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EP 9
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恐怖の栄養注射と、愛のお粥
春太が目を覚ますと、そこは天国だった。
ふかふかのベッド。温かい毛布。そして、枕元にはエプロン姿の美少女。
「……ハルタ様? 気がつきましたか?」
ルナが心配そうに顔を覗き込んでくる。
春太はぼんやりとした頭で周囲を見回した。自分の部屋だ。だが、いつもの殺風景な寝室ではない。ルナが持ち込んだ花瓶や、謎の可愛らしい装飾品(100均グッズ)で飾られ、ファンシーな空間に変貌している。
「俺……倒れて……」
「はい。丸一日眠っていたんですよ。……よかった、目が覚めて」
ルナの目尻に涙が浮かんでいる。
その指先を見て、春太はハッとした。彼女の白魚のような指が、絆創膏だらけだったのだ。
「その手、どうしたの?」
「え? あ、これは……その、お料理を少し」
ルナは恥ずかしそうに手を隠すと、サイドテーブルのお盆を指差した。
そこには、湯気を立てる土鍋があった。
「日本の『オカユ』という料理を作ってみました。ネギオに教わりながら……包丁と戦いながら……」
「俺のために……?」
春太の胸が締め付けられる。
異世界のお姫様が、自分のために慣れない手つきで料理をしてくれた。その健気さに、これまでの借金やトラブルが一瞬で許せそうな気がした(※借金は消えていない)。
「さあ、召し上がってください。……あ、熱いので、私が」
ルナは匙(さじ)でお粥をすくうと、フーフーと息を吹きかけ、春太の口元へ差し出した。
「はい、あーん」
「えっ、いや、自分で……」
「ダメです! 病人は甘えるのが仕事です!」
有無を言わさない笑顔。
春太は観念して、口を開けた。
「……あーん」
パクり。
優しい出汁の味と、卵のまろやかさが口いっぱいに広がる。
普通に美味い。いや、涙が出るほど美味い。
「……おいしい」
「本当ですか!? よかったぁ……!」
ルナが花が咲くように笑う。
その笑顔を見て、春太は確信した。ああ、もうダメだ。好きだ。
たとえ彼女が災害級のドジっ子でも、たとえ借金まみれになっても、この笑顔が見られるなら――。
(……悪くないな、こういうのも)
春太が幸せな錯覚に浸り、二人の顔がゆっくりと近づいた、その時。
ガラッ!!
「――チッ。見ているだけで胸焼けがする茶番ですね」
無慈悲な声と共に、ドアが開かれた。
腕組みをしたネギオが、仁王立ちで立っていた。
「ネギオさん……ノックくらいしてよ……」
「黙れ、瀕死の虫。……姫様、そのような非効率な給餌(きゅうじ)では、この貧弱な個体の回復に数日かかります」
ネギオはツカツカとベッドに歩み寄ると、春太を見下ろした。
その目が、獲物を狙う捕食者のように細められる。
「手っ取り早く治しましょう。明日は姫様の新しい服を買いに行かねばならんのでな(※運転手は春太)」
「え、治すって……何すんの?」
春太が身構えるより早く、ネギオの右手が変形した。
五本の指が融合し、一本の鋭利な巨大注射針(植物製)へと変わる。
針の先端からは、ドロリとした緑色の液体が滴っていた。
「ひっ!? な、なにそれ!?」
「世界樹の濃縮樹液です。一滴で枯れ木も花を咲かせる奇跡の霊薬……まあ、人間には少々『刺激』が強いですが」
「刺激!? 待って、それ絶対ヤバいやつ……!」
春太は逃げようとしたが、布団が蔦のように絡みつき、体を拘束した。
「暴れるな。脊髄に直接注入してやる」
「やめろぉぉぉ! ルナちゃん助けて! 殺される!」
「あら、ネギオ。ハルタ様が怖がっているわ。痛くないようにしてあげてね?」
「善処します(嘘)」
ネギオはニヤリと笑い、巨大な針を振り上げた。
「さあ、栄養の時間だ。歯を食いしばれ」
「ギャアアアアアア――!!」
ブスッ!!
