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連載
247.
拝啓、お父様、お母様。
まだ一日しか経ってませんが、ルヴェンドの家を離れ、私は護衛役の子たちのご実家で、平和に過ごしています。
昨日は倒れるまで走らされ、今日は訪れた町の町長、あらため長老さんが槍を持って、私たちに飛びかかってきました。
そんな平穏な生活に、ルヴェンドでの生活がちょっと懐かしく感じてしまいます。
「私がお相手します」
いつの間にか槍を持っていたソフィアちゃんのお母さんが、みんなの前にたって長老さんの槍を受け止める。キンと槍の金属がぶつかる甲高い音が周囲に響いた。
ソフィアちゃんママは、そのままくるっと槍を回し、投げ技のように器用に長老さんを地面に倒した。
素人目から見ても、見事な槍捌きだった。
「ぐはっ、参りました!」
長老さんは、すぐに白旗を上げた。
それから、立ち上がり、ソフィアちゃんママの槍の腕を褒め称える。
「さすが奥方様。不意打ちにも関わらずあの素早い対応。何より、いつ見ても美しい槍捌きでございますな」
「町長さんも80歳を過ぎてるとは思えない一撃でした」
「いえいえ、最近はめっきり跳躍力も衰えてきて、鍛え直さねばならんなと思っていたところです」
ははは、とまるで日常会話をしているみたいに和やかな雰囲気が流れる。
ソフィアちゃんも、そのパパもニコニコしていた。
ただ一人、流れについていけてない私に、ソフィアちゃんが教えてくれる。
「この街では、みなさんが槍の訓練を毎日されているんです。こうして訪れた時には、私たちは地稽古を挑まれたりします」
「何故に……」
「ははは、他国が攻めてきた時、侯爵家の方々だけを戦わせるわけにはいきませんからな。私たちも常に戦う準備をしておるわけです」
「もしそんな事態が起きたら、ちゃんと逃げてくださいと、僕は毎回言ってるんですけどね」
ソフィアちゃんパパの言によると、町の人たちが自主的にやっているようだった。
そうこうしている間に、鐘が鳴り響いた。どうやらお昼を知らせる鐘のようだ。朝の仕事や家事を終えた人たちがぞろぞろとこの場所にやってきた。
町の人たちの目当ては、もちろんソフィアちゃん家族だ。
「奥方さま、私も稽古をお願いします!」
「はい、構いませんよ。どんどんかかってきてください」
やってきた人たちは、次々とソフィアちゃん家族に槍の稽古を申し込む。
「ソ、ソフィア様、僕と戦ってください」
「よろしくお願いします」
ソフィアちゃんに挑むのは、同じ年頃から少し上の少年たちが多かった。並ぶ少年たちの頬は少し朱を帯びている。
きっとこの町でソフィアちゃんに初恋を奪われた男の子はたくさんいるんだろうなって思った。中にはぐっと拳を握って、何かを決心している少年もいた。たぶん、稽古に勝ったら告白するんだ、とか考えてるのだろうか。
「フィン侯爵さま! 私と稽古をしてください!」
「ええ、いいですよ」
そう、真っ赤な顔で叫んだのは、町にはいって最初に迎えてくれた、洗濯をしていた女性だった。
ここまで走ってきたのだろう、息を切らしていたが、顔が真っ赤なのは別の理由だと思う。恐らく、ソフィアちゃんパパのファンだったのだろう。稽古をしてもらいたくて、休憩時間になるとすぐに走ってきたっぽいことが察せられた。
そうしてソフィアちゃん家族の前に、稽古を求める長蛇の列ができてしまっていた。
槍術なんてからっきしの私は見学しているだけになる。
それにしてもソフィアちゃんのお父さんもお母さんも、ソフィアちゃん自身もかなりの強さだった。
ソフィアちゃんは告白目当ての男子を全員粉砕してしまったし、お父さんもいつも通りの爽やかな笑顔で全勝している。特にすごいのはソフィアちゃんのお母さん、石切場で働いていた屈強な男性たちが挑戦していたけど、一振り二振りで決着をつけてしまう。たぶん、家族の中でも一番強いのはあの人だろう。
全員、魔法使いの親子のはずなんだけどなあ……
護衛役の子たちが武芸の訓練もしてるのは知っていたけど、ここまでとは思わなかった。
「おい、お前誰だ?」
ちょうど良さそうな段差に座って見学していたら、横から声がかかった。
ソフィアちゃんに挑戦している少年たちより、下の世代の子供たちがいた。
「ソフィアちゃんの家にお世話になってるエトワだよ~。よろしくね~」
私から見ても年下の子供なので、手を振っておく。どうやら小さい子供は槍の訓練には参加させてもらってないみたいだ。
柄まで金属製のこの町の槍はかなり重い。小さい子供が扱うには無理だ。だから、ソフィアちゃんに挑む少年たちも、小さめの槍を使ってる。それでも結構重いだろう。
「ふ~ん、変な目と模様」
子供は正直だ。
男の子は私の額に刻まれた失格の印と糸のように細い目を、変だとズバッと指摘したあと興味なさげに走っていってしまった。
他の男の子もその子を追いかけていく。
「ねえねえ、あなたは槍の訓練しないの。私たちはまだできないんだけど」
男の子はみんな去ってしまったけど、女の子はまだ私に興味があり残っていたようだ。
「いやあ、私は槍はまったくできないからねえ」
「エトワさまは槍は習っていませんが、剣の名手なんですよ! 天才と呼べるような腕前なんです!」
いつの間にか私の横に移動してたソフィアちゃんが、そう自慢げに周りに宣言した。
「ほう、天才!」
「天才ですか」
「天才とは」
天才というフレーズが衆目を集めてしまった。
「いえ、そんなん大したものじゃないです。少し我流で覚えてるだけで」
さすがに天才という称号は荷が重いし、こうして周りから言われてみると普通に恥ずかしい。
「たぶん、お世辞だぜ。だって見るからに鈍臭そうだもん」
「うん、そんな感じだね~」
向こうに走って行った男の子が、戻ってきてそう言った。この子は私に恨みでもあるのだろうか。
でも、そっちの方が気楽なので否定はしない。
しかし、それに怒ったのはソフィアちゃんだった。
「違います! エトワさまは本当の天才なんです! みなさんも一度と戦ってみればわかります!」
ぷくっと頬を膨らませ、駄々っ子みたいに怒り出した。
今まで令嬢モードのソフィアちゃんしか見せてこなかったのだろう。急に年相応の表情を見せ始めたソフィアちゃんに、町の大人たちはおろおろと焦り出す。
「剣は! 剣はありませんか! それとエトワさまに見合うような対戦相手を!」
ソフィアちゃんがこんなにわがままを言うのは珍しい。
町の人たちは大慌てだ。
「け、剣ですか!? この町は代々、先祖から受け継がれた槍しか置かれてないので……」
どうやらこの町で剣を調達するのは難しいようだ。
「対戦相手は見つかりました! 去年の槍術大会で優勝したジークです!」
いや、そっちも見つけなくていいから……
「ええ!? 今日、僕休みもらえるはずじゃなかった?」
寝巻きをきた青年が、手を引かれて広場にやってきた。
なんか、ごめんなさい。
「剣は見つからなかったですけど、剣っぽい形の切り出す前の石なら見つかりました!」
なぜにそんなものが……
細い棒状の、確か剣の形をしてないこともない石を私はとりあえず受け取った。
「それでは……」
長老さんがそう言って、開始の号令をかけようとしたけど……
いやいやいや。
「町長……鉄の槍と石の剣では勝負にならないかと……。特にこの周辺の石は脆いものが多いので……」
言いたかったことを、対戦相手のジークさんが言ってくれた。
私が持っている石の剣?は、形は剣に似ているものの、表面はひび割れていて、こうしてある間にもポロポロと崩れていた。こんなので鉄の槍と打ち合えば、すぐに壊れてしまう。別に勝ち負けには拘らないので、やってもいいけど、それで負けたとしてソフィアちゃんが納得できるのかは謎である。
「ソフィア、落ち着きなさい」
「そうです、わがままを言い過ぎですよ」
ソフィアちゃんのお父さんとお母さんも諌める。
そもそもとして、ことの発端となった発言をしてしまった子供は、ソフィアちゃんを怒らせてしまったため、涙目でガクガク震えていた。すでにその子の心の中は後悔で一杯だろう。
こんな勝負をしたところで、誰も得しないのだ……
「むーーー……」
でも、ソフィアちゃんにはまだ納得しがたいポイントがあるらしい。
こちらも涙目になりながら、頬を膨らませて、まだうんとは頷かない。
そんな姿にどうやって宥めてあげたらいいか、考えてると。
「ちょっと、あんたたち! ヤリはさわっちゃダメっていわれてたでしょ!」
大人たちの注目が集まっていた隙に、残った子供たちが鉄の槍を触って遊び始めてしまったようだ。
女の子が注意してくれてたけど、止まらない。
「うるせー!」
五人がかりで槍を持って、振り回して遊んでいる。
かなり危ない。
慌てて大人たちも止めに入ろうとするけど、その前に事件は起きた。
石畳に先頭がつまずき、それにつまずいてみんなが倒れて、槍が投げ出され注意した女の子に飛んでいった。
私はそれを見た瞬間走り出していた。
(天輝さん、斬鉄を解放!)
『承知した』
斬鉄は私の体に宿るスキルなので、力を解放しなくても使える。
まあ、あんまりいい思い出ないから、解放したくないんだけど……そんなことも言ってられない。
そしてそのまま、石の剣で鉄の槍を何度も斬りつけた。
切断された槍の残骸は、掛かる力が変わって、女の子を避けるように軌道を変える。
そしてそれは空中でピタッととまった。
振り返ると、ソフィアちゃんとそのお父さんお母さんが魔法を使っている。三人とも、どうやら魔法で飛んできた槍を停止させていたようだった。これは私が何かする必要もなかったっぽい。
けど、とりあえず、女の子に怪我がなくてよかった。
ホッと胸を撫で下ろした瞬間、町の人から驚きの声があがった。
「今の見たか!」
「石で鉄の槍を!?」
「まったく太刀筋がみえなかったわ!」
長老さんが感動したように涙を流していた。
「なまくらの武器を以って鉄を切り裂く。これぞ武術を極めし者の技。まさかこの老いぼれの目で拝めようとは……」
ジークさんが頭を下げていた。
「あなたと石の剣では勝負にならないなどと言って失礼しました。勝負にならないのは私の腕前の方でした……」
いや、まったく失礼なこと言ってないし、謝らなくていいんですよ……
その後、町に滞在している間中、町の人たちからキラキラした瞳で見られることになった……
そしてソフィアちゃんはそんな私の横で、どこか誇らしげな表情をしていた。
あと男の子たちはめちゃくちゃ叱られた。
もう、これでもかというくらい、全力で大盛りで叱られていた。
***
町から帰ってきた夜。
私はソフィアちゃんと一緒にベッド座っていた。
今日は一緒に寝ることにしたのだ。
「男の子たち最後はちょっとかわいそうになるぐらいだったねえ」
あの叱られようはすごかった。
男の子たちも2度とやらないだろうと確信できるぐらいに。
「危うく怪我させてしまうところだったので仕方ありません。……けど、私もあの騒動の一端を作ってしまったので反省してます」
ソフィアちゃんも完全に気が落ち着いたらしい。あの場でわがままを言ってしまったことを反省し始める。
「ソフィアちゃんは普段がいい子すぎるから、たまにはああしてもいいんだよ」
私はその頭を撫でてあげた。
「でも、あの子たちを見ていると、リンクスくんたちが悪ガキだったころを思い出すねえ」
今では学校中から尊敬を集めているリンクスくんたちだけど、昔は暴れん坊だった。それで調子にのって、大きな事故を起こしてしまい。それを反省してどんどん成長していったのだった。今日事故を起こした男の子たちもそうなれればいいんだけど。
「あのときエトワさまに助けて頂かなければ私たちの命はありませんでした。エトワさまはすごいお方です」
「いやいや、ソフィアちゃんたちが私を守ってくれたから、あの時力の解放が間に合ったんだよ」
あの時、護衛役の子たちに見捨てられていたら、天輝さんとも再開できず、みんなを守ることもできなかっただろう。
そう考えると、あの頃からみんないい子だったのかもしれない。その中でも……
「そういえばソフィアちゃんは最初から私のことをいろいろと気遣ってくれてたよね。他の子が私を置いて遊びたがってた時も、一緒にいてくれたり。クロスウェル様の指示もあったと思うけどすごく助けられてたよ。ありがとうね」
あらためてお礼を言うと、ソフィアちゃんはすごく顔を赤くして焦り出した。
「あのとき……実はお父様とお母様のもと離れて寂しくて……。エトワさまをはじめて見たとき、お母様みたいな人だなって思っちゃったんです」
「ええ!? ソフィアちゃんのお母さんとちがって全然美人じゃないけど!?」
「エトワさまは美人です! でも、そういうとこじゃなくて、優しく私たちを見てくれるところとか、いつも穏やかで、でも本当はすごく意志が強いところとか……お話ししてるとお母様が側にいてくれるみたいで。だから私の方が一緒にいて欲しいなって思っちゃってたんです」
あのとき、そんなことを思ってくれてたのか……
