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番外編:幼い日の記憶 〜二人の出会いの物語〜
19.ペンダント
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伯爵邸の門をくぐると、ブルクハルトが立ち止まって、クリスティーナを振り返る。
「もう少しだけ、時間を貰っても良いか?」
「はい……うん。大丈夫よ」
クリスティーナが敬語に戻りかけて言い直すと、ブルクハルトが優しく笑う。クリスティーナは照れながら前庭にあるベンチに案内して、二人で並んで腰掛けた。
「渡したい物があるんだ」
「渡したいもの?」
ブルクハルトがゴソゴソとポケットから取り出したのは、小さな革張りの箱だった。高級感漂う箱は、10歳の少年のポケットに直接入れて良い物には見えない。
「ティーナにやる」
ブルクハルトはそう言って、箱を無造作にクリスティーナの膝にのせる。ブルクハルトの青い瞳は、あっさりとした口調のわりに緊張で揺れていた。クリスティーナは細工の美しい箱を恐る恐る手に取る。
「開けても良い?」
「ああ」
クリスティーナはつられて緊張しながら、金具をカチリと外した。ブルクハルトがソワソワした様子で見守っている。箱を開けて出てきたのは、青く光るペンダントだった。
「きれい……。もしかして、これって……」
一見すると螺鈿細工のようだが、輝く色には見覚えがある。あの日、あの森で、クリスティーナを守るように魔獣に立ちはだかった青龍の逞しい背中を思い出す。
「ティーナが会った青龍の鱗で作られている。その……森でのことを思い出して嫌だったら捨ててくれ」
ブルクハルトが何とも言い難い表情でボソリと言う。『捨ててくれ』と言いながら、それを恐れているようだ。もちろん、ブルクハルトに初めてもらった贈り物を捨てるだなんて、クリスティーナにはありえない。
「大切にするね。素敵な贈り物をありがとう」
「そ、そうか。俺の方こそ、ありがとう」
ブルクハルトはそう言って、安心したように微笑む。クリスティーナは頬が赤くなるのを感じて、キラキラと輝くペンダントに視線を落とした。
「付けて良い?」
「もちろん」
クリスティーナがペンダントの金具に手間取っていると、ブルクハルトが代わりに付けてくれる。近すぎる距離が恥ずかしい。
「すごく複雑な模様ね。角度によって光り方が違うみたい」
「あ、ああ。ヴェロキラ家の伝統模様からティーナに合いそうなものを選んだんだ。その……俺の一族では婚約者に龍の鱗を使ったペンダントを贈る習わしがあってさ」
「えっ? 婚約の証ってこと?」
「まぁ、うん」
ブルクハルトが気まずそうに頷く。やはり、ポケットに直接入れて良い物ではなかったようだ。よく見ると、ペンダントの入っていた革の箱には辺境伯家の紋章が箔押しされている。
「それなら、捨てても良いとか言わないでよ!」
クリスティーナはつい責めるような言い方をしてしまう。クリスティーナにとって大切な婚約を軽く扱われた気がして悲しかった。親しく過ごしていても、所詮は政略的な婚約だ。
「ごめん。でも、ティーナはあの日のこと、まだ怖いんだろう? 青龍に関わるものが近くにあると思い出して辛いかと思って……」
「……」
「ティーナ?」
クリスティーナが黙っていると、心配そうに顔を覗き込まれた。ブルクハルトには魔獣に怯えていることが伝わっていたようだ。
「正直言うとね、熊の魔獣はまだ怖いの。でも、青龍のことを思い出しても辛くないよ。私のことを助けてくれたんだもの」
「そうか」
ブルクハルトはそれだけ言って、クリスティーナを励ますように手を重ねて握ってくれた。そのことで、クリスティーナは自分の手が震えていることに気づく。
「このまま戦えなくなっちゃったら、どうしよう」
クリスティーナはブルクハルトの優しさに甘えて、つい弱音を吐いてしまう。今の状況は軽率な行動をとったクリスティーナ自身のせいだ。婚約を言い訳に剣術の練習を休んでも、本当の理由は誰にも話せずにいた。
「もし、そうなっても俺が守ってやるから心配するな。俺は今日からティーナの『護衛騎士』だしな」
「護衛騎士?」
「そうだ。任せろ」
ブルクハルトがニカッといたずらっぽく笑うので、クリスティーナもつられて笑ってしまう。いつの間にか手の震えも止まっていた。
「……やっぱり、また戦えるようになりたいな。私の大事な特技だもの」
「そうか。頑張りたいなら、それでも良いよ。でも、一人で森には行くなよ。俺が付き合ってやるからさ」
「うん。その時はお願いね」
クリスティーナは、ブルクハルトの真剣な顔を見て素直に頷いた。ブルクハルトがそばにいてくれるなら、もう一度魔獣にも挑戦できる気がする。クリスティーナは不安だらけだった今後に希望が見えて泣きそうになった。
「約束だからな。伯爵に内緒で行くにしても、ちゃんと俺には言えよ。今度こそ俺が必ず守る。擦り傷一つ作らせないよ」
「ありがとう。なんか、本当の騎士様みたいね」
クリスティーナは、守るべきお姫様のように言われてドキドキしてしまう。『今度こそ』という言葉は、聞こえなかったことにした。
クリスティーナがブルクハルトに甘えるように身体を寄せると、力強い腕で抱きしめてくれる。青龍のときとは違って、ふわふわしたお腹ではないけど、クリスティーナを何より安心させてくれる温もりだ。
「別に無理して危険なことをしなくて良いからな。どうしても行きたくなったときの話だぞ。剣を持たなくてもティーナの魅力はいっぱいある。特技がほしいだけなら、一緒に安全な特技を探してやるからな」
