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10.夏祭り
夏祭り①
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夏祭り当日、浴衣の着付けができるというママの言葉を信じたことを、私はとても後悔していた。
右前と左前を間違えたり、裾丈が合わなかったり、腰紐をきつく巻きすぎたり。失敗ばかりでなかなか先に進まない。
聞けば、1度着付け教室の体験に行っただけというから絶望的だ。不器用な私の母はやはり不器用だということに、早く気づくべきだった。
結局ふたりで動画を見ながら何度もやり直して、なんとか形になったときには、時刻は16時半をすぎていた。
「ありがと! 行ってくるねっ」
ママに車で駅まで送ってもらって、なんとか予定の電車に乗ることができた。
すでに着崩れがはじまっている気がするけれど、仕方がない。
……間に合ってよかった。
帯が崩れないように気をつけて扉に寄りかかり、ホッと息を吐く。
黒崎くんが着いたときに私がいなかったら、先に行ったと思ってすれ違っていたかもしれない。
私は、黒崎くんの電話番号もメールアドレスもなにも知らない。黒崎くんも私のを知らないから、はぐれてしまえば連絡手段が何もない。
いろいろ舞い上がっていた私は、彼と連絡先を交換していないことに今日遅刻しそうになって初めて気がついた。
昨日話したときに、連絡先を聞けばよかったな……。
何もかもが初めてで、戸惑うことだらけだ。どうしていいかわからなくて、いつも失敗ばかりしている気がする。
浴衣を楽しみにしていると言ってくれたことも、後から落ち着いて考えれば夏梨ちゃんとの会話をからかわれただけだとわかる。
けれど、頭ではわかっていても心が追いつかない。黒崎くんの言葉を思い出すだけで、私は胸がきゅうっと苦しくなった。
窓からの見慣れた街並みが、今日は少し違って見える。次々と後ろへ流れていく景色を目で追いながら、ちょっとでも緊張を和らげようと大きく息をついた。
タタンタタン、と電車が揺れる。
ぼんやり窓の外を眺めながら、かごバッグにつけたグレーのモフモフのバッグチャームを触る。
手触りがブルーに似ているから買ったものだ。ブルーを撫でているみたいでちょっと安心する。
昨日は夕方から雨が降って、ブルーは来なかった。今日もきっと会えないから、明日まではこれで我慢だ。
モフモフを触りながら、私はもう一度息を吐いた。
学校の最寄り駅をすぎたあたりから乗客が増えて、この前黒崎くんと来た海の見える駅に着いた時には、車内は満員になっていた。
きっとみんな夏祭りに行くんだろう。
私と同じように浴衣姿の人もたくさんいる。最後に打ち上げ花火もあるから、今日の人出はかなり多そうだ。
……はぐれないように気をつけなきゃ。
そう思いながら混雑する駅の改札を通り過ぎたところで、ポンと背中を叩かれた。
「北野さん」
聞き覚えのある声にドキッとしてふり返ると、真っ白なワンピース姿の白石さんが立っていた。
右前と左前を間違えたり、裾丈が合わなかったり、腰紐をきつく巻きすぎたり。失敗ばかりでなかなか先に進まない。
聞けば、1度着付け教室の体験に行っただけというから絶望的だ。不器用な私の母はやはり不器用だということに、早く気づくべきだった。
結局ふたりで動画を見ながら何度もやり直して、なんとか形になったときには、時刻は16時半をすぎていた。
「ありがと! 行ってくるねっ」
ママに車で駅まで送ってもらって、なんとか予定の電車に乗ることができた。
すでに着崩れがはじまっている気がするけれど、仕方がない。
……間に合ってよかった。
帯が崩れないように気をつけて扉に寄りかかり、ホッと息を吐く。
黒崎くんが着いたときに私がいなかったら、先に行ったと思ってすれ違っていたかもしれない。
私は、黒崎くんの電話番号もメールアドレスもなにも知らない。黒崎くんも私のを知らないから、はぐれてしまえば連絡手段が何もない。
いろいろ舞い上がっていた私は、彼と連絡先を交換していないことに今日遅刻しそうになって初めて気がついた。
昨日話したときに、連絡先を聞けばよかったな……。
何もかもが初めてで、戸惑うことだらけだ。どうしていいかわからなくて、いつも失敗ばかりしている気がする。
浴衣を楽しみにしていると言ってくれたことも、後から落ち着いて考えれば夏梨ちゃんとの会話をからかわれただけだとわかる。
けれど、頭ではわかっていても心が追いつかない。黒崎くんの言葉を思い出すだけで、私は胸がきゅうっと苦しくなった。
窓からの見慣れた街並みが、今日は少し違って見える。次々と後ろへ流れていく景色を目で追いながら、ちょっとでも緊張を和らげようと大きく息をついた。
タタンタタン、と電車が揺れる。
ぼんやり窓の外を眺めながら、かごバッグにつけたグレーのモフモフのバッグチャームを触る。
手触りがブルーに似ているから買ったものだ。ブルーを撫でているみたいでちょっと安心する。
昨日は夕方から雨が降って、ブルーは来なかった。今日もきっと会えないから、明日まではこれで我慢だ。
モフモフを触りながら、私はもう一度息を吐いた。
学校の最寄り駅をすぎたあたりから乗客が増えて、この前黒崎くんと来た海の見える駅に着いた時には、車内は満員になっていた。
きっとみんな夏祭りに行くんだろう。
私と同じように浴衣姿の人もたくさんいる。最後に打ち上げ花火もあるから、今日の人出はかなり多そうだ。
……はぐれないように気をつけなきゃ。
そう思いながら混雑する駅の改札を通り過ぎたところで、ポンと背中を叩かれた。
「北野さん」
聞き覚えのある声にドキッとしてふり返ると、真っ白なワンピース姿の白石さんが立っていた。
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