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第二章 新たな旅立ち
EP 34
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王の苦悩と、深夜のネバネバ革命
バカンスから戻ったある日の夜。
太郎は自室のベッドで、天井を見上げながら冷や汗を流していた。
彼には秘密があった。誰にも、最愛の妻たちにさえ言えない秘密が。
(……納豆が食べたい!)
その衝動は、発作のように突然訪れた。
日本の朝の定番、あの独特の香りと粘り気。白米との最強のハーモニー。
一度思い出すと、口の中が納豆を求めてどうしようもなくなる。
(で、でも……国王である僕が納豆を食べていたら、サリー達に嫌われるかも……)
この世界に「発酵食品(チーズや味噌)」はあるが、納豆のハードルは高い。
あの強烈なアンモニア臭にも似た香り。「腐った豆を食べている」と誤解されかねない。
(もし、陽奈や月丸に「パパ臭い!」なんて言われたら……立ち直れない!)
想像の中で、鼻をつまんで逃げていく子供たちの姿が浮かぶ。
「臭いパパ」のレッテル。それは魔王復活よりも恐ろしい事態だ。
太郎は布団の中で頭を抱えた。
(でも……食べたい! どうしても食べたいんだ!)
深夜2時。
食欲という名の悪魔に負けた太郎は、忍び足で寝室を抜け出した。
誰も居ないことを確認し、静まり返った城の厨房へと潜入する。
「よし、今なら誰にもバレない……」
太郎は手早く炊飯釜から少しご飯をよそい、ウィンドウを開いた。
『極小粒納豆(タレ・からし付き)』3パックセットを購入。
「会いたかったよ……」
パックを開け、薄いフィルムを剥がす。漂う独特の芳香。
タレとからしを入れ、箸で空気を含ませるように激しく混ぜる。
ネバァ……ネバネバネバ……。
糸を引けば引くほど、旨味が増していく。
「よ、よし。納豆ご飯の完成だ!」
太郎は熱々のご飯の上に、黄金色のネバネバを投下した。
茶碗を持ち上げ、一気にかきこむ。
「んんっ!!」
口いっぱいに広がる豆の風味、出汁の効いたタレ、そして鼻に抜ける香り。
「う~ん、美味しい! やっぱりこれだよなぁ!」
太郎が至福の表情で独り言を呟いた、その時だった。
「……太郎様?」
「ひぃッ!?」
背後から声がした。
太郎が飛び上がって振り返ると、そこには夜の見回りをしていた王宮料理長、サクヤが立っていた。
「な、何をされているのですか? こんな夜中に」
「サ、サクヤ! これは、その、違うんだ! 決して腐った豆を食べているわけじゃなくて……!」
太郎は慌てて茶碗を隠そうとした。
しかし、サクヤの目は誤魔化せない。彼女はスッと近づくと、太郎の手から茶碗を取り上げた。
「……独特な発酵臭ですね」
「あぁっ! 待って、捨てないで!」
サクヤはおもむろに箸を取り、太郎が食べかけの納豆ご飯を一口、口に運んだ。
もぐもぐ……。
サクヤの眉がピクリと動く。
「……ふむ」
「ど、どうかな……?(ダメか?)」
「独特な匂い……確かにキツイですが……」
サクヤはもう一口食べた。そして、瞳を輝かせた。
「これは美味しい……。大豆の旨味が凝縮されています。旨味成分の塊ですね、これは美味しいです!」
「良かったぁ~!」
太郎はへなへなと座り込んだ。
「ですが、この粘り気と糸、そして匂いが手や口につくのが難点ですね。これでは朝食に出せません」
「そうなんだよ……。だからこっそり食べてて……」
「任せてください」
サクヤの料理人魂に火がついた。
「これは、太郎様に教わった技法が使えますね」
サクヤは厨房から『海苔(ノリ)』と『酢』を取り出した。
ご飯に酢と砂糖を混ぜて酢飯を作り、海苔の上に広げる。
その中心に納豆を乗せ、手際よくクルッと巻いた。
「サクヤは天才かよ!」
「どうぞ、太郎様。『納豆巻き』です」
一口サイズに切られたそれを、太郎は摘んで食べた。
「!! 美味しい!」
海苔の磯の香りと酢飯の酸味が、納豆の独特な匂いを中和し、上品な味わいに昇華させている。
しかも、手も口も汚れない。
「こ、これなら! これなら子供たちにも嫌われない!」
翌朝。
城のダイニングルームには、爽やかな朝の光が差し込んでいた。
「皆様、本日の朝食は、東方の健康食『ナットウ』を使った海苔巻きです」
サクヤが自信満々に皿を配る。
黒い海苔に巻かれた可愛らしい料理。
「あら、珍しい料理ですわね」
「黒い紙……? 食べられるのですか?」
サリーとライザが不思議そうに箸を伸ばす。
太郎は心臓をバクバクさせながら見守った。
パクッ。
二人が口に運ぶ。
「…………」
一瞬の沈黙の後。
「……美味しいですわ!」
サリーが頬を緩めた。
「ネバっとしていますが、それが酢飯と絡んで絶妙です! クセになる味ですわね」
ライザも目を丸くした。
「こんなに美味しい物があったなんて! 力が湧いてくる気がします」
「パパ! これおいしー!」
「つきまるも、すき」
陽奈と月丸も、指を汚すことなくパクパクと食べている。
「臭い」とは一言も言われない。
「良かったぁ……」
太郎は安堵のため息をつき、自分も納豆巻きを頬張った。
王の秘密の夜食から始まった納豆は、サクヤのアレンジによって、太郎国の新たな名物料理として受け入れられたのだった。
ただ、その横でデュークだけが「我はやっぱり肉がいい」と納豆を避けていたのは、また別の話である。
バカンスから戻ったある日の夜。
太郎は自室のベッドで、天井を見上げながら冷や汗を流していた。
彼には秘密があった。誰にも、最愛の妻たちにさえ言えない秘密が。
(……納豆が食べたい!)
その衝動は、発作のように突然訪れた。
日本の朝の定番、あの独特の香りと粘り気。白米との最強のハーモニー。
一度思い出すと、口の中が納豆を求めてどうしようもなくなる。
(で、でも……国王である僕が納豆を食べていたら、サリー達に嫌われるかも……)
この世界に「発酵食品(チーズや味噌)」はあるが、納豆のハードルは高い。
あの強烈なアンモニア臭にも似た香り。「腐った豆を食べている」と誤解されかねない。
(もし、陽奈や月丸に「パパ臭い!」なんて言われたら……立ち直れない!)
想像の中で、鼻をつまんで逃げていく子供たちの姿が浮かぶ。
「臭いパパ」のレッテル。それは魔王復活よりも恐ろしい事態だ。
太郎は布団の中で頭を抱えた。
(でも……食べたい! どうしても食べたいんだ!)
深夜2時。
食欲という名の悪魔に負けた太郎は、忍び足で寝室を抜け出した。
誰も居ないことを確認し、静まり返った城の厨房へと潜入する。
「よし、今なら誰にもバレない……」
太郎は手早く炊飯釜から少しご飯をよそい、ウィンドウを開いた。
『極小粒納豆(タレ・からし付き)』3パックセットを購入。
「会いたかったよ……」
パックを開け、薄いフィルムを剥がす。漂う独特の芳香。
タレとからしを入れ、箸で空気を含ませるように激しく混ぜる。
ネバァ……ネバネバネバ……。
糸を引けば引くほど、旨味が増していく。
「よ、よし。納豆ご飯の完成だ!」
太郎は熱々のご飯の上に、黄金色のネバネバを投下した。
茶碗を持ち上げ、一気にかきこむ。
「んんっ!!」
口いっぱいに広がる豆の風味、出汁の効いたタレ、そして鼻に抜ける香り。
「う~ん、美味しい! やっぱりこれだよなぁ!」
太郎が至福の表情で独り言を呟いた、その時だった。
「……太郎様?」
「ひぃッ!?」
背後から声がした。
太郎が飛び上がって振り返ると、そこには夜の見回りをしていた王宮料理長、サクヤが立っていた。
「な、何をされているのですか? こんな夜中に」
「サ、サクヤ! これは、その、違うんだ! 決して腐った豆を食べているわけじゃなくて……!」
太郎は慌てて茶碗を隠そうとした。
しかし、サクヤの目は誤魔化せない。彼女はスッと近づくと、太郎の手から茶碗を取り上げた。
「……独特な発酵臭ですね」
「あぁっ! 待って、捨てないで!」
サクヤはおもむろに箸を取り、太郎が食べかけの納豆ご飯を一口、口に運んだ。
もぐもぐ……。
サクヤの眉がピクリと動く。
「……ふむ」
「ど、どうかな……?(ダメか?)」
「独特な匂い……確かにキツイですが……」
サクヤはもう一口食べた。そして、瞳を輝かせた。
「これは美味しい……。大豆の旨味が凝縮されています。旨味成分の塊ですね、これは美味しいです!」
「良かったぁ~!」
太郎はへなへなと座り込んだ。
「ですが、この粘り気と糸、そして匂いが手や口につくのが難点ですね。これでは朝食に出せません」
「そうなんだよ……。だからこっそり食べてて……」
「任せてください」
サクヤの料理人魂に火がついた。
「これは、太郎様に教わった技法が使えますね」
サクヤは厨房から『海苔(ノリ)』と『酢』を取り出した。
ご飯に酢と砂糖を混ぜて酢飯を作り、海苔の上に広げる。
その中心に納豆を乗せ、手際よくクルッと巻いた。
「サクヤは天才かよ!」
「どうぞ、太郎様。『納豆巻き』です」
一口サイズに切られたそれを、太郎は摘んで食べた。
「!! 美味しい!」
海苔の磯の香りと酢飯の酸味が、納豆の独特な匂いを中和し、上品な味わいに昇華させている。
しかも、手も口も汚れない。
「こ、これなら! これなら子供たちにも嫌われない!」
翌朝。
城のダイニングルームには、爽やかな朝の光が差し込んでいた。
「皆様、本日の朝食は、東方の健康食『ナットウ』を使った海苔巻きです」
サクヤが自信満々に皿を配る。
黒い海苔に巻かれた可愛らしい料理。
「あら、珍しい料理ですわね」
「黒い紙……? 食べられるのですか?」
サリーとライザが不思議そうに箸を伸ばす。
太郎は心臓をバクバクさせながら見守った。
パクッ。
二人が口に運ぶ。
「…………」
一瞬の沈黙の後。
「……美味しいですわ!」
サリーが頬を緩めた。
「ネバっとしていますが、それが酢飯と絡んで絶妙です! クセになる味ですわね」
ライザも目を丸くした。
「こんなに美味しい物があったなんて! 力が湧いてくる気がします」
「パパ! これおいしー!」
「つきまるも、すき」
陽奈と月丸も、指を汚すことなくパクパクと食べている。
「臭い」とは一言も言われない。
「良かったぁ……」
太郎は安堵のため息をつき、自分も納豆巻きを頬張った。
王の秘密の夜食から始まった納豆は、サクヤのアレンジによって、太郎国の新たな名物料理として受け入れられたのだった。
ただ、その横でデュークだけが「我はやっぱり肉がいい」と納豆を避けていたのは、また別の話である。
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