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命の優劣
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「偽物だって言ったのに……」
沈黙を破ったのはアンジさんだった。
あれがフェイク動画だったなら、ホンマも少しは浮かばれるのだろうか? いいや、逆か、偽物の母親を庇って死んでしまったのなら無駄死にもいいところだ。でも本物だと信じて自分がしたことを打ち明けて死んだのなら……。
「もう、どうでもいいよそんなこと……」
ツカサさんの言う通り、もうどうでもいいことなのかもしれない。きっと俺達にはもう関係のないことなのかもしれない。
「それよりも今度はあたしらの番だ。覚悟を決めなきゃ」
ツカサさんの声は暗く、言葉には絶望が入り混じっていた。
そう、今は自分たちの心配をしないと……。
俺は、両手で耳を塞ぎ座り込むアカネちゃんを見下ろした。
『次はエントリーNo4ツカサ&エントリーNo7アンジペアがチャレンジです』
アナウンスの声に、ツカサさんとアンジさんの顔から血の気が引いていくのが分かった。
ホンマのおかげで分かったことは、ペアになった二人のうちどちらかが必ず死ななきゃならないってこと。これはそういうゲーム。どうやったって俺達に抗う術はない、“生かし合い”なんて都合の良い言葉で飾った殺し合いだ。
「助けないと……」
地面に言葉を叩きつけるように、アカネちゃんはそう叫んで立ち上がった。
「ドローンを倒すんです。忘れていませんか? 電子レンジです。アンジさんっ、早く電子レンジを使って……」
「無駄よ」
希望に満ちたアカネちゃんの声をツカサさんは遮った。
「もう、やってるんです……」
それにアンジさんが続いた。
「もうずっと動かしているのよ、なんの効果もない、ほんと口ばっかりの男って嫌いよ」
ツカサさんが足で小突いた電子レンジは、ジーっという音を立てて何もない空間をただ温めている。
「そりゃ、なんの改造も無しに、ただ動かしているだけでは効果は薄いですよ。妨害電波は出ていると思いますけど……」
もうアンジさんの言葉に説得力は無い、むしろ搔き乱しているように思えてくる……もしかしてわざとやっているのか? だとしたら、トキネさんの件も、サトシさんも、いいや、もしかしたらこのゲーム自体が……。
「アンジさんさぁ、わたしの代わりに死んでくれない?」
ツカサさんは苛立つ様に言った。
「……」
「ツカサさんっ何を言い出すんですか」
相手を、自分をどうやって生かせばいいのか……俺の予感を全て薙ぎ払うような言葉がツカサさんから出た。アンジさんは絶句し黙り込んだ。俺は思わず批判の声を上げる。
「どう考えても私が生かされるべきでしょ」
「止めてください。今はそんなこと言ってる場合じゃないです。みんなで助け合わないと……」
ツカサさんの言葉を否定するために出た俺自身の言葉なのに違和感があった。
「いいかげん皆気付いているでしょ、それで半分も死んじゃったんだから。助け合いなんてもう無理があるわ」
ツカサさんの言う通りだ、けど、
「だからって、アンジさんに死ねっていうのはどう考えてもおかしいですよ」
「なんで?」
「なんでって……」
「言い返せないでしょ、なら私が教えてあげるわ」
無職、引き籠り、肥満、臭い、親のすねかじり、社会不適合者、子供部屋おじさん、ポルノ狂い、アニメオタク、ゲームオタク、戦争狂、嘘吐き。
ツカサさんはアンジさんを罵倒した。
アンジさんは言い返さなかった、いや言い返せなかった。全部真実だったから、みんなで助け合うために、全てを自分で曝け出した結果だから。
「それに比べたら、私はまだ若い方だし、社会の為に働いているし、女だから子供だって作れる。生きてる価値が高いのはどう考えても私でしょう」
ツカサさんは自信満々に言い切った。
どう考えても理解はできなかった。けれど、堂々としていたから、アンジさんが何も言い返さなかったから……きっとこの場では、それが正論になるのだろう。
ツカサさんとアンジさん、どちらが生き残るべきかなんて、ここに居る誰にも決められない、多数決だってもう4人しか残っていないから無駄だ。誰も納得しない。だったらツカサさんの言う様に、社会の為に、世界の為に、種の存続のために、必要とされる人を生かすのが正解なんじゃないのだろうか。
「やめてください、おかしいですよ、みんなおかしいです。どうかしてます」
アカネちゃんは、アカネちゃんだけは、涙を浮かべて抗っている。
この状況を客観的に考察している俺も存外普通じゃあない。
分かってる、分かっているけど……。
「アカネちゃん、分かってるの? あなた達にも回ってくるのよ」
アカネちゃんはツカサさんの言葉に耳を塞いだ。
「トーゴくん、覚悟を決めておいてね」
俺は黙って聞き入れる。
覚悟を……そうか、ツカサさんの理屈でいったら、アカネちゃんよりも俺の命の価値の方が軽いってことになるな……俺はその時がきたら、上手く選択できるかな……。
「嫌だっ、死にたくない。僕はまだ死なない」
まるで俺の心の奥底にあるものが爆発したような、そんな叫びがアンジさんの口から出た。
「まだホンマくんの様に肉親のために……それでも嫌だけど、僕の命の代わりに誰かを救えるのなら、僕も母親がいい。赤の他人のお前なんかの為に僕の命は使えない。絶対に嫌だ」
アンジさんは拳を握り、言葉に力を込めた。
「そんな駄々を捏ねないでよ。大丈夫、あんたの事は英雄みたいに伝えてあげるから、そうだ、もしも私に子供が出来たらアンジって名前にしてあげるわ、それでいいでしょう?」
ツカサさんは優しい顔で小さな子供の機嫌を取る様に言った。
「ふざけるな、気持ち悪いっ。だいたい子供作るのだって相手が必要だろ? あんたには無理だ。元恋人を毒殺しようと考えている人間にそんな幸せはやってこない。そんな考えをもっていることを恥じろっ、死ぬのはあんただ。罪を償え」
今までの掲示されたツカサさんの情報から成しえる精一杯の抵抗の言葉をアンジさんはぶつけた。
「罪ってなによ、わたしまだ誰も殺してないし」
「うるさいっ、これから僕を殺そうとしているくせに」
「はぁ、私は殺さないし、あんたが勝手に死んでいくだけじゃん」
「僕は死なないっ」
「私だって死にたくないのっ」
「お前が死ね」
「あんたが死ぬのよ」
「死ね」
「死ね」
「死ね」
「死ね」
ツカサさんとアンジさんは互いに睨み合い、罵倒し続けた。
沈黙を破ったのはアンジさんだった。
あれがフェイク動画だったなら、ホンマも少しは浮かばれるのだろうか? いいや、逆か、偽物の母親を庇って死んでしまったのなら無駄死にもいいところだ。でも本物だと信じて自分がしたことを打ち明けて死んだのなら……。
「もう、どうでもいいよそんなこと……」
ツカサさんの言う通り、もうどうでもいいことなのかもしれない。きっと俺達にはもう関係のないことなのかもしれない。
「それよりも今度はあたしらの番だ。覚悟を決めなきゃ」
ツカサさんの声は暗く、言葉には絶望が入り混じっていた。
そう、今は自分たちの心配をしないと……。
俺は、両手で耳を塞ぎ座り込むアカネちゃんを見下ろした。
『次はエントリーNo4ツカサ&エントリーNo7アンジペアがチャレンジです』
アナウンスの声に、ツカサさんとアンジさんの顔から血の気が引いていくのが分かった。
ホンマのおかげで分かったことは、ペアになった二人のうちどちらかが必ず死ななきゃならないってこと。これはそういうゲーム。どうやったって俺達に抗う術はない、“生かし合い”なんて都合の良い言葉で飾った殺し合いだ。
「助けないと……」
地面に言葉を叩きつけるように、アカネちゃんはそう叫んで立ち上がった。
「ドローンを倒すんです。忘れていませんか? 電子レンジです。アンジさんっ、早く電子レンジを使って……」
「無駄よ」
希望に満ちたアカネちゃんの声をツカサさんは遮った。
「もう、やってるんです……」
それにアンジさんが続いた。
「もうずっと動かしているのよ、なんの効果もない、ほんと口ばっかりの男って嫌いよ」
ツカサさんが足で小突いた電子レンジは、ジーっという音を立てて何もない空間をただ温めている。
「そりゃ、なんの改造も無しに、ただ動かしているだけでは効果は薄いですよ。妨害電波は出ていると思いますけど……」
もうアンジさんの言葉に説得力は無い、むしろ搔き乱しているように思えてくる……もしかしてわざとやっているのか? だとしたら、トキネさんの件も、サトシさんも、いいや、もしかしたらこのゲーム自体が……。
「アンジさんさぁ、わたしの代わりに死んでくれない?」
ツカサさんは苛立つ様に言った。
「……」
「ツカサさんっ何を言い出すんですか」
相手を、自分をどうやって生かせばいいのか……俺の予感を全て薙ぎ払うような言葉がツカサさんから出た。アンジさんは絶句し黙り込んだ。俺は思わず批判の声を上げる。
「どう考えても私が生かされるべきでしょ」
「止めてください。今はそんなこと言ってる場合じゃないです。みんなで助け合わないと……」
ツカサさんの言葉を否定するために出た俺自身の言葉なのに違和感があった。
「いいかげん皆気付いているでしょ、それで半分も死んじゃったんだから。助け合いなんてもう無理があるわ」
ツカサさんの言う通りだ、けど、
「だからって、アンジさんに死ねっていうのはどう考えてもおかしいですよ」
「なんで?」
「なんでって……」
「言い返せないでしょ、なら私が教えてあげるわ」
無職、引き籠り、肥満、臭い、親のすねかじり、社会不適合者、子供部屋おじさん、ポルノ狂い、アニメオタク、ゲームオタク、戦争狂、嘘吐き。
ツカサさんはアンジさんを罵倒した。
アンジさんは言い返さなかった、いや言い返せなかった。全部真実だったから、みんなで助け合うために、全てを自分で曝け出した結果だから。
「それに比べたら、私はまだ若い方だし、社会の為に働いているし、女だから子供だって作れる。生きてる価値が高いのはどう考えても私でしょう」
ツカサさんは自信満々に言い切った。
どう考えても理解はできなかった。けれど、堂々としていたから、アンジさんが何も言い返さなかったから……きっとこの場では、それが正論になるのだろう。
ツカサさんとアンジさん、どちらが生き残るべきかなんて、ここに居る誰にも決められない、多数決だってもう4人しか残っていないから無駄だ。誰も納得しない。だったらツカサさんの言う様に、社会の為に、世界の為に、種の存続のために、必要とされる人を生かすのが正解なんじゃないのだろうか。
「やめてください、おかしいですよ、みんなおかしいです。どうかしてます」
アカネちゃんは、アカネちゃんだけは、涙を浮かべて抗っている。
この状況を客観的に考察している俺も存外普通じゃあない。
分かってる、分かっているけど……。
「アカネちゃん、分かってるの? あなた達にも回ってくるのよ」
アカネちゃんはツカサさんの言葉に耳を塞いだ。
「トーゴくん、覚悟を決めておいてね」
俺は黙って聞き入れる。
覚悟を……そうか、ツカサさんの理屈でいったら、アカネちゃんよりも俺の命の価値の方が軽いってことになるな……俺はその時がきたら、上手く選択できるかな……。
「嫌だっ、死にたくない。僕はまだ死なない」
まるで俺の心の奥底にあるものが爆発したような、そんな叫びがアンジさんの口から出た。
「まだホンマくんの様に肉親のために……それでも嫌だけど、僕の命の代わりに誰かを救えるのなら、僕も母親がいい。赤の他人のお前なんかの為に僕の命は使えない。絶対に嫌だ」
アンジさんは拳を握り、言葉に力を込めた。
「そんな駄々を捏ねないでよ。大丈夫、あんたの事は英雄みたいに伝えてあげるから、そうだ、もしも私に子供が出来たらアンジって名前にしてあげるわ、それでいいでしょう?」
ツカサさんは優しい顔で小さな子供の機嫌を取る様に言った。
「ふざけるな、気持ち悪いっ。だいたい子供作るのだって相手が必要だろ? あんたには無理だ。元恋人を毒殺しようと考えている人間にそんな幸せはやってこない。そんな考えをもっていることを恥じろっ、死ぬのはあんただ。罪を償え」
今までの掲示されたツカサさんの情報から成しえる精一杯の抵抗の言葉をアンジさんはぶつけた。
「罪ってなによ、わたしまだ誰も殺してないし」
「うるさいっ、これから僕を殺そうとしているくせに」
「はぁ、私は殺さないし、あんたが勝手に死んでいくだけじゃん」
「僕は死なないっ」
「私だって死にたくないのっ」
「お前が死ね」
「あんたが死ぬのよ」
「死ね」
「死ね」
「死ね」
「死ね」
ツカサさんとアンジさんは互いに睨み合い、罵倒し続けた。
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