いろいろと私を助けてくれたのは、ソフィアちゃん自身の優しさがいちばんの理由だと思うけど、ソフィアちゃんの助けになれてたらすごく嬉しい。
「エトワさまの護衛を命じられていたというのに情けないです」
「ううん、そんなことないよ。そう思ってくれてたなんて、すごく嬉しいことだよ。話してくれてありがとうね、ソフィアちゃん」
あの時、知らなかったソフィアちゃんの気持ちを知ることができた。
知らなかったソフィアちゃんの家族についても知ることができた。こうやってみんなの実家を訪れて良かったなって思えた。
それから、ソフィアちゃんのお家で過ごす五日間はあっという間に過ぎていって、私は毎日更新されていき治らなかった筋肉痛と一緒に次の子のご実家を訪問することになった。
*あとがき*
なんか心が荒んだのか、意味もなくエトワの地の文がとげとげしきなったような……
バランスを取り戻さないと。
しつこい宣伝すみません。
コミカライズ2巻、電子書籍もでたようなので何卒。アスカ先生が描かれるエトワや護衛役の子たち、本当にかわいいです。
まだ一日しか経ってませんが、ルヴェンドの家を離れ、私は護衛役の子たちのご実家で、平和に過ごしています。
昨日は倒れるまで走らされ、今日は訪れた町の町長、あらため長老さんが槍を持って、私たちに飛びかかってきました。
そんな平穏な生活に、ルヴェンドでの生活がちょっと懐かしく感じてしまいます。
「私がお相手します」
いつの間にか槍を持っていたソフィアちゃんのお母さんが、みんなの前にたって長老さんの槍を受け止める。キンと槍の金属がぶつかる甲高い音が周囲に響いた。
ソフィアちゃんママは、そのままくるっと槍を回し、投げ技のように器用に長老さんを地面に倒した。
素人目から見ても、見事な槍捌きだった。
「ぐはっ、参りました!」
長老さんは、すぐに白旗を上げた。
それから、立ち上がり、ソフィアちゃんママの槍の腕を褒め称える。
「さすが奥方様。不意打ちにも関わらずあの素早い対応。何より、いつ見ても美しい槍捌きでございますな」
「町長さんも80歳を過ぎてるとは思えない一撃でした」
「いえいえ、最近はめっきり跳躍力も衰えてきて、鍛え直さねばならんなと思っていたところです」
ははは、とまるで日常会話をしているみたいに和やかな雰囲気が流れる。
ソフィアちゃんも、そのパパもニコニコしていた。
ただ一人、流れについていけてない私に、ソフィアちゃんが教えてくれる。
「この街では、みなさんが槍の訓練を毎日されているんです。こうして訪れた時には、私たちは地稽古を挑まれたりします」
「何故に……」
「ははは、他国が攻めてきた時、侯爵家の方々だけを戦わせるわけにはいきませんからな。私たちも常に戦う準備をしておるわけです」
「もしそんな事態が起きたら、ちゃんと逃げてくださいと、僕は毎回言ってるんですけどね」
ソフィアちゃんパパの言によると、町の人たちが自主的にやっているようだった。
そうこうしている間に、鐘が鳴り響いた。どうやらお昼を知らせる鐘のようだ。朝の仕事や家事を終えた人たちがぞろぞろとこの場所にやってきた。
町の人たちの目当ては、もちろんソフィアちゃん家族だ。
「奥方さま、私も稽古をお願いします!」
「はい、構いませんよ。どんどんかかってきてください」
やってきた人たちは、次々とソフィアちゃん家族に槍の稽古を申し込む。
「ソ、ソフィア様、僕と戦ってください」
「よろしくお願いします」
ソフィアちゃんに挑むのは、同じ年頃から少し上の少年たちが多かった。並ぶ少年たちの頬は少し朱を帯びている。
きっとこの町でソフィアちゃんに初恋を奪われた男の子はたくさんいるんだろうなって思った。中にはぐっと拳を握って、何かを決心している少年もいた。たぶん、稽古に勝ったら告白するんだ、とか考えてるのだろうか。
「フィン侯爵さま! 私と稽古をしてください!」
「ええ、いいですよ」
そう、真っ赤な顔で叫んだのは、町にはいって最初に迎えてくれた、洗濯をしていた女性だった。
ここまで走ってきたのだろう、息を切らしていたが、顔が真っ赤なのは別の理由だと思う。恐らく、ソフィアちゃんパパのファンだったのだろう。稽古をしてもらいたくて、休憩時間になるとすぐに走ってきたっぽいことが察せられた。
そうしてソフィアちゃん家族の前に、稽古を求める長蛇の列ができてしまっていた。
槍術なんてからっきしの私は見学しているだけになる。
それにしてもソフィアちゃんのお父さんもお母さんも、ソフィアちゃん自身もかなりの強さだった。
ソフィアちゃんは告白目当ての男子を全員粉砕してしまったし、お父さんもいつも通りの爽やかな笑顔で全勝している。特にすごいのはソフィアちゃんのお母さん、石切場で働いていた屈強な男性たちが挑戦していたけど、一振り二振りで決着をつけてしまう。たぶん、家族の中でも一番強いのはあの人だろう。
全員、魔法使いの親子のはずなんだけどなあ……
護衛役の子たちが武芸の訓練もしてるのは知っていたけど、ここまでとは思わなかった。
「おい、お前誰だ?」
ちょうど良さそうな段差に座って見学していたら、横から声がかかった。
ソフィアちゃんに挑戦している少年たちより、下の世代の子供たちがいた。
「ソフィアちゃんの家にお世話になってるエトワだよ~。よろしくね~」
私から見ても年下の子供なので、手を振っておく。どうやら小さい子供は槍の訓練には参加させてもらってないみたいだ。
柄まで金属製のこの町の槍はかなり重い。小さい子供が扱うには無理だ。だから、ソフィアちゃんに挑む少年たちも、小さめの槍を使ってる。それでも結構重いだろう。
「ふ~ん、変な目と模様」
子供は正直だ。
男の子は私の額に刻まれた失格の印と糸のように細い目を、変だとズバッと指摘したあと興味なさげに走っていってしまった。
他の男の子もその子を追いかけていく。
「ねえねえ、あなたは槍の訓練しないの。私たちはまだできないんだけど」
男の子はみんな去ってしまったけど、女の子はまだ私に興味があり残っていたようだ。
「いやあ、私は槍はまったくできないからねえ」
「エトワさまは槍は習っていませんが、剣の名手なんですよ! 天才と呼べるような腕前なんです!」
いつの間にか私の横に移動してたソフィアちゃんが、そう自慢げに周りに宣言した。
「ほう、天才!」
「天才ですか」
「天才とは」
天才というフレーズが衆目を集めてしまった。
「いえ、そんなん大したものじゃないです。少し我流で覚えてるだけで」
さすがに天才という称号は荷が重いし、こうして周りから言われてみると普通に恥ずかしい。
「たぶん、お世辞だぜ。だって見るからに鈍臭そうだもん」
「うん、そんな感じだね~」
向こうに走って行った男の子が、戻ってきてそう言った。この子は私に恨みでもあるのだろうか。
でも、そっちの方が気楽なので否定はしない。
しかし、それに怒ったのはソフィアちゃんだった。
「違います! エトワさまは本当の天才なんです! みなさんも一度と戦ってみればわかります!」
ぷくっと頬を膨らませ、駄々っ子みたいに怒り出した。
今まで令嬢モードのソフィアちゃんしか見せてこなかったのだろう。急に年相応の表情を見せ始めたソフィアちゃんに、町の大人たちはおろおろと焦り出す。
「剣は! 剣はありませんか! それとエトワさまに見合うような対戦相手を!」
ソフィアちゃんがこんなにわがままを言うのは珍しい。
町の人たちは大慌てだ。
「け、剣ですか!? この町は代々、先祖から受け継がれた槍しか置かれてないので……」
どうやらこの町で剣を調達するのは難しいようだ。
「対戦相手は見つかりました! 去年の槍術大会で優勝したジークです!」
いや、そっちも見つけなくていいから……
「ええ!? 今日、僕休みもらえるはずじゃなかった?」
寝巻きをきた青年が、手を引かれて広場にやってきた。
なんか、ごめんなさい。
「剣は見つからなかったですけど、剣っぽい形の切り出す前の石なら見つかりました!」
なぜにそんなものが……
細い棒状の、確か剣の形をしてないこともない石を私はとりあえず受け取った。
