を見渡すと、西洋風のレンガ造りの建物と、魔法のような光を放つ街灯が並んでいる。
行き交う人々は、剣を腰に下げた冒険者風の男や、ローブを着た女性たち。
「こ、ここが異世界……アナステシア……」
隆史は震える手で自分の服を確認した。
死んだ時のまま、新撰組風の羽織の下に、コンビニの制服を着ている。
そして腰には、刀ではなく――
「なんで『おたま』と『トング』が差さってるでござるかあああ!?」
完全に調理担当装備だった。
通行人たちが「なんだあいつ」「変な格好」とクスクス笑っている。
隆史の小心者ハートは既に限界だった。
「い、いや、落ち着くでござる。拙者にはスキルがある……!」
彼はウィンドウを開こうと念じた。
【所持善行ポイント:0pt】
【牛丼(並):必要 100pt】
「……ゼロ」
絶望である。
食べることも、戦うことも(戦えないが)、何もできない。
丼を出すには、ポイントが必要だ。
ポイントを稼ぐには、善行が必要だ。
隆史の視界に、道端に落ちている空き缶が映った。
≪ゴミ拾い:1pt≫
脳内にインフォメーションが流れる。
隆史は震える手で腰のトングを抜き、カチカチと鳴らした。
「……ふ、ふふ。伝説の始まりが、ゴミ拾いとはな……。良いだろう、この街のゴミというゴミを駆逐してやるでござる!」
こうして。
後に、国王や勇者、魔王にまで一目置かれることになる伝説の男、流賀隆史の異世界生活は――
地味なゴミ拾いから幕を開けたのである。
現代日本。深夜2時。
静まり返った住宅街を、一人の男が歩いていた。
流賀 隆史(さすが たかし)、22歳。
経済学部に通う大学生でありながら、コンビニ『ロー◯ン』と牛丼屋『す◯家』のバイトを掛け持ちする、生粋のアルバイターである。
「ふぅ……今日のシフトも激戦だったでござるな」
隆史は夜空を見上げ、独り言をつぶやいた。
彼の瞳は、連勤による疲労で死んだ魚のように濁っているが、その奥には怪しい光が宿っている。
そう、彼は重度の中二病患者(ただし小心者)であった。
「だが、拙者のレジ捌きと牛丼の盛り付け……あれは完全に『神速』の領域だった。店長も涙を流して感謝していたしな(※実際はあくびをしていただけ)」
誰もいない夜道。
ここなら誰にも聞かれない。
隆史はコンビニの袋を刀のように持ち直し、侍になりきって歩き出した。
「拙者は流浪のバイト侍。世の不条理を、バーコードリーダーで斬り伏せる男……」
その時だった。
「ニャーーッ!!」
鋭い猫の悲鳴が響いた。
ハッとして視線を向けると、道路の真ん中で一匹の子猫が怯えてうずくまっている。
そして、その向こうからは――居眠り運転と思しきトラックが、猛スピードで突っ込んできていた。
プァーーーーッ!!
クラクションの音。ヘッドライトの閃光。
普通なら足がすくむ場面だ。
だが、深夜テンションと中二病を併発していた隆史の脳内物質が、ありえない化学反応を起こした。
(――ふ、拙者の出番でござるな)
隆史はニヤリと笑うと、トラックの前に飛び出した。
死ぬ? 否。
拙者にはアレがある。牛丼屋の深夜ワンオペで磨き上げた、あの技が!
隆史は腰を落とし、コンビニ袋を構える。
全神経を集中させ、彼は叫んだ。
「丼の呼吸……二の型……チー牛特盛(とくもり)!!」
謎の呼吸法と共に、彼は地面を蹴っ――
ズルッ。
足の裏に、ヌルリとした感触が走った。
視界の端に映ったのは、誰かが捨てた黄色い果実の皮。
そう、バナナの皮である。
「なんだとおおおぉぉぉぉ!?」
隆史の体は物理法則に従い、美しく宙を舞った。
トラックを止めるどころか、自分から後頭部をアスファルトに叩きつけにいくスタイル。
ゴチンッ!!
