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失言

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ふたりが喧嘩する横でエヴはこっそりとペリエ嬢に話しかけている。
二人とも目を丸くしていたのに、知らんふりするつもりのようだ。
「ワイバーンに乗るんですか?」
「無理よ、怖いわ」
「そうなんですか?私は乗ってみたいです。怖いかなぁ。乗れたら格好いいですよね?」
乗せてくれないかなぁと呟いて、ペリエ嬢がやる気になった。
「お父様!叔父様!ワイバーンに乗せてくださいませ!」
「え?!」
「乗るのか?!」
驚愕の二人にジェラルド伯も目を丸くした。
「はい!乗れますわ!そのくらい!」
「いいなぁ、私も乗りたい」
「いいわよ!乗りなさい!明日にでも王都に連れていってあげる!」
「本当ですか?行ってみたいです」
「ええ!もちろんよ!皆に紹介するわ!私の大事な人だって」
喜ぶエヴの顔に舞い上がっていた。
「エヴ!」
今度はジェラルド伯が慌てる番だ。
私も思わず椅子から腰が浮いたが、無理な理由を諭せば大人しくなると算段をつけてゆっくり腰を落とした。
「ペリエ、いいのか?怖がっていたじゃないか」
「エヴ、待ちなさい。明日王都に行くなど、」
それぞれの娘を囲んでやいのやいのと大騒ぎになる。
「ちょっと乗るだけです。明日の午前中はお仕事もあるとお話ししてないから無理と知らないんですよ。それよりお父様、お食事中に席を立つのはいけないんでしょう?だめですよ?」
「叔父様、私を見直してもらうチャンスなんです!絶対に乗ります!進展しないんです!」
おっとりあしらうエヴと熱意で押しきるペリエ嬢に双方の保護者が白旗をあげた。
「お姫様、明日楽しみですね?」
「ええ、本当に。あなたが私と一緒に行ってくれるなんて夢みたい」
「でも午前中は討伐があるので午後でいいですか?」
「さすがに朝から行かないと王都にたどり着けないわ。だめよ、許さ、な」
「じゃあ、また今度乗せてくださいね」
お仕事優先ですと間髪入れずに断った。
なのに、嫌だとぐずぐずとごねるペリエ嬢の様子からエヴの眉間に亀裂が入る。
「お仕事の邪魔するのはお友達じゃないです。残念ですけど、お付き合いはなかったことに、」
「ご、午後でいいわよぉ!そんなに怒らなくてもいいじゃない?ねぇ、」
エヴがツンとすねてそっぽを向くのを必死に猫なで声でご機嫌を取っている。
その様子にますます大公が不機嫌になり今度はエヴに食って掛かった。
「ペリエがここまで言っているのに、やはりお前の娘だ!可愛いげがない!」
1日休むくらいなんだと怒鳴り付けた。
「たかだか小娘一人いてもいなくてもどうにでもなろう。どうでもいい平民ごとき死のうがどうでもいい。大袈裟に騒いで金をむしられた上に王家の末姫をコケにされて黙っていられるか!不愉快だ!」
唾を飛ばす大公に、エヴの眉間には亀裂が深くなる。
「ならお帰りください。お金を積んでも二人の怪我は治らないんですから。お姫様とは約束だから仲良くしようと思ったけど、私が忙しいのは二人の分を頑張ってるからです。分かってもらえなくてがっかりしました」
吐くほどがんばってるのにと付け足して、むっと唇を突き出すと大公とペリエ嬢を交互に睨む。
「二人の怪我はお姫様のせいですよね?私が番なのが嫌だったから殺そうとしたんでしょう?そうやって思い通りにしようとするのは悪い癖です。迷惑です。嫌いです」
「…ごめんなさい」
「嫌われるのが嫌だからとただ謝るのは嫌いです」
「う、」
手厳しいエヴの言葉にペリエ嬢の目に涙が溜まる。
大公がペリエ嬢を抱きしめてまた強くテーブルを叩いた。
「たかが、平民だ!王家筋の姪に何の非がある!」
「たかが?その平民三人がいたから黒獅子をやっつけました。身分に関係なく皆でスタンビートを乗り越えて。もう一人の怪我した人も水辺の大型を倒せるすごい人なのに。二人とも国を守ってきたのに大公閣下はそんなことを言うんですか?先の陛下なのに?」
ぱきん、ぱきん、と小さく金鳴りが聞こえ始めた。
「黙れ!小娘!私に逆らうとどうなるか分からんのか?!」
「お、叔父様!やめて!」
「退きなさい!」
泣いていたペリエ嬢がエヴの浮き出た紋様に血相変えてすがるが、突き飛ばす勢いで宰相に押し退け、テーブル越しにエヴへ肩を怒らせて睨み付ける。
「片田舎の、クレインの小娘が、王家に逆らうなど許さぬ!私が王家の意思だ!下々の些細なことに煩わせた非礼をどうする気だ」
大型や黒獅子を相手にしたエヴにとって怯むことない相手だ。
座ったまま睨み返している。
この喧騒のとめ時を探って荒れた晩餐を見つめた。
「なんだ、その醜い顔は。緑の筋が浮かん出来ておる」
なんと気味が悪いと顔に浮いた紋様を見下し顔をしかめた。
その言葉を聞いた瞬間、ジェラルド伯も私も、ロバート殿も後ろのヤンも金鳴りが部屋に響いた。
強い発光と聞いたことのないぎぃぃんと長く幾重にも重なる金属音に宰相がキョロキョロと私達を見比べおののいている。
「お止めください、大公っ、お願いですから、」
「やかましい、先の王である私がこのような輩共に良いようにされて。それでもお前は国を守る臣民かっ、この役立たずめ!」
妹の夫でなければ鞭で叩いて捨て置くのにと怒鳴り付けペリエ嬢を支えるのを無視して屈辱に歪む宰相の肩を突き飛ばした。
「下々の者が国に尽くすのは当然のことだ。王家のもっとも尊い私達と比べれば、平民のひとりふたりに何かあろうと構うことない。いち貴族に過ぎないそなたらとて同じだ」
「…何と言うことを。…大公、口を慎み、ください」
鼻であしらう尊大な大公に肩を震わせた宰相は目をつり上げて声を絞り出した。
「…ふん、相変わらずであられる」
ジェラルド伯は慣れた様子でそんな大公を冷たく見据えて呟いた。
「…何それ?…ひどい」
信じられないとわななくエヴが呻きながら声を絞り出す。
「身分に関係なく沢山亡くなって。私も怪我した二人も、ここにいる人は死ぬかもしれない気持ちで毎日働いてるのに。大公は彼らを安否を気遣うより、そんなことを考えてるなんて、それが王家の、陛下も同じ考え方ならひどい、こんな国、だいっ、き」
ぱちん、と頬を叩いた。
「…あ、」
横に項垂れていたが、ぽかんとした顔を私へ向けた。
「それは陛下への不敬だ。やめなさい」
陛下より賜った臨時兵団団長に告ぐと付け足すと隣のロバート殿もエヴの肩を掴んで厳しく見つめていた。
ゆるゆると瞳をさ迷わせ、ロバート殿の叱責を含めた態度を知ると静かに首肯した。
「…はい、失礼をいたしました。また失言、を」
愁傷に頭を下げると、大公はふんと鼻を鳴らしてますます居丈高な態度を露にする。
私の態度に味方となったと誤解している。
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