「う、うん。分かったわ」
ブルクハルトの言葉は、こちらが本音のようだ。クリスティーナは、家族以上に過保護な婚約者に苦笑してしまった。
「もう少しだけ、時間を貰っても良いか?」
「はい……うん。大丈夫よ」
クリスティーナが敬語に戻りかけて言い直すと、ブルクハルトが優しく笑う。クリスティーナは照れながら前庭にあるベンチに案内して、二人で並んで腰掛けた。
「渡したい物があるんだ」
「渡したいもの?」
ブルクハルトがゴソゴソとポケットから取り出したのは、小さな革張りの箱だった。高級感漂う箱は、10歳の少年のポケットに直接入れて良い物には見えない。
「ティーナにやる」
ブルクハルトはそう言って、箱を無造作にクリスティーナの膝にのせる。ブルクハルトの青い瞳は、あっさりとした口調のわりに緊張で揺れていた。クリスティーナは細工の美しい箱を恐る恐る手に取る。
「開けても良い?」
「ああ」
クリスティーナはつられて緊張しながら、金具をカチリと外した。ブルクハルトがソワソワした様子で見守っている。箱を開けて出てきたのは、青く光るペンダントだった。
「きれい……。もしかして、これって……」
一見すると螺鈿細工のようだが、輝く色には見覚えがある。あの日、あの森で、クリスティーナを守るように魔獣に立ちはだかった青龍の逞しい背中を思い出す。
「ティーナが会った青龍の鱗で作られている。その……森でのことを思い出して嫌だったら捨ててくれ」
ブルクハルトが何とも言い難い表情でボソリと言う。『捨ててくれ』と言いながら、それを恐れているようだ。もちろん、ブルクハルトに初めてもらった贈り物を捨てるだなんて、クリスティーナにはありえない。
「大切にするね。素敵な贈り物をありがとう」
「そ、そうか。俺の方こそ、ありがとう」
ブルクハルトはそう言って、安心したように微笑む。クリスティーナは頬が赤くなるのを感じて、キラキラと輝くペンダントに視線を落とした。
「付けて良い?」
「もちろん」
クリスティーナがペンダントの金具に手間取っていると、ブルクハルトが代わりに付けてくれる。近すぎる距離が恥ずかしい。
「すごく複雑な模様ね。角度によって光り方が違うみたい」
「あ、ああ。ヴェロキラ家の伝統模様からティーナに合いそうなものを選んだんだ。その……俺の一族では婚約者に龍の鱗を使ったペンダントを贈る習わしがあってさ」
「えっ? 婚約の証ってこと?」
「まぁ、うん」
ブルクハルトが気まずそうに頷く。やはり、ポケットに直接入れて良い物ではなかったようだ。よく見ると、ペンダントの入っていた革の箱には辺境伯家の紋章が箔押しされている。
「それなら、捨てても良いとか言わないでよ!」
クリスティーナはつい責めるような言い方をしてしまう。クリスティーナにとって大切な婚約を軽く扱われた気がして悲しかった。親しく過ごしていても、所詮は政略的な婚約だ。
「ごめん。でも、ティーナはあの日のこと、まだ怖いんだろう? 青龍に関わるものが近くにあると思い出して辛いかと思って……」
「……」
「ティーナ?」
クリスティーナが黙っていると、心配そうに顔を覗き込まれた。ブルクハルトには魔獣に怯えていることが伝わっていたようだ。
「正直言うとね、熊の魔獣はまだ怖いの。でも、青龍のことを思い出しても辛くないよ。私のことを助けてくれたんだもの」
「そうか」
ブルクハルトはそれだけ言って、クリスティーナを励ますように手を重ねて握ってくれた。そのことで、クリスティーナは自分の手が震えていることに気づく。
「このまま戦えなくなっちゃったら、どうしよう」
クリスティーナはブルクハルトの優しさに甘えて、つい弱音を吐いてしまう。今の状況は軽率な行動をとったクリスティーナ自身のせいだ。婚約を言い訳に剣術の練習を休んでも、本当の理由は誰にも話せずにいた。
「もし、そうなっても俺が守ってやるから心配するな。俺は今日からティーナの『護衛騎士』だしな」
「護衛騎士?」
「そうだ。任せろ」
ブルクハルトがニカッといたずらっぽく笑うので、クリスティーナもつられて笑ってしまう。いつの間にか手の震えも止まっていた。
「……やっぱり、また戦えるようになりたいな。私の大事な特技だもの」
「そうか。頑張りたいなら、それでも良いよ。でも、一人で森には行くなよ。俺が付き合ってやるからさ」
「うん。その時はお願いね」
クリスティーナは、ブルクハルトの真剣な顔を見て素直に頷いた。ブルクハルトがそばにいてくれるなら、もう一度魔獣にも挑戦できる気がする。クリスティーナは不安だらけだった今後に希望が見えて泣きそうになった。
「約束だからな。伯爵に内緒で行くにしても、ちゃんと俺には言えよ。今度こそ俺が必ず守る。擦り傷一つ作らせないよ」
「ありがとう。なんか、本当の騎士様みたいね」
クリスティーナは、守るべきお姫様のように言われてドキドキしてしまう。『今度こそ』という言葉は、聞こえなかったことにした。
クリスティーナがブルクハルトに甘えるように身体を寄せると、力強い腕で抱きしめてくれる。青龍のときとは違って、ふわふわしたお腹ではないけど、クリスティーナを何より安心させてくれる温もりだ。
「別に無理して危険なことをしなくて良いからな。どうしても行きたくなったときの話だぞ。剣を持たなくてもティーナの魅力はいっぱいある。特技がほしいだけなら、一緒に安全な特技を探してやるからな」
「う、うん。分かったわ」
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