74 / 76
終章
5
しおりを挟む
その後。この件は学校にも報告された。
当事者間で済んだことではあるが、ミアや恭奈たちもいじめには関わっていた。
これに関しては、真鈴が『すべての悪』を被ることになったが、他の4人も保護者同伴のもと、香葉来に謝罪したようだ。
大河の暴力問題も、クラスメートから噂をされることもなくなり収束はした。
いじめを大河に告発した雪乃は、ミアたちにあからさまに無視されるようなことはなくなったが、彼女たちのグループには戻らずにひとりで過ごしている。
大河は雪乃に謝罪をした。雪乃は「香葉来ちゃん以外はサイテーな子しかいなかったから清々した」とどこか強がった様子で口にしていた。
もう夏休みまで残りわずかという時期ではあったからか、真鈴も香葉来も学校には訪れなかった。
そして、夏休み前最後のホームルームで、担任の口から信じられない言葉を聞かされる。
『みなさんにお別れができなくて残念ですが、汐見さん、辻さんは2学期からそれぞれ別の学校へ転校します』
え……!?
そんなこと聞いてない!
まさに寝耳に水だった。事件以降、大河は香葉来に会いに行くことも、ラインをかわすこともなかった。
香葉来は家から出る様子もなかった。
会うこと自体を禁じられたわけではなかったから、大河は帰宅後すぐに香葉来の家へと訪問し呼び鈴を鳴らした。
ジジジジジジジ。
忙しなく鳴くセミの声など大河の思考の阻害にはならなかった。
そして、人影が玄関扉に移る。
ゆっくりと扉がスライドされると、部屋着のままの香葉来が現れた。
ぎこちない表情で少しだけ笑みを含めた彼女は上目遣いをし、「大河くん……こんにちは」とだけ小さくつぶやいた。
「転校って……引っこすのか……」
「えっと……うん」
香葉来は寂しそうに目を細め理由を語った。
通級指導教室のある設置校に転校するためだ。
移動は困難で負担がかかるから、予てから転校することも視野に入れていたらしい。
香織は里璃子に相談していたこともあり、また借家の契約が満了することから「設置校の校区のマンションに引っこしてみるのは?」と提案を受けていたという。
最初、香葉来は反対していたみたいだけど、やっぱり今回の件があったから気が変わったのだろうか。
引っこし先は里璃子の会社が所有するマンションで社宅として入居するようだ。
大河は相談されなかったことが悔しかった。だけど香葉来に意見できる立場でもないから、「そっか……」としか言えなかった。
そして、香葉来からこう言われた。
「……大河くん、あたし、大河くんの彼女をやめようって思うの」
「えっ……」
「……うん。大河くんは、小学校の頃からずっとあたしを守ってくれて。あたしにとって、頼り甲斐のあるお兄ちゃんみたいな存在だった。あたしの、コンプレックスのことも……そういうの気にしてるのを気を遣ってくれて、『おれは香葉来が嫌な目にあってほしくない』って言ってくれてうれしかったし、ずっと甘えて、守ってもらってた。でも、あたしは大河くんにも……真鈴ちゃんにも。頼りっぱなしで、自分がダメだと思ったんだ。胸が大きいことや算数ができないことで落ちこんだりしていてもしょうがないし、それはあたしの個性だから受け入れるしかないんだって。だから、ちょっとでも自立して、強くなりたいと思ったんだよ。それにね。やっぱり……あたしの大河くんへの好きは、お兄ちゃんとしての好きなんだ。ミアちゃんやさくちゃんが彼氏さんに想ってたみたいな……恋人同士になりたいとか、そういう好きとは、違う。まだ……そういう好きの気持ちがわからないの。そういう好きっていう気持ちがないのに付き合うことは、付き合っている人たちに失礼だって思っちゃったの」
「……そんな」
「ごめんね。自分から大事なことなのに、なかなか言えなくって黙ってて……。あのことがあったから、大河くんが嫌いになったっていうわけじゃないの。今までずっとやさしくしてくれて、守ってくれて、本当にありがとう」
香葉来はにっこりとまぶしい笑顔を見せて、大河にぺこりとお辞儀をした。
彼女は清々しい顔をしていた。
「……わかった」
大河は言葉短く、それだけ告げて香葉来から逃げた。
すぐに部屋に閉じこもった。
そんな清々しい顔、しないでくれよ。
おれは……いつしか、お前に、本当に恋をしていたのだから!
「はっきりとした恋」に気づいたのだから!
大河はどこかで安心していた。
香葉来は、「はっきりとした恋」は見つけていなくとも、おれのことが好きなんだろうと。
コンテストで特賞を取ったと報告してきたあの夜。香葉来は抱きついてきた。
それは異性とした意識ではなく、真鈴の関係に悩み苦しんで心細くなったゆえの行動だとはわかっていた。
けれどそれもやがて、「はっきりとした恋」に変わるのではないかと、大河は心の奥底で希望を抱いていた。
でも現実は違った。
大河は足掻こうとはしなかった。
「はっきりとした恋」に気づいても、執念はなかったのかもしれない。
それが香葉来をいじめた負い目のせいか、自分じゃわからない。
結局伝えることはできなかった。
「香葉来のことが好きだ」と。
初めての失恋だった。
大河は、こんなことになったが真鈴にも別れを言おうかと悩んだ。
しかし、勇気がなく、真鈴にかける言葉が見つからなかった。
担任は個人情報保護の兼ねあいもあるのだろうが、真鈴はどこの中学に転校するかすらも教えてくれなかった。
ただ、大河も追求はしなかった。
あのクリオネのストラップは、もう誰もつけていない。
友達でもない他人だから。
当事者間で済んだことではあるが、ミアや恭奈たちもいじめには関わっていた。
これに関しては、真鈴が『すべての悪』を被ることになったが、他の4人も保護者同伴のもと、香葉来に謝罪したようだ。
大河の暴力問題も、クラスメートから噂をされることもなくなり収束はした。
いじめを大河に告発した雪乃は、ミアたちにあからさまに無視されるようなことはなくなったが、彼女たちのグループには戻らずにひとりで過ごしている。
大河は雪乃に謝罪をした。雪乃は「香葉来ちゃん以外はサイテーな子しかいなかったから清々した」とどこか強がった様子で口にしていた。
もう夏休みまで残りわずかという時期ではあったからか、真鈴も香葉来も学校には訪れなかった。
そして、夏休み前最後のホームルームで、担任の口から信じられない言葉を聞かされる。
『みなさんにお別れができなくて残念ですが、汐見さん、辻さんは2学期からそれぞれ別の学校へ転校します』
え……!?
そんなこと聞いてない!
まさに寝耳に水だった。事件以降、大河は香葉来に会いに行くことも、ラインをかわすこともなかった。
香葉来は家から出る様子もなかった。
会うこと自体を禁じられたわけではなかったから、大河は帰宅後すぐに香葉来の家へと訪問し呼び鈴を鳴らした。
ジジジジジジジ。
忙しなく鳴くセミの声など大河の思考の阻害にはならなかった。
そして、人影が玄関扉に移る。
ゆっくりと扉がスライドされると、部屋着のままの香葉来が現れた。
ぎこちない表情で少しだけ笑みを含めた彼女は上目遣いをし、「大河くん……こんにちは」とだけ小さくつぶやいた。
「転校って……引っこすのか……」
「えっと……うん」
香葉来は寂しそうに目を細め理由を語った。
通級指導教室のある設置校に転校するためだ。
移動は困難で負担がかかるから、予てから転校することも視野に入れていたらしい。
香織は里璃子に相談していたこともあり、また借家の契約が満了することから「設置校の校区のマンションに引っこしてみるのは?」と提案を受けていたという。
最初、香葉来は反対していたみたいだけど、やっぱり今回の件があったから気が変わったのだろうか。
引っこし先は里璃子の会社が所有するマンションで社宅として入居するようだ。
大河は相談されなかったことが悔しかった。だけど香葉来に意見できる立場でもないから、「そっか……」としか言えなかった。
そして、香葉来からこう言われた。
「……大河くん、あたし、大河くんの彼女をやめようって思うの」
「えっ……」
「……うん。大河くんは、小学校の頃からずっとあたしを守ってくれて。あたしにとって、頼り甲斐のあるお兄ちゃんみたいな存在だった。あたしの、コンプレックスのことも……そういうの気にしてるのを気を遣ってくれて、『おれは香葉来が嫌な目にあってほしくない』って言ってくれてうれしかったし、ずっと甘えて、守ってもらってた。でも、あたしは大河くんにも……真鈴ちゃんにも。頼りっぱなしで、自分がダメだと思ったんだ。胸が大きいことや算数ができないことで落ちこんだりしていてもしょうがないし、それはあたしの個性だから受け入れるしかないんだって。だから、ちょっとでも自立して、強くなりたいと思ったんだよ。それにね。やっぱり……あたしの大河くんへの好きは、お兄ちゃんとしての好きなんだ。ミアちゃんやさくちゃんが彼氏さんに想ってたみたいな……恋人同士になりたいとか、そういう好きとは、違う。まだ……そういう好きの気持ちがわからないの。そういう好きっていう気持ちがないのに付き合うことは、付き合っている人たちに失礼だって思っちゃったの」
「……そんな」
「ごめんね。自分から大事なことなのに、なかなか言えなくって黙ってて……。あのことがあったから、大河くんが嫌いになったっていうわけじゃないの。今までずっとやさしくしてくれて、守ってくれて、本当にありがとう」
香葉来はにっこりとまぶしい笑顔を見せて、大河にぺこりとお辞儀をした。
彼女は清々しい顔をしていた。
「……わかった」
大河は言葉短く、それだけ告げて香葉来から逃げた。
すぐに部屋に閉じこもった。
そんな清々しい顔、しないでくれよ。
おれは……いつしか、お前に、本当に恋をしていたのだから!
「はっきりとした恋」に気づいたのだから!
大河はどこかで安心していた。
香葉来は、「はっきりとした恋」は見つけていなくとも、おれのことが好きなんだろうと。
コンテストで特賞を取ったと報告してきたあの夜。香葉来は抱きついてきた。
それは異性とした意識ではなく、真鈴の関係に悩み苦しんで心細くなったゆえの行動だとはわかっていた。
けれどそれもやがて、「はっきりとした恋」に変わるのではないかと、大河は心の奥底で希望を抱いていた。
でも現実は違った。
大河は足掻こうとはしなかった。
「はっきりとした恋」に気づいても、執念はなかったのかもしれない。
それが香葉来をいじめた負い目のせいか、自分じゃわからない。
結局伝えることはできなかった。
「香葉来のことが好きだ」と。
初めての失恋だった。
大河は、こんなことになったが真鈴にも別れを言おうかと悩んだ。
しかし、勇気がなく、真鈴にかける言葉が見つからなかった。
担任は個人情報保護の兼ねあいもあるのだろうが、真鈴はどこの中学に転校するかすらも教えてくれなかった。
ただ、大河も追求はしなかった。
あのクリオネのストラップは、もう誰もつけていない。
友達でもない他人だから。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる