かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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終章

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 これは、断片的な記憶のカケラ。

 結末の日、大河は弱り切った真鈴を見て、それが何よりも現実感がなくて、まだ夢の中で今日は訪れていないのだろうか、今日ではあるが今この瞬間白昼夢にうなされているのだろうかと、ぐんにゃりとしてあいまいな非現実的な世界だと錯覚してしまった。それゆえに大河は、記憶がおぼろげだった。

 真鈴が嗚咽交じりに吐いた言葉は、ジグソーパズルのピースのようにバラバラに残っている。

『……私が……ミアにも、茂好さんにもけしかけた……。《ミアが別れたことを香葉来が鼻で笑ってた。あいつはサイテーなヤツだ》って嘘ついて……。そのせいで、香葉来が調子に乗ってる、ムカつくだとか……そんな空気になって。私はグループを仕切っていたから、ミアたちも何も疑わず私の嘘を信じてくれた……。だから、香葉来をいじめようって……私が主導した……』

『……大河を脅したのも……私がやったこと……。私が全部命令したこと……。香葉来に乱暴させて、香葉来だけじゃなくって……大河も苦しませようって……ごめ……ごめんなさい』

『……家のことも……お母さんは、みなさん……が……。みなさん……から出て行くと言うまで、使える限り住んでもらおうって言ってたのに……嘘、ついて……家がなくなるよって脅した……香織さんの仕事のことも同じ、です……。嘘です……。ご……ごめ……ごめんなさい……』

 それが、真鈴が言った己の過ち。
 いつもの真鈴じゃない。

『真鈴じゃない真鈴』

 ……だった。
 続いて。

『……自分が、何をやっても上手くいかなくって……虚勢だけを張って……。香葉来が……〝天才〟で私なんかよりもずっとすごくて……うらやましくて……嫉妬して……。香葉来が近くにいるのが、つらかった……。香葉来に嫌われたいと思ってた……。そんな、幼稚な理由で……香葉来にひどいことをした……大河も巻きこんで、いっぱい傷つけた……』

『……香葉来を傷つけることで……少しスッとした気持ちになった……でも、後に引けなくなった……どんどん怖くなった……自分が、歯止めが効かなくて、どんどん過激になって……。昔は……香葉来が……妹みたいで、かわいくて……好きだったのに……いつから……憎むようになったのか、考えると……頭がぐちゃぐちゃになって……だから……』

 それが、真鈴が香葉来をいじめた理由だった。
 
 おれは真鈴が見えてなかった、と。大河は自覚した。

 りとうマリンパークで『男なんだから、香葉来と真鈴も守れるように強くならないと』と、決意し発した言葉は嘘っぱちで薄っぺらくて無責任なものだった。
 過去の自分が腹立たしく思い、この場面で大河はやっと口を開いた。

「ごめんなさい……」と。
 言った後、真鈴と目があった。
 その瞬間、彼女のまぶたから、大粒の涙があふれ出した。
 

 そして、香葉来の言葉。
 これも断片的だ。

『……真鈴ちゃんが、たとえ、あたしのことが嫌いでも……。あたしは、真鈴ちゃんが……引っこしてきたとき、家に来てくれて……すぐに笑って握手してくれた……それで……不安だった生活も全部しあわせに変わったの……。大河くんも引っこしてきて、あたしは大河くんに臆病で、嫌いじゃないけど接し方がわからなくって……でも真鈴ちゃんがいてくれたおかげですぐに距離も縮まって……』

『……真鈴ちゃんは、算数ができないあたしを励ましてくれて……絵のこと、ほめてくれて……だからあたしは人と違うって思わずに個性だって受け入れることができた……』

『……5年生のとき、いじめられたときも……真鈴ちゃんと大河くんがいなかったら、ひどい目に遭ってたよ……』

『……クリオネのストラップ、みんなおそろいで……うれしかった』

 それは思い出を語るように。香葉来は涙ながらに過去をなつかしんでしゃべっていた。
 真鈴はただ、下を向き声を殺して泣いていた。

『……あたしがあたしばっかりで……真鈴ちゃんを助けられなかったの……。おばさん、真鈴ちゃんは悪くないの……悪くないの……許してあげて。お願い……。大河くんも悪くないから……』

『……あたしは真鈴ちゃんが好きだよ……ずっとずっと大好き……大大大好き。……でも、真鈴ちゃんはあたしといたら傷つく……だったら……もう……友達じゃなくったっていい……あたしは真鈴ちゃんが傷つくのイヤだもん……真鈴ちゃんが悲しむの、泣くの、見たくないもん……』

 それが香葉来の答えだった。
 真鈴は顔を隠し静かにうなずいた。

 かつて、なかよく揃えたクリオネのストラップ。絆の象徴だった。
 今、香葉来しかそれをつけていなかったが、彼女はスマホから緑に光るクリオネをはずした。

 あとは香葉来が泣いて、声を枯らすばかりだった。
 それぞれの母たちがその場の収拾をつけたが、大河の頭にはそれらのやりとりの記憶はなかった。
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