逆デスゲーム

長月 鳥

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みんなで楽しい昼食を

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 「いい加減にしてよっ、なんなのよっ」
 トキネさんの叫びに誰も口を開こうとしない。
 いや、俺みたいに口を開くことができないのかもしれない。

 2度目のライフ減少、このゲームにおいてはそれは普通に考えて有り得ない。
 この所業に一体何の意味がある? ただの悪戯? 万が一、次の問題で意図せず間違えたボタンを押したりしたらどうするつもりなんだ? 賞金が1億円減るんだぞ?
 いいや、そんなお金のことなんて二の次だ。
 トキネさんが死ぬかもしれない。それをみんな分かっているはずだ。悪戯で済まされるわけがない。

 「誰だか分かりませんが、度が過ぎますよ。トキネさんに謝って下さい」
 俺はまた口火を切った。切らざるを得なかった。それが自分の身の潔白を晴らすためだと思われたとしても、止めることは出来ない。

 「私じゃありません」アカネちゃんが俺に続いて口を開く。
 「僕でもない」サトシさんは首を振る。
 「私も違うわ」ツカサさんが口を尖らせて言う。
 「僕も」アンジさんが不安そうな表情で言った。
 「もちろん私もです」堂々としたオオバさん。
 「そんなことするわけないだろ」ホンマが最後に言い放った。

 「ホンマさん、正直に答えて下さい。そうすれば怒りませんから」
 トキネさんは、ホンマの名前を出した。
 「はぁ? お前ふざけんな、なんで俺なんだよ」
 ホンマが鬼の形相で返した。
 こんなことを思うのは道徳的ではないのかもしれないけれど、この無意味な悪戯を実行できる人間がこの中にいるとしたら、俺もその名前を出したかもしれない。

 「あなたしかいませんよ、酷いです。私が、あなたに何かしましたか? したのなら直接言えばいいじゃないですか、なんでこんな悪ふざけするんですか、どれだけ怖いと思っているんですか、お願いですから、もうやらないと誓って下さい」
 身を乗り出して叫ぶトキネさん。
 「俺じゃねぇつってんだろ、こんなアホらしいことで賞金を減らすと思ってんのか? 冗談じゃねぇぞ。お前が死のうが俺には関係ねぇが、賞金が減るリスクはとらねぇ。俺は10億貰ってここを出る。そのためならどんな茶番にだって付き合うつもりだ」
 たぶんホンマの本音だろう、けど命とお金を天秤にかけるのは間違っている。

 「今、私が死んでも関係ないって言いましたよね? それがあなたの本心なんですよ、人のことをバカにして命の価値もわからず追いつめて、それで相手がどうなろうと関係ないって言って、裏で笑っているんです。そんなの人間じゃない、魔物ですモンスターです」
 息を荒げ声が裏返るトキネさん。
 「少しでも良心があるのなら謝ったら? もう十分楽しんだでしょ?」
 そう言ったツカサさんは、冷たい目でホンマを睨んだ。
 「てめぇらマジふざけんなよ、俺を罪人みたいに扱いやがって……」
 怒りを露わにしたホンマだったが、何かに気付き言葉を止め、そしてサトシさんを見て、こう言った。

 「最初っから居るじゃねぇか、命の価値が分からねぇ人殺しがよぉ」

 サトシさんは反論しなかった。
 でも、それで良かったのかもしれない。罪を犯したのは事実なのだろう、ここを出て検索すれば誰でも分かることなのかもしれない。
 それでも、今ここに居るみんなはサトシさんが声を上げなくても責めることなんてしない。
 そう思っていたのに。

 「あなたなんですか?」
 トキネさんは軽蔑の眼差しをサトシさんに向ける。
 「そんなことしません」
 サトシさんは首を横に振る。
 「嘘つけよ、殺しを楽しもうとしてんじゃねぇのか?」
 ホンマの顔は真剣だけど、どこか楽しそうにしている。
 
 「やめろっ、そんなわけないだろ。お前もサトシさんに助けられたじゃないか」
 俺はそれが許せなかった。
 「助けられたっけなぁ? 隣で俺らが死にそうなのを楽しんでたんじゃねぇの?」
 「最低最悪な野郎だな」
 だから俺は全力でホンマを否定した。

 「いいかよく聞けよトーゴ
 金は俺を裏切らない、だから俺も金を裏切らない。
 俺はその女を失格にするつもりは無いし、
 人殺しが俺以外の誰を殺そうが文句は言わない。
 だけど俺の金を奪おうとする奴は全力で叩く。
 最低最悪と言われようと俺の意思は変わらない。
 それだけは覚えておけ」
 ホンマはそう言って、みんなを睨んだ。
 みんな呆れ切った顔でホンマを見た。
 きっと誰もが意味の分からない主張だと思っている。
 でも説得力がまったく無いというわけでもない。だから誰も言い返せない。
 いや、言い返さないのが時間を無駄にしないという結論なのかもしれない。

 「色々な可能性があります。もしかしたら本当にボタンの押し間違いかもしれない。現にここにいる誰もがやっていないと言っている。ならば信じるしかない。大丈夫です。あと2周、間違えようのない問題を出し合いクリアしましょう」
 いつの間にかアンジさんのドローンのセグメントは“8”を表示していた。
 つまりアンジさんの出題時間はあと8分。
 このままだと無駄にアンジさんのライフも減ってしまう。
 それを危惧したオオバさんのまとめの言葉に、トキネさんは
 「もう、誰でもいいです。責めません、だからどうかお願いします」
 そう言って頭を下げた。
 
 なぜこの状況でトキネさんが懇願しなければならないのか?
 それを誰かが嘲笑っているかもしれないと思うと怒りで出題内容も訳が分からなくなる。
 でも、それでも、答える側のみんなで意見を合わせ同一のボタンを押す。
 そうすれば何の問題もない。
 雰囲気は多少悪くなったけれど、ゲームは淡々と進んだ。
 そして、3周目のトキネさんの番。

 「きっと誰かのほんの出来心、ただのイタズラ、無味無臭なマルバツクイズの調味料だったんですよね。私もそうですもん、退屈なゲームだなぁって思ってましたから、凄いビックリしちゃって……普段はこんなに怒らないんですよ、私。臆病だから怒れないんです。だからブラックな会社も辞められなくて、相談する肉親も友達も居なくて。あんなに楽しい夕食なんて久しぶりだったんです。自分のことを誰かにこんな風に喋ったこともなくて、みんなが私のことを知ってくれて、それで、お金も貰えるんですよね? 最高じゃないですか、私も頑張ります、みんなの力になりたいです。あと何回ゲームが残っているか分かりませんが一生懸命協力します。だから、どうかお願いします」
 
 そのトキネさんの願いに答えるように、笑顔ではない者も居たけれど、みんなゆっくりと何度か首を縦に振った。
 きっと、これが終われば、また皆で、今度は昼食を囲んで、楽しく食事をして、他愛のない会話で盛り上がって……それから……。

 トキネさんのドローンの緑色の3つのランプは、その全ての光を失った。
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