【完結】婚約者が竜騎士候補に混ざってる

五色ひわ

文字の大きさ
39 / 72
番外編:幼い日の記憶 〜二人の出会いの物語〜

14.新たな生活

しおりを挟む
 それから、クリスティーナの新たな生活が始まった。

 ガスパールはしばらく屋敷に留まっていたが、渋々ながら王都に帰っていった。騎士学校からの手紙は何度来ても無視していたが、副学長が伯爵邸まで復学の打診にきたことで決意したらしい。ガスパールの騎士学校での扱いが気になるところだ。

 伯爵は相変わらず忙しい。そのため、クリスティーナは今まで通り屋敷に一人でいることも多い。それでも寂しく思うことは減っていた。それは……

「ティナお嬢様、ブルクハルト様がいらっしゃいました。こちらにお連れ致しますか?」

 クリスティーナが自分の部屋で本を読んでいると、執事がやってきた。

「私が行くわ。応接室かしら?」

「いつものお部屋にお通ししております」

「そう、ありがとう」

 ブルクハルトは時間を見つけては、ドリコリン伯爵家へ通ってきてくれている。一緒に暮らしているはずの伯爵より長く一緒にいる気さえするほどだ。馬車で半日かけて来ているにしては訪れる頻度が高いが、クリスティーナは気が付かなかったことにしている。もし、ブルクハルトが日帰りできることの矛盾に気づいて、会える機会が少なくなったら寂しいからだ。

 クリスティーナは微笑ましそうに見送る使用人たちの視線を避けながら、足早に廊下を歩いた。ブルクハルトが通ってくるようになってから、伯爵家の雰囲気も明るくなった気がする。

「ハルト様、お待たせいたしました」

 ブルクハルトはクリスティーナが部屋に入ると、嬉しそうに微笑む。クリスティーナはこの笑顔に弱い。

「いや、たいして待ってない。こっちに来て座れよ」

 ブルクハルトは自分の隣をポンポンと叩いて示す。令嬢としては向かいの席に座るべきだが、クリスティーナは吸い寄せられるようにブルクハルトの隣に座った。

「実は、さっきまでヴェロキラ辺境伯領についての本を読んでいたんです」

「そうか。分からないことがあれば教えるぞ」

「はい。では、さっそくお聞きしたいのですが……」

 どんな会話でも、二人で過ごす時間はとても心地良い。ブルクハルトはするりとクリスティーナの心の中に入ってきて、あっという間に彼だけの場所を作ってしまった。

 最初に一番情けなくてどうしょうもない自分を見られているので、変に気を張らずに自然でいられる。それにブルクハルトといると、強い者に守られている安心感があるのだ。

 クリスティーナはあの出来事以来、時々夜中にうなされて目を覚ます。それでも、ブルクハルトが来ると分かっている日は、なぜかぐっすり眠れる。

「今日もお天気が良いですし、庭に移動しますか?」

 クリスティーナはお茶を一杯飲み終えた頃にブルクハルトに聞いてみた。

 晴れた日にブルクハルトが訪ねてきた場合、ドリコリン伯爵家の庭の一角に腰を下ろしてお喋りするのが定番になっている。シロツメクサやたんぽぽなどが咲く、あまり手を加えていないように見える一角が二人のお気に入りだ。本当は気を利かせた庭師が整えてくれているのだが、ブルクハルトには内緒にしている。

「それも良いんだが……」

「どうされました? 何か予定がありますか?」

 クリスティーナは、珍しく躊躇うブルクハルトを見て首を傾げる。ブルクハルトは姿勢を正してクリスティーナに身体を向けた。

「街に出てみないか? 嫌なら無理にとは言わないが……」

 ブルクハルトはクリスティーナの気持ちを見極めるように見つめている。

「別に嫌ではありません。でも……」

 クリスティーナはあれ以来、街には出ていない。ブルクハルトは街に出歩く令嬢を嫌がると思っていたし、伯爵やガスパールに心配をかけたくなかったのだ。

「街に出るのが怖いわけではないんだろう?」

「怖くはありません。森へはまだ行きたくないですけど……」

 クリスティーナが魔獣を思い出して視線を下げると、ブルクハルトがクリスティーナの手に自分の手を重ねた。ブルクハルトはいつも優しくクリスティーナの気持ちに寄り添ってくれる。

「前はよく街に出てたんだろう? 伯爵に一緒に出かけてみてはどうかと提案されたんだ」

「お父様がそんなことをハルト様に頼んだんですか?」

「ああ」

 伯爵はクリスティーナに家にいてほしいものだと思っていた。逆に引きこもっているクリスティーナを心配していたのだろうか。

「なんだか、すみません」

「いや……俺もティーナが普段どんなふうに過ごしているか見てみたい」

「あの……。令嬢らしくないって呆れませんか?」

「俺が貴族らしいと思うか?」

 ブルクハルトは冒険者のような服を着て帯剣もしている。顔合わせの日の正装も良かったが、こちらも自然に着こなしていて格好良い。普段は冒険者をしていると言われても信じてしまうだろう。

「……」

「ティーナは分かりやすいな」

 クリスティーナがそのまま伝えて良いのか迷っていると、ブルクハルトがクスリと笑ってほっぺたを突っついてくる。クリスティーナは顔を赤らめながら、すべてが伝わっていないことを願った。

「嫌でなければ、ティーナがいつも行く場所に案内してほしい」

「はい、ぜひ」

「そうか。じゃあ、さっそく行こう」

 クリスティーナが返事をすると、ブルクハルトが手を差し伸べてくれる。街での生活もクリスティーナの一部だ。その行動を認めてもらえるなら嬉しい。

 よく考えれば、クリスティーナも侍女に着せられているのは動きやすいワンピースだ。侍女は今日の予定を知っていたのだろう。

「お嬢様、こちらはいかがいたしますか?」

 執事がクリスティーナに声をかけてくる。

「それは……」

「旦那さまからお預かりしておりました」

 執事が持っているのはクリスティーナの愛用の剣だ。いや、森で無くした剣と、同じ型のものを用意してくれたのだろう。

「でも……」

 クリスティーナが躊躇いがちにブルクハルトを見ると、笑顔で頷いてくれる。

「いつも通りで構わないぞ。もちろん、ティーナが剣を抜かなくても良いように俺が守る」 

「あ、ありがとうございます」

 ブルクハルトがさらりと言うので、クリスティーナは真っ赤になる。たぶん、帯剣しなくてもブルクハルトがきちんと守ってくれるだろう。騎士に守られるお姫様には、クリスティーナも憧れる。

 それでも、剣がないと不安になるのは訓練を積んでしまったせいだろうか。クリスティーナはそんな自分にがっかりしながら、剣を腰に下げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています

柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。 領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。 しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。 幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。 「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」 「お、畏れ多いので結構です!」 「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」 「もっと重い提案がきた?!」 果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。 さくっとお読みいただけますと嬉しいです。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

処理中です...