13 / 46
EP 13
しおりを挟む
宿屋の夜と、シャンプーの革命
アルクスでの長い一日が終わり、太郎たちは『銀の月亭』という中級宿屋に部屋をとった。
予算を抑えるため、そして護衛という観点から、三人は同じ部屋に泊まることになった。
部屋に入ると、そこにはベッドが二つと、簡易的なソファがあるだけのシンプルな空間が広がっていた。
「…………」
沈黙。
年頃の男女が一つ屋根の下、それも狭い個室に三人。
ポポロ村ではサトウ家が広かったため気にならなかったが、こうして宿屋の密室にいると、急に意識してしまうものがある。
サリー 「えっと……そうだ! 何か飲み物を買ってこようかな! 下の酒場に行って!」
この微妙な空気に耐えられなくなったのか、サリーが唐突に立ち上がった。顔が少し赤い。
ライザ 「サリー、必要ないわ。明日は早朝からクエストよ。裏の井戸で水浴びをしたら、すぐに寝ましょう」
ライザが冷静に諌める。さすがは騎士、規律正しい。
サリー 「そ、そうね……。汗もかいたしね」
太郎 「じゃあ、僕が先に浴びてくるよ。男の方が早いし」
太郎は気まずさを誤魔化すように、タオルを持って部屋を出た。
宿屋の裏手にある井戸端。
夜風が涼しい。周囲には誰もいない。
太郎は桶に水を汲み上げると、ウィンドウを開いた。
「この世界、石鹸はあるけどゴワゴワするし、髪がきしむんだよな……」
彼が取り出したのは、『トラベル用・お風呂セット(シャンプー・コンディショナー・ボディソープ)』だ。
100円ショップでよく見かける、小さなプラスチック容器に入った3点セットである。
「よし」
ザバァッ!
頭から冷たい水を被る。
シャンプーを手に取り、泡立てる。
「うぅ……やっぱりこの世界には『お風呂』はないのか? あったとしても貴族の贅沢品か……」
日本人の太郎にとって、湯船に浸かれないのは辛いところだ。
だが、久しぶりのキメ細かい泡の感触と、化学的だが心地よいフローラルの香りに、太郎は少しだけ癒やされた。
身体を洗い、タオルで拭いて服を着る。
髪は濡れたままだが、サッパリした気分で部屋へと戻った。
ガチャ。
太郎 「ただいま。空いたよ」
部屋に入ると、ベッドに座っていた二人の視線が一斉に太郎に向けられた。
クンクン。
サリーが鼻をひくつかせた。
サリー 「……! 太郎さんから、すごく良い香りがする!」
ライザ 「本当ですわ……。お花畑のような、でももっと上品な……」
汗と土埃の匂いが当たり前の冒険者において、太郎が放つ清潔な香りは異質であり、強烈な魅力だった。
二人は吸い寄せられるように太郎に近づいた。
ライザ 「それに、髪が……」
ライザが思わず太郎の濡れた髪に触れる。
ライザ 「サラサラですわ。ゴワつきが全くありません」
兜を被る機会の多いライザにとって、髪の痛みは悩みの種だ。この世界の粗悪な石鹸では、どうしても髪が箒(ほうき)のようになってしまうのだが、太郎の髪は指通りが滑らかだった。
太郎 「あぁ、これを使ったからかな。良かったら、二人も使う?」
太郎は手に持っていたトラベルセットを差し出した。
「これがシャンプーで髪を洗うやつ、こっちが身体を洗うボディソープ。で、最後にこのコンディショナーを髪に馴染ませて流すと、サラサラになるんだ」
サリー 「えっ!? い、いいの!?」
サリーが目を輝かせて食いついた。
太郎 「もちろん。消耗品だし、気にせず使って」
ライザ 「……お言葉に甘えさせて頂きますわ」
ライザもまた、抗いがたい誘惑に頬を紅潮させて頷いた。
美容と清潔さは、乙女にとって戦いよりも重要な事項かもしれない。
「行きましょう、サリー!」
「うん! 借りるね、太郎さん!」
二人はトラベルセットを宝物のように抱きかかえると、鼻歌交じりのルンルン気分で部屋を飛び出していった。
「ふふっ♪ 楽しみ~!」
「背中の流しっこをしましょうか!」
廊下から楽しそうな声が遠ざかっていく。
部屋に残された太郎は、ふっと息を吐いてベッドに腰掛けた。
「100均のシャンプーで、あんなに喜んでもらえるとはなぁ……」
異世界の文化レベルの差を改めて感じつつ、太郎は二人が戻ってくるまでの間、明日のクエストに備えてウィンドウの中の商品リストを眺めるのだった。