チュイイイイイイン!!(注入音)
春太の絶叫が、アパートの壁を突き抜け、隣の住人の鼓膜を揺らした。
全身を駆け巡る、マグマのような熱さと激痛。
血管という血管が膨れ上がり、細胞が無理やり活性化させられる感覚。
「あががががが! 熱い! なんか緑色の光が見えるぅぅぅ!!」
「よし、注入完了」
ネギオが針を引き抜くと、春太はピクリとも動かなくなった。
白目を剥き、口から少し魂が出ている。
「ハルタ様!?」
「……ふむ。気絶しましたが、生命反応は正常。見てください」
見ると、春太の顔色は(恐怖で青ざめているものの)血色が良く、目の下のクマは消え去り、肌は赤ちゃんのようにつやつやになっていた。
「すごい! 全快ですね!」
「ええ。これなら明日から、馬車馬のように働けるでしょう」
ネギオは満足げに頷いた。
意識を取り戻した春太が、自分が健康体になったことに気づき、「嬉しいけど悔しい!」と枕を濡らすのは、数分後のことである。
(第9話 完)
春太、強制的に全快しました。これで最終話への準備は万端です。
春太が目を覚ますと、そこは天国だった。
ふかふかのベッド。温かい毛布。そして、枕元にはエプロン姿の美少女。
「……ハルタ様? 気がつきましたか?」
ルナが心配そうに顔を覗き込んでくる。
春太はぼんやりとした頭で周囲を見回した。自分の部屋だ。だが、いつもの殺風景な寝室ではない。ルナが持ち込んだ花瓶や、謎の可愛らしい装飾品(100均グッズ)で飾られ、ファンシーな空間に変貌している。
「俺……倒れて……」
「はい。丸一日眠っていたんですよ。……よかった、目が覚めて」
ルナの目尻に涙が浮かんでいる。
その指先を見て、春太はハッとした。彼女の白魚のような指が、絆創膏だらけだったのだ。
「その手、どうしたの?」
「え? あ、これは……その、お料理を少し」
ルナは恥ずかしそうに手を隠すと、サイドテーブルのお盆を指差した。
そこには、湯気を立てる土鍋があった。
「日本の『オカユ』という料理を作ってみました。ネギオに教わりながら……包丁と戦いながら……」
「俺のために……?」
春太の胸が締め付けられる。
異世界のお姫様が、自分のために慣れない手つきで料理をしてくれた。その健気さに、これまでの借金やトラブルが一瞬で許せそうな気がした(※借金は消えていない)。
「さあ、召し上がってください。……あ、熱いので、私が」
ルナは匙(さじ)でお粥をすくうと、フーフーと息を吹きかけ、春太の口元へ差し出した。
「はい、あーん」
「えっ、いや、自分で……」
「ダメです! 病人は甘えるのが仕事です!」
有無を言わさない笑顔。
春太は観念して、口を開けた。
「……あーん」
パクり。
優しい出汁の味と、卵のまろやかさが口いっぱいに広がる。
普通に美味い。いや、涙が出るほど美味い。
「……おいしい」
「本当ですか!? よかったぁ……!」
ルナが花が咲くように笑う。
その笑顔を見て、春太は確信した。ああ、もうダメだ。好きだ。
たとえ彼女が災害級のドジっ子でも、たとえ借金まみれになっても、この笑顔が見られるなら――。
(……悪くないな、こういうのも)
春太が幸せな錯覚に浸り、二人の顔がゆっくりと近づいた、その時。
ガラッ!!
「――チッ。見ているだけで胸焼けがする茶番ですね」
無慈悲な声と共に、ドアが開かれた。
腕組みをしたネギオが、仁王立ちで立っていた。
「ネギオさん……ノックくらいしてよ……」
「黙れ、瀕死の虫。……姫様、そのような非効率な給餌(きゅうじ)では、この貧弱な個体の回復に数日かかります」
ネギオはツカツカとベッドに歩み寄ると、春太を見下ろした。
その目が、獲物を狙う捕食者のように細められる。
「手っ取り早く治しましょう。明日は姫様の新しい服を買いに行かねばならんのでな(※運転手は春太)」
「え、治すって……何すんの?」
春太が身構えるより早く、ネギオの右手が変形した。
五本の指が融合し、一本の鋭利な巨大注射針(植物製)へと変わる。
針の先端からは、ドロリとした緑色の液体が滴っていた。
「ひっ!? な、なにそれ!?」
「世界樹の濃縮樹液です。一滴で枯れ木も花を咲かせる奇跡の霊薬……まあ、人間には少々『刺激』が強いですが」
「刺激!? 待って、それ絶対ヤバいやつ……!」
春太は逃げようとしたが、布団が蔦のように絡みつき、体を拘束した。
「暴れるな。脊髄に直接注入してやる」
「やめろぉぉぉ! ルナちゃん助けて! 殺される!」
「あら、ネギオ。ハルタ様が怖がっているわ。痛くないようにしてあげてね?」
「善処します(嘘)」
ネギオはニヤリと笑い、巨大な針を振り上げた。
「さあ、栄養の時間だ。歯を食いしばれ」
「ギャアアアアアア――!!」
ブスッ!!
チュイイイイイイン!!(注入音)
春太の絶叫が、アパートの壁を突き抜け、隣の住人の鼓膜を揺らした。
全身を駆け巡る、マグマのような熱さと激痛。
血管という血管が膨れ上がり、細胞が無理やり活性化させられる感覚。
「あががががが! 熱い! なんか緑色の光が見えるぅぅぅ!!」
「よし、注入完了」
ネギオが針を引き抜くと、春太はピクリとも動かなくなった。
白目を剥き、口から少し魂が出ている。
「ハルタ様!?」
「……ふむ。気絶しましたが、生命反応は正常。見てください」
見ると、春太の顔色は(恐怖で青ざめているものの)血色が良く、目の下のクマは消え去り、肌は赤ちゃんのようにつやつやになっていた。
「すごい! 全快ですね!」
「ええ。これなら明日から、馬車馬のように働けるでしょう」
ネギオは満足げに頷いた。
意識を取り戻した春太が、自分が健康体になったことに気づき、「嬉しいけど悔しい!」と枕を濡らすのは、数分後のことである。
(第9話 完)
春太、強制的に全快しました。これで最終話への準備は万端です。
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