「それでは……」
長老さんがそう言って、開始の号令をかけようとしたけど……
いやいやいや。
「町長……鉄の槍と石の剣では勝負にならないかと……。特にこの周辺の石は脆いものが多いので……」
言いたかったことを、対戦相手のジークさんが言ってくれた。
私が持っている石の剣?は、形は剣に似ているものの、表面はひび割れていて、こうしてある間にもポロポロと崩れていた。こんなので鉄の槍と打ち合えば、すぐに壊れてしまう。別に勝ち負けには拘らないので、やってもいいけど、それで負けたとしてソフィアちゃんが納得できるのかは謎である。
「ソフィア、落ち着きなさい」
「そうです、わがままを言い過ぎですよ」
ソフィアちゃんのお父さんとお母さんも諌める。
そもそもとして、ことの発端となった発言をしてしまった子供は、ソフィアちゃんを怒らせてしまったため、涙目でガクガク震えていた。すでにその子の心の中は後悔で一杯だろう。
こんな勝負をしたところで、誰も得しないのだ……
「むーーー……」
でも、ソフィアちゃんにはまだ納得しがたいポイントがあるらしい。
こちらも涙目になりながら、頬を膨らませて、まだうんとは頷かない。
そんな姿にどうやって宥めてあげたらいいか、考えてると。
「ちょっと、あんたたち! ヤリはさわっちゃダメっていわれてたでしょ!」
大人たちの注目が集まっていた隙に、残った子供たちが鉄の槍を触って遊び始めてしまったようだ。
女の子が注意してくれてたけど、止まらない。
「うるせー!」
五人がかりで槍を持って、振り回して遊んでいる。
かなり危ない。
慌てて大人たちも止めに入ろうとするけど、その前に事件は起きた。
石畳に先頭がつまずき、それにつまずいてみんなが倒れて、槍が投げ出され注意した女の子に飛んでいった。
私はそれを見た瞬間走り出していた。
(天輝さん、斬鉄を解放!)
『承知した』
斬鉄は私の体に宿るスキルなので、力を解放しなくても使える。
まあ、あんまりいい思い出ないから、解放したくないんだけど……そんなことも言ってられない。
そしてそのまま、石の剣で鉄の槍を何度も斬りつけた。
切断された槍の残骸は、掛かる力が変わって、女の子を避けるように軌道を変える。
そしてそれは空中でピタッととまった。
振り返ると、ソフィアちゃんとそのお父さんお母さんが魔法を使っている。三人とも、どうやら魔法で飛んできた槍を停止させていたようだった。これは私が何かする必要もなかったっぽい。
けど、とりあえず、女の子に怪我がなくてよかった。
ホッと胸を撫で下ろした瞬間、町の人から驚きの声があがった。
「今の見たか!」
「石で鉄の槍を!?」
「まったく太刀筋がみえなかったわ!」
長老さんが感動したように涙を流していた。
「なまくらの武器を以って鉄を切り裂く。これぞ武術を極めし者の技。まさかこの老いぼれの目で拝めようとは……」
ジークさんが頭を下げていた。
「あなたと石の剣では勝負にならないなどと言って失礼しました。勝負にならないのは私の腕前の方でした……」
いや、まったく失礼なこと言ってないし、謝らなくていいんですよ……
その後、町に滞在している間中、町の人たちからキラキラした瞳で見られることになった……
そしてソフィアちゃんはそんな私の横で、どこか誇らしげな表情をしていた。
あと男の子たちはめちゃくちゃ叱られた。
もう、これでもかというくらい、全力で大盛りで叱られていた。
***
町から帰ってきた夜。
私はソフィアちゃんと一緒にベッド座っていた。
今日は一緒に寝ることにしたのだ。
「男の子たち最後はちょっとかわいそうになるぐらいだったねえ」
あの叱られようはすごかった。
男の子たちも2度とやらないだろうと確信できるぐらいに。
「危うく怪我させてしまうところだったので仕方ありません。……けど、私もあの騒動の一端を作ってしまったので反省してます」
ソフィアちゃんも完全に気が落ち着いたらしい。あの場でわがままを言ってしまったことを反省し始める。
「ソフィアちゃんは普段がいい子すぎるから、たまにはああしてもいいんだよ」
私はその頭を撫でてあげた。
「でも、あの子たちを見ていると、リンクスくんたちが悪ガキだったころを思い出すねえ」
今では学校中から尊敬を集めているリンクスくんたちだけど、昔は暴れん坊だった。それで調子にのって、大きな事故を起こしてしまい。それを反省してどんどん成長していったのだった。今日事故を起こした男の子たちもそうなれればいいんだけど。
「あのときエトワさまに助けて頂かなければ私たちの命はありませんでした。エトワさまはすごいお方です」
「いやいや、ソフィアちゃんたちが私を守ってくれたから、あの時力の解放が間に合ったんだよ」
あの時、護衛役の子たちに見捨てられていたら、天輝さんとも再開できず、みんなを守ることもできなかっただろう。
そう考えると、あの頃からみんないい子だったのかもしれない。その中でも……
「そういえばソフィアちゃんは最初から私のことをいろいろと気遣ってくれてたよね。他の子が私を置いて遊びたがってた時も、一緒にいてくれたり。クロスウェル様の指示もあったと思うけどすごく助けられてたよ。ありがとうね」
あらためてお礼を言うと、ソフィアちゃんはすごく顔を赤くして焦り出した。
「あのとき……実はお父様とお母様のもと離れて寂しくて……。エトワさまをはじめて見たとき、お母様みたいな人だなって思っちゃったんです」
「ええ!? ソフィアちゃんのお母さんとちがって全然美人じゃないけど!?」
「エトワさまは美人です! でも、そういうとこじゃなくて、優しく私たちを見てくれるところとか、いつも穏やかで、でも本当はすごく意志が強いところとか……お話ししてるとお母様が側にいてくれるみたいで。だから私の方が一緒にいて欲しいなって思っちゃってたんです」
あのとき、そんなことを思ってくれてたのか……
いろいろと私を助けてくれたのは、ソフィアちゃん自身の優しさがいちばんの理由だと思うけど、ソフィアちゃんの助けになれてたらすごく嬉しい。
「エトワさまの護衛を命じられていたというのに情けないです」
「ううん、そんなことないよ。そう思ってくれてたなんて、すごく嬉しいことだよ。話してくれてありがとうね、ソフィアちゃん」
あの時、知らなかったソフィアちゃんの気持ちを知ることができた。
知らなかったソフィアちゃんの家族についても知ることができた。こうやってみんなの実家を訪れて良かったなって思えた。
それから、ソフィアちゃんのお家で過ごす五日間はあっという間に過ぎていって、私は毎日更新されていき治らなかった筋肉痛と一緒に次の子のご実家を訪問することになった。
*あとがき*
なんか心が荒んだのか、意味もなくエトワの地の文がとげとげしきなったような……
バランスを取り戻さないと。
しつこい宣伝すみません。
コミカライズ2巻、電子書籍もでたようなので何卒。アスカ先生が描かれるエトワや護衛役の子たち、本当にかわいいです。
感想 1,691
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お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
子どものころから嫌いだった幼馴染は、私と結婚するつもりだったらしい
幼いころからアレクシスのそばにいるたび、リディアは周囲の令嬢たちから嫌がらせを受けてきた。何度も「嫌い」「離れたい」と訴えても、両親はそれを子どもの意地や照れだと思い、本気にしなかった。
十五歳で外国の高等学院へ留学したリディアは、魔道具職人として自立する道を見つける。そして十七歳の成人を迎えた日、彼女は伯爵家から離籍し、二度と故郷へ戻らないと決めた。
一方そのころ、アレクシスはリディアと結婚するつもりでいたことを明かす。けれどリディアは、そんな未来を一度も望んでいなかった。
これは、誰にも届かなかった「嫌だ」を抱えていた少女が、自分の人生を自分で選び取るまでの話。