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第二章 春太マグロ漁船に乗せられる
EP 10
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夜アイスと口づけ
マグロ漁船『根性丸』に救助され、日本に帰国してから数日後。
季節はすっかり夏になっていた。
ジワジワとアスファルトが熱を放つ、夜の世田谷。
風呂上がりの春太は、Tシャツ短パン姿で、アパートの近くの公園のベンチに座っていた。
隣には、涼しげな浴衣(ネギオが葉っぱで仕立てた)を着たルナがいる。
「……暑いね」
「はい。日本の夏は湿気がありますね」
二人の手には、コンビニで買ってきたアイス『パピコ(的なもの)』が握られている。
半分こして、チュウチュウと吸う。
冷たい甘さが、火照った体に染み渡る。
「はぁ……。それにしても、濃い一ヶ月だったなぁ」
春太は夜空を見上げて苦笑した。
マグロを追いかけ、海に飛び込み、無人島で遭難し、怪獣カレーを食べた。
普通の公務員なら一生経験しない(したくない)出来事の連続だった。
「ごめんなさい、ハルタ様。また私、たくさんご迷惑を……」
ルナが申し訳なさそうに俯く。
彼女の浴衣の袖が、風に揺れる。
「ううん。……まあ、楽しかったよ。カレーも美味しかったし」
「本当ですか?」
「ああ。それに、君がいなかったら、俺はずっと退屈な毎日を送っていただけかもしれないしね」
春太の言葉に、ルナがパッと顔を上げた。
街灯の光が、彼女の金髪を淡く照らす。
「私も……ハルタ様と一緒で、毎日が冒険みたいで楽しいです!」
「冒険っていうか、サバイバルだけどね」
二人は顔を見合わせて笑った。
カラン、と下駄の音が鳴る。
ルナが少し体を寄せてきた。シャンプーの香りと、甘いアイスの匂いが鼻をくすぐる。
「ねえ、ハルタ様」
「ん?」
「あそこのお月様、アイスクリームみたいに白くて美味しそう」
「食いしん坊だなぁ」
春太が笑ってルナの方を見ると、彼女の唇の端に、少しだけアイスがついていた。
「あ、ついてるよ」
「え? どこですか?」
「ここ」
春太は無意識に指を伸ばし、ルナの唇についた白い滴を拭った。
指先に触れる、柔らかい感触。
「あ……」
時間が止まった。
春太は自分の行動に気づき、顔を一気に赤らめた。
ルナも、大きな瞳をさらに大きくして、春太を見つめている。
でも、彼女は嫌がらなかった。むしろ、少し潤んだ瞳で、期待するように顔を近づけてくる。
「ハルタ様……」
「ル、ルナちゃん……」
セミの声が遠のく。
二人の顔が、ゆっくりと近づいていく。
アイスよりも甘く、夏の夜気よりも熱い、そんな予感――。
ガサッ。
公園の植え込みの陰で、緑色の影が動いた。
ネギオである。
彼は腕組みをして、ベンチの二人をじっと見守っていた。
いつもなら「ピキピキ」と殺意の音を立ててチェーンソーを振り回すところだが、今夜は静かだった。
「……フン」
ネギオは小さく鼻を鳴らし、手にした缶コーヒー(微糖)を開けた。
「無人島でのサバイバルを乗り越えた褒美です。今夜くらいは、見逃してやりましょう」
彼はわざとらしく大きな音を立てて、空き缶をゴミ箱に投げ入れた。
カコォォォン!!
