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番外編:幼い日の記憶 〜二人の出会いの物語〜
14.新たな生活
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それから、クリスティーナの新たな生活が始まった。
ガスパールはしばらく屋敷に留まっていたが、渋々ながら王都に帰っていった。騎士学校からの手紙は何度来ても無視していたが、副学長が伯爵邸まで復学の打診にきたことで決意したらしい。ガスパールの騎士学校での扱いが気になるところだ。
伯爵は相変わらず忙しい。そのため、クリスティーナは今まで通り屋敷に一人でいることも多い。それでも寂しく思うことは減っていた。それは……
「ティナお嬢様、ブルクハルト様がいらっしゃいました。こちらにお連れ致しますか?」
クリスティーナが自分の部屋で本を読んでいると、執事がやってきた。
「私が行くわ。応接室かしら?」
「いつものお部屋にお通ししております」
「そう、ありがとう」
ブルクハルトは時間を見つけては、ドリコリン伯爵家へ通ってきてくれている。一緒に暮らしているはずの伯爵より長く一緒にいる気さえするほどだ。馬車で半日かけて来ているにしては訪れる頻度が高いが、クリスティーナは気が付かなかったことにしている。もし、ブルクハルトが日帰りできることの矛盾に気づいて、会える機会が少なくなったら寂しいからだ。
クリスティーナは微笑ましそうに見送る使用人たちの視線を避けながら、足早に廊下を歩いた。ブルクハルトが通ってくるようになってから、伯爵家の雰囲気も明るくなった気がする。
「ハルト様、お待たせいたしました」
ブルクハルトはクリスティーナが部屋に入ると、嬉しそうに微笑む。クリスティーナはこの笑顔に弱い。
「いや、たいして待ってない。こっちに来て座れよ」
ブルクハルトは自分の隣をポンポンと叩いて示す。令嬢としては向かいの席に座るべきだが、クリスティーナは吸い寄せられるようにブルクハルトの隣に座った。
「実は、さっきまでヴェロキラ辺境伯領についての本を読んでいたんです」
「そうか。分からないことがあれば教えるぞ」
「はい。では、さっそくお聞きしたいのですが……」
どんな会話でも、二人で過ごす時間はとても心地良い。ブルクハルトはするりとクリスティーナの心の中に入ってきて、あっという間に彼だけの場所を作ってしまった。
最初に一番情けなくてどうしょうもない自分を見られているので、変に気を張らずに自然でいられる。それにブルクハルトといると、強い者に守られている安心感があるのだ。
クリスティーナはあの出来事以来、時々夜中にうなされて目を覚ます。それでも、ブルクハルトが来ると分かっている日は、なぜかぐっすり眠れる。
「今日もお天気が良いですし、庭に移動しますか?」
クリスティーナはお茶を一杯飲み終えた頃にブルクハルトに聞いてみた。
晴れた日にブルクハルトが訪ねてきた場合、ドリコリン伯爵家の庭の一角に腰を下ろしてお喋りするのが定番になっている。シロツメクサやたんぽぽなどが咲く、あまり手を加えていないように見える一角が二人のお気に入りだ。本当は気を利かせた庭師が整えてくれているのだが、ブルクハルトには内緒にしている。
「それも良いんだが……」
「どうされました? 何か予定がありますか?」
クリスティーナは、珍しく躊躇うブルクハルトを見て首を傾げる。ブルクハルトは姿勢を正してクリスティーナに身体を向けた。
「街に出てみないか? 嫌なら無理にとは言わないが……」
ブルクハルトはクリスティーナの気持ちを見極めるように見つめている。
「別に嫌ではありません。でも……」
クリスティーナはあれ以来、街には出ていない。ブルクハルトは街に出歩く令嬢を嫌がると思っていたし、伯爵やガスパールに心配をかけたくなかったのだ。
「街に出るのが怖いわけではないんだろう?」
「怖くはありません。森へはまだ行きたくないですけど……」
クリスティーナが魔獣を思い出して視線を下げると、ブルクハルトがクリスティーナの手に自分の手を重ねた。ブルクハルトはいつも優しくクリスティーナの気持ちに寄り添ってくれる。
「前はよく街に出てたんだろう? 伯爵に一緒に出かけてみてはどうかと提案されたんだ」
「お父様がそんなことをハルト様に頼んだんですか?」
「ああ」
伯爵はクリスティーナに家にいてほしいものだと思っていた。逆に引きこもっているクリスティーナを心配していたのだろうか。
「なんだか、すみません」
「いや……俺もティーナが普段どんなふうに過ごしているか見てみたい」
「あの……。令嬢らしくないって呆れませんか?」
「俺が貴族らしいと思うか?」
ブルクハルトは冒険者のような服を着て帯剣もしている。顔合わせの日の正装も良かったが、こちらも自然に着こなしていて格好良い。普段は冒険者をしていると言われても信じてしまうだろう。
「……」
「ティーナは分かりやすいな」
クリスティーナがそのまま伝えて良いのか迷っていると、ブルクハルトがクスリと笑ってほっぺたを突っついてくる。クリスティーナは顔を赤らめながら、すべてが伝わっていないことを願った。
「嫌でなければ、ティーナがいつも行く場所に案内してほしい」
「はい、ぜひ」
「そうか。じゃあ、さっそく行こう」
クリスティーナが返事をすると、ブルクハルトが手を差し伸べてくれる。街での生活もクリスティーナの一部だ。その行動を認めてもらえるなら嬉しい。
よく考えれば、クリスティーナも侍女に着せられているのは動きやすいワンピースだ。侍女は今日の予定を知っていたのだろう。
「お嬢様、こちらはいかがいたしますか?」
執事がクリスティーナに声をかけてくる。
「それは……」
「旦那さまからお預かりしておりました」
執事が持っているのはクリスティーナの愛用の剣だ。いや、森で無くした剣と、同じ型のものを用意してくれたのだろう。
「でも……」
クリスティーナが躊躇いがちにブルクハルトを見ると、笑顔で頷いてくれる。
「いつも通りで構わないぞ。もちろん、ティーナが剣を抜かなくても良いように俺が守る」
「あ、ありがとうございます」
ブルクハルトがさらりと言うので、クリスティーナは真っ赤になる。たぶん、帯剣しなくてもブルクハルトがきちんと守ってくれるだろう。騎士に守られるお姫様には、クリスティーナも憧れる。
それでも、剣がないと不安になるのは訓練を積んでしまったせいだろうか。クリスティーナはそんな自分にがっかりしながら、剣を腰に下げた。
ガスパールはしばらく屋敷に留まっていたが、渋々ながら王都に帰っていった。騎士学校からの手紙は何度来ても無視していたが、副学長が伯爵邸まで復学の打診にきたことで決意したらしい。ガスパールの騎士学校での扱いが気になるところだ。
伯爵は相変わらず忙しい。そのため、クリスティーナは今まで通り屋敷に一人でいることも多い。それでも寂しく思うことは減っていた。それは……
「ティナお嬢様、ブルクハルト様がいらっしゃいました。こちらにお連れ致しますか?」
クリスティーナが自分の部屋で本を読んでいると、執事がやってきた。
「私が行くわ。応接室かしら?」
「いつものお部屋にお通ししております」
「そう、ありがとう」
ブルクハルトは時間を見つけては、ドリコリン伯爵家へ通ってきてくれている。一緒に暮らしているはずの伯爵より長く一緒にいる気さえするほどだ。馬車で半日かけて来ているにしては訪れる頻度が高いが、クリスティーナは気が付かなかったことにしている。もし、ブルクハルトが日帰りできることの矛盾に気づいて、会える機会が少なくなったら寂しいからだ。
クリスティーナは微笑ましそうに見送る使用人たちの視線を避けながら、足早に廊下を歩いた。ブルクハルトが通ってくるようになってから、伯爵家の雰囲気も明るくなった気がする。
「ハルト様、お待たせいたしました」
ブルクハルトはクリスティーナが部屋に入ると、嬉しそうに微笑む。クリスティーナはこの笑顔に弱い。
「いや、たいして待ってない。こっちに来て座れよ」
ブルクハルトは自分の隣をポンポンと叩いて示す。令嬢としては向かいの席に座るべきだが、クリスティーナは吸い寄せられるようにブルクハルトの隣に座った。
「実は、さっきまでヴェロキラ辺境伯領についての本を読んでいたんです」
「そうか。分からないことがあれば教えるぞ」
「はい。では、さっそくお聞きしたいのですが……」
どんな会話でも、二人で過ごす時間はとても心地良い。ブルクハルトはするりとクリスティーナの心の中に入ってきて、あっという間に彼だけの場所を作ってしまった。
最初に一番情けなくてどうしょうもない自分を見られているので、変に気を張らずに自然でいられる。それにブルクハルトといると、強い者に守られている安心感があるのだ。
クリスティーナはあの出来事以来、時々夜中にうなされて目を覚ます。それでも、ブルクハルトが来ると分かっている日は、なぜかぐっすり眠れる。
「今日もお天気が良いですし、庭に移動しますか?」
クリスティーナはお茶を一杯飲み終えた頃にブルクハルトに聞いてみた。
晴れた日にブルクハルトが訪ねてきた場合、ドリコリン伯爵家の庭の一角に腰を下ろしてお喋りするのが定番になっている。シロツメクサやたんぽぽなどが咲く、あまり手を加えていないように見える一角が二人のお気に入りだ。本当は気を利かせた庭師が整えてくれているのだが、ブルクハルトには内緒にしている。
「それも良いんだが……」
「どうされました? 何か予定がありますか?」
クリスティーナは、珍しく躊躇うブルクハルトを見て首を傾げる。ブルクハルトは姿勢を正してクリスティーナに身体を向けた。
「街に出てみないか? 嫌なら無理にとは言わないが……」
ブルクハルトはクリスティーナの気持ちを見極めるように見つめている。
「別に嫌ではありません。でも……」
クリスティーナはあれ以来、街には出ていない。ブルクハルトは街に出歩く令嬢を嫌がると思っていたし、伯爵やガスパールに心配をかけたくなかったのだ。
「街に出るのが怖いわけではないんだろう?」
「怖くはありません。森へはまだ行きたくないですけど……」
クリスティーナが魔獣を思い出して視線を下げると、ブルクハルトがクリスティーナの手に自分の手を重ねた。ブルクハルトはいつも優しくクリスティーナの気持ちに寄り添ってくれる。
「前はよく街に出てたんだろう? 伯爵に一緒に出かけてみてはどうかと提案されたんだ」
「お父様がそんなことをハルト様に頼んだんですか?」
「ああ」
伯爵はクリスティーナに家にいてほしいものだと思っていた。逆に引きこもっているクリスティーナを心配していたのだろうか。
「なんだか、すみません」
「いや……俺もティーナが普段どんなふうに過ごしているか見てみたい」
「あの……。令嬢らしくないって呆れませんか?」
「俺が貴族らしいと思うか?」
ブルクハルトは冒険者のような服を着て帯剣もしている。顔合わせの日の正装も良かったが、こちらも自然に着こなしていて格好良い。普段は冒険者をしていると言われても信じてしまうだろう。
「……」
「ティーナは分かりやすいな」
クリスティーナがそのまま伝えて良いのか迷っていると、ブルクハルトがクスリと笑ってほっぺたを突っついてくる。クリスティーナは顔を赤らめながら、すべてが伝わっていないことを願った。
「嫌でなければ、ティーナがいつも行く場所に案内してほしい」
「はい、ぜひ」
「そうか。じゃあ、さっそく行こう」
クリスティーナが返事をすると、ブルクハルトが手を差し伸べてくれる。街での生活もクリスティーナの一部だ。その行動を認めてもらえるなら嬉しい。
よく考えれば、クリスティーナも侍女に着せられているのは動きやすいワンピースだ。侍女は今日の予定を知っていたのだろう。
「お嬢様、こちらはいかがいたしますか?」
執事がクリスティーナに声をかけてくる。
「それは……」
「旦那さまからお預かりしておりました」
執事が持っているのはクリスティーナの愛用の剣だ。いや、森で無くした剣と、同じ型のものを用意してくれたのだろう。
「でも……」
クリスティーナが躊躇いがちにブルクハルトを見ると、笑顔で頷いてくれる。
「いつも通りで構わないぞ。もちろん、ティーナが剣を抜かなくても良いように俺が守る」
「あ、ありがとうございます」
ブルクハルトがさらりと言うので、クリスティーナは真っ赤になる。たぶん、帯剣しなくてもブルクハルトがきちんと守ってくれるだろう。騎士に守られるお姫様には、クリスティーナも憧れる。
それでも、剣がないと不安になるのは訓練を積んでしまったせいだろうか。クリスティーナはそんな自分にがっかりしながら、剣を腰に下げた。
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