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227.

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※前回の話でミスがありました※

 前回のシーン、ケイのセリフで

「公爵家のご令嬢が行方不明になったようでしてな。シルフィール公爵家から協力を要請されて、手伝いにいってきますぞ」

 というセリフを入れ忘れてました。
 変更点はそれだけです。

※すみません※



 13騎士隊の詰所にはアグラと、ディナとガーウィンしかいなかった。
 ディナはつかつかとアグラに近づいていき、声をかけた。

「アグラさん」
「ぴぃ!」

 ディナが声をかけると、アグラは怯えた声で身を竦ませた。
 こんな反応今までなかったことだ。一体、何をやらかしたんだと不安になる。

 単刀直入に聞く。

「一体、あのあと何をやったんですか。あの子は無事なんですか?」

 あのあととは、自分たちに精神支配の魔法をかけて、情報を自白させたあとのことだ。

 それを聞くと、アグラは椅子に座った状態のまま、ずるずるとその場に崩れ落ちた。テーブルに伏せられた顔からは、すすり泣く声が聞こえてくる。
 一体何事かと、呆然と見ていると、アグラが搾り出すように呟いた。

「わしは……わしはぁ……。人を殺めてしまったかもしれん……」
「ええ……!?」

 眉をひそめて、聞き返すディナ。
 そんなディナたちに、アグラは泣きながら事情を説明をした。

 全部を聞き終えたあと、ディナは呆れた表情で言った。

「じゃあ、公爵家の娘を川に突き落として、そのまま何もせず帰ってきたってことっすか……?」

 どうやら『あの子』の正体は、後継者失格となった公爵令嬢だったらしい。なぜ、あんな力を持っているのか知らないが……。
 そしてケイたちが探しているといっていたのも『あの子』のことだろう。アグラの話によると、まったく別の場所に誘い出してからやらかしたのだから、まったく見当違いの場所を探している状態だったが。

「何もしてなくなくない! ちゃんと探した! ちゃんと探したぁーっ! でも見つからなかったのじゃぁっ!」

 子供みたいな言い訳に、ガーウィンも呆れ顔だ。

「なんでそんな状況になって仲間たちに報告しなかったんだ……」
「だって……だって……」

 アグラは鼻をすすりながら言う。

「……知ったら絶対みんな怒るし」
「子供ですか! あんた一体いくつですよ!? そんなだから誰からも仕事を任せられないんっすよ!?」
「そうだぞ。以前、ケイ殿より在籍期間が長いのに未だ役職に就けないと愚痴っていたが、当然の成り行きだ」
「うううぅぅぅぅぅ……」

 ディナとガーウィンからここぞとばかりに責められて、アグラは声をあげて大泣きした。


「ううぅぅぅぅ……ううううぅぅぅぅぅ……」

 そのまま机に突っ伏して、年甲斐もない醜態を晒し続けるアグラ。
 もはやディナもガーウィンも、どん引きや呆れを通り越して、憐憫すら感じてきた。

「あーもう……。仕方ない。私たちが協力しますんで探しなおしますよ」
「えっ……?」

 ディナからでた優しい言葉にアグラは驚いた表情で顔をあげる。

「あの子めちゃくちゃ頑丈でしたし、川に投げ出されたくらいなら生きてるでしょう。川べりを捜索していったら、どこかに迷い着いてるかもしれません」

 何しろ、ディナの黒渦相手に、それを体ひとつで避けまくって勝ったのだ。
 その身体能力は折り紙つきだ。

 川に落ちたからといって、それでどうにかなるとは思えない。

 こうなってくると、アグラが怒られることを恐れて、みんなに報告しなかったのも幸いだったかもしれない。そんな強力な力を持っていながら隠していたあの子にとっては、周囲にばれるのは嬉しくないことだったろうから。

 隠蔽に協力するのは本意ではないが――正義感などではなく、めんどうごとを抱えたくないという意味で――あの子には恩があるのだ。結構、自分でも義理堅いと思うディナだった。

「そうだな、俺も協力しよう。もう一週間以上経ってるらしいが、俺とディナがいれば捜索範囲は格段に広げられる」
「お、おまえたちぃ……」

 アグラが感動したきらきらした瞳で見つめてくるが、別にこの相手のために提案したことではなかった。

 まあ生きているというのはあくまで推測に過ぎず、もしかしたら亡くなっている場合もあるのだが……。
 そのときはアグラを公爵家に突き出して、自分は無関係だと主張しよう。意味もなく懐いた子犬のような目で見上げてくるアグラを横目に見て、ディナははっきりそう心に決めた。

「それじゃあ、いきますか」

 三人の騎士は、そうしてエトワの捜索を開始した。

***

 あれから、ダリアはエトワに学生時代のいろんな話を聞かせてやった。
 シルウェストレの君たちと共に、クロスウェルの生徒会を手伝ったこと。スカーレット侯爵家の君の協力で、初めてのデートにこぎつけたこと。フィン侯爵家の君の介入で危うく失敗しかけたこと。なんどかアプローチをかけてるうちに、わかりにくいけどいい感じになってきたこと。最初は相手の仕草や感情の意味がわからなかったけど、だんだんと理解できるようになって、それに気がついて嬉しかったこと。
 エトワも嬉しそうに、じっとしてその話を聞いてる。
 普段は面倒な子供だと思ってたけど、そういう姿を見ると、少し可愛く思えてくる。

 話してるうちに、ふと思い出す。

(そういえばエレメンタって途中から学校に来なくなったのよね……)

 それは唐突なことだった。
 中等部3年生の時、急に学校にこなくなったのだ。彼女の家の人間から、病気を患いしばらく学校に来れないと、桜貴会の人間には連絡があった。
 それっきり、ダリアが彼女の姿を見てない。

 もちろん、ダリアが陰で何かやったとかはない。彼女とは結局仲直りできなかったし、あの後も何度もいがみあってぶつかることはあった。けど、スカーレット家の君が二人に睨みを効かせてたので、ダリアも一線を越えることはなかったし、あちらも取り巻きと一緒に嫌味を言ってくるぐらいだった。
 特に中等部三年生のころには、大きな衝突もなかったはずだ。

 その後、彼女について耳にしたのは、高等部を卒業してすぐぐらいに、アリエル侯爵家の当主と結婚したという報告をもらったぐらいだ。
 アリエル侯爵家もシルウェストレ五侯のひとつであり、その次期当主だった君は当然クロスウェルの護衛役であり、ダリアも話すぐらいの関係ではあった。

 ただシルウェストレの君たちといっても、やっぱり人間なので内部でグループというか、それぞれに距離感の違いというのはあって、学生時代はスカーレット侯爵家やフィン侯爵家と親しかったダリアは、アリエル侯爵家の君とはそこまで親しくなかった。
 結婚後、エレメンタと一緒に結婚の報告に来なかったことに少し違和感を感じたけど、学生時代のことを根にもってるのかもと、大して気には止めなかった。

 彼女とはそれっきりだったのだ。気にしてなかったけど、あらためて考えると奇妙な話しだった。
 少し考え込んでると、服の裾をくいくい引っ張られる。

 エトワだった。どうやら続きを話して欲しいらしい。

「はいはい」

 ダリアはそう返事をすると、続きを話してやった。
 クロスウェルといい感じになってきて、もう告白されてもいいんじゃないか、私から告白すべきなのか、そう悩み始めたころのことだ。ダリアとしては最高潮の場面だった。

「それでね、長期の休みにここの別荘に招待されたの」

 ダリアはそういうと、友達に大切な秘密を聞かせるような表情になって。

「この別荘から少し丘をくだった先の森にね、天然の花畑があるの。綺麗に一面、真っ白な花がさいていて。そこに呼び出されて、クロスウェルさまにプロポーズされたの『私の妻になって欲しい』って!」

 それはダリアにとって一番大切な思い出だった。
 そのときの喜びも思い出したダリアは、興奮した様子で天井を見上げて、両手を広げて見せた。

「私は勝ったのよ! 兄さまに!! 父さまにも母さまにも期待されてなかったのに! 侯爵家の娘として大金星を挙げて、最高の幸せを自分の手で掴んでみせたの!! 成功したの!!!」

 そうやって過去のしばらく喜びをかみ締めたあと、視線を下げると静かなエトワがいた。
 エトワは何故か自分を責めるような表情で見ている。

「うー」

 その反応に、ダリアは焦った。
 いつもは分からないエトワの言わんとしていることが、何故だかこの時だけ、分かったような感じがしたのだ。それはもしかしたらダリア自身が、その負い目を自覚していたからなのかもしれない。

 ――大切な人に告白されたのに、嬉しいのは家族を見返せたことなの?

「べ、べつにクロスウェルさまに告白されて嬉しくなかったわけじゃないのよ。ちゃんと大切に想ってるし、愛してる。プロポーズされたのだってすごく嬉しかった! でも、それだけじゃないでしょ!? 私にはいろいろあるのよ! 家族のことだって少しくらい見返してやりたいって思ってたし、貴族の娘として誰よりも成功したいと思うのだって当然のことでしょ! 私だけじゃない、みんな誰だってこういうことぐらい考えてるわよ!」
「…………」

 エトワから返ってきたのは、肯定とも否定とも取れない沈黙だった。
 
「私は間違ってない……」

 ダリアはエトワにというより、自分に言い聞かせるように呟いた。


***

 それからもダリアとエトワは一緒に過ごした。
 一緒に過ごしていくと、自然と相手への愛着もわいていくものだ。

 ダリアは自分の心境の変化に、ちょっと信じられない思いをしながらも、膝抱っこしてやったエトワの頬をつついた。

 いまいちアホでめんどくさい子供だけど、最初にここに来たときのような嫌悪感はいつの間にか薄れて、自分で面倒をみているせいか、それなりに可愛くも思える。

「ねぇ、あんた。レミニーたちが戻ってきたら、私の推薦でどこかの学校に入れてあげようか? さすがにルーヴ・ロゼは無理だけど、私の推薦なら結構いい学校に入れるわよ」
「あうー」