「わっ!?」
「きゃっ!」
ベンチの二人が飛び上がり、慌てて離れる。
顔を真っ赤にして、お互いにそっぽを向く春太とルナ。でも、その手はしっかりと繋がれていた。
「……やれやれ。春にはまだ遠いが、夏も悪くない」
ネギオは口元に微かな笑みを浮かべ、夜の闇に溶けていった。
方向音痴の姫様と、苦労人の公務員。
二人の騒がしくも愛おしい日常は、まだまだ続いていく。
借金返済のメドが立つその日まで――いや、きっとその後もずっと。
マグロ漁船『根性丸』に救助され、日本に帰国してから数日後。
季節はすっかり夏になっていた。
ジワジワとアスファルトが熱を放つ、夜の世田谷。
風呂上がりの春太は、Tシャツ短パン姿で、アパートの近くの公園のベンチに座っていた。
隣には、涼しげな浴衣(ネギオが葉っぱで仕立てた)を着たルナがいる。
「……暑いね」
「はい。日本の夏は湿気がありますね」
二人の手には、コンビニで買ってきたアイス『パピコ(的なもの)』が握られている。
半分こして、チュウチュウと吸う。
冷たい甘さが、火照った体に染み渡る。
「はぁ……。それにしても、濃い一ヶ月だったなぁ」
春太は夜空を見上げて苦笑した。
マグロを追いかけ、海に飛び込み、無人島で遭難し、怪獣カレーを食べた。
普通の公務員なら一生経験しない(したくない)出来事の連続だった。
「ごめんなさい、ハルタ様。また私、たくさんご迷惑を……」
ルナが申し訳なさそうに俯く。
彼女の浴衣の袖が、風に揺れる。
「ううん。……まあ、楽しかったよ。カレーも美味しかったし」
「本当ですか?」
「ああ。それに、君がいなかったら、俺はずっと退屈な毎日を送っていただけかもしれないしね」
春太の言葉に、ルナがパッと顔を上げた。
街灯の光が、彼女の金髪を淡く照らす。
「私も……ハルタ様と一緒で、毎日が冒険みたいで楽しいです!」
「冒険っていうか、サバイバルだけどね」
二人は顔を見合わせて笑った。
カラン、と下駄の音が鳴る。
ルナが少し体を寄せてきた。シャンプーの香りと、甘いアイスの匂いが鼻をくすぐる。
「ねえ、ハルタ様」
「ん?」
「あそこのお月様、アイスクリームみたいに白くて美味しそう」
「食いしん坊だなぁ」
春太が笑ってルナの方を見ると、彼女の唇の端に、少しだけアイスがついていた。
「あ、ついてるよ」
「え? どこですか?」
「ここ」
春太は無意識に指を伸ばし、ルナの唇についた白い滴を拭った。
指先に触れる、柔らかい感触。
「あ……」
時間が止まった。
春太は自分の行動に気づき、顔を一気に赤らめた。
ルナも、大きな瞳をさらに大きくして、春太を見つめている。
でも、彼女は嫌がらなかった。むしろ、少し潤んだ瞳で、期待するように顔を近づけてくる。
「ハルタ様……」
「ル、ルナちゃん……」
セミの声が遠のく。
二人の顔が、ゆっくりと近づいていく。
アイスよりも甘く、夏の夜気よりも熱い、そんな予感――。
ガサッ。
公園の植え込みの陰で、緑色の影が動いた。
ネギオである。
彼は腕組みをして、ベンチの二人をじっと見守っていた。
いつもなら「ピキピキ」と殺意の音を立ててチェーンソーを振り回すところだが、今夜は静かだった。
「……フン」
ネギオは小さく鼻を鳴らし、手にした缶コーヒー(微糖)を開けた。
「無人島でのサバイバルを乗り越えた褒美です。今夜くらいは、見逃してやりましょう」
彼はわざとらしく大きな音を立てて、空き缶をゴミ箱に投げ入れた。
カコォォォン!!
「わっ!?」
「きゃっ!」
ベンチの二人が飛び上がり、慌てて離れる。
顔を真っ赤にして、お互いにそっぽを向く春太とルナ。でも、その手はしっかりと繋がれていた。
「……やれやれ。春にはまだ遠いが、夏も悪くない」
ネギオは口元に微かな笑みを浮かべ、夜の闇に溶けていった。
方向音痴の姫様と、苦労人の公務員。
二人の騒がしくも愛おしい日常は、まだまだ続いていく。
借金返済のメドが立つその日まで――いや、きっとその後もずっと。
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