上 下
37 / 37
一章 ユリア公爵令嬢

エピローグ 王立学園へ

しおりを挟む


 ユリアが初めて日光シュラ王立学園に行く日である。

 朝、バタバタバタバタと別荘はかつてない騒がしさを見せていた。

 まず、したくを早くしなければならない。本館から通うならば距離が短くて済むのだが、ユリアを後継に据えておきたい貴族の企みをするりとかわすためである。
 朝から兄たちが押しかけてきた。ユリアのメイクが崩れたと聞いたら、再び直さないと彼らの気が済まないらしく、今日の気分を聞いてすこしだけ目尻の上がった猫のような瞳を作ってくれた。
 そして、従業員たちも自分の身支度に忙しかった。メアリ、ジニーはしばらくの新入生の体調を整えるための使用人として、ひと月ほど付き添うことが認められている。

 そしてダンはなんと、編入試験を受けさせられて第二の平民特待生として入学することが決まった。試験を受けさせる裏金を積んだ。
 兄たちの制服のお下がりを「足が長すぎるなぁさすが貴族様!」とぶつくさ文句をいいながら着付けており、裾を折り返すことでなんとか程よい見栄えを保った。
 そんな彼の顔をユリアはつい眺めてしまった。
 少々整っているくらいの顔なので貴族の中に入っても悪目立ちはしなさそうだ。なまいきな表情を作りがちだが、それよりも別の問題がある。

「若返りの魔法だなんて、ねえ……。そんなもの、淑女のみなさんが喉から手が出るほど欲しがっている禁薬じゃないのかしら」

「そんなものはありませんよ。あるわけないでしょう。執事が若い顔になったことをあなたはお兄様方にからかわれただけですよ。当のお兄様方が、しがない執事に魔法をかけてくださったんです。それでこのような顔になっているだけ。なぜなら……ユリアお嬢様は他のグループがとっくに出来上がっている集まりの場に後からスムーズに溶け込むことがお得意ではないでしょうから。サポートをせよとのことです」

「気を回してくれたお兄様とあなたに感謝だわ。……。同級生だからこれくらい、いいわよね。そんなに横目で見ないでよ。ああ、特待生といえば、空上モモさんとの話の種にもなりそうね」

「そんなに気にかけてやることないと思いますけれどね」

「王子殿下がおっしゃっていらしたの。平民特待生は今後国の財産になるかもしれないのだから声をかけて差し上げて、って」

「そりゃあお人が悪いことで」

「なんてこというの!」

「気兼ねのいらない同級生なんでしょう」

「私、気苦労をしないために、ダンを連れていくはずなのよね……?」

 頭の上にクエスチョンマークをいくつもつけながらユリアは馬車に押し込まれる。時間がないのだ。昨日までのんびりと牧草を食んでいた馬たちがうそのようにハツラツと嘶き、蹄は今にも地面に打ち付けられそうである。押し込まれる荷物で馬車の中はいっぱいになり、そこからユリアを守るようにメアリとジニーは隣に座ってくれた。
 だからユリアは、守らなくては、と鏡をみて返すように思うのだ。もう、鏡をみるのは怖くない。この鏡ならば。
 胸にノブリス・オブリージュを育てていく。

「そうだ、メガネの表面を綺麗に拭いてちょうだいな。ダンがやったらなぜかぴかぴかに輝くようなのだもの」

「もともとの持ち主に媚びているんでしょうかね。このメガネ──」

 拭いて返されたものをユリアがつけると、なんとダンの姿が光っているように見える。

 それは、ダンが攻略対象キャラクターだということなのだろうか。いや、黒髪と制服の合わせ技によってこのメガネがそのように誤解したような可能性もある。だって攻略対象キャラクターとしての情報が見えてこないのだから。

 いたずらに増えてしまった情報を、ユリアは頭の中でできるだけすっきりと整理することに努めた。それだけはどれほど煩雑な状況下でもこなせる。

 乙女ゲームを映すメガネによると、【混ざりけのないストレートの黒髪と黒い瞳の学園生】が【どこかの重要人物】として今後活躍するようだ。それは【空上モモに影響を及ぼす】ならびに【ストーリー上の幕引きに関係する】。
 ……ということを覚えておこう。


 王立学園の門が見えてくる。
 ここをくぐると桜が満開になってユリアを迎えた。
 どのような加護をいつ授かることになろうとも、その使い道は自分で決められるように努めたいと思います。そのようにユリアは指を組み合わせて祈るように思った。ただ与えられて言いなりになる人ではないと、そのように瞳に込める。それから自分の分の学生鞄をうけとると指でしっかりと掴んだ。
 これで王立学園生のスタイルは完成する。新しい道を始めるんだという意志はユリアの胸の中にしっかりと根を下ろした。

 そして。

 ユリアの登校を知らされていた一年生の生徒会候補生たちが玄関先で迎えのために立っている。

 彼らの頭上に【好感度ゲージ】が現れているのを二度見して、ユリアは目を擦りその化粧の崩れるのをダンに注意されてしまうのだった。




 学園長室。壁中に金がはられていて太陽の光をそのままここに閉じ込めたかのようなところ。純金の重鈍な机には何重にも重ねられた立派な服の袖口が、そこから枯れ木のような渋みのある手が祈るように重ねられている。その爪はやはり金に塗られている。頭を覆う布からこぼれ落ちたのも見事な金髪であった。
 ノックなく、部屋の扉が開く。

「学園長。遅れていた生徒が本日から登校することをこのノートに書き加えさせていただきますね」

 事務員の紋章を襟元につけた男が、机からノートを引っ張り出すとさらさらと書き記した。そこには生徒のことがそれは詳細に記されている。

「失礼します」

 トントントン。ノックとともに、スバルの声がわずかに緊張を含んでかけられた。
 男はノートをしまった。
 そしてやってきた少年を意味深に見下ろすと、おそらく柔和だとか優しそうだとか称されるだろう微笑みを浮かべて対峙した。対応する笑みを返すことがなかったスバルは、

「その机の中を改めさせていただきましょう」

「……なぜ?」

「不要なほど学園の情報を記録しているものがあると情報が入ったためです。そのような場合、この王立学園の生徒会が真偽を確かめることになっている。そこを退いて壁際に手をついてもらいますよ」

 ノートを押収すると中をあらためて「あなたは解雇です」とスバルは宣言した。

 その事務員が去っていくときに悔しそうな顔を見せたのを分析し、太陽の神様にそのような感情を持ててしまう貴族が増えていることを自認する。
 そしてこの情報を天啓として得たのだというユリアのことを思い出す。不器用につっかえながら伝えてきたあの焦りようを。それをみれば先の貴族を裏切って告発したのではないだろうけど。

「君はどういう人なんだろう。分かりかけたら、またすぐに分からなくなる。信用してもいいんだろうか。……。私は信用したいのだろうな、誰かを、それはできれば君がいいとも。婚約者なのだしね。でも、君が一番危ない相手だと考えてもしまう」

 スバルは息を吐き、ノートをめくる。
 しばらく目で文字を追った。
 それから証拠品として持ち出していく。

 太陽を見上げる。

「"日光の神様"」

 視線を下ろす。

「国王陛下。あなたがた親世代のような失敗を私たちはくり返さない。新世代の働きをここからみていて下さい」

 扉を開けてスバルは外に向かう。


※ここまでが一章
 二章は夏に投稿します。
 全四章の予定です。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...