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番外編:幼い日の記憶 〜二人の出会いの物語〜
16.北地区
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北地区に入ってからも道行く人たちに笑顔が見えて、クリスティーナはホッとする。災害前の活気が徐々に戻って来ているようだ。
「ティナ!」
「ティナ姉ちゃん!」
教会に近づくと子どもたちが駆け寄ってくる。屋敷を出るときに先触れを出していたので、待っていてくれたのだろう。
「みんな、久しぶり!」
「ティナ! 最近来ないから心配したんだぞ!」
先頭にいたトーマが叫ぶように言う。クリスティーナが冒険者をはじめてからも何度か会っているが、初対面のときとは違い元気いっぱいだ。そういえば、最後にあった日に剣で打ち負かしてしまったので、もう一度戦う約束をしていた気がする。
「約束してたのに来れなくてごめんね」
「それは気にするな。僕が言いたいのは……」
トーマが珍しくモジモジするので、クリスティーナは首を傾げる。よく見るとトーマの顔が真っ赤なので心配になってくる。
「顔赤いけど、熱でもあるの? 具合悪い?」
「違う!」
クリスティーナがトーマの額に手を伸すと、さっと避けられてしまった。これだけ俊敏な動きができるのなら、本人の言うように体調に問題はないのかもしれない。
「それなら良いけど……」
「ティーナ。これはどこに運べば良いんだ?」
ブルクハルトに声をかけられて、クリスティーナはハッとする。ブルクハルトは積み上げた箱の横から顔をのぞかせていた。
「そうでした。ごめんなさい」
「いや。別に焦る必要はないよ」
クリスティーナが慌てると、ブルクハルトに笑われた。ブルクハルトは、トーマを一瞬睨みつけていた気もするが、怒っているわけではなさそうだ。
「トーマ、ごめん。また後でね。ハルト様、あの赤い扉が孤児院の台所なんです。そちらまでお願いできますか?」
「ああ。分かった」
ブルクハルトが頷いて歩き出すので、クリスティーナも小麦粉の袋を持って後ろに続く。そんなクリスティーナのワンピースをトーマが引き止めるように握った。
「何? 手合わせなら今度時間をとるわよ」
「そうじゃなくて、重いだろ。僕が運ぶ」
「重い?」
「その袋だよ」
クリスティーナが疑問に思っていると、小麦粉の袋を引っ張られた。台所はすぐそこだが、お手伝いをしたいお年頃なのだろうか。
「じゃあ、お願いするね」
「おう」
クリスティーナがトーマの腕に小麦粉を乗せると、トーマは一瞬驚いた顔をした。ちょっと、トーマには重かったのかもしれない。
「大丈夫?」
「こんなの軽いよ」
トーマはヨタヨタと運んでいるが、台所は近いので何とかなるだろう。言ったら怒られそうだが、一生懸命な後ろ姿が可愛らしい。
「ティナ姉ちゃん。模擬戦しようよ。ガスパール様から特訓を受けたから、今日は負けないよ」
声をかけられて振り返ると、少年たちが数人模擬剣を持って立っていた。
「えっ? お兄様が来たの?」
「うん。ティナ姉ちゃんが来れないから代わりに来たって言ってたよ。『コンヤク』が決まって大変だったんでしょ?」
「う、うん」
来なかった理由は違うが、たぶん『コンヤク』の意味も分かっていなさそうなので笑って流す。ガスパールが孤児院に来ていたのは初耳だ。
ガスパールはクリスティーナの代わりを引き受け、伯爵は街に連れ出すようお願いしてくれていた。自分がどれだけ家族に大切に見守られているのか分かって、クリスティーナは鼻の奥がツンと痛くなる。
「『本気で騎士になる気がある者だけかかってこい!』って、すごい怖かったよね」
「でも、いっぱい教えてくれたから、ガスパール様は優しいよ」
「ガスパール様に強くなって伯爵騎士団に来いって言われたんだよ。すごいでしょ」
子どもたちは目をキラキラさせて、ガスパールの話をしている。クリスティーナは自分のことのように誇らしくなった。
「ティナ姉ちゃん。早く始めよう」
「でも……」
「相手してやれば良いんじゃないか?」
クリスティーナが躊躇していると、歩いてきたブルクハルトが寄り添うように隣に並ぶ。どうやら、荷物を運び終えたようだ。
「お任せしちゃってすみません」
「それは良いよ。それより、模擬戦はしたくないのか?」
「えっと……」
クリスティーナが躊躇した理由は二つある。一つはブルクハルトが勧めてくれたことで解決したが……
「ハルト様、耳を貸してください」
「耳?」
ブルクハルトが不思議そうにクリスティーナを見るので、少しだけ背伸びをして彼の耳に口を寄せる。
「最近、鍛錬していないんです。負けたら格好がつきません」
クリスティーナが赤くなりながら小声で言うと、ブルクハルトが静かに笑った。令嬢らしく暮らすつもりでいたので剣術をサボっていた。ただでさえ療養で筋力が落ちているので、いつものように動けば怪我をする恐れもある。
「じゃあ、任せろ」
ブルクハルトは小声で言って、クリスティーナの頬をプニッとつねった。クリスティーナは全然痛くない頬を抑えて笑う。ブルクハルトに『任せろ』と言われたら、どうするのか分からなくても安心する。
「ティーナと戦いたいなら、俺を倒してからにしろ」
「兄ちゃん戦えるの?」
「ああ。俺はティーナの婚約者でブルクハルトという。ティーナの護衛騎士でもあるから、それなりに鍛えている」
「護衛騎士?」
「「「護衛騎士!!」」」
