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〈番外編〉皇太子殿下の苦悩
8.将来
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ルイスからの報告書が上がってきたのは、すっかり寒くなった数ヶ月後の年末だった。ルイスは賭博場に出入りを繰り返し知り合いを増やしていったようだ。その間、ジェラルドとの繋がりを知られると困るため連絡はしていなかった。
「相変わらず有能だな」
「お褒めに預かり光栄です」
わざわざ立ち上がって恭しくお礼を言ったルイスは、クスクス笑って椅子に座り直した。ジェラルドはその態度に呆れながら資料を机においた。ジェラルドはルイスと2人で前回と同じ飲み屋の個室にいる。
ルイスの報告書には子爵家の息子が学園内で賭博場への勧誘をしている事や、賭博場に出入りしている貴族たちの名前、そして経営している商人たちについても細かく記載されていた。
「こっちで調べた内容とも合致している。助かったよ」
ジェラルドは部下の調べた情報の裏付けがとれてルイスに感謝した。これだけ証拠があれば言い逃れは出来ない。
ジェラルドの部下には王宮に提出されている書類から所有者を特定し、会場の所有者の動きから繋がりのある商人そして貴族へと探らせていった。部下の報告書にはルイスの書類にも出てくる子爵家の関与を裏付ける証拠が添付されていた。経営している商人(というよりは裏の人間という側面の方が強そうだが)についても同じ人物の名前があがっている。もちろんジェラルドは隠密部隊も動かしたので関係者の屋敷にも侵入している。同じ情報をルイスは隠密部隊なしに得たのだ。
(絶対に必要な人材だ)
「それで? 殿下からも何かお話があるのでは?」
聡い男はジェラルドが切り出すより前に聞いてきた。
「ミカエル様がいらっしゃらなかったので何かあるのかと思いまして」
「ああ、ルイスは卒業後どうするのかを聴きたかったんだ。騎士団に入るつもりか?」
「いいえ、騎士団には入りません。卒業後はしばらくどこか田舎で傭兵でもしながらのんびり暮らすつもりです」
「それは兄のためか?」
「はい」
ルイスはいつになく真剣な表情でジェラルドに答えた。
ジェラルドはルイスの身辺調査を行っていた。もっとも、ルイスの父親は男爵位で王宮騎士団の団長をしているため調べなくてもある程度噂として情報は入ってきている。
ルイスの母親は後妻でルイスには8歳年上の異母兄がいる。文官として王宮で働いていて優秀な男だと聴いているが、騎士にならなかったのはルイスの家系では異例だ。ルイスの家系は武を重んじるため、ルイスの兄は親戚から跡継ぎとして不安視されているようなのだ。
そして、ルイスは騎士としてもそれ以外においても有能だ。父親との確執は兄が男爵位を問題なく継ぐためにルイス自身が流したのだろう。
「勝手に身辺を調べて悪いが、今回の賭博場の件、ただの学生には任せられない案件になりそうなんだ」
賭博場の実質の経営者だった子爵はサモエド侯爵に近い人物だった。もっと詳しく調べる必要はあるがおそらく謀反の動きの資金源とみて間違いない。普通の事件に比べると危険性がかなり高いし簡単に話せる内容でもない。
「私はルイスを私の側近に迎えたいと思っている。そのつもりがあるなら実家が落ち着くまでは父親と確執がある者に相応しい立場も用意する」
ルイスは黙って思案している。
ジェラルドに回ってくる仕事は年々増えている。皇帝陛下も高齢であるからこれからも増え続けるだろう。
今、ジェラルドの手伝いをしているヴィクトルは辺境伯軍からの人質として騎士団に入った。アメリアと結婚した後はその役目はアメリアに引き継がれヴィクトルは辺境伯軍に戻ってしまう。ジェラルドの抱えている仕事の指揮をミカエルと2人だけでとるのはかなり厳しい。優秀で信頼出来る側近がジェラルドには必要だった。
ミカエルとの関係を築き直す必要はあるが、ルイスが一番適任であるとジェラルドは思っている。ミカエルも難しい顔をしながらも引き受けてくれるならそれがいいと同意した。
「今日中に結論を出す必要はない。長くは待てないが考えてみてくれ」
ジェラルドは立ち上がって部屋を出ようとしたがルイスに呼び止められた。
「考える時間は充分頂きました。殿下の元で働かせて頂きたいと思います。よろしくお願いいたします」
ルイスは今度はふざけることもなくジェラルドに騎士の礼をとった。
「ルイス、お前には期待している。これからもよろしく頼む」
ジェラルドもシャルト王国の皇太子としてそれを受けいれる。
「期待に応えられるよう精進いたします」
ルイスの言葉にジェラルドはホッとして再び席についた。ルイスの事も座らせ、すぐに今後について相談を始める。
ジェラルドとルイスが話し合った結果、貴族としては異例だが、しばらくルイスを隠密部隊として扱う事となった。
隠密部隊は近衛の位置づけだが名前や年齢などを公表しておらず、その者たちの情報は他の騎士たちとは別に王族が、現在は統括するジェラルドが管理している。これならば男爵家の親戚には傭兵でもしている事に出来る。
「男爵になりたいとは思わないのか?」
「領地経営のような地道で堅実な仕事は私には向いてませんよ。きっと、数年で飽きてしまいます」
「そうか」
ジェラルドの側にいれば確かに刺激は多いし、飽きることはない。ただそれ以上に忙しくても逃げられないという現実はあるが、ルイスならばうまく息抜きもできるだろう。
ジェラルドは武器密輸入に始まる一連の出来事をルイスに説明した。ルイスからの疑問にいくつか答えると席をたつ。流石のルイスも事が大きすぎて情報を整理する時間が必要だろう。
ルイスはジェラルドを見送りながら入れ代わりに女性たちを呼び入れている。どうやら女好きなのは演技ではないようだ。
新たな味方を得てジェラルドは晴れ晴れした気分で飲み屋を後にした。
「相変わらず有能だな」
「お褒めに預かり光栄です」
わざわざ立ち上がって恭しくお礼を言ったルイスは、クスクス笑って椅子に座り直した。ジェラルドはその態度に呆れながら資料を机においた。ジェラルドはルイスと2人で前回と同じ飲み屋の個室にいる。
ルイスの報告書には子爵家の息子が学園内で賭博場への勧誘をしている事や、賭博場に出入りしている貴族たちの名前、そして経営している商人たちについても細かく記載されていた。
「こっちで調べた内容とも合致している。助かったよ」
ジェラルドは部下の調べた情報の裏付けがとれてルイスに感謝した。これだけ証拠があれば言い逃れは出来ない。
ジェラルドの部下には王宮に提出されている書類から所有者を特定し、会場の所有者の動きから繋がりのある商人そして貴族へと探らせていった。部下の報告書にはルイスの書類にも出てくる子爵家の関与を裏付ける証拠が添付されていた。経営している商人(というよりは裏の人間という側面の方が強そうだが)についても同じ人物の名前があがっている。もちろんジェラルドは隠密部隊も動かしたので関係者の屋敷にも侵入している。同じ情報をルイスは隠密部隊なしに得たのだ。
(絶対に必要な人材だ)
「それで? 殿下からも何かお話があるのでは?」
聡い男はジェラルドが切り出すより前に聞いてきた。
「ミカエル様がいらっしゃらなかったので何かあるのかと思いまして」
「ああ、ルイスは卒業後どうするのかを聴きたかったんだ。騎士団に入るつもりか?」
「いいえ、騎士団には入りません。卒業後はしばらくどこか田舎で傭兵でもしながらのんびり暮らすつもりです」
「それは兄のためか?」
「はい」
ルイスはいつになく真剣な表情でジェラルドに答えた。
ジェラルドはルイスの身辺調査を行っていた。もっとも、ルイスの父親は男爵位で王宮騎士団の団長をしているため調べなくてもある程度噂として情報は入ってきている。
ルイスの母親は後妻でルイスには8歳年上の異母兄がいる。文官として王宮で働いていて優秀な男だと聴いているが、騎士にならなかったのはルイスの家系では異例だ。ルイスの家系は武を重んじるため、ルイスの兄は親戚から跡継ぎとして不安視されているようなのだ。
そして、ルイスは騎士としてもそれ以外においても有能だ。父親との確執は兄が男爵位を問題なく継ぐためにルイス自身が流したのだろう。
「勝手に身辺を調べて悪いが、今回の賭博場の件、ただの学生には任せられない案件になりそうなんだ」
賭博場の実質の経営者だった子爵はサモエド侯爵に近い人物だった。もっと詳しく調べる必要はあるがおそらく謀反の動きの資金源とみて間違いない。普通の事件に比べると危険性がかなり高いし簡単に話せる内容でもない。
「私はルイスを私の側近に迎えたいと思っている。そのつもりがあるなら実家が落ち着くまでは父親と確執がある者に相応しい立場も用意する」
ルイスは黙って思案している。
ジェラルドに回ってくる仕事は年々増えている。皇帝陛下も高齢であるからこれからも増え続けるだろう。
今、ジェラルドの手伝いをしているヴィクトルは辺境伯軍からの人質として騎士団に入った。アメリアと結婚した後はその役目はアメリアに引き継がれヴィクトルは辺境伯軍に戻ってしまう。ジェラルドの抱えている仕事の指揮をミカエルと2人だけでとるのはかなり厳しい。優秀で信頼出来る側近がジェラルドには必要だった。
ミカエルとの関係を築き直す必要はあるが、ルイスが一番適任であるとジェラルドは思っている。ミカエルも難しい顔をしながらも引き受けてくれるならそれがいいと同意した。
「今日中に結論を出す必要はない。長くは待てないが考えてみてくれ」
ジェラルドは立ち上がって部屋を出ようとしたがルイスに呼び止められた。
「考える時間は充分頂きました。殿下の元で働かせて頂きたいと思います。よろしくお願いいたします」
ルイスは今度はふざけることもなくジェラルドに騎士の礼をとった。
「ルイス、お前には期待している。これからもよろしく頼む」
ジェラルドもシャルト王国の皇太子としてそれを受けいれる。
「期待に応えられるよう精進いたします」
ルイスの言葉にジェラルドはホッとして再び席についた。ルイスの事も座らせ、すぐに今後について相談を始める。
ジェラルドとルイスが話し合った結果、貴族としては異例だが、しばらくルイスを隠密部隊として扱う事となった。
隠密部隊は近衛の位置づけだが名前や年齢などを公表しておらず、その者たちの情報は他の騎士たちとは別に王族が、現在は統括するジェラルドが管理している。これならば男爵家の親戚には傭兵でもしている事に出来る。
「男爵になりたいとは思わないのか?」
「領地経営のような地道で堅実な仕事は私には向いてませんよ。きっと、数年で飽きてしまいます」
「そうか」
ジェラルドの側にいれば確かに刺激は多いし、飽きることはない。ただそれ以上に忙しくても逃げられないという現実はあるが、ルイスならばうまく息抜きもできるだろう。
ジェラルドは武器密輸入に始まる一連の出来事をルイスに説明した。ルイスからの疑問にいくつか答えると席をたつ。流石のルイスも事が大きすぎて情報を整理する時間が必要だろう。
ルイスはジェラルドを見送りながら入れ代わりに女性たちを呼び入れている。どうやら女好きなのは演技ではないようだ。
新たな味方を得てジェラルドは晴れ晴れした気分で飲み屋を後にした。
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