アルクスでの長い一日が終わり、太郎たちは『銀の月亭』という中級宿屋に部屋をとった。
予算を抑えるため、そして護衛という観点から、三人は同じ部屋に泊まることになった。
部屋に入ると、そこにはベッドが二つと、簡易的なソファがあるだけのシンプルな空間が広がっていた。
「…………」
沈黙。
年頃の男女が一つ屋根の下、それも狭い個室に三人。
ポポロ村ではサトウ家が広かったため気にならなかったが、こうして宿屋の密室にいると、急に意識してしまうものがある。
サリー 「えっと……そうだ! 何か飲み物を買ってこようかな! 下の酒場に行って!」
この微妙な空気に耐えられなくなったのか、サリーが唐突に立ち上がった。顔が少し赤い。
ライザ 「サリー、必要ないわ。明日は早朝からクエストよ。裏の井戸で水浴びをしたら、すぐに寝ましょう」
ライザが冷静に諌める。さすがは騎士、規律正しい。
サリー 「そ、そうね……。汗もかいたしね」
太郎 「じゃあ、僕が先に浴びてくるよ。男の方が早いし」
太郎は気まずさを誤魔化すように、タオルを持って部屋を出た。
宿屋の裏手にある井戸端。
夜風が涼しい。周囲には誰もいない。
太郎は桶に水を汲み上げると、ウィンドウを開いた。
「この世界、石鹸はあるけどゴワゴワするし、髪がきしむんだよな……」
彼が取り出したのは、『トラベル用・お風呂セット(シャンプー・コンディショナー・ボディソープ)』だ。
100円ショップでよく見かける、小さなプラスチック容器に入った3点セットである。
「よし」
ザバァッ!
頭から冷たい水を被る。
シャンプーを手に取り、泡立てる。
「うぅ……やっぱりこの世界には『お風呂』はないのか? あったとしても貴族の贅沢品か……」
日本人の太郎にとって、湯船に浸かれないのは辛いところだ。
だが、久しぶりのキメ細かい泡の感触と、化学的だが心地よいフローラルの香りに、太郎は少しだけ癒やされた。
身体を洗い、タオルで拭いて服を着る。
髪は濡れたままだが、サッパリした気分で部屋へと戻った。
ガチャ。
太郎 「ただいま。空いたよ」
部屋に入ると、ベッドに座っていた二人の視線が一斉に太郎に向けられた。
クンクン。
サリーが鼻をひくつかせた。
サリー 「……! 太郎さんから、すごく良い香りがする!」
ライザ 「本当ですわ……。お花畑のような、でももっと上品な……」
汗と土埃の匂いが当たり前の冒険者において、太郎が放つ清潔な香りは異質であり、強烈な魅力だった。
二人は吸い寄せられるように太郎に近づいた。
ライザ 「それに、髪が……」
ライザが思わず太郎の濡れた髪に触れる。
ライザ 「サラサラですわ。ゴワつきが全くありません」
兜を被る機会の多いライザにとって、髪の痛みは悩みの種だ。この世界の粗悪な石鹸では、どうしても髪が箒(ほうき)のようになってしまうのだが、太郎の髪は指通りが滑らかだった。
太郎 「あぁ、これを使ったからかな。良かったら、二人も使う?」
太郎は手に持っていたトラベルセットを差し出した。
「これがシャンプーで髪を洗うやつ、こっちが身体を洗うボディソープ。で、最後にこのコンディショナーを髪に馴染ませて流すと、サラサラになるんだ」
サリー 「えっ!? い、いいの!?」
サリーが目を輝かせて食いついた。
太郎 「もちろん。消耗品だし、気にせず使って」
ライザ 「……お言葉に甘えさせて頂きますわ」
ライザもまた、抗いがたい誘惑に頬を紅潮させて頷いた。
美容と清潔さは、乙女にとって戦いよりも重要な事項かもしれない。
「行きましょう、サリー!」
「うん! 借りるね、太郎さん!」
二人はトラベルセットを宝物のように抱きかかえると、鼻歌交じりのルンルン気分で部屋を飛び出していった。
「ふふっ♪ 楽しみ~!」
「背中の流しっこをしましょうか!」
廊下から楽しそうな声が遠ざかっていく。
部屋に残された太郎は、ふっと息を吐いてベッドに腰掛けた。
「100均のシャンプーで、あんなに喜んでもらえるとはなぁ……」
異世界の文化レベルの差を改めて感じつつ、太郎は二人が戻ってくるまでの間、明日のクエストに備えてウィンドウの中の商品リストを眺めるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる