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EP 1
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迷子の姫と、運命の炊き出し
「ええと、ネギオ。地図によると、この『魔の森』を抜ければ王都のパン屋さんに着くはずなのだけれど」
「姫様。地図を逆さまに読むのはやめてください。あと、そこは崖です」
エルフの次期女王候補、ルナ・シンフォニアは首をかしげた。
視界の端で、彼女の護衛であり、世界樹の杖から生まれた植物の従者、ネギオが深い深いため息をつく。
「おかしいわね……北へ向かえば着くと聞いたのに」
「姫様が『北』と言って指差したのは、空でした。その結果、空間転移魔法が暴走して――」
ネギオの言葉が終わる前に、視界が真っ白に染まる。
浮遊感。そして、喧騒。
次の瞬間、ルナが立っていたのは、森の中ではなかった。
見渡す限りの人、人、人。巨大な建造物と、光る看板。
そこは――東京、渋谷スクランブル交差点のど真ん中だった。
「まあ!」
ルナは目を輝かせて、杖を掲げた。
「なんて賑やかなお祭り! ネギオ見て、鉄の馬車がたくさん走っているわ! ここがパン屋さんね!」
「……違います。どう見ても異界です。はぁ……またですか」
ネギオは額(の樹皮)を押さえた。
周囲の人間たちが、奇妙な服を着た美女(ルナ)と、執事服を着た樹人(ネギオ)を見てざわつき始める。スマホのカメラが一斉に向けられた。
「キャー! 見てあのコスプレ、クオリティ高すぎ!」
「CG? プロジェクションマッピングか?」
「ふふ、皆さんが手を振ってくれていますわ」
「獲物を狙う目ですね。……情報が必要です」
ネギオは近くにいたサラリーマンの背後に音もなく忍び寄ると、その肩を掴み、近くの建物の壁にドン! と押し付けた。
壁ドンである。ただし、壁には亀裂が入り、サラリーマンの足は宙に浮いていた。
「ヒッ……!?」
「おい、貴様。この光る板(スマホ)はどう使う? ……答えなければ、貴様の口から種を植え付け、内臓を苗床にしてやろうか?」
「ひいいい! 指紋認証! 指紋認証であきますぅぅぅ!!」
「……ほう。協力に感謝する」
ネギオはひったくったスマホを高速で操作し、瞬時に現在地を把握した。
「姫様。ここは『ニッポン』という異界の、『シブヤ』という集落のようです」
「まあ、異界! 通りでパンの匂いがしないわけね。でも、困ったわ。宿がないと夜はお肌に悪いのに」
「ご安心を。検索したところ、近くに『アオタ公園』という野営地があるようです」
その日の夜。東京、青田公園。
そこは、行き場のない人々がブルーシートの家を建てる、都会のエアポケットだった。
「すごいわネギオ! 青いお城がたくさん!」
「現地の流儀に倣(なら)いましょう。我々も拠点を築きます」
ネギオが指を鳴らすと、公園の植え込みが急速成長し、一瞬にして天蓋付きの優雅なベッド(植物製)が完成した。
ルナはそこに優雅に腰掛け、空腹でお腹を鳴らしていた。
「お腹すいたわ……」
そこへ、疲れ切った足取りの青年がやってきた。
内閣府の若手職員、青田春太(25)。
彼はこの日、上司に押し付けられたボランティア活動として、ホームレス支援の炊き出しを行っていたのだ。
(はぁ……やっと配り終わるか。今日も残業代出ないのになぁ……)
死んだ魚のような目で寸胴鍋を運んでいた春太は、ふと足を止めた。
公園の隅に、明らかに場違いな美女がいる。
透き通るような金髪、宝石のような瞳。そして傍らには、やたらと態度のデカそうな植物の化け物。
(……最近のコスプレイヤーは、公園で撮影してそのまま野宿するのか? いや、危なすぎるだろ)
春太の生来の人の良さが、見て見ぬふりを許さなかった。
彼は震える手で、プラスチックの椀に豚汁をよそい、恐る恐る差し出した。
「あ、あの……これ。余ったんで、よかったら」
ルナが顔を上げる。
湯気を立てる豚汁。そして、目の下にクマを作った、ひ弱そうな眼鏡の青年。
「……私に?」
「ええ。夜は冷えるから。温まりますよ」
ルナは椀を受け取り、一口すする。
味噌の香りと、野菜の甘み。そして何より、見ず知らずの他人がくれた優しさ。
――ドクン。
ルナの心臓が跳ねた。
彼女の脳内で、春太の姿に強烈な補正がかかる。
安スーツは白銀の鎧に。疲れ切った顔は、憂いを帯びた高貴な騎士の表情に。
「(……なんてお優しい方……! 異界で最初に出会ったのが、こんな王子様だなんて!)」
ズキューン!(効果音)
ルナの瞳がハートマークになりかけた、その時。
「動くな! 警視庁だ!」
突然、公園中にサイレンが鳴り響き、複数のパトカーが突っ込んできた。
武装した警官隊が、一斉に銃口を向ける。
「渋谷で暴れた植物モンスターと、その主犯格だな! 包囲した!」
「えっ、えっ!? なに!?」
お玉を持ったままパニックになる春太。
ルナは豚汁を飲み干すと、すっくと立ち上がり、春太を背にかばった。
「ネギオ。この親切な方を守りなさい」
「……やれやれ。拾ったばかりのスマホで調べましたが、国家権力というやつですよ」
「関係ないわ。私に食事を与えてくれたこの方は、私の恩人よ!」
ルナが杖を一振りする。
瞬間、公園の地面から巨大な蔦(つた)が噴出し、パトカーを軽々と空中に持ち上げた。
「ひいいいいいい!?」
春太の絶叫が夜空に響く。
「安心してください、マスター(春太様)。私が責任を持って、あなたを養って差し上げますわ!」
「そういう問題じゃなあああああい!!」
こうして。
方向音痴の最強ドジっ子姫と、国家公務員の胃痛ライフは、豚汁の湯気と共に幕を開けたのである。
「ええと、ネギオ。地図によると、この『魔の森』を抜ければ王都のパン屋さんに着くはずなのだけれど」
「姫様。地図を逆さまに読むのはやめてください。あと、そこは崖です」
エルフの次期女王候補、ルナ・シンフォニアは首をかしげた。
視界の端で、彼女の護衛であり、世界樹の杖から生まれた植物の従者、ネギオが深い深いため息をつく。
「おかしいわね……北へ向かえば着くと聞いたのに」
「姫様が『北』と言って指差したのは、空でした。その結果、空間転移魔法が暴走して――」
ネギオの言葉が終わる前に、視界が真っ白に染まる。
浮遊感。そして、喧騒。
次の瞬間、ルナが立っていたのは、森の中ではなかった。
見渡す限りの人、人、人。巨大な建造物と、光る看板。
そこは――東京、渋谷スクランブル交差点のど真ん中だった。
「まあ!」
ルナは目を輝かせて、杖を掲げた。
「なんて賑やかなお祭り! ネギオ見て、鉄の馬車がたくさん走っているわ! ここがパン屋さんね!」
「……違います。どう見ても異界です。はぁ……またですか」
ネギオは額(の樹皮)を押さえた。
周囲の人間たちが、奇妙な服を着た美女(ルナ)と、執事服を着た樹人(ネギオ)を見てざわつき始める。スマホのカメラが一斉に向けられた。
「キャー! 見てあのコスプレ、クオリティ高すぎ!」
「CG? プロジェクションマッピングか?」
「ふふ、皆さんが手を振ってくれていますわ」
「獲物を狙う目ですね。……情報が必要です」
ネギオは近くにいたサラリーマンの背後に音もなく忍び寄ると、その肩を掴み、近くの建物の壁にドン! と押し付けた。
壁ドンである。ただし、壁には亀裂が入り、サラリーマンの足は宙に浮いていた。
「ヒッ……!?」
「おい、貴様。この光る板(スマホ)はどう使う? ……答えなければ、貴様の口から種を植え付け、内臓を苗床にしてやろうか?」
「ひいいい! 指紋認証! 指紋認証であきますぅぅぅ!!」
「……ほう。協力に感謝する」
ネギオはひったくったスマホを高速で操作し、瞬時に現在地を把握した。
「姫様。ここは『ニッポン』という異界の、『シブヤ』という集落のようです」
「まあ、異界! 通りでパンの匂いがしないわけね。でも、困ったわ。宿がないと夜はお肌に悪いのに」
「ご安心を。検索したところ、近くに『アオタ公園』という野営地があるようです」
その日の夜。東京、青田公園。
そこは、行き場のない人々がブルーシートの家を建てる、都会のエアポケットだった。
「すごいわネギオ! 青いお城がたくさん!」
「現地の流儀に倣(なら)いましょう。我々も拠点を築きます」
ネギオが指を鳴らすと、公園の植え込みが急速成長し、一瞬にして天蓋付きの優雅なベッド(植物製)が完成した。
ルナはそこに優雅に腰掛け、空腹でお腹を鳴らしていた。
「お腹すいたわ……」
そこへ、疲れ切った足取りの青年がやってきた。
内閣府の若手職員、青田春太(25)。
彼はこの日、上司に押し付けられたボランティア活動として、ホームレス支援の炊き出しを行っていたのだ。
(はぁ……やっと配り終わるか。今日も残業代出ないのになぁ……)
死んだ魚のような目で寸胴鍋を運んでいた春太は、ふと足を止めた。
公園の隅に、明らかに場違いな美女がいる。
透き通るような金髪、宝石のような瞳。そして傍らには、やたらと態度のデカそうな植物の化け物。
(……最近のコスプレイヤーは、公園で撮影してそのまま野宿するのか? いや、危なすぎるだろ)
春太の生来の人の良さが、見て見ぬふりを許さなかった。
彼は震える手で、プラスチックの椀に豚汁をよそい、恐る恐る差し出した。
「あ、あの……これ。余ったんで、よかったら」
ルナが顔を上げる。
湯気を立てる豚汁。そして、目の下にクマを作った、ひ弱そうな眼鏡の青年。
「……私に?」
「ええ。夜は冷えるから。温まりますよ」
ルナは椀を受け取り、一口すする。
味噌の香りと、野菜の甘み。そして何より、見ず知らずの他人がくれた優しさ。
――ドクン。
ルナの心臓が跳ねた。
彼女の脳内で、春太の姿に強烈な補正がかかる。
安スーツは白銀の鎧に。疲れ切った顔は、憂いを帯びた高貴な騎士の表情に。
「(……なんてお優しい方……! 異界で最初に出会ったのが、こんな王子様だなんて!)」
ズキューン!(効果音)
ルナの瞳がハートマークになりかけた、その時。
「動くな! 警視庁だ!」
突然、公園中にサイレンが鳴り響き、複数のパトカーが突っ込んできた。
武装した警官隊が、一斉に銃口を向ける。
「渋谷で暴れた植物モンスターと、その主犯格だな! 包囲した!」
「えっ、えっ!? なに!?」
お玉を持ったままパニックになる春太。
ルナは豚汁を飲み干すと、すっくと立ち上がり、春太を背にかばった。
「ネギオ。この親切な方を守りなさい」
「……やれやれ。拾ったばかりのスマホで調べましたが、国家権力というやつですよ」
「関係ないわ。私に食事を与えてくれたこの方は、私の恩人よ!」
ルナが杖を一振りする。
瞬間、公園の地面から巨大な蔦(つた)が噴出し、パトカーを軽々と空中に持ち上げた。
「ひいいいいいい!?」
春太の絶叫が夜空に響く。
「安心してください、マスター(春太様)。私が責任を持って、あなたを養って差し上げますわ!」
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