96 / 184
第四章
塞翁が馬22
しおりを挟む月に向かい消えていく光へと手を伸ばして、はっとして手元を見ると、先程まで男が身に付けていた黒衣の衣服だけを握っていた。
「あの方は月へと導かれたのです。そして貴方も」
気が付くと辺りはすっかり元の世界を取り戻し、自分は真っ赤な玉座の前でただ呆然と立ち竦む。
「……なぜ《俺》はここにいるんだ? どうして俺が……本当に殺す必要があったのか? 他に方法はなかったのか?」
自分でもワケの分からない感情に、残されたそれだけをただただ強く握りしめ、声になるかならないかの声を「どうして、何故」ともう一度呟いたところで、城の外が騒がしくなった。
「……どうやら目覚めたようですね」
声のする方へ視線を向け、ハクイは立ち上がる。
「時期に貴方が眠らせた全ての者が目覚める事でしょう」
そして静かな、けれども強い意思をもった瞳で此方を見据える。
「前王は歴代の王の中でも素晴らしいお方でした。そして長きにわたり民に慕われ民の為に生き、民に愛された。あの方が素晴らしければ素晴らしい程、新たな王の足枷になる。民に慕われぬ王は民を護れない」
「……何が言いたい」
(だから非道な王を演じたとでも言う気か)
「貴方は一生あの方の足元にも及びません。それでも」
続く言葉があの少女の声と重なった。
『貴方がこの地の魔族の王だからだわ』
「貴方がこの地の魔族の王なのです」
『ねぇレーヴ私ね。本当は怖かったのよ。とても小さな国のただの世間知らずの娘が、この大きな国を納める方の妃になるの。今までみたいに自由もきかなくなって、責任だってとても重いわ。だから本当は逃げ出したかった』
『けど、やっぱりやめたわ。だって私がこの地に来たのは意味があるんだもの、私はこの国の《人々の王妃》なんだわ』
『だから一緒に頑張りましょうよ』
(出来るだろうか俺なんかに)
『最後にいい事教えてあげる。王様の時はね。自分を《私》って言うといいのよ。そしたらね。きっと皆の王様に心が切り替わる筈だわ』
「私は……」
城の外がやけに騒がしい。
「どうやら新たな王の誕生を待ちわびているようですね」
ハクイのその言葉を聞きながら、握り締めていた黒衣の衣服を羽織る。
「……魔王さま?」
「行くぞ」
そう言ってバルコニーへと向かう。
途中、ポケットがカサリと鳴り、何かと思って手を入れれば袋があった。
あの少女から貰った花の種をしまった袋が――。
『この花はね。勇気の花よ。私のお気に入りの花。よく見て、種がなっているわ。その種を撒いて花が咲いた時にはきっと、私達は立派な《魔王と王妃》になっている。きっと』
「あぁきっと、そうなってみせる」
袋をポケットに戻して、今度こそ今か今かと待ちわびる民衆の前へと足を踏み出した。
2
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる