かわいいクリオネだって生きるために必死なの

ここもはと

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終章

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 その後。この件は学校にも報告された。
 当事者間で済んだことではあるが、ミアや恭奈たちもいじめには関わっていた。
 これに関しては、真鈴が『すべての悪』を被ることになったが、他の4人も保護者同伴のもと、香葉来に謝罪したようだ。

 大河の暴力問題も、クラスメートから噂をされることもなくなり収束はした。
 いじめを大河に告発した雪乃は、ミアたちにあからさまに無視されるようなことはなくなったが、彼女たちのグループには戻らずにひとりで過ごしている。
 大河は雪乃に謝罪をした。雪乃は「香葉来ちゃん以外はサイテーな子しかいなかったから清々した」とどこか強がった様子で口にしていた。

 もう夏休みまで残りわずかという時期ではあったからか、真鈴も香葉来も学校には訪れなかった。
 そして、夏休み前最後のホームルームで、担任の口から信じられない言葉を聞かされる。

『みなさんにお別れができなくて残念ですが、汐見さん、辻さんは2学期からそれぞれ別の学校へ転校します』

 え……!?
 そんなこと聞いてない!
 
 まさに寝耳に水だった。事件以降、大河は香葉来に会いに行くことも、ラインをかわすこともなかった。
 香葉来は家から出る様子もなかった。
 会うこと自体を禁じられたわけではなかったから、大河は帰宅後すぐに香葉来の家へと訪問し呼び鈴を鳴らした。
 ジジジジジジジ。
 忙しなく鳴くセミの声など大河の思考の阻害にはならなかった。

 そして、人影が玄関扉に移る。
 ゆっくりと扉がスライドされると、部屋着のままの香葉来が現れた。
 ぎこちない表情で少しだけ笑みを含めた彼女は上目遣いをし、「大河くん……こんにちは」とだけ小さくつぶやいた。

「転校って……引っこすのか……」
「えっと……うん」

 香葉来は寂しそうに目を細め理由を語った。

 通級指導教室のある設置校に転校するためだ。
 移動は困難で負担がかかるから、予てから転校することも視野に入れていたらしい。
 香織は里璃子に相談していたこともあり、また借家の契約が満了することから「設置校の校区のマンションに引っこしてみるのは?」と提案を受けていたという。
 
 最初、香葉来は反対していたみたいだけど、やっぱり今回の件があったから気が変わったのだろうか。
 引っこし先は里璃子の会社が所有するマンションで社宅として入居するようだ。
 大河は相談されなかったことが悔しかった。だけど香葉来に意見できる立場でもないから、「そっか……」としか言えなかった。

 そして、香葉来からこう言われた。

「……大河くん、あたし、大河くんの彼女をやめようって思うの」
「えっ……」
「……うん。大河くんは、小学校の頃からずっとあたしを守ってくれて。あたしにとって、頼り甲斐のあるお兄ちゃんみたいな存在だった。あたしの、コンプレックスのことも……そういうの気にしてるのを気を遣ってくれて、『おれは香葉来が嫌な目にあってほしくない』って言ってくれてうれしかったし、ずっと甘えて、守ってもらってた。でも、あたしは大河くんにも……真鈴ちゃんにも。頼りっぱなしで、自分がダメだと思ったんだ。胸が大きいことや算数ができないことで落ちこんだりしていてもしょうがないし、それはあたしの個性だから受け入れるしかないんだって。だから、ちょっとでも自立して、強くなりたいと思ったんだよ。それにね。やっぱり……あたしの大河くんへの好きは、お兄ちゃんとしての好きなんだ。ミアちゃんやさくちゃんが彼氏さんに想ってたみたいな……恋人同士になりたいとか、そういう好きとは、違う。まだ……そういう好きの気持ちがわからないの。そういう好きっていう気持ちがないのに付き合うことは、付き合っている人たちに失礼だって思っちゃったの」
「……そんな」
「ごめんね。自分から大事なことなのに、なかなか言えなくって黙ってて……。あのことがあったから、大河くんが嫌いになったっていうわけじゃないの。今までずっとやさしくしてくれて、守ってくれて、本当にありがとう」

 香葉来はにっこりとまぶしい笑顔を見せて、大河にぺこりとお辞儀をした。
 彼女は清々しい顔をしていた。

「……わかった」

 大河は言葉短く、それだけ告げて香葉来から逃げた。
 すぐに部屋に閉じこもった。

 そんな清々しい顔、しないでくれよ。
 おれは……いつしか、お前に、本当に恋をしていたのだから!

「はっきりとした恋」に気づいたのだから!

 大河はどこかで安心していた。
 香葉来は、「はっきりとした恋」は見つけていなくとも、おれのことが好きなんだろうと。
 コンテストで特賞を取ったと報告してきたあの夜。香葉来は抱きついてきた。
 それは異性とした意識ではなく、真鈴の関係に悩み苦しんで心細くなったゆえの行動だとはわかっていた。
 けれどそれもやがて、「はっきりとした恋」に変わるのではないかと、大河は心の奥底で希望を抱いていた。

 でも現実は違った。
 大河は足掻こうとはしなかった。
「はっきりとした恋」に気づいても、執念はなかったのかもしれない。
 それが香葉来をいじめた負い目のせいか、自分じゃわからない。
 結局伝えることはできなかった。

「香葉来のことが好きだ」と。
 初めての失恋だった。


 大河は、こんなことになったが真鈴にも別れを言おうかと悩んだ。
 しかし、勇気がなく、真鈴にかける言葉が見つからなかった。
 担任は個人情報保護の兼ねあいもあるのだろうが、真鈴はどこの中学に転校するかすらも教えてくれなかった。
 ただ、大河も追求はしなかった。


 あのクリオネのストラップは、もう誰もつけていない。

 友達でもない他人だから。
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