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「これは、どういう冗談ですか。」
男に問いかける。
図書館の隅に追いやられ羽交い締めだ。
オーリスは上位貴族の授業だ。
待ち時間に図書館に来ていた。
オーリスの借りた本を返しに来ただけなのに。
カウンターにこいつがいて、同居の甥っ子そっくりな顔にすぐ誰かわかった。
知らぬふりで受付を済ませ帰ろうとしたら入り口に鍵をかけられた。
館内に誰もいないからちょうどいいと仄めかして。
咄嗟に奥に逃げた。
奥のサンルームから出る算段を頭に思い描いたが、歩幅に負けた。
「冗談じゃない。」
「何にしろ分かりかねます。」
血縁上は甥っ子。
歳はこいつが三つ上。
出来上がった体格と壁に押し潰されてイラつく。
追われた拍子に捕まれてベールも取られた。
久々に学園で顔を晒した。
髪もほどけて半分落ちてる。
「家に入ったネズミを退治したい。私生児が貴族に潜り込んで何を企んでいる。」
忌々しげに睨まれて顎を乱暴に捕まれて顔を覗かれる。
「親父たちをたぶらかして。母親そっくりの手管なんだろう。」
内心舌打ちをした。
2年間、男爵家で過ごしたがこいつとは関わりがなかった。
高位貴族の使用人として働き、優秀さから卒業後は勤め先の推薦で王宮の高級文官として起用された。
「勝手に俺の勤め先の推薦まで手に入れて学園に潜り込みやがって。どぶねずみが。」
顎を強く握られ痛みに唇を引き締め歯を食い縛る。
声を出すつもりはない。
呼吸を乱すのも、弱ったところでやられる。
何でもない様に薄く目を閉じて感情を隠す。
「呻き声も出さないのか。可愛いげがない。」
「…もうすぐ、お嬢様の授業が終わります。そしたらこちらへいら、しゃます。」
嘘だ。
続けて2つある。
痛さに言葉が引っ掛かった。
「ちっ。」
態度と裏腹に顔を撫でられる。
その奇妙さに眉をしかめる。
先代当主と女の趣味は同じかと揶揄するのはやめておく。
まだ現状はこっちの不利だ。
オーリスの情報にはなかった。
こいつが図書館のカウンターを当番でやってること。
イベントとは違うのか。
「…くそ。」
顔にかかった髪を指で撫で付けられる。
その手の動きに心情を察する。
男爵家の男はこの顔に弱いらしい。
異母兄と甥っ子にも感じていたが、特にこいつの好みは先代似だな。
そんな男達の分かりやすい様子に、淡々と控えめに暮らしていたから、夫人も警戒を解いて私に目をかけてくれた。
私が屋敷でもっとも大事にしたのは夫人だ。
荒くなる息。
蔑むくせに熱っぽい視線。
どうしたもんかとひとりごちる。
顔を撫でていた手を下げて、ごそごそと体をまさぐられ総毛立った。
押し付けた体で服の上から密着させてくる。
咄嗟に押し返すと腕を取られた。
「どうせ、母親もなら。お前も娼婦だ。」
「…それがお望みですか。」
こいつは私達母子があばずれであってほしいのだな。
欲情するからやる言い訳がほしいだけか。
残念ながら母は娼婦ではない。
もとから体が弱くて閨に耐えられなかった。
結婚も無理。
でも、男に愛されてその人の子供が育てる経験がしたいから先代と。
ベッドから起きることもできなくても母親として死ぬまで私を愛した。
相手が年寄りでちょうど良かったのだ。
力を抜いた。
私の変化を怪訝そうに見つめる。
「認めるか。」
まさか。
抵抗すればするほど欲しくなるだろう?
機会を窺って大人しくしているだけだ。
「いいえ。」
ゆっくり体を押し退ける。
一歩下がったところですり抜ける。
落ちた髪を整えてベールの着いた帽子を拾った。
帽子のピンに抜けた髪の毛が絡んでいる。
乱暴に剥ぎ取られた時、痛かったのを思い出す。
いつ襲いかかるかおぞましかったが、怯めば押されるとわざと悠然とあしらった。
「性急な方は、好みではないので。」
「弟の方がいいか。それとも父親か。」
つまらん嫉妬を。
「…あなたと違って、二人は親切でお優しい。夫人も、家族として扱ってくださいます。男爵家に恩を返すだけです。」
鏡なしで身支度を整えた。
どこかで確認せねばならない。
「何かあれば夫人に相談します。」
寄ってくる気配に目を向けず答える。
「…すればいい。」
「それで簡単に手に入ると思ってらっしゃいますの?」
腕を捕まれて振り向かされる。
強情な男だ。
この粘り強さがあるから下位貴族のこの若さで高級文官までたどり着いたのだろう。
だが、女にまで同じことをするな。
鬱陶しい。
唇を合わせようとするのを手のひらを間に挟む。
「紅が崩れます。」
様子を窺いながら、ゆっくり顔を押し返す。
こちらからやっと目を向けて微笑むと、期待した眼差しがあった。
「汚いどぶねずみに。恥ずかしゅうございます。」
自分の言った言葉を思いだし、青ざめてる。
こんなことを言ったくせに、女が言うこと聞くわけないだろ。
やっと気勢が削げた。
鍵を開けろと言えば大人しく開けた。
最後にすまないと呟かれたが、無視する。
それより、夫人への報告をどうするかを考えた。
屋敷に帰って、手紙をしたためる。
全て正直に書いた。
おためごかしに次期当主の信頼を勝ち得ず申し訳無いと一言添えて。
戻ってきた手紙には謝罪と遠回しにガドとの結婚を尋ねる内容だった。
どうやら同じタイミングで手紙を出しているらしい。
角が立たぬように、男爵家への感謝を綴り、ガドの件は本人の態度次第でいつか許せるかもしれないと送った。
ついでにガドに、男爵家とは疎遠にするので学園でも構われるなと送る。
中にどぶねずみと娼婦の単語を織り込んで。
オーリスに図書館のイベントを尋ねるが、わからないと答えた。
「だいぶ、シナリオからずれたんじゃないか?」
オーリスのシナリオを信じるのは、実際に学園で似たことが起こるからだ。
今は単純に分岐点となるイベントは避けてる。
「そうかもしれない。でも、私の知らないルートかも。嫌だ、怖い。」
震えて泣くので膝にのせて抱き締める。
最近はここが定位置だ。
「不安なら遠くにやっていいよ。他国でもどこでも。」
どこでも生きていける自信はある。
その方が安心だろうに嫌がる。
いてほしいなら泣くなと叱っていつも終わる。
侍女というより子守りの仕事だ。
首に顔を埋めてくるのでオーリスの髪に鼻を埋めて匂いを嗅いだ。
子供よりいい香りがするから好きだった。
薬の臭いもしない。
安心する。
男に問いかける。
図書館の隅に追いやられ羽交い締めだ。
オーリスは上位貴族の授業だ。
待ち時間に図書館に来ていた。
オーリスの借りた本を返しに来ただけなのに。
カウンターにこいつがいて、同居の甥っ子そっくりな顔にすぐ誰かわかった。
知らぬふりで受付を済ませ帰ろうとしたら入り口に鍵をかけられた。
館内に誰もいないからちょうどいいと仄めかして。
咄嗟に奥に逃げた。
奥のサンルームから出る算段を頭に思い描いたが、歩幅に負けた。
「冗談じゃない。」
「何にしろ分かりかねます。」
血縁上は甥っ子。
歳はこいつが三つ上。
出来上がった体格と壁に押し潰されてイラつく。
追われた拍子に捕まれてベールも取られた。
久々に学園で顔を晒した。
髪もほどけて半分落ちてる。
「家に入ったネズミを退治したい。私生児が貴族に潜り込んで何を企んでいる。」
忌々しげに睨まれて顎を乱暴に捕まれて顔を覗かれる。
「親父たちをたぶらかして。母親そっくりの手管なんだろう。」
内心舌打ちをした。
2年間、男爵家で過ごしたがこいつとは関わりがなかった。
高位貴族の使用人として働き、優秀さから卒業後は勤め先の推薦で王宮の高級文官として起用された。
「勝手に俺の勤め先の推薦まで手に入れて学園に潜り込みやがって。どぶねずみが。」
顎を強く握られ痛みに唇を引き締め歯を食い縛る。
声を出すつもりはない。
呼吸を乱すのも、弱ったところでやられる。
何でもない様に薄く目を閉じて感情を隠す。
「呻き声も出さないのか。可愛いげがない。」
「…もうすぐ、お嬢様の授業が終わります。そしたらこちらへいら、しゃます。」
嘘だ。
続けて2つある。
痛さに言葉が引っ掛かった。
「ちっ。」
態度と裏腹に顔を撫でられる。
その奇妙さに眉をしかめる。
先代当主と女の趣味は同じかと揶揄するのはやめておく。
まだ現状はこっちの不利だ。
オーリスの情報にはなかった。
こいつが図書館のカウンターを当番でやってること。
イベントとは違うのか。
「…くそ。」
顔にかかった髪を指で撫で付けられる。
その手の動きに心情を察する。
男爵家の男はこの顔に弱いらしい。
異母兄と甥っ子にも感じていたが、特にこいつの好みは先代似だな。
そんな男達の分かりやすい様子に、淡々と控えめに暮らしていたから、夫人も警戒を解いて私に目をかけてくれた。
私が屋敷でもっとも大事にしたのは夫人だ。
荒くなる息。
蔑むくせに熱っぽい視線。
どうしたもんかとひとりごちる。
顔を撫でていた手を下げて、ごそごそと体をまさぐられ総毛立った。
押し付けた体で服の上から密着させてくる。
咄嗟に押し返すと腕を取られた。
「どうせ、母親もなら。お前も娼婦だ。」
「…それがお望みですか。」
こいつは私達母子があばずれであってほしいのだな。
欲情するからやる言い訳がほしいだけか。
残念ながら母は娼婦ではない。
もとから体が弱くて閨に耐えられなかった。
結婚も無理。
でも、男に愛されてその人の子供が育てる経験がしたいから先代と。
ベッドから起きることもできなくても母親として死ぬまで私を愛した。
相手が年寄りでちょうど良かったのだ。
力を抜いた。
私の変化を怪訝そうに見つめる。
「認めるか。」
まさか。
抵抗すればするほど欲しくなるだろう?
機会を窺って大人しくしているだけだ。
「いいえ。」
ゆっくり体を押し退ける。
一歩下がったところですり抜ける。
落ちた髪を整えてベールの着いた帽子を拾った。
帽子のピンに抜けた髪の毛が絡んでいる。
乱暴に剥ぎ取られた時、痛かったのを思い出す。
いつ襲いかかるかおぞましかったが、怯めば押されるとわざと悠然とあしらった。
「性急な方は、好みではないので。」
「弟の方がいいか。それとも父親か。」
つまらん嫉妬を。
「…あなたと違って、二人は親切でお優しい。夫人も、家族として扱ってくださいます。男爵家に恩を返すだけです。」
鏡なしで身支度を整えた。
どこかで確認せねばならない。
「何かあれば夫人に相談します。」
寄ってくる気配に目を向けず答える。
「…すればいい。」
「それで簡単に手に入ると思ってらっしゃいますの?」
腕を捕まれて振り向かされる。
強情な男だ。
この粘り強さがあるから下位貴族のこの若さで高級文官までたどり着いたのだろう。
だが、女にまで同じことをするな。
鬱陶しい。
唇を合わせようとするのを手のひらを間に挟む。
「紅が崩れます。」
様子を窺いながら、ゆっくり顔を押し返す。
こちらからやっと目を向けて微笑むと、期待した眼差しがあった。
「汚いどぶねずみに。恥ずかしゅうございます。」
自分の言った言葉を思いだし、青ざめてる。
こんなことを言ったくせに、女が言うこと聞くわけないだろ。
やっと気勢が削げた。
鍵を開けろと言えば大人しく開けた。
最後にすまないと呟かれたが、無視する。
それより、夫人への報告をどうするかを考えた。
屋敷に帰って、手紙をしたためる。
全て正直に書いた。
おためごかしに次期当主の信頼を勝ち得ず申し訳無いと一言添えて。
戻ってきた手紙には謝罪と遠回しにガドとの結婚を尋ねる内容だった。
どうやら同じタイミングで手紙を出しているらしい。
角が立たぬように、男爵家への感謝を綴り、ガドの件は本人の態度次第でいつか許せるかもしれないと送った。
ついでにガドに、男爵家とは疎遠にするので学園でも構われるなと送る。
中にどぶねずみと娼婦の単語を織り込んで。
オーリスに図書館のイベントを尋ねるが、わからないと答えた。
「だいぶ、シナリオからずれたんじゃないか?」
オーリスのシナリオを信じるのは、実際に学園で似たことが起こるからだ。
今は単純に分岐点となるイベントは避けてる。
「そうかもしれない。でも、私の知らないルートかも。嫌だ、怖い。」
震えて泣くので膝にのせて抱き締める。
最近はここが定位置だ。
「不安なら遠くにやっていいよ。他国でもどこでも。」
どこでも生きていける自信はある。
その方が安心だろうに嫌がる。
いてほしいなら泣くなと叱っていつも終わる。
侍女というより子守りの仕事だ。
首に顔を埋めてくるのでオーリスの髪に鼻を埋めて匂いを嗅いだ。
子供よりいい香りがするから好きだった。
薬の臭いもしない。
安心する。
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