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9.思い出の人
関東大会①
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関東大会の日は、どんよりした曇り空だった。
まだ降ってはいないけれど、雨を含んだ梅雨らしい薄灰色の雲が空一面に広がっている。あいにくの空模様だ。
けれど、初めて黒崎くんの試合が見られることが嬉しくて、お天気なんて少しも気にならなかった。
関東高等学校選手権水泳競技大会はインターハイの関東地区予選にあたる。
この大会の決勝で上位3位に入るか、IH標準記録を突破すれば、八月中旬にあるインターハイに出場できる。
三日間の競技日程のうち、黒崎くんはニ日目と三日目にそれぞれ個人種目とリレーに出場するらしい。
今日はその二日目。
今大会に出場している選手は、先月あった県の地区大会決勝での上位8名のみで、インターハイ出場が簡単なことじゃないのは競泳を全く知らない私でもわかった。
黒崎くんは、何位くらいなのかな。一年生でリレーメンバーに選ばれるくらいだから、相当速いんだろうな。
そんなふうにのん気に考えていた私は、黒崎くんのレースを見て言葉を失った。
黒崎くんは、100m自由形の予選を最終組の1位、全体でも1位のタイムで決勝に進んだ。
「ちょっと、なにあれ!! 黒崎くんすごくない!?」
夏凛ちゃんと由真ちゃんが興奮して、観客席でぴょんぴょん跳ねる。
黒崎くんがレース前にプールサイドに姿を現したときも、スタート台の前で名前を呼ばれたときも、スタンドからは黄色い声援が飛んだ。学校外でも有名なことに驚いていたけれど、レース結果を見ればそれも頷けた。
「黒崎くん、決勝進出おめでとうっ」
「すげーな、1位じゃん!!」
予選後、観客席に現れた黒崎くんにみんなが沸き立つ。クラスメイトや白石さんたち以外にも応援に来ている生徒がたくさんいて、レース中もすごく盛り上がっていた。
私もおめでとうを言いたいけれど、黒崎くんはすでにみんなに取り囲まれていて、あの中に割って入ることは難しい。なんとか話しかけるチャンスはないかと遠巻きに伺っていたけれど、近寄ることもできないまま黒崎くんは行ってしまった。
「詩ちゃんも話しかければよかったのに」
「うん……なんだか気後しちゃって」
みんなに囲まれている黒崎くんは、いつも以上に遠く感じられた。話しかけることができなくて、マネージャーさんたちと黒崎くんにと思って持ってきた差し入れも渡せていないままだ。
サブプールの2階にあるデッキスペースが各校の選手控え場所になっていて、黒崎くんもきっとそこにいるだろうから、会いに行こうと思えば会いに行ける。
でも、大切なレース前に邪魔をしたくはなかったし、水泳部の部員さんが集まっているところに顔を出す勇気もなかった。
まだ降ってはいないけれど、雨を含んだ梅雨らしい薄灰色の雲が空一面に広がっている。あいにくの空模様だ。
けれど、初めて黒崎くんの試合が見られることが嬉しくて、お天気なんて少しも気にならなかった。
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この大会の決勝で上位3位に入るか、IH標準記録を突破すれば、八月中旬にあるインターハイに出場できる。
三日間の競技日程のうち、黒崎くんはニ日目と三日目にそれぞれ個人種目とリレーに出場するらしい。
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今大会に出場している選手は、先月あった県の地区大会決勝での上位8名のみで、インターハイ出場が簡単なことじゃないのは競泳を全く知らない私でもわかった。
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黒崎くんは、100m自由形の予選を最終組の1位、全体でも1位のタイムで決勝に進んだ。
「ちょっと、なにあれ!! 黒崎くんすごくない!?」
夏凛ちゃんと由真ちゃんが興奮して、観客席でぴょんぴょん跳ねる。
黒崎くんがレース前にプールサイドに姿を現したときも、スタート台の前で名前を呼ばれたときも、スタンドからは黄色い声援が飛んだ。学校外でも有名なことに驚いていたけれど、レース結果を見ればそれも頷けた。
「黒崎くん、決勝進出おめでとうっ」
「すげーな、1位じゃん!!」
予選後、観客席に現れた黒崎くんにみんなが沸き立つ。クラスメイトや白石さんたち以外にも応援に来ている生徒がたくさんいて、レース中もすごく盛り上がっていた。
私もおめでとうを言いたいけれど、黒崎くんはすでにみんなに取り囲まれていて、あの中に割って入ることは難しい。なんとか話しかけるチャンスはないかと遠巻きに伺っていたけれど、近寄ることもできないまま黒崎くんは行ってしまった。
「詩ちゃんも話しかければよかったのに」
「うん……なんだか気後しちゃって」
みんなに囲まれている黒崎くんは、いつも以上に遠く感じられた。話しかけることができなくて、マネージャーさんたちと黒崎くんにと思って持ってきた差し入れも渡せていないままだ。
サブプールの2階にあるデッキスペースが各校の選手控え場所になっていて、黒崎くんもきっとそこにいるだろうから、会いに行こうと思えば会いに行ける。
でも、大切なレース前に邪魔をしたくはなかったし、水泳部の部員さんが集まっているところに顔を出す勇気もなかった。
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