鈍い音が響き、隆史の視界は暗転した。
薄れゆく意識の中で、猫がのんびりと歩道へ逃げていくのが見えた。
よかった……猫は助かった……。
でも拙者、バナナで死ぬのは嫌でござるぅぅぅ……。
***
「……きなさい。おい、起きなさいってば」
気だるげな女性の声で、隆史は目を覚ました。
天国だろうか。お花畑が広がっているのだろうか。
「んん……ここは……?」
目を開けると、そこは六畳一間の和室だった。
ちゃぶ台の上にはスルメと空のビール缶。そして部屋の隅には、脱ぎ散らかされたジャージが山になっている。
そして、隆史の目の前には、一人の女性が胡座(あぐら)をかいて座っていた。
ボサボサの髪に、眼鏡。着古した緑色のジャージ。
その手には、細いタバコ『ピアニッシモ・メンソール』が挟まっている。
「あ、起きた? おはよう、死者一名様ごあんなーい」
女性はタバコの煙をふぅーっと吐き出しながら言った。
「貴女は……?」
「私? 女神ルチアナ。一応、この世界の管理者やってる者よ。ま、今はオフの時間だけどね」
女神、と彼女は言った。
隆史は状況を整理しようとして、即座にフリーズした。
「め、女神様!? ということは拙者は死んだのでござるか!?」
「そ。死因、バナナの皮による転倒死。いやー、久しぶりに爆笑させてもらったわ。『チー牛特盛!』だっけ? アレ最高。君、才能あるよ」
ルチアナはケラケラと笑いながら、灰皿に吸殻を押し付けた。
隆史は顔から火が出るほど赤くなった。死にたい。いや、もう死んでるけど。
「でね、君があまりに面白かったから、特別に転生させてあげることにしたの。私の管理してる『アナステシア』って世界に」
「い、異世界転生……!? あの、トラックに轢かれてチート能力貰って無双するアレでござるか!?」
隆史の中二病心が疼いた。
これはチャンスだ。伝説の剣豪や、大魔導師になれるかもしれない。
「んー、チートと言えばチートかな。君、牛丼屋とコンビニのバイトリーダーだったんでしょ? その経験を活かせるユニークスキルを用意したわ」
ルチアナは指をパチンと鳴らした。
隆史の目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。
【ユニークスキル:丼マスター(Donburi-Master)】
「……ど、丼マスター?」
「そう。善行……つまり良いことをするとポイントが溜まって、そのポイントで地球の『丼もの』を召喚できるスキルよ。ゴミ拾いで1ポイント、人助けで1000ポイントってとこね」
剣でも魔法でもなかった。
飯テロ能力だった。
「あの、拙者は戦闘向きのスキルが欲しいのでござるが……」
「贅沢言わないの。そのスキル、使いようによっては世界を救えるわよ? ま、頑張ってね~」
ルチアナは面倒くさそうに手を振った。
足元の畳が光り輝き、隆史の体を包み込む。
「ちょ、待っ……! 詳しい説明をぉぉぉ!!」
「あ、ちなみにその世界、今ちょっと人口調整中だから気をつけてね。じゃ、お疲れー」
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「こ、ここが異世界……アナステシア……」
隆史は震える手で自分の服を確認した。
死んだ時のまま、新撰組風の羽織の下に、コンビニの制服を着ている。
そして腰には、刀ではなく――
「なんで『おたま』と『トング』が差さってるでござるかあああ!?」
完全に調理担当装備だった。
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彼はウィンドウを開こうと念じた。
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「……ゼロ」
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丼を出すには、ポイントが必要だ。
ポイントを稼ぐには、善行が必要だ。
隆史の視界に、道端に落ちている空き缶が映った。
≪ゴミ拾い:1pt≫
脳内にインフォメーションが流れる。
隆史は震える手で腰のトングを抜き、カチカチと鳴らした。
「……ふ、ふふ。伝説の始まりが、ゴミ拾いとはな……。良いだろう、この街のゴミというゴミを駆逐してやるでござる!」
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