 名前をしらないから、あんたと呼ぶしかない女の子。
 意味を分かってるのか怪しいけれど、そういわれてダリアの前で嬉しそうに頷く。

 でも、そうなると学校に入らせる前に、礼儀なんかやせめて少しの言葉ぐらいは覚えさせたい。

 そういう意味では、絵本に興味があるのは都合がいいことかもしれない。 
 ダリアは引き続き、エトワに本を読み聞かせてやっていた。

 今日もエトワが自主的に本を持ってくる。
 持ってきたのは『小さな魔女』という絵本だった。

「よく見つけてくるわね」
「あうー」

 どこで見つけてきてるのか知らないが、毎回、新しい本を持ってくることに、呆れ交じりでそういうと、誇らしげな顔で「あうー」と言った。

(別に褒めてもないんだけど……)

 微妙な気分になったが、本は読んでやる。

 いじわるな小さな魔女が、町でいろいろ悪さをしていた。

 牧場のヒツジを逃がしたり、花壇を荒らしたり、人々を困らせていく。
 そんな魔女が、遂に主人公の前にも現れた。

 魔女は彼女がとても大切にしていたぬいぐるみをどこかに消してしまったのだ。

 そこまで読み上げたところで――

「テンキサァアアアアアアアン!」

 いきなりエトワが叫びだした。

「うわぁっ!?」

 ダリアは純粋にびっくりして、のけぞってしまった。

(しゃ、しゃべれたのね……)

 以前、しゃべるところを目撃して、それがレミニーたちとの喧嘩の原因になったわけだけど、そういうことはすっかり忘れていた。

「テンキサーーーーン!!」
「ちょ、ちょっと……落ち着きなさいよ」
「テンキサァアーーーーーーン!」
「ねぇってば……」

 宥めようと声をかけるけど、まったく効果がない。
 何故か、とても怒った様子で立ち上がり、地団太を踏んでいる。

 ダリアはどうしたものかと困ったあと、その頭に手を伸ばした。そしてよしよしと撫でてやる。

 すると、ぐずりながらも動きが止まった。

「テンキサンってやつにひどいことされたの?」

 そう尋ねると、エトワは首を横にぶんぶんふった。

「じゃあ、テンキサンってのがこの魔女みたいなのに酷い目に合わされた?」

 すると今度は首を縦にぶんぶん振って頷く。

「はいはい、分かったわ。今度その魔女見つけたら私が倒してあげるから」

 そう言うと、ようやくぐずりが止まる。素直なものだ。
 ダリアはなんだか微笑ましい気分になった。

 しゃべれるとわかったら別のことも言わせて見たくなる。頭を撫でながら、要求してみた。

「ねぇねぇ、ダリアって言える?」
「あうあー?」

 違う。確かにいつもよりは近いけど、全然違う。
 そもそも、いつもの「あうー」からまったく成長してないし。

 なんでテンキサンだけ、はっきりいえるのよ、そう思いながらも――。
 不思議と暖かい気持ちになる。

(ふふ、でもいつもよりがんばってたし、なかなか可愛いところあるじゃない……。私に娘がいたら、きっとこんな感じだったのかしら?)

 そこまで考えたとき、頭が嫌なことを思い出しかけた。
 暖かい気持ちに、さっと冷や水を差される。

 その嫌なことが何か、本当は分かっていながら、ダリアはそれが靄みたいな思考のうちに頭から追い出した。

 すると、エトワを撫でていた手も止まる。
 もう少し撫でてほしそうに、エトワが見上げていたが、ダリアは立ち上がった。

「そろそろ晩御飯の準備しないと」

 ダリアはそう言い訳して、エトワの傍を離れた。

***

 その夜、ダリアは夢を見た。

 エトワと遊ぶダリアを、横から小さな少女が恨めしそうに見つめている夢。
 その少女は、黒い霧のようなものに包まれていて、顔もその姿も分からない。

 でも、ダリアにはそれが誰か分かった。
 自分の娘だ……。産んで、すぐ見捨てた、自分の娘。

 産んだとき以来、会ったことはない。どんな姿なのかも知らないし、名前すら忘れようとしていた。
 だから顔すらも分からないのに、娘であることはだけは分かる……。

 きっと自分を恨んでいることも……。屋敷に迷い込んできた名前も知らない少女に母親気分になってる自分を冷ややかな目で見ていることも……。

 ダリアは叫んだ。

「あんたが悪いんじゃない……! あんたが魔力を持って生まれてこないから……!」

 その声が鏡のように闇に反響し返ってくる。

(それはあなたの目の前の、名前も知らない女の子も同じでしょう? 魔力なんてない、魔法なんて使えない、言葉すらろくに喋れない、出来の悪い子。なのに、その子は愛せて、あの子は愛せなかったの……?)

 目が覚めたとき、ダリアは汗だくで、その顔は真っ青だった。

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