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番外編:幼い日の記憶 〜二人の出会いの物語〜
12.顔合わせ
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婚約者との顔合わせは早々に行われた。伯爵から婚約を告げられた三日後のことだったから、世情に疎いクリスティーナでも早いと気づく。ドリコリン伯爵領とヴェロキラ辺境伯領は隣接しているとはいえ、馬車で半日かかる距離だ。返事を聞いてすぐに、こちらに向かったのだろう。
クリスティーナは大人の貴族女性のような、パニエで膨らませた重いドレスを来て私室で待っていた。やがて、ヴェロキラ辺境伯と婚約者の到着が使用人から告げられる。その後、しばらくしてクリスティーナも応接室に呼ばれた。
ドリコリン伯爵家の一番広い部屋には、伯爵と不機嫌そうなガスパールがいて、対峙するように鮮やかな青い髪をした親子が待っていた。
「お待たせいたしました。クリスティーナです。おじさま、お久しぶりでございます」
「ティナちゃん、久しぶりだね。元気そうで良かったよ」
「ご心配おかけして申し訳ありません」
クリスティーナは何度か会ったことのあるヴェロキラ辺境伯に挨拶する。どうやら、クリスティーナが臥せっていたことも知っているようだ。
クリスティーナは歩きながら辺境伯の隣にいる人物をチラリと見る。クリスティーナの婚約者も静かにこちらを見ていた。
ラピスラズリのような美しい髪と瞳を持った少年は初対面のはずなのに、どこかで会ったことがあるような既視感がある。クリスティーナは心の中で疑問に思いながら、伯爵とガスパールの間におさまった。
「ブルクハルト・ヴェロキラと申します。よろしくお願いします」
辺境伯の紹介によりクリスティーナの婚約者、ブルクハルトが丁寧に挨拶をする。クリスティーナはその声を聞いて、動揺とともに既視感の原因を理解した。よく通る少し高い声はクリスティーナの恩人の声そのものだ。
「クリスティーナ・ドリコリンです。よろしくお願い致します」
クリスティーナは想像していなかった状況に、戸惑いながらも何とか挨拶を返した。心臓がバクバクと激しく脈打っている。
改めてじっくり見ると、クリスティーナを不安そうに見つめるブルクハルトの瞳は、森の中で会った小さな青龍のもので間違いない。青龍が人間に変わってクリスティーナの目の前にいる。そういうことだ。
クリスティーナが青龍に会いたいと思っていたから、夢でも見ているのだろうか。クリスティーナは辺境伯親子から見えないように腕をつねってみるが痛みがある。嘘みたいなことだが、紛れもない現実だ。
「ティナ」
クリスティーナは伯爵に呼ばれてハッとする。心配するような視線が大人たちから送られていた。
「不躾なことをして申し訳ありません」
クリスティーナはジッとブルクハルトを凝視していたことに気がついて、令嬢らしい所作で謝罪する。クリスティーナがもう一度チラリとブルクハルトを見ると、彼は頬を赤くして視線を外した。クリスティーナはブルクハルトが怒っていないと分かってホッとする。
「昼食の用意が出来ている。食堂に移動しよう」
「伯爵家の食事は美味しいから楽しみだ」
「お前にそう言ってもらえると、料理人たちも喜ぶよ」
距離を測りかねている子供たちとは対照的に、大人の二人は普段の雰囲気に戻って楽しそうに話している。クリスティーナはガスパールにエスコートされて、ブルクハルトとともに大人たちの後を追った。やはりガスパールが不機嫌だが、理由を探る余裕はクリスティーナにはない。
「どうした、ティナ? 疲れたなら先に部屋に戻るか?」
クリスティーナが上の空でいると、ガスパールが心配そうに聞いてきた。クリスティーナはうまく伝えられる気がしなくて、笑って誤魔化す。
「大丈夫よ、お兄様。緊張しているだけ」
「そうか。嫌ならいつでも部屋に戻って良いんだぞ」
ガスパールの言葉に、ブルクハルトがビクンッと反応してこちらを見る。ガスパールは見たこともない冷めた目でブルクハルトを見返した。
クリスティーナはその反応で、ガスパールがこの婚約に反対していることを知った。ガスパールはいつも冷静で、ここまで露骨な態度を示すのは珍しい。
「お兄様、ありがとう。でも、私は嫌じゃないわ」
「なら良い」
クリスティーナの答えに、ガスパールは不満そうな顔をした。逆にブルクハルトが嬉しそうに微笑んでいる。クリスティーナもブルクハルトが同じ気持ちだと分かって嬉しくなった。
恩人を嫌う理由などクリスティーナにあるわけがない。政略的な婚約でも、仲良くできるなら幸せなことだ。
あとは、ヴェロキラ辺境伯の息子であるブルクハルトが、なぜ青龍の姿でクリスティーナの前に現れたのかが分かればもっと安心だ。他人の空似という線もまだ残ってはいるが、クリスティーナはやはりあの日の青龍だと思えてならない。辺境伯家に伝わる秘伝の魔法なのか、他に別の理由があるのか。クリスティーナには検討もつかない。
「お前と親戚になるとはな」
「馬鹿言うな。今すぐティナを嫁にやるわけではない。お前とは赤の他人だ」
「まぁ、そんなこと言うなよ」
辺境伯と伯爵は軽口を叩き合って笑っている。食堂に移って行われた昼食会は、終始和やかな雰囲気だった。ガスパールがいつも以上に無口だが、気づかなかったことにする。
「ティナのお転婆は可愛いが、一人で森に入るとは思わなかったよ」
「ごめんなさい」
「無事だったんだから良いじゃないか。ブルクハルトの方が色々やらかしているよ」
「父上、余計な話はしないで下さい」
伯爵は親友相手の気安さか、辺境伯にクリスティーナが森に一人で入った話までしていたが、誰の口からも青龍の話は出てこない。クリスティーナは話を切り出すことができないまま、昼食を食べ終えてしまった。
クリスティーナは大人の貴族女性のような、パニエで膨らませた重いドレスを来て私室で待っていた。やがて、ヴェロキラ辺境伯と婚約者の到着が使用人から告げられる。その後、しばらくしてクリスティーナも応接室に呼ばれた。
ドリコリン伯爵家の一番広い部屋には、伯爵と不機嫌そうなガスパールがいて、対峙するように鮮やかな青い髪をした親子が待っていた。
「お待たせいたしました。クリスティーナです。おじさま、お久しぶりでございます」
「ティナちゃん、久しぶりだね。元気そうで良かったよ」
「ご心配おかけして申し訳ありません」
クリスティーナは何度か会ったことのあるヴェロキラ辺境伯に挨拶する。どうやら、クリスティーナが臥せっていたことも知っているようだ。
クリスティーナは歩きながら辺境伯の隣にいる人物をチラリと見る。クリスティーナの婚約者も静かにこちらを見ていた。
ラピスラズリのような美しい髪と瞳を持った少年は初対面のはずなのに、どこかで会ったことがあるような既視感がある。クリスティーナは心の中で疑問に思いながら、伯爵とガスパールの間におさまった。
「ブルクハルト・ヴェロキラと申します。よろしくお願いします」
辺境伯の紹介によりクリスティーナの婚約者、ブルクハルトが丁寧に挨拶をする。クリスティーナはその声を聞いて、動揺とともに既視感の原因を理解した。よく通る少し高い声はクリスティーナの恩人の声そのものだ。
「クリスティーナ・ドリコリンです。よろしくお願い致します」
クリスティーナは想像していなかった状況に、戸惑いながらも何とか挨拶を返した。心臓がバクバクと激しく脈打っている。
改めてじっくり見ると、クリスティーナを不安そうに見つめるブルクハルトの瞳は、森の中で会った小さな青龍のもので間違いない。青龍が人間に変わってクリスティーナの目の前にいる。そういうことだ。
クリスティーナが青龍に会いたいと思っていたから、夢でも見ているのだろうか。クリスティーナは辺境伯親子から見えないように腕をつねってみるが痛みがある。嘘みたいなことだが、紛れもない現実だ。
「ティナ」
クリスティーナは伯爵に呼ばれてハッとする。心配するような視線が大人たちから送られていた。
「不躾なことをして申し訳ありません」
クリスティーナはジッとブルクハルトを凝視していたことに気がついて、令嬢らしい所作で謝罪する。クリスティーナがもう一度チラリとブルクハルトを見ると、彼は頬を赤くして視線を外した。クリスティーナはブルクハルトが怒っていないと分かってホッとする。
「昼食の用意が出来ている。食堂に移動しよう」
「伯爵家の食事は美味しいから楽しみだ」
「お前にそう言ってもらえると、料理人たちも喜ぶよ」
距離を測りかねている子供たちとは対照的に、大人の二人は普段の雰囲気に戻って楽しそうに話している。クリスティーナはガスパールにエスコートされて、ブルクハルトとともに大人たちの後を追った。やはりガスパールが不機嫌だが、理由を探る余裕はクリスティーナにはない。
「どうした、ティナ? 疲れたなら先に部屋に戻るか?」
クリスティーナが上の空でいると、ガスパールが心配そうに聞いてきた。クリスティーナはうまく伝えられる気がしなくて、笑って誤魔化す。
「大丈夫よ、お兄様。緊張しているだけ」
「そうか。嫌ならいつでも部屋に戻って良いんだぞ」
ガスパールの言葉に、ブルクハルトがビクンッと反応してこちらを見る。ガスパールは見たこともない冷めた目でブルクハルトを見返した。
クリスティーナはその反応で、ガスパールがこの婚約に反対していることを知った。ガスパールはいつも冷静で、ここまで露骨な態度を示すのは珍しい。
「お兄様、ありがとう。でも、私は嫌じゃないわ」
「なら良い」
クリスティーナの答えに、ガスパールは不満そうな顔をした。逆にブルクハルトが嬉しそうに微笑んでいる。クリスティーナもブルクハルトが同じ気持ちだと分かって嬉しくなった。
恩人を嫌う理由などクリスティーナにあるわけがない。政略的な婚約でも、仲良くできるなら幸せなことだ。
あとは、ヴェロキラ辺境伯の息子であるブルクハルトが、なぜ青龍の姿でクリスティーナの前に現れたのかが分かればもっと安心だ。他人の空似という線もまだ残ってはいるが、クリスティーナはやはりあの日の青龍だと思えてならない。辺境伯家に伝わる秘伝の魔法なのか、他に別の理由があるのか。クリスティーナには検討もつかない。
「お前と親戚になるとはな」
「馬鹿言うな。今すぐティナを嫁にやるわけではない。お前とは赤の他人だ」
「まぁ、そんなこと言うなよ」
辺境伯と伯爵は軽口を叩き合って笑っている。食堂に移って行われた昼食会は、終始和やかな雰囲気だった。ガスパールがいつも以上に無口だが、気づかなかったことにする。
「ティナのお転婆は可愛いが、一人で森に入るとは思わなかったよ」
「ごめんなさい」
「無事だったんだから良いじゃないか。ブルクハルトの方が色々やらかしているよ」
「父上、余計な話はしないで下さい」
伯爵は親友相手の気安さか、辺境伯にクリスティーナが森に一人で入った話までしていたが、誰の口からも青龍の話は出てこない。クリスティーナは話を切り出すことができないまま、昼食を食べ終えてしまった。
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