14 / 46
EP 14
しおりを挟む
恐怖と勇気、そして最初の依頼
小鳥のさえずりと共に、アルクスの朝が来た。
昨夜のシャンプーのおかげで、三人の髪は艶やかで、すれ違う人々が振り返るほど良い香りを漂わせている。
しかし、太郎の顔色は優れなかった。
冒険者ギルドへの道すがら、彼の足取りは鉛のように重い。
(……これから、本当の戦闘をするんだ)
昨日のゴブリン戦は、馬車を守るために無我夢中だった。だが、今日は違う。自分から魔物の住処へ乗り込み、命のやり取りをするのだ。
ギルドの巨大な扉を前にして、太郎の足がピタリと止まった。
「……怖いですか? 太郎さん」
隣を歩いていたライザが、静かに声をかけた。彼女は太郎の震える指先を見逃さなかったようだ。
「……うん。正直に言うと、怖い」
太郎は隠さずに吐露した。強がっても、彼女には見透かされる気がしたからだ。
「僕はこの前まで、ただの学生とアルバイトだったんだ。喧嘩もしたことないし、怪我をさせたこともない。なのに、武器を持って殺し合いに行くなんて……足がすくむよ」
情けないと思われるかもしれない。そう覚悟してうつむく太郎に、ライザは意外な言葉を返した。
「実は……私も怖いんです」
「えっ? ライザも?」
太郎は驚いて顔を上げた。
ギルド長が認める腕利きで、クールな女剣士。恐怖など無縁の存在だと思っていた。
「はい。戦うのはいつだって怖いです。刃は痛いですし、死ぬのは恐ろしい。その感情は、何度戦場に立っても消えません」
ライザは腰の剣に手を添え、少し遠くを見た。
「けど……私が戦わないと、もっと怖い思いをする人が居る。守るべき家族や、無力な人々が傷つくと思うと……自然と身体が動くんです。恐怖よりも『守りたい』が勝った時、それが勇気になるのだと、父に教わりました」
「守りたい気持ち、か……」
太郎はライザの横顔を見つめた。
ただ強いだけじゃない。恐怖を知っているからこそ、彼女の強さは優しいのだ。
「そうなんだ……。勇気、か。偉いな、ライザは」
「そんな事はありません。私だって、まだまだ未熟者ですから」
ライザが照れくさそうに微笑み、二人の間に温かな空気が流れた――その時だった。
「はい! そこ! イチャイチャしない! 依頼を探す!」
二人の間に、サリーが割って入った。
頬を膨らませ、ジト目で二人を交互に見ている。
「もう! 昨日の夜もそうだったけど、二人だけの世界に入らないで下さい! 私もパーティーメンバーなんですからね!」
「わ、分かってるよサリー! ごめんごめん」
「ふふ、ごめんなさいサリー。行きましょうか」
三人は気を取り直して、依頼掲示板の前へと立った。
初心者向けの依頼が並ぶ「Fランク・Eランク」のボードを見る。
「薬草採取、ドブ掃除、迷い猫探し……色々ありますね」
「そうね。でも、私たちの目的は『素材の確保』と『連携の確認』よ」
ライザが冷静に分析し、一枚の依頼書を剥がした。
「パーティー最初の依頼、連携(パーティープレイ)の確認を兼ねて、ゴブリン退治が無難でしょう。アルクス郊外の森に巣食う群れの間引き依頼です」
「ゴブリン……昨日の奴らか」
「はい。個々は弱いですが、群れると厄介です。でも、今の私たちなら決して勝てない相手ではありません」
「よし、それにしよう」
三人は受付カウンターへと向かった。
「ゴブリン討伐ですね。承りました。くれぐれも油断なさらぬよう」
受付嬢が事務的に、しかし心配そうにスタンプを押した依頼書を渡してくれた。
それを受け取った瞬間、太郎の手の中で紙が重く感じられた。これが、命を懸ける契約書だ。
ギルドを出て、太陽の光を浴びる。
太郎は深く深呼吸をして、自分の頬をパンッ! と叩いた。
「よし!」
昨日の自分とは違う。
装備もある。頼れる仲間もいる。そして、守るべき理由も分かった気がする。
この異世界で生きていくために。そして、自分を信じてついてきてくれたサリーやライザを守るために。
「勇気……か。よし! やるぞ!」
「はい! 行きましょう、太郎さん!」
「ご指示を、リーダー」
佐藤太郎と二人の少女。
新米冒険者パーティーの、最初の挑戦が始まった。
小鳥のさえずりと共に、アルクスの朝が来た。
昨夜のシャンプーのおかげで、三人の髪は艶やかで、すれ違う人々が振り返るほど良い香りを漂わせている。
しかし、太郎の顔色は優れなかった。
冒険者ギルドへの道すがら、彼の足取りは鉛のように重い。
(……これから、本当の戦闘をするんだ)
昨日のゴブリン戦は、馬車を守るために無我夢中だった。だが、今日は違う。自分から魔物の住処へ乗り込み、命のやり取りをするのだ。
ギルドの巨大な扉を前にして、太郎の足がピタリと止まった。
「……怖いですか? 太郎さん」
隣を歩いていたライザが、静かに声をかけた。彼女は太郎の震える指先を見逃さなかったようだ。
「……うん。正直に言うと、怖い」
太郎は隠さずに吐露した。強がっても、彼女には見透かされる気がしたからだ。
「僕はこの前まで、ただの学生とアルバイトだったんだ。喧嘩もしたことないし、怪我をさせたこともない。なのに、武器を持って殺し合いに行くなんて……足がすくむよ」
情けないと思われるかもしれない。そう覚悟してうつむく太郎に、ライザは意外な言葉を返した。
「実は……私も怖いんです」
「えっ? ライザも?」
太郎は驚いて顔を上げた。
ギルド長が認める腕利きで、クールな女剣士。恐怖など無縁の存在だと思っていた。
「はい。戦うのはいつだって怖いです。刃は痛いですし、死ぬのは恐ろしい。その感情は、何度戦場に立っても消えません」
ライザは腰の剣に手を添え、少し遠くを見た。
「けど……私が戦わないと、もっと怖い思いをする人が居る。守るべき家族や、無力な人々が傷つくと思うと……自然と身体が動くんです。恐怖よりも『守りたい』が勝った時、それが勇気になるのだと、父に教わりました」
「守りたい気持ち、か……」
太郎はライザの横顔を見つめた。
ただ強いだけじゃない。恐怖を知っているからこそ、彼女の強さは優しいのだ。
「そうなんだ……。勇気、か。偉いな、ライザは」
「そんな事はありません。私だって、まだまだ未熟者ですから」
ライザが照れくさそうに微笑み、二人の間に温かな空気が流れた――その時だった。
「はい! そこ! イチャイチャしない! 依頼を探す!」
二人の間に、サリーが割って入った。
頬を膨らませ、ジト目で二人を交互に見ている。
「もう! 昨日の夜もそうだったけど、二人だけの世界に入らないで下さい! 私もパーティーメンバーなんですからね!」
「わ、分かってるよサリー! ごめんごめん」
「ふふ、ごめんなさいサリー。行きましょうか」
三人は気を取り直して、依頼掲示板の前へと立った。
初心者向けの依頼が並ぶ「Fランク・Eランク」のボードを見る。
「薬草採取、ドブ掃除、迷い猫探し……色々ありますね」
「そうね。でも、私たちの目的は『素材の確保』と『連携の確認』よ」
ライザが冷静に分析し、一枚の依頼書を剥がした。
「パーティー最初の依頼、連携(パーティープレイ)の確認を兼ねて、ゴブリン退治が無難でしょう。アルクス郊外の森に巣食う群れの間引き依頼です」
「ゴブリン……昨日の奴らか」
「はい。個々は弱いですが、群れると厄介です。でも、今の私たちなら決して勝てない相手ではありません」
「よし、それにしよう」
三人は受付カウンターへと向かった。
「ゴブリン討伐ですね。承りました。くれぐれも油断なさらぬよう」
受付嬢が事務的に、しかし心配そうにスタンプを押した依頼書を渡してくれた。
それを受け取った瞬間、太郎の手の中で紙が重く感じられた。これが、命を懸ける契約書だ。
ギルドを出て、太陽の光を浴びる。
太郎は深く深呼吸をして、自分の頬をパンッ! と叩いた。
「よし!」
昨日の自分とは違う。
装備もある。頼れる仲間もいる。そして、守るべき理由も分かった気がする。
この異世界で生きていくために。そして、自分を信じてついてきてくれたサリーやライザを守るために。
「勇気……か。よし! やるぞ!」
「はい! 行きましょう、太郎さん!」
「ご指示を、リーダー」
佐藤太郎と二人の少女。
新米冒険者パーティーの、最初の挑戦が始まった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる