トワイライトコーヒー

かぷか

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一部

八夜

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 昼に起きた体は楽になっていた。リビングに行くと神谷が待ってましたとソファーから立ち上がった。

「どうだ?」

「はい、もう大丈夫です」

「傷口だけ朝と風呂後に消毒するから見せろ」

「はい」

 ソファーへ座り服を脱ぐと消毒をして大きめの絆創膏を貼ってくれた。怪我をした鎖骨ではなく肩を覗きこむ神谷。

「何ですか?」

「ああ、何でもない。打ち身か傷かと思ったが見間違いだ」

「そうですか…」

「斎藤さんから伝言だ。今日はここの部屋のルール的なの教えたら身の回りのやることやれって」

「やること?」

「俺に聞いてもわからんぞ。後は携帯は絶対電源切らすなって。そこに携帯バッテリーもあるから持ち歩けって。携帯と財布は部屋にあるらしい」

「わかりました」

 この部屋のルールはお風呂とトイレ、掃除は当番制。食事は各自好きなようにすればいいとのこと。あの部屋も勝手に使っていいと言われた。

「これ風呂の立札。使用中の時に変える」

「はい」

 簡単なようで難しいことだらけだった。何せ自分の部屋の掃除ぐらいしかしたことがなかったからだ。頭を下げ掃除を神谷に手伝ってもらいながら教えてもらった。

忘れないように携帯にメモをしに部屋に取りに戻った。キャビネットの上に財布と既に充電がされていた携帯のランプが光っていた。携帯を持ちメモを開けようとした時だった。大きな音で携帯が鳴り響きは慌ててとった。

「美日下か?」

「は、はい」

「神谷から聞いたか?」

「はい、今教えてもらってます」

「そうか、体調は?」

「いいです」

「わかった。とりあえずお前は食え。食ってから話するから。あと、絶対俺の電話は何がなんでもとれ。誰よりも何よりも優先しろ。したら、何とかするから」

「わかりました…」

「じゃあ、また連絡する」

「はい」

 斎藤はすぐ電話を切ってしまった。携帯の履歴を見るとあの日の着信が全て斎藤になっていた。他の通知にも何度も電話をとれとメッセージが残されていた。「とれ 返信しろ 折り返せ」最後には「すぐ行く」と来ていた。

斎藤は自分を心配してくれていたのだろうか。

 ふと、無理矢理された時の事を思いだした。無理やりされたにも関わらず自分の手を優しく握られブレスレットを触られた感覚が残る。したことは最低だったがどうしてもあの時の事がひっかかっていた。

コンコン

「はい!すぐ行きます!」

「電話か?」

「はい、斎藤さんからでした。携帯は常に持っててもいいですか?」

「自由だ。けど念のため斎藤さん以外の人が来たらすぐにしまえ。ここにはたまに税理士やわからないようになってるが組の人が来たりするから」

「はい」

「斎藤さん何て?」

「斎藤さんの電話は何がなんでも絶対とれと…」

「それは、とれ」

「はい。後は食えって…食ってから話をするって。また、連絡するそうです」

「あはは、そうか。確かにな。なら、飯作るか」

 神谷と一緒にご飯を作りながら直は今日は仕事で明日まで帰らないから二人分を作った。食事は神谷と二人で食べた。

「あの…食費とかは…」

「自炊なら無料だ。スーパーで買ってきたレシートを月締めで送ればオッケーだ。自分だけで買ってきたのはダメだがそれ以外は経費で落としてくれるってな。上限はあるが俺と直は自炊好きだし人に作るのも好きだからやってる。もう一人の渡辺は殆ど自分で買ってるな」

「そう…ですか」

「俺らはほぼ24時間体制だから、結構そういうのには手厚い」

 そんな話をしていたらドアが開いた。出てきたのは噂をしていた渡辺だった。

「食うか?」

「あー…いいです」

「こんばんは…」

「コンバンワ」

 と返した渡辺はチラリと美日下を見た。

「斎藤さんの?」

「そうだ、食えって言われてるらしいから俺が作ってやってる」

「へぇ…」

「何だ、座るのか?」

「お茶もらえます?」

「いいぞ」

 神谷がお茶を用意しにいった。美日下は含みのある言い方に違和感があったが気にしても仕方ないと思い渡辺が座る中ご飯を食べ始めた。

「仕事が終わらない…」

「そういうもんだろ」

「あっちが終わればこっちが、次から次へと問題が出てくる」

「売上いいだろ?」

「売上が良ければいいというわけでも」

「上は売上しか気にしてねぇの、だから仕方ねぇの」

「わかってます。だけどこういろいろ起こると…あ、どうも」  

 自分には関係ない話ではあるがこれから先、そうではなくなるのではと一生懸命聞き耳をたてていた。

「斎藤さんも忙しいし、店に来てとも言いづらい」

「自分で何とかしろよ」

「まぁ、そうなんですけど。やっぱり…少しもらいます」
 
「あ、俺が取りに行きます。どれくらい欲しいですか?」

「そんなには…少しでいいです」

「わかりました」

 ご飯をよそい少なめに渡した。

「ありがとう。えーっと…名前なんだっけ」

「佐野美日下です」

「佐野君ね、ありがとう」

 一通り話を終えるとまた渡辺は部屋に戻っていった。美日下も片付けをして部屋に戻り斎藤に言われたやることを考えた。まだ連絡していないバイト先に事故に巻き込まれ病院にいることにして無断欠席を謝った。また、怪我が治らず店に迷惑をかけるので辞めたいと伝えたのだった。

その他にアパートの大家には斎藤からのメールの指示に従い説明をした。すでに家族から連絡が来て説明をされたと言っていたので不思議に思ったが斎藤が穏便にしたのだと余計な事は話さなかった。

 数日経ったが未だに斎藤から連絡はなく神谷、直と過ごす日が続いた。何もすることがなく外に出る許可をもらうことにしたが自分から連絡していいのかわからず神谷に頼み連絡してもらった。斎藤からメールが届いたようで一時間以内に帰れるなら良いと言われた。それと財布のお金は好きに使って良いと言われ美日下は久しぶりに外に出掛けることができた。

 昼間はオフィスや外食店が賑わうこの街。初めて散策するが意外と周りには健全なお店が沢山あった。その辺のカフェでお茶をすると、周りは自由で溢れていた。自分は真逆で監視された世界にいるのだと思うと今まで見てきた人達の見る目が少しだけ変わった。一時間はあっという間に終わってしまった。

 事務所に戻ると見慣れない靴が二足脱いであった。

「戻りました」

 特に返事はなくリビングへ向かうと二人の男がパソコンの画面を食い入るように見ていた。その周りを神谷と直がいつもと違う雰囲気で取り囲んでいた。キッチンへ行きお湯を沸かすとさっき買ってきたコーヒーの粉にお湯を注いで4人分だした。

「良かったらどうぞ」

「ありがとうございます」

 一人の男が丁寧にそう言った。美日下はさらに器に茶菓子を出した。その音を聞いて男は手を休めたのだった。

「後、ここ調べて。最後まで、よろしくお願いします」

 立ち上がるとダイニングの椅子に腰掛けコーヒーを飲み始める。

「今、丁度飲みたかったんです。もう少し作業があるんですけど休憩にしました」

 神谷と直はパソコンの男から離れずずっと見守り続けていた。にこりと笑う男につられ美日下も少しだけ広角を上げた。お菓子もつまみながら男は丁寧に食べた後の包み紙を折り始めいきなり話をした。

「先日、夜中にネズミを見つけて。東京のネズミは大きくて狂暴で病気もってるんですけどね。毒団子っていうんですかね。ああいうのしたんですけど効き目が切れてたようで全然ダメでした。あいつら殺しても殺しても繁殖力がすごくて手を焼いてるんです」

「はぃ…」

「で、仕事以外に仕事が増えてしまってイライラしてたんです。寝不足だったし。そしたら丁度良いタイミングでコーヒーを淹れてくれて助かりました。美味しいですよ」

「ありがとうございます…」

「君は優しさをお金で買いますか?」

 男はコーヒーカップを回しながら聞いた。

「多分…いいえです」

「ここは優しさも金で買う世界。優しくしてもらいたいなら金を払わないと優しくしてもらえないんですよ。逆に優しくしたくてするやつは金を払って優しくする。優しくしてれば何かを得られるなんてのは傲慢」

「優しさは見返りですか?」

「殆どがそうだと思ってます。優しくしてもらいたいから優しくする。けど金を貰っても優しくして欲しくないやつもいるかもしれない」

「優しくされたから優しくで。優しくされなかったら優しくしないという事ですか?」

「優しくしないか…ネズミはどうだろうか。優しくしたら出ていってくれるだろうか」

「出ていって欲しい者に優しくするんですか?」

「ははは、ですよね。穏便にネズミを追い出すにはどこか別の人のうちに行ってもらうのがいいですけど」

「それだと別の家が困ります」

「はい。だがうちは安全になる。それに誰かがいつか駆除しなければ繁殖し続けて家のを食い散らかす」

「はい」

「だから困ってるんだよね、自分勝手にするしかないんだ結局は。人なんて自分勝手なんだから。押し付けあうしかないんですよ」

「ネズミ島ができればいいです。そこから出れないネズミ島を」

「孤立したネズミ島…か。懐かしいですね」

「?」

「その本の最後は…どんな風だったか…ずいぶん昔の本だったな…」

「できました」

「私の付き添いのコーヒーも飲んでいいですか?」

「あ、新しいのいれましょうか?」

「いえ、ぬるくなったのでいいです。もったいないですから」

 ぐいっと一気に飲み干すと席を立った。鞄にパソコンやらを詰め込むと二人は帰りの支度をして玄関に向かった。

「おじゃましました。また来ます」

神谷と直もドアまで見送ろうとしていた時だった。

ヴヴヴ ヴヴヴヴ

「どなたか電話ですよ」

 美日下だった。しかも相手は斎藤からでとるのに迷ってしまった。

「あ、あの。すみません!」

「構いません、どうぞでてください」

美日下は頭を下げると電話をとった。

「遅い!」

「すみません。あの、今お客さんが来てますから後ですぐかけ直しま…」
「誰や」

「名前までは…わからなくて…」

「岸です」

「岸さんと言う方です」

「……。」

「斎藤さんですね。どうぞスピーカにしてください」

「斎藤さん、スピーカにします」

「どうも、お久しぶりです。岸です。いつもここは来る甲斐あります。仕事の方はどうですか?」

「ぼちぼちですね」

「それは良かったです。稼ぎ頭ですから今後とも宜しくお願いします」

「岸さんからそんな言葉がでるなんて思いませんでした」

「訛りはまだ治ってないようですね。貴方の性根のようです」

「岸さんも元気そうで何よりです。近いうち会いましょうね」

「いえ、私は忙しいのでまたの機会で。では、失礼します」

 美日下はスピーカを辞めると斎藤の電話をそのままにした。

「美日下さん、コーヒーありがとうございました。くれぐれも斎藤さんには気をつけてください。では、失礼します」

そう言い残し岸は出ていった。

「神谷ー!!塩撒け塩!!」

 スピーカにしなくとも聞こえる声だった。二人は言われた通り塩を外に巻いた。神谷に代われと言われ携帯を渡すと神谷は先ほどのパソコンを見ながら難しい話をずっとしていた。

「直さん、岸さんは税理士ですか?」

「そうだけど…」

「あの人はズブズブのヤクザだ。加成さんとこの」

神谷がすかさずそう言ってまた電話に戻った。

「見えなかったです…しっかりした身なりだし会話も普通でしたよ?」

「確かに普通の身なりに普通の仕事もしてるけど見えるだけ。ヤクザお抱えの税理士。うちの店舗の抜き打ちをこうやってたまに来る。お金をくすねてないか、売上をごまかしてないかって」

「正直、美日下の話でこっちの人の見てるとこ甘かった。今回は助かりましたね斎藤さん。はい、代わります」
 
 斎藤から電話を受けた美日下は話が止まっていたのを思い出した。

「美日下、岸が何か言うてなかったか?」

「コーヒーだしたら飲んでくれて。そしたらネズミの話をしだして。昨日の深夜ネズミが出て駆除したけど繁殖力が強いからまだいるとかなんとか…寝不足でイライラしてるって」

「わかった、大した話してないな?」

「はい、でも俺の名前は知ってたみたいです」

「そうか、とりあえず俺が戻るまでそこにいろ。んで、今日カフェ行ったんか?」

「え、あ。はい。お金ありがとうございました」

「何か使ったんか?」

「お茶して、コーヒーの粉を買ってきました。それをさっき出しました」

「……。何で俺より先に岸が飲まなあかんねん!俺の分残しとけ!!」

「まだ、少し残って…」
「「いただきまーす」」

「おい!!神谷、直!!お前ら聞こえてんぞ!!勝手に飲むな!」

 斎藤は怒って電話を切ってしまった。話しはなんだったんだろうと思った。
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