それはきっと、夜明け前のブルー

遠藤さや

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10.夏祭り

夏祭り⑨

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 話すことなんて、何もない。

 すぐにそう思った。
 黒い感情に心が侵食されていく。それが苦しくて、私は固く唇を結んだ。
 ピリピリと肌を刺すような沈黙が流れる。お囃子や人の笑い声がすごく遠くに聞こえた。

「……俺のこと、思い出してくれたんだ」

 重苦しい沈黙を破ったのは、朝陽くんだった。
 本当は、反応すらしたくない。けれど、心と身体に植え付けられた恐怖がそれを許してくれなかった。
 小さくこくりと頷くと、朝陽くんはホッとしたように笑って、

「あんなところで会えるとは思ってなくて驚いた。ずっと会いたかったんだ。会って、謝りたかった」

 ぐらり、と脳が揺れた気がした。息ができないくらい胸が苦しくなる。

『私は会いたくなかった』

 そう言いたいのに、声が出ない。口を開くと、言葉の代わりに抑えられない恐怖でカチカチと歯が鳴った。

「詩、ごめん」

 やめて。

 いやだ。いやだ。

 言い表しようのない感情が心の中で出口を求めて暴れている。いつの間にか握りしめていた拳は、震えていた。

「俺……好きだったんだ、詩のこと。俺の方を見てほしくて、気を引きたくて……あんなことした。でも、ずっと後悔してた。詩がいなくなってからも忘れられなかった。本当に、ごめん」

 ぐっ、と喉の奥が熱くなる。私は首を振ることすらできなかった。

 朝陽くんはわかっていない。

 こうやっていい人になって謝られることが、どんなに辛いかを。
 好意を免罪符にするずるさも。
 謝ってもらっても、なかったことになんてできないことも。
 そして、そんな自分が惨めで苦しくて仕方ないことを。
 俯いて手渡されたシャツをぎゅっと握りしめる。朝陽くんの前では絶対に泣きたくなかった。

「詩が許してくれるなら、何でもする」

 ギリ、と胸が軋む。悪魔の囁きみたいだと思った。
 朝陽くんを傷つけても、この傷が癒えることはない。
 わかっているのに、差し出されたものを手にしてしまいそうになる。
 私はぷるぷると首を左右にふり、最後だと思って声をふり絞った。

「な、何も……しなくて、いい」

 喉が熱くて声が震える。ぐらぐらと視界が揺れて、暑いのか寒いのかわからない汗が背中を伝う。それだけ言うのが精一杯だった。

「詩……」

 掠れた声に、もう一度首を振る。
 朝陽くんの顔を見られなくて、私は俯いたままシャツを返して白石さんを追いかけた。
 涙があふれて、止まらなかった。
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