​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一

文字の大きさ
1 / 14

EP 1

しおりを挟む
金曜日のカレーと海軍精神
​ 防衛省、市ヶ谷地区。
 無機質な空調の音が支配する一室で、男がモニターを睨みつけていた。
 坂上真一、50歳。階級は1等海佐。
 かつてイージス艦の艦長席(キャプテンシート)で数多の訓練ミサイルを撃ち落としてきた男は今、より強大な敵と戦っていた。「予算」と「物理法則」である。
​ 現在、彼が籍を置くのは、海上自衛隊・開発隊群および防衛装備庁の艦船設計官付。
 目の前の画面には、次世代イージス・システム搭載艦(ASEV)の兵站(ロジスティクス)区画の設計図が展開されている。
​「……弾庫の自動搬送システムの冗長性が甘い。被弾時、このラインが死ねば継戦能力はゼロになる」
​ 独り言の声は低く、地を這うような重低音だ。
 白髪交じりの短髪。カミソリのように鋭い眼光。制服のプレスは刃物のように鋭利だが、その内側――制服の下の背中には、決して他人には見せられない「仁王」が彫り込まれている。
 若き日の過ちと、祖父への鎮魂、そして自身への戒めとして刻んだ憤怒の仏。
 その背中の「秘密」が、彼に常人離れした緊張感と、隙のない立ち居振る舞いを強いていた。
​ 時刻は12時05分。
 坂上の腹時計が正確に時を告げる。彼は静かに端末をロックすると、立ち上がった。
​「飯だ」
​ 向かう先は庁舎内の食堂である。
 金曜日。海上自衛隊において、この曜日は絶対的な意味を持つ。
 長い航海の中で曜日感覚を失わないために制定された、海軍時代からの伝統。「金曜日はカレー」の日だ。
​ 食堂の喧騒の中、坂上はトレイを持って列に並ぶ。
 周囲の佐官や事務官たちが、彼に気づくとサッと道を空ける。「鉄壁の設計士(アーキテクト)」、「仁王のサカ」。そんな二つ名で呼ばれる彼に、気安く話しかける者はいない。
​ 受け取ったのは「横須賀海軍カレー・コロッケ乗せ」。
 彼は窓際の席に一人で座り、スプーンを握った。
 一口、運ぶ。スパイスの刺激と、野菜の甘みが口内に広がる。
​(……悪くない)
​ 坂上は無言で咀嚼する。
 彼の脳裏をよぎるのは、かつて特攻隊員として散った祖父のことだ。
 燃料も、満足な機体も、そして帰る場所すら与えられず、精神論だけで死地へ向かわされた男たち。
​(腹が減っては戦ができぬ、ではない。補給がなければ、戦場に立つ資格すらないのだ)
​ それが坂上の信念だった。
 だからこそ彼は、現場(艦長)を退いた後、こうして後方支援と装備開発の道を選んだ。
 人の命を、精神論という名の安っぽいチップで博打に使わせないために。鉄とシステムで、隊員の命を守るために。
​ カレーを平らげ、冷たい水を飲み干す。
 所要時間、わずか7分。
 彼は立ち上がり、自席へと戻る前に、廊下の自販機でブラックコーヒーのロング缶を購入した。
​ 執務室の隣にある仮眠スペース。
 ここが彼の、数少ない安息の地だ。
 薄暗い部屋のソファに深く体を沈める。
 プシュッ、と小気味よい音を立てて缶を開け、漆黒の液体を流し込む。
 カフェインが血管を駆け巡り、脳のシナプスを焼き直していく感覚。
 続いて、ポケットから個包装された「コーヒーキャンディ」を取り出し、口に放り込む。
 ガリッ。
 静寂な部屋に、飴を噛み砕く硬質な音が響いた。
​「……15分だけ、落ちるか」
​ 坂上はスマートフォンのタイマーをセットする。
 13時00分、起床予定。
 午後の会議は財務省との折衝だ。頭をクリアにしておかねばならない。
​ 目を閉じる。
 意識が急速に沈殿していく。
 背中の仁王像が、なぜか微かに熱を帯びているような気がした。
 空調の音が遠ざかる。
 代わりに、むっとするような湿気と、土の匂い、そして遠くで聞こえる蝉時雨のようなノイズが鼓膜を震わせ始めた。
​ それが、現代日本における坂上真一の、最後の記憶となった。
​ 彼はまだ知らない。
 次に目を開けた時、そこが冷房の効いた市ヶ谷ではなく、地獄の釜の底――1944年のビルマであることを。
 そして自らが、最も忌み嫌う「精神論の権化」に成り代わっていることを。
​ タイマーのカウントダウンだけが、主のいない闇の中で静かに時を刻み続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...