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第19話 国境

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 故郷を離れて七日目の朝、私は隣国へと繋がる国境の街に到着した。チラリと後ろを振り返ると監視の姿が確認できる。

 襲撃こそなくなったが、その後は監視の者が付いてくるようになった。気配に聡いわけではない私が確認できるのだから、わざと姿を見せているのだろう。警告の意味もあるのだろうが、王子に近づく気のない私には必要のない無駄な人員だ。


 私は街中を横切り出国の手続きのため、国境にある石造りの建物に向かう。この建物に入れば、私がこの国に戻ることは二度とないだろう。

 こんな形で離れることにはなったが、思い出の詰まった大切な祖国だ。感傷的になって思わず背後の街をチラリと振り返る。

「え?」

 私は前に向き直ってドキドキと脈打つ心臓を押さえた。目に入るのは監視している者だけだと思っていたのに、何よりもよく知る赤茶色の髪が、人混みのさらに奥に見えた気がした。

 アランが追いかけて来てくれたのかもしれない。そんな希望を抱くが、中々もう一度振り返る勇気が湧いてこない。

 ここで会ってどうするの?

 こんなところに来てくれているわけがない。

 でも、叶うなら最後にひと目だけ……

 かなり悩んだが、会いたい気持ちが勝ってしまった。深呼吸してから、勇気を出して再び振り返る。

 この街は貿易の窓口にもなっているため、多くの人が行き交っている。しかし、見慣れた姿はどこにもない。

 勘違い?

 そう思ったが、諦めきれなかった。必死で目を皿のようにして探すが、やはり見つからない。
 
 私は壁に寄りかかって息をゆっくり吐き出した。石でできた壁は冷たくて、熱された心を冷静にさせる。どうやら、私の目に映ったのは会いたい気持ちが見せた幻だったらしい。

「どうかしてるわ」

 私は呟きながら国境の建物に入る。アランを置き去りにしたのは私自身だ。追いかけてきてくれると思うなんて図々しい。私はもう一度大きく息を吐き出して、移住手続きをするための窓口に向かった。


「移住手続きをしたいのですが、こちらでよろしいですか?」

「あなたが移住するの? ご家族は?」

 服装は昨晩野営した場所で質の良い物に着替えたが、対応した受付の女性の顔は疑いでいっぱいだ。もう十五歳だが手続きにかかるお金などを考えると、この年齢で一人は珍しいのかもしれない。

「一人ですけど、手続きに必要なお金なら持っています。必要なら冒険者カードを閲覧して下さい」

「では、カードを預かっても良いかしら?」

「お願いします」

 私が使おうとしている移住手続きの許可要件は三つ。共通通貨一千万の寄付。この場で行われる読み書き算術などの筆記試験の合格。移住後の仕事の確保だ。その後の十年間、法律違反をせずきちんと納税をした場合、正式に国民と認められる。

 これらは一般人の場合で、A級以上の冒険者や何らかの特別な技能を持つ者は要件の一部が免除され移住が叶う。二学期にバッドエンドをむかえたヒロインは、聖女という肩書きを使って入国したのだろう。私は残念ながら国から認められていないので、まだ聖女ではない。

「確認させて頂きました。移住後の職業は光魔導師ということでよろしいですか?」

「ええ、そのつもりです」

「分かりました。それでは、試験に移りますね」

 受付の女性はあっさりと扉を開けて、私を内側に招き入れてくれた。ここで難癖を付けられて揉めることも多いと聞いていたが、光魔導師は隣国でも貴重なのだろう。

 私はそのまま筆記試験を受けて、その日のうちに祖国を出ることが出来た。

 もちろん、筆記試験は庶民にとっては難しいものだ。しかし、前世日本の義務教育を受けていれば、誰でも合格出来るレベルだった。

「光魔導師をするなら、この街かこの街がおすすめですよ。冒険者カードをお持ちですし、ギルドを訪ねてみて下さい」

 筆記試験を担当してくれた職員が地図を手渡してくれる。祖国では見ることのできなかった隣国の詳細を初めて知ることができた。

「ご親切にありがとうございます」

「近くの街で護衛を雇って向かうと良いですよ」

「そうします」

 私は心配そうな国境職員にお礼を言って、これから暮らす国に入った。国境の街を出た辺りで野営をし旅を再開すると、公爵家の監視が一人、引き続き付いてくる。

 その監視も、とある街に落ち着いて一ヶ月で姿を見せなくなった。念の為、さらに一ヶ月をその街で過ごしたが、怪しい者は見かけない。どうやら、悪役令嬢の邪魔にはならないと認識してくれたようだ。

 もしかしたら、国境には公爵家の手の者がいて、再び祖国に入れば連絡がいくのかもしれない。しかし、この国で生きると決めている私には関係のないことだ。

 監視者に見られていた街は居心地が悪い。私は再び荷物をまとめて、旅に出ることにした。
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