かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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第1章

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 引っこして1週間たらずで、実歩は、香葉来の母である香織《かおり》と友達になった。
 母同士はウマがあったみたい。

 3日目、実歩と大河は、香織宅でのタコパに誘われた。
 けれどなかよしなのは母たちだけ。タコパの最中、香葉来はずっと無言。
 ぼくは何もしていないのに。目もあわせてこない。なんだよ。
 大河は、「香葉来ちゃんに嫌われている」と思いこんだ。
 それゆえに香葉来が苦手だった。一緒にいることがイヤだった。

 平屋での生活は覚悟していたほど苦痛じゃなくすぐになれた。
 だけど、おとなりさんとの関係に苦労した。いや、香葉来とのコミュニケーションだ。
 大河にとってそれが一番のストレスだった。

 ぼくだって、香葉来ちゃんのことなんか嫌いだ。
 

 小学校入学前の4月のはじめ。
 大河と香葉来は、入学する小学校の学童クラブにあずけられた。
 入学前でも受け入れ可能な学童クラブだったから、フライングで小学校に入学するような気分。

 学童クラブは4、50代くらいの女性の指導員二人で運営されていた。
 児童は30人くらいはいて、大きな教室だった。
 ふたりの指導員はとても気さくでやさしい。
 なれない大河と香葉来が、他の児童たちとなじみやすくするために、好きな食べ物、芸能人とか。一つ一つ質問して、共通項を引きだしてくれた。

 児童たちもいい子ばかりで。やがて児童たちが主体的に、大河と香葉来にいろんな質問をしてくるようになった。
 どの質問も、好きな食べ物、アニメ、テレビ番組とか、にたりよったりだったけど。

「おもしろくない」のどんよりくもり空が続く毎日に、やっと、「おもしろい」のキラキラ太陽の光が差し込んだ。
 大河の心が晴れた。

 香葉来は、途中から女子児童に囲まれていた。大河には見せない笑顔を見せていた。
 気にしないようにしていたけど……。
 なんで他の子には笑うのに、ぼくには目もあわせてくれないの?
 やっぱり、ぼくは香葉来ちゃんに嫌われているんだ。なんでだよ……。

 いらだちがつのった。本心じゃ、さみしかった。
 大河は香葉来とうまくいかないことで、元気のなくしていた。
 
 午後6時半、香織が迎えに来てくれた。
 朝は実歩がふたりを送ったので、帰りは香織。
 母同士は結束していて、ふたりの送り迎えまで相互扶助している。
 
 香織は、服装は他の児童の母親と変わらない地味な装いだったけど、ミルクティーの髪色と若い容姿のため、かなり目立つ。
 香織は19歳で香葉来を出産した。今は25歳というから見た目だけじゃなくて、実年齢も保護者の中では若い。実歩とは10も年が離れている。

 ここ1週間ほどで香織は、白いニットや、膝上までのガーリーなフレアスカートを着用して、まるで女子大生みたいな服装をしていたことが2回あった。それ以外は地味な格好だった。今日も地味だ。

 なんで服が全然違うの?
 大河は不思議に思っていた。

 香織は胸が大きくてスタイルがいいから、女子大生コーデの日はモデルや芸能人みたい。
 大河は、そんな若々しい香織に少しだけ苦手意識をもっていた。

「お待たせー」
「ママぁ!」
「よしよし、どうしたどうしたぁ」

 香葉来は緊張の糸がプツリと切れたみたいに、香織の足にひっつく。ひと目を気にせずべったり甘える。
 
「大河くーん? もう家に帰るよー」
「え……うん」

 無意識に香葉来をぼおっと見ていた大河は、香織に声をかけられてハッとして、我に返った。
 小学校横の付属駐車場まで歩いた。
 
 ほんのり外気は寒いけど例年並みだ。
 ちょっと前まで雪が降っていたというのに桜は見頃を迎えていた。
 空のオレンジに照らされたピンクの花びらはどこか幻想的で、はかない。

 駐車場につき、大河は後部座席に香葉来と並んで座る。
 香葉来ちゃんはおばさんのとなりに座ればいいのに……。
 大河は、香織から離れて浮かない顔をする香葉来を見て、またイヤな気持ちになった。
 車内にはゆるキャラのグッズやぬいぐるみがたくさんあり、少し窮屈に感じてしまう。
 
 エンジンのぎぎゅーんという音。と、同時に、スピーカーから女子に大人気のアニメ、プリ魔女のオープニングテーマが音量で流れだす。
 香葉来はパッと目を見開き、わずかに笑った。わずかに足をバタバタさせて。
 
 香織は車を走らせる。山が夕焼けで燃えていた。
 大河はずっと窓の景色を目にしていた。

「大河くんはプリ魔女だったら誰推しー?」
 
 え?
 と、唐突に、香織に問われた。びっくりした。
 プリ魔女?
 女の子向けのアニメじゃん。別に推しも、好きもないよ。興味ない。

 そう答えようと思った。けれど、プリ魔女は大好きなソルジャードの後に放送されるので、なんとなく流していた。まあそれなりに知っている。
 でも……。香葉来ちゃんはプリ魔女が好きなんだ。ぼくのとなりなのに、笑ってるもん。
「興味ない」って言っちゃ、ひどいよね。
 大河はつばをゴクリと飲んだ。
 そして、おそるおそる。

「えーっと。緑色……」
「おおっ! マジカルエメラルド! 香葉来とおんなじじゃーん!」

 香織の大きな声! びっくりした! って、香葉来ちゃんと同じ……?
 大河、香葉来からの視線を感じた。
 いつもは目を合わせてこようとしないのに、いったいどうしたっていうの。
 大河は見返した。

 香葉来は目を丸くしてる。
 でも。
 いつものおびえるような顔じゃなくて。ほんのりとキラキラの笑みが混ざっていた。

 大河は、「……にわかだけどね」とポツリ。
 すると。

「……エメラルド。カッコいいよね」

 弱々しくて、小さくて、ぎこちない。でも、香葉来は笑っていた。花を咲かせていた。
 香葉来が大河に向けてはじめて笑った。話しかけてくれた。
 彼女の言葉としぐさ、笑顔を受けて、大河に体と心には、羽が生えた。重々しさは消えた。
 
 それ以上、会話は続かずにあっけなく終了した。
 けれど大河は、引っ越してきてから、この瞬間が一番の喜びだった。
 
 香葉来ちゃんがぼくに笑ってくれた。
 ぼくは、嫌われていたって勘違いしていただけかもしれない。
 笑ってくれたんだもん! 

 些細なことかもしれない。ちっぽけなことかもしれない。
 でも大河の中では、大きな一歩だった。 
 学校から家まで500メートルほどの短い距離。
 プリ魔女のオープニングテーマが終わった頃には、もう砂利面の駐車場についていた。
 
 本当に短い時間だったけど。
 この日、このとき、この車に乗せてもらえなかったら、大河と香葉来との距離は開いたままだった。

 大河は心の中で香織に感謝した。
 おばさん、ありがとう。
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