クリスティーナの疑問の声は、少年たちの歓声に掻き消された。皆、『護衛騎士』という言葉が気に入ったらしい。ブルクハルトは憧れの眼差しを受けながら、少年の一人から模擬剣を受け取っていた。
「ティナ!」
「ティナ姉ちゃん!」
教会に近づくと子どもたちが駆け寄ってくる。屋敷を出るときに先触れを出していたので、待っていてくれたのだろう。
「みんな、久しぶり!」
「ティナ! 最近来ないから心配したんだぞ!」
先頭にいたトーマが叫ぶように言う。クリスティーナが冒険者をはじめてからも何度か会っているが、初対面のときとは違い元気いっぱいだ。そういえば、最後にあった日に剣で打ち負かしてしまったので、もう一度戦う約束をしていた気がする。
「約束してたのに来れなくてごめんね」
「それは気にするな。僕が言いたいのは……」
トーマが珍しくモジモジするので、クリスティーナは首を傾げる。よく見るとトーマの顔が真っ赤なので心配になってくる。
「顔赤いけど、熱でもあるの? 具合悪い?」
「違う!」
クリスティーナがトーマの額に手を伸すと、さっと避けられてしまった。これだけ俊敏な動きができるのなら、本人の言うように体調に問題はないのかもしれない。
「それなら良いけど……」
「ティーナ。これはどこに運べば良いんだ?」
ブルクハルトに声をかけられて、クリスティーナはハッとする。ブルクハルトは積み上げた箱の横から顔をのぞかせていた。
「そうでした。ごめんなさい」
「いや。別に焦る必要はないよ」
クリスティーナが慌てると、ブルクハルトに笑われた。ブルクハルトは、トーマを一瞬睨みつけていた気もするが、怒っているわけではなさそうだ。
「トーマ、ごめん。また後でね。ハルト様、あの赤い扉が孤児院の台所なんです。そちらまでお願いできますか?」
「ああ。分かった」
ブルクハルトが頷いて歩き出すので、クリスティーナも小麦粉の袋を持って後ろに続く。そんなクリスティーナのワンピースをトーマが引き止めるように握った。
「何? 手合わせなら今度時間をとるわよ」
「そうじゃなくて、重いだろ。僕が運ぶ」
「重い?」
「その袋だよ」
クリスティーナが疑問に思っていると、小麦粉の袋を引っ張られた。台所はすぐそこだが、お手伝いをしたいお年頃なのだろうか。
「じゃあ、お願いするね」
「おう」
クリスティーナがトーマの腕に小麦粉を乗せると、トーマは一瞬驚いた顔をした。ちょっと、トーマには重かったのかもしれない。
「大丈夫?」
「こんなの軽いよ」
トーマはヨタヨタと運んでいるが、台所は近いので何とかなるだろう。言ったら怒られそうだが、一生懸命な後ろ姿が可愛らしい。
「ティナ姉ちゃん。模擬戦しようよ。ガスパール様から特訓を受けたから、今日は負けないよ」
声をかけられて振り返ると、少年たちが数人模擬剣を持って立っていた。
「えっ? お兄様が来たの?」
「うん。ティナ姉ちゃんが来れないから代わりに来たって言ってたよ。『コンヤク』が決まって大変だったんでしょ?」
「う、うん」
来なかった理由は違うが、たぶん『コンヤク』の意味も分かっていなさそうなので笑って流す。ガスパールが孤児院に来ていたのは初耳だ。
ガスパールはクリスティーナの代わりを引き受け、伯爵は街に連れ出すようお願いしてくれていた。自分がどれだけ家族に大切に見守られているのか分かって、クリスティーナは鼻の奥がツンと痛くなる。
「『本気で騎士になる気がある者だけかかってこい!』って、すごい怖かったよね」
「でも、いっぱい教えてくれたから、ガスパール様は優しいよ」
「ガスパール様に強くなって伯爵騎士団に来いって言われたんだよ。すごいでしょ」
子どもたちは目をキラキラさせて、ガスパールの話をしている。クリスティーナは自分のことのように誇らしくなった。
「ティナ姉ちゃん。早く始めよう」
「でも……」
「相手してやれば良いんじゃないか?」
クリスティーナが躊躇していると、歩いてきたブルクハルトが寄り添うように隣に並ぶ。どうやら、荷物を運び終えたようだ。
「お任せしちゃってすみません」
「それは良いよ。それより、模擬戦はしたくないのか?」
「えっと……」
クリスティーナが躊躇した理由は二つある。一つはブルクハルトが勧めてくれたことで解決したが……
「ハルト様、耳を貸してください」
「耳?」
ブルクハルトが不思議そうにクリスティーナを見るので、少しだけ背伸びをして彼の耳に口を寄せる。
「最近、鍛錬していないんです。負けたら格好がつきません」
クリスティーナが赤くなりながら小声で言うと、ブルクハルトが静かに笑った。令嬢らしく暮らすつもりでいたので剣術をサボっていた。ただでさえ療養で筋力が落ちているので、いつものように動けば怪我をする恐れもある。
「じゃあ、任せろ」
ブルクハルトは小声で言って、クリスティーナの頬をプニッとつねった。クリスティーナは全然痛くない頬を抑えて笑う。ブルクハルトに『任せろ』と言われたら、どうするのか分からなくても安心する。
「ティーナと戦いたいなら、俺を倒してからにしろ」
「兄ちゃん戦えるの?」
「ああ。俺はティーナの婚約者でブルクハルトという。ティーナの護衛騎士でもあるから、それなりに鍛えている」
「護衛騎士?」
「「「護衛騎士!!」」」
クリスティーナの疑問の声は、少年たちの歓声に掻き消された。皆、『護衛騎士』という言葉が気に入ったらしい。ブルクハルトは憧れの眼差しを受けながら、少年の一人から模擬剣を受け